Episode248 瑠璃ちゃんの進路
憂鬱な悩みを思い出していたら、「花蓮ちゃん?」と瑠璃ちゃんから呼び掛けられてハッとする。
「あ、ごめん! 何だっけ?」
聞き返すと瑠璃ちゃんからではなく、麗花から呆れ混じりに教えられた。
「ですから、夏期休暇の話ですわよ。新たに修行することになったって、一体どういうことですの?」
「あー、そうだった。高校受験で絶対に第一志望校に合格するための受験対策! 私は来年の八月は丸々約一ヵ月、とある場所にて缶詰になります」
「え、花蓮ちゃんがそんな対策するほどなの? そんなに難しいところを受けるの?」
私にとったら一縷の希望に縋るしかないところです。
頷いて返すと、目を眇めた麗花が瑠璃ちゃんに向かって話し出した。
「聞いて下さる? 花蓮ったら私の受験先は聞いてきたくせに、私がどこを受けるのか聞いても全然教えてくれませんのよ! 不公平じゃなくて?」
「麗花だって中学受験のこと、私に内緒にしてたじゃん」
「それはそれ。これはこれですわ」
「何それ何て理不尽?」
「私は花蓮と違って正当なサプライズでしたけど、貴女のはいつも穴あきサプライズじゃありませんの。今回だって内緒にするのなら最後まで黙ったままでいたらよろしいのに。中途半端に明かすから、こっちは余計に気になるのですわ!」
「ぐぬっ」
貫徹テンションでハイになっていた時の行動だから、そう言われると反論できない!
しかしここで私が麗花に押され気味なのを見て取った鈴ちゃんから、助け船が出された。
「麗花お姉さま! お姉さまもお受験されますけど、麗花お姉さまもお受験されるのですか?」
「え? ええ。私は聖天学院付属の紅霧学院を受験しますのよ」
「あ! じゃあ麗花お姉ちゃん、僕たちと一緒の学校に行くの?」
「校舎のある場所は違いますけれど、遊びに行ける距離ではありますわね」
パッと顔を輝かせて蒼ちゃんが聞けば、微笑んで返答した麗花に彼はとても嬉しそうに笑って――――衝撃的なことをその可愛いお口から飛び出させた。
「じゃあお姉ちゃんと一緒だね! お姉ちゃんも同じ学校のとこを受験するの!」
「「え?」」
ニコニコしている蒼ちゃんからその姉へと揃って顔を向けると、彼女――瑠璃ちゃんはふんわりと微笑む。
「バレちゃった」
「バレちゃ……え、瑠璃ちゃん? 受験??」
「翼欧も高等部までエスカレーターでは……? 同じ? 瑠璃子もこ、紅霧学院を受けますのっ!?」
「えっ!?」
確かにダイエット訓練を長年継続してきたおかげで彼女の体力・持久力は向上しているが、通り汗もスロモ走りも未解決のままで私と違い、決して足は速くはない。そんな瑠璃ちゃんが紅霧学院を受験?
……何故!? こ、これは缶詰合宿の生徒追加を緋凰に依頼すべき!?
素っ頓狂な声を上げた麗花に釣られて私もつい驚きの声を上げて目まぐるしくそんなことを思考したが、彼女は首を横に振って否定した。
「紅霧学院じゃなくて銀霜学院の方よ、もう。どんなに頑張っても、私じゃ紅霧学院は無理だわ」
「銀霜……」
「将来を見据えての進路ですの?」
勉学に重きを置く銀霜学院は、主に将来が定まった家の跡を継ぐ人間が軒並み。内部の選択基準事情はそうだが、外部生には関係のない内容だ。
国内屈指の進学校で偏差値も高い聖天学院付属の二校の上には付属大学もあるが、やはり銀霜学院を経た方が大企業への就職には有利となっている。
「やっぱりこの時期だし、色々と将来のことを考えてみたの。私も米河原家の娘としてこの業界に携わっていきたいし、今も食品開発で相談されたりしているけど……。家だとそういう知識は学べるけど、でも今あるものだけで充分かって考えたら、何かしっくりこなかったの」
「しっくりこない?」
「うん。家には蒼くんがいて、お家のこと頑張りたいって言ってくれているけど、私も食品開発だけじゃなくて、それに携わる色々なことを覚えたいなって思ったの。翼欧女学院も中学では偏差値は高い学校で勉強は結構しなきゃいけないけど、でも昔の慣習を踏襲している校風の翼欧じゃ、やっぱり“外”よりも“内”寄りの考えでいらっしゃる先生が多くて……」
瑠璃ちゃんの言う校風に関しては、彼女の言いたいことは何となく解る。
彼女は女性と言うものは『貞淑・穏健・
「それはまあ、ある意味女子校は閉鎖的な空間ですものね」
「そうなの。だから私、家のために……ううん、それも建前ね。私自身のためにそうするわ。将来のことももちろんだけど。女子校で守られ続けるんじゃなくて、コンプレックス抱えて閉じこもっていた自分の殻を破って進みたいって、そう思ったのよ」
私と麗花を視界に収め、白桃のほっぺたを桃色に染めて彼女は美しく笑った。
「花蓮ちゃんと麗花ちゃんのおかげよ。花蓮ちゃんのおかげで男の子とも仲良くなれる子はいるんだって思えたし、麗花ちゃんがダイエット訓練で一緒に走り続けてくれたから頑張ってこれたの。初めに望んだ結果は得られていないけど、でもとっても楽しかった。香桜で頑張っている二人を見て、私ももっともっと頑張りたいって、二人がいるから踏み出してみようって、そう思ったの! だから私、銀霜学院を受験するわ!」
「「瑠璃ちゃん!/瑠璃子!」」
体型のコンプレックスを抱えて、けれどずっと走り続けてきた瑠璃ちゃんの姿を長年見続けてきた私達が、そんなことを言ってくれる彼女を応援しない訳がない。
それに
例えヒロイン空子がそっちに入学してきたとしても、瑠璃ちゃんだってどちらかと言えばライバル令嬢じゃなくてヒロイン系だ。
唯一知り合っている攻略対象の春日井とは違う学院なわけだし!
「うん、うん! 頑張ろう瑠璃ちゃん! 翼欧のエウメニデスなら、銀霜のエウメニデスにだってなれるよ! 香桜の
「まだ時間は充分にありますわ。受験における筆記試験は、過去から遡っての繰り返しですもの。去年から過去五年ほど振り返ってすべて制覇すれば、筆記の不安なんてなくなりましてよ!」
「えっ。あ、うん。銀霜のエウ……にはならなくていいかな。あと五年も前の過去問集、学院にあるかしら……?」
「あっ、瑠璃お姉さま!」
少々困惑した瑠璃ちゃんにそれまで大人しく話を聞いていた鈴ちゃんが、はいっ!と挙手をする。
「そこはウチのお兄さまの出番です!」
「え?」
「お兄さまは銀霜学院を卒業しています! 在学中でも常に成績はトップでした! そんなお兄さまなら、瑠璃お姉さまのお勉強を見るのだってお茶の子さいさいです!」
「えっ。……あっ、ちょっと待って花蓮ちゃん!」
私の動きにいち早く気付いた瑠璃ちゃんからストップが掛かるが、超絶可愛い妹から超絶ナイスな提案を耳にした私は早速携帯を取り出して、素早く請負人へと連絡を取った。
丁度時間が空いていたようで、すぐに出てくれる。
『もしもし? なに?』
「もしもしお兄様! 瑠璃ちゃんが銀霜学院をお受験するそうです!」
『あ、そうなの? 内部進学じゃないんだ』
「はい! そこで銀霜学院で常にトップだったお兄様に、ぜひとも瑠璃ちゃんの受験勉強を見て頂きたく! 家庭教師のご依頼を!!」
「花蓮ちゃん!」
『瑠璃子ちゃんの受験勉強を見ればいいの? いいけど』
グッと片手拳を握り、瑠璃ちゃんにグッドサインを出す。
「オッケーだって!」
「花蓮ちゃん! もう花蓮ちゃんお願い電話代わって!!」
「はい」
振り返って見た瑠璃ちゃんからいつになく強い口調で言われ、何かマズッた?と思いながら大人しく携帯を彼女に渡すと、瑠璃ちゃんはペコペコしながらお兄様と会話し出した。
何かマズッたかと麗花に聞いてみる。
「私何かやった?」
「そうですわね。貴女たちにとってはご兄妹ですから気軽に頼めるのでしょうけど、普通は無理だと思いますわ。私だって昔から親しくさせて頂いているとは言え、お忙しくされている中で奏多さまに勉強をわざわざ見てほしいだなんて、おいそれと頼むことなんてできなくてよ」
「え? あれそうだっけ?」
言われて考えてみたら、あ、確かにと思う。
テストがある度にお兄様へと一直線に向かって突っ込んでいく遠山少年という実例が存在しているので、いつの間にかそこら辺の感覚がバグっていたようだ。そうか、そう言えば彼は特殊な人間だった。
それに私の絶賛お悩み問題もお兄様が勉強を見ることになるのなら、夏休み期間もあると踏んで解決できそうだと気が
話し終えたらしく、今にも両手で顔を覆いそうな表情をしている瑠璃ちゃんから返却された携帯を再度耳に当てた。
「もしも…」
『瑠璃子ちゃんからの頼み事だと思って話したら、花蓮が勝手に進めたんだってね? まあ元々受験勉強に関しては時間取る気でいたから、僕にしたらそれが花蓮から瑠璃子ちゃんに変わっただけで、別に問題はない。色々と予定組んで合わせるのはまた考えるけど、瑠璃子ちゃんには受験勉強を僕が見るっていうので話はついたから』
「ありが…」
『取り敢えず色々と言いたいことがあるから、家に帰ってきたら僕の部屋に来るように』
ブツッと切られた携帯を耳から離して見るも、ただ通話終了の画面が表示されているのみ。例のホテルトイレの時のように、充電切れで通話が切れたという訳ではない。
「ご愁傷様ですわ」
通話終了画面を見つめたまま動かない私に、麗花からちっとも憐れまれないご愁傷様を頂いた。長年の付き合いで会話を聞かずとも、何を言われたか解ってしまうらしい。
そして瑠璃ちゃんからは懇々と怒られ注意され、けれどいつかのように「私のためにしてくれたことだから」と、最後にはお許しを頂けた。
私が怒られている間は鈴ちゃんと蒼ちゃんの弟妹組にもハラハラとさせてしまい、これからはちゃんと後先のことをよく考えてから行動しようと、改めてそう思った私である。
……いや、本当にちゃんと考えて行動しますから。だからごめんなさい。許して下さい足が痺れましたお兄様。
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