巡るひととせが繋ぐもの

Episode250 新生【香桜華会】

 国内でも有数のお嬢様学校である私立香桜女学院中学高等学校の中等部校舎には、生徒会執行部――別称【香桜華会】という独自の名称を持つ生徒組織が存在している。

 【香桜華会】の会室は他のどの教室とも違う、曇りガラスにアイアンの飾りが施されているアンティークドアなのが特徴。香桜女学院に通う生徒の中でも選ばれた数名しか入室を許されない、そのアンティークのドアを開けてくぐると、そこには――



「あの、葵お姉様。そこの音程はその、ラ~ラ~♪です。もう少しメッゾピアノを意識されたらと」

「え? メッゾピアノ? ピアノは弾かないけど? それにアタシ、指揮はできてもピアノの演奏はできないし」

「えっとあの、メッゾピアノはそういう意味じゃなくて……!」



 ――きくっちーがトンチンカンなことを言って、自身の『妹』を困らせていた。

 本来なら『姉』が『妹』に教えるところだが、あの姉妹はその立場が逆転している。


 聖歌に限り当てにならないきくっちーは初め一人で練習させて、私が自分と彼女の『妹』に教えると、覚えの早い優秀な彼女たちは他の子や一人で練習させていた『姉』に付いて、一緒に練習を始めているのだ。


 静かに扉を閉めて室内を見渡せば、去年と同様の配置でイースターで歌う聖歌をそれぞれで練習しており、麗花ペアはまだ麗花に対する『妹』の緊張が解けないながらも、頑張って自身の『姉』に付いていこうと努力していた。

 桃ちゃんペアを見ると、私の『妹』と三人でニコニコ笑いながら楽しそうに聖歌を歌っている。桃ちゃんも程よい声量パーセンテージで声が出ている。


 と、楽しそうに歌っていた私の『妹』がこちらに気づいて、パアッと周囲に花を飛ばしながら私に駆け寄ってきた。


「ごきげんよう、花蓮お姉様! 清掃当番お疲れ様です! 席までお鞄お持ちします!」

「ごきげんよう、姫川さん。鞄は大丈夫です。木戸さんは良さそうですか?」

「はい、もうバッチリです! 今のフレーズが終わったら、美羽みうちゃんの応援に行く予定でした」

「そうですか」


 練習状況を確認しながら、三年生の自分の席に荷物を下ろす。

 ちなみに美羽ちゃんとは現在きくっちーが困らせている『妹』で、氷室ひむろ 美羽ちゃんのこと。


 というか副教科であっても成績は良いんだから音楽用語くらい分かるだろうに、何故そんなトンチンカンな返しをしているのか不明だ。

 余程正確に音程を取ることに集中して、一時的に他のことが頭からトんで理解力が弱っているのか。今年もチャーリー先生を召喚するべきなのか。


 そして再度麗花たちの方へ顔を向けると、こちらはこちらでつまずいているようだった。

 『姉』は楽譜を手に『妹』へと何やら話し掛けているが、『妹』の目はグルグルしている。私はあっちに応援に入った方が良さそうだな……。


 状況確認が終わり、キラキラと目を輝かせて私からの指示を待っている姫川少女へと、これからの対応を告げる。


「私は麗花さんと竹野原たけのばらさんの応援に入りますので、では姫川さんは会長の方をお願いしてもいいですか?」

「分かりましたお姉様!」


 頬を淡く染めてコクコクと頷き行動をパッと開始する、ただの後輩ではなく自分の『妹』となった彼女の後姿を目を細めて、微妙な気持ちで見つめる私。

 面識があるのと学力他の優秀さで彼女を『妹』に選んだ訳だが、何をするにしても私を肯定して従うのでこちら側としては逆にやりづらい。


 何度か一年生の階に行って下見した際にも必ず私のことを見つめて視線が剝がれることはなかったし、打診時なんか一も二もなく食い気味で即時オッケーだったし、さっきも鞄持つとか言ってくるし。鞄持ちは毎度のことで、最早挨拶代わりみたいになっているが。


 何と言うか……憧れを通り越して、度が過ぎたファン化しているような気がする。

 あれだ。私と同じクラスになった子が軒並み憧れとか崇拝通り越して、私へのイジメになっているやつ。ちなみに三年生に進級してからは、まだどこかに転がされていない。


 そうして私の『妹』は見込んだ通りの優秀さで以て、早い段階でイースター聖歌の合格を既にもぎ取っているから、あとは私への何かしらを抑えめにしてもらえれば最早文句のつけようもない素晴らしい『妹』だと、声を大にして言えるのだが。


 そんなことを思いながらきくっちーペアに合流したのを無事見届けて、私も私が向かうべきところへと足を踏み出す。


「麗花さん、竹野原さん。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ごっ! ごきげんよう!」


 ポッポお姉様に対する初期の桃ちゃんのようなド緊張した挨拶を受けたので、優しいお姉さんを意識した微笑みを向けるが、何故か下にパッと俯いてしまった。ありゃりゃ。

 仕方がないので麗花へと現状確認を行う。


「どこで引っ掛かっている感じですか?」

「特に引っ掛かるということはありませんけれど、練習の度に少しずつ音程が」


 敢えて皆まで言わずにそこで彼女は言葉を切った。

 歌うのは去年のイースターと同じ曲なので、きくっちーの場合は少々音程が外れていてもギャ音ではないからマシっちゃマシだが、それでも聞いた限りでは俯いている竹野原 祥子しょうこちゃんの方がよく歌えている。

 彼女が音痴でないことはチャーリー先生に確認済みなので、そうなると原因は限られていた。


 麗花と再度視線を交わすが、彼女は静かに見つめ返してくるのみ。麗花も祥子ちゃんが音程を外してしまう原因を解ってはいるが、どうにもならないとして本人に乗り越えさせようと、敢えて練習を続けさせているのだろう。

 ……何だかなぁ。姫川少女と足して二で割ったら丁度良いのになぁ。


 このままだと祥子ちゃんの場合より落ち込んで音程を外しそうなので、一人重い空気を背負いこんでいる彼女の緊張を緩和させようと話し掛けた。


「竹野原さん。少々音程を外すくらい、何てことないですよ。ほら、あそこをご覧なさい。音痴が過ぎてメッゾピアノが音楽用語とも認識できなくなっている我らが会長が、『姉』の威厳も何もなく、後輩に教わる始末です。後から冷静になれば皆がいる場で堂々と恥ずかしい返答をした我らが会長は、今も堂々と振り切って音程を外しまくって…………悪化しましたね」

「ふふっ」


 取り敢えず本人のあずかり知らぬところできくっちーに犠牲になってもらえば、無事に緊張感が緩んだので結果オーライ。

 我らが『花組』の会長は親しみやすさが売りなので、少々ネタにさせて頂いても問題はないのだ。


 気が緩んだところで今ならイケると思ったのだろう。麗花が楽譜を閉じて、祥子ちゃんと向き合った。


「竹野原さん」

「! は、はいっ」

「私も【香桜華会】ですので、中等部生全体の模範となるべく、常にそこから外れないように心掛けておりますわ」

「はい……」


 しょんぼりと肩を落とす祥子ちゃん。そんな彼女を見つめたまま、麗花は――。


「――絵がカブトムシと言われますの」

「……え?」

「私が何も見ずに描いた絵は、ことごとくカブトムシだと言われますわ!」

「か、カブトムシ??」


 突然出された脈絡のない話に、目をパチクリとさせるしかない祥子ちゃん。しかしそんな彼女の反応もどこ吹く風で、麗花は核心に触れた。


「ですから、私も完璧ではなくてよ」

「!」

「私が完璧であるように見えるのは、そう見せることができているのなら、上手くいっているということですわ。私の『妹』だからと、貴女までならなくてもよろしくてよ。貴女には貴女だけの魅力がありますもの。貴女の魅力に惹かれて、だからこそ私の『妹』になってほしいと打診したのです。……私は貴女にとって、困った時に貴女が一番に頼れる『姉』でありたいと、そう思っておりますわ」


 祥子ちゃんはハッとし、一瞬だけ困ったような表情をしたものの、すぐに持ち直して「はい!」と強く頷いた。


 ――――彼女が練習する度に音程を外していたのは、麗花という』に教わり、彼女に認められるかどうかという極度のプレッシャーからきているもの。

 要は自信がなかったから自信を持って歌えず、プレッシャーが掛かるばかりで悪循環に陥っていたのだ。


 本人にそのつもりはなくても『姉』からの言葉がプレッシャーに感じてしまうのなら、麗花から何か言葉を掛けても無意味。だから緩和剤として私が行く必要があった。

 麗花よりはまだ私の方が親しまれやすいからね! 麗花は同学年から転がされないけど、私は転がされるからね!


「花蓮」


 呼ばれたので麗花と目を合わせれば、彼女は微笑みを乗せて私にお礼を告げてきた。


「助かりましたわ」

「どういたしまして!」


 こうして私達『花組』が『姉』となった新生【香桜華会】は色々と手探りしながら、皆で新たなスタートを切ってゆくのだった。

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