Episode249 希望のある未来

 人に許可を得ず勝手に行動するというのはそれ令嬢どころか人としてどうなん?ってことを、帰宅してお兄様のお部屋で懇々懇々懇々懇々と正座して説教喰らったその後、瑠璃ちゃんもまた私同様、今年の夏限定でお兄様が家庭教師として米河原家に派遣されることが決まりました。


 と言うことなので、冬は忙しく臨時コーチできない春日井にも次にコーチしに来た際にでも、受験勉強のためにダイエット訓練は控えると告げるのだと瑠璃ちゃんから連絡を受けて、ホッと息吐く私。

 まあ元々麗花も受験勉強をする予定でコーチに行く頻度は少なくなると言っていたので、より遭遇率が激減して幸いである。


 そして気になる瑠璃ちゃんと春日井の関係性。

 麗花が席を外している時にこっそり瑠璃ちゃんにどうか聞いても、特に恥ずかしがったり慌てたりする様子もなく、「春日井さまのおかげでより記録が~」だの「腕の筋肉が付いてきて~」だの、コーチしてもらってどうだったかの感想を終始言ってくるので、彼女にとっては白馬の王子様・春日井であってもコーチ以上には思っていないようだった。


 瑠璃ちゃんはお兄様に対しても恐縮はするけど普通に会話できるし、優しい王子様系男子は彼女には恋愛対象に映らないのだろうか?

 彼女が受験すると決めた銀霜学院には私の宿敵ズがいるが、一人は硬派高潔。一人は軟派チャラ男。敵ではないが一人は……そもそも対面できるかどうか。


 というか三人とも内部生以上に学院特権階級のファヴォリ ド ランジュという特別な生徒であるし、現状改善されているとは言え、内部生の外部生に対する認識と外部生の内部生への対抗意識はそうすぐになくなるものではない。


 長年に渡り根付いていたことなのだ。対象人物によっては外部生にとって憧れになるかもしれない存在だが、内部生から特別扱いされている人間たちだ。

 敢えて自ら進んで関わり合いたい人種ではないと、普通なら避ける傾向にあるだろう。


 踏み出すと笑って決意を述べていたが、積極的に男子と関わりに行く訳ではないのは明白。

 共学で屈指の進学校である銀霜学院で多少男子と関り合いながらも家のために繋がりを得、平穏無事に学院ライフを送ることこそが目標の筈。


 ならば問題はない。だって月編ライバル令嬢であるこの私が銀霜学院に行かないのだ。

 それに米河原家が食品業界の重鎮であっても白鴎・秋苑寺の二人が、わざわざ家のために積極的に繋がりを持とうと動く考えは恐らくないと思う。


 女嫌いなくせにチャラ男な秋苑寺は万が一があるかもしれないが、ホワンとしていながらもしっかりしている瑠璃ちゃんは、表面上の甘いものには引っ掛からないだろう。だって、白馬の王子様属性の春日井に引っ掛かってないもの。


 親友女子皆で聖天学院付属校かぁと思いながらも、兎にも角にも受験に合格しなければ何も始まらない。一層気合を入れて、その時のために精進するばかりである。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 二週間程度しかなくても濃度の濃かった冬休みが明けて、香桜女学院の三学期が始まった。


 秋には紅葉で色付いていた山々も暦上ではもう春とは言え、風が一陣吹き荒めばブルリと震えるくらいには、まだまだ気候は冬。乾いた肌の木々が地に影を落とし、学院から見下ろせるその山並みは、どこか物寂しい風情を醸し出している。


 三年生のお姉様方が来ることはなくなった会室には、私と桃ちゃんの二人がいた。麗花ときくっちーは掃除当番なので少し遅れてくる。


 お姉様方がもう来ないとは言え、まだ席は移動していない。私達が指名した『妹』が正式に【香桜華会】のメンバーとして就任するまで、今までの席で仕事を行う。

 これは別にそうした規則があるわけではなく、私達の気持ちの問題だった。二月の下旬には合格者オリエンテーションがあるので、それまでの期間の内は。


 今は一月の下旬でもうすぐ二月になる。まだ誰も『妹』候補に指名打診をかけていないが、タイムリミットはもうそろそろ近づいてきている。

 短い期間だけのことだとしても広い会室にたった四人はやはり寂しく、暖房が点いているのに何故か寒く感じてしまう。それも今はたった二人。


 冬休みに入る前に千鶴お姉様と目撃したことをふと思い、資料を読み込んでいる桃ちゃんへと彼女の打診進捗を尋ねてみた。


「桃ちゃん、桃ちゃん。桃ちゃんはいつ木戸さんに指名打診する?」

「……えっ? あ、そうだね。えっと……明後日くらいかな。合唱コンクールの練習に入る前にはしときたいから」


 手に力が入っているのか、持っている資料がちょっとクシャった。それを視界に映しながら、物思いでふぅと息を吐く。


「私も打診しないとなぁ」

「花蓮ちゃんの候補って、同じ小学校出身の子なんだよね? 話し掛けにくい子なの?」


 どういう子を指名するかは休み前に既に話しているので、休みが明けてからも行動に移していない私を不思議に思ったのだろう。


「ううん、話し掛けにくいことはないんだけど。でもまあ確かにちゃんとお話ししたのって、小学校の時のほんの一回だけなんだよね。だからまだ打診行動していないのは……うーん、何となく?」

「テキトーだね花蓮ちゃん」

「だって皆まだだし。皆がする時に私もしようかなぁって。何か一人で先にするの嫌」

「楽観的だね花蓮ちゃん。……何か、一年ってあっという間だったね」


 今は二人だけだからか嫌でもこの空間の閑散さを意識してしまうらしく、私物が一切ない三年生の席に顔を向けて、そうポツリと桃ちゃんが溢した。


「花蓮ちゃん」

「うん?」

「桃ね、葵ちゃんに話したよ」


 ハッと目を見開くと、こちらへと顔を戻した桃ちゃんが笑って告げる。


「一人でよく頑張ったなって言ってくれた。葵ちゃんの時は桃、泣かなかったよ。むしろ葵ちゃんが泣いちゃって。他の人が泣いているの見ると自分は冷静になれるんだって、初めて知った。あと、嬉しかった」


 そこで自分が資料をクシャってしまっていたことに気づいて、皺になった箇所を指で丁寧に丁寧に伸ばしていく。まるでそれが大事な宝物であるかのように。


「麗花ちゃんも花蓮ちゃんも、葵ちゃんも。桃のこと逃げた臆病者って言わずに、頑張ったって褒めてくれたから。皆同じこと言ってくれるんだなって、すっごく嬉しくなった。あとね、最初に葵ちゃんとケンカして有耶無耶になっちゃったこと、やっとちゃんと本当に謝ることができたの」


 入寮する時は皆私服姿だったから、ボーイッシュな恰好をしたきくっちーを男子と勘違いした桃ちゃん。

 「何で男の子がここにいるの!?」と泣いて物を投げつけまくってきた桃ちゃんに対し、女子らしくなろうと意気込んで、自分が男子と見られることがある意味タブーとなっていたきくっちーがそれにブチ切れ。


 部屋が隣であったためにその騒ぎがよく聞こえ、心配になって麗花と二人で様子を見に行ったら、壁に追い込まれてわんわん大号泣する桃ちゃんと、


「オレのどこが男だってんだ! <ピ――――>なモンはどこにも<ピ――――>ねーぞ! 見るか! 見せてやろうか!?」


 とどこの変態露出狂だと言わんばかりに、自分の<ちょっと説明がピ――――>を掴んで、今にも<説明したくないピ――――>としているきくっちーの姿がそこにあった。


 そんな光景を目にしてこれは一体何なのだと、生粋のご令嬢である私と麗花は最初そこに宇宙コスモがあるとビビったものの、本当に行動に移し始めたきくっちーを見て慌てて仲裁に入ったのだ。

 だから私はこの子関っちゃダメな子だと思い、その時の私の仲裁対応できくっちーに理想のご令嬢としてロックオンされ、追い掛け回されるという経緯になるのだ。同じクラスだと判明した時はマジかと思った。


「二人の事情知った今だから言えるけど、あれはお互い様だったんだなって思うよ」

「……うん。桃のこと話したら、葵ちゃんも話してくれたから知ってる。桃、あの時すごく酷いこと言っちゃったんだって、すごく反省した。今更だけど」

「今更でもちゃんと反省して謝れるのは、すごくて偉いことだよ、桃ちゃん」

「えへへ。うん。今ね、だからすっごく心が軽いの! 最近はクラスの子とも少しずつちゃんと話せれるようになってきて、皆良い子ばかりだから、桃のことちゃんと待ってくれるの! そんな時、自分がちゃんと前に進めているんだって思える瞬間があるのがとっても嬉しくて。だから、皆がいるから大丈夫って思う」


 首を傾げて続きを促すと、少しだけ惜しむような、けれど嬉しそうな顔をして彼女は私に告げる。


「桃は大丈夫。葵ちゃんがいて、皆がいて、お姉様たちもいらっしゃる。それに『妹』もできるんだもん。だからね、この一年間は思いっきり楽しむって決めたんだ! 麗花ちゃんと花蓮ちゃんがいなくなっても、桃はちゃんと皆と高等部で頑張っていけるって、二人に安心してほしいから」

「桃ちゃん」

「あ、無理してるとかじゃないよ! 本当だもん!」


 疑っていると思ったらしく焦ったように言われるが、私は首を横に振ってそれを否定した。


「違う違う。私と麗花はね、もう安心してるよ」

「……え?」


 目を丸くする桃ちゃんに少々申し訳なくも、あの日のことを告げる。


「実は私、見たんだよね。桃ちゃんが一年生の教室の前で、指名打診のコソ錬してたの」

「え」

「実は私だけじゃなくて、千鶴お姉様もいて」

「え!?」

「麗花にも桃ちゃん頑張ってたよって、教えちゃった」

「えええ!!?」


 びっくり仰天する様子を見つめながら、教えた時の麗花のことを思い出す。

 彼女はそれを聞いても特段驚くことなく、聞き終えた後とても嬉しそうに笑って。


「『ならもう、撫子は大丈夫ですわね』って、麗花言ってたよ」

「――!」

「桃ちゃんが“頑張っていた”のは話を聞いて感じたことだけど、“頑張っている”のは、この目で見てきたことだもん。辛くても負けない強さを持っている桃ちゃんの姿と気持ち、ちゃんと私達に届いてるよ」


 皺を伸ばす前の資料のようにクシャりと顔を歪めて、小さな顔に嵌まる双眸からポロポロと涙が零れて資料を濡らしていく。


「桃ちゃんが周りにいる子のことを“味方”だって思っていることが、もう全然違う。本心でそう思っているって分かるよ。……周囲に手を伸ばすことを諦めないで。ちゃんとその手を掴んでくれる手が、桃ちゃんの傍にあるから」

「うんっ……!」


 ハンカチを手渡して、涙を拭う桃ちゃんを見つめながら、以前に彼女から聞いた話を頭に浮かばせる。



『ここ、女学院で男の子との出会いって基本的にないから、帰省以外だと修学旅行になるんだって。それでね、修学旅行先、毎年どこかの学校とかち合うみたいなの』


『それで、そのかち合う中でもよく一緒になるのが、何か知らないけどアイツが桃に対抗して受験した男子校で』



 ――修学旅行。


 学校に通う上での一大行事とも言えるこの三泊四日という日程の三年生限定イベントは、香桜では十月に行われる。

 九月の香桜祭というこれまた大行事の後の話なので、間に他の行事もなく【香桜華会】としても落ち着いた時期だから、お姉様方も浮足立っていた。



『香桜とも肩を並べられる、有名な男子校だよ。――――有明学園中学高等学校』



 桃ちゃんのためを思う。

 かち合わなければいいと。


 彼女の人に対する不信さは少しずつ取り除かれ、私達以外の人と関って笑顔になることも増えている。沢山の味方を作って声を上げ続けるしかないけれど、その瞳の輝きは強く煌めいている。


 もしもの時は力になる。私も麗花も、きくっちーも。

 力を合わせたら怖いものなんて何もないのだから。



「これから思いっきり一年を楽しもう、桃ちゃん!」

「うん!」


 涙を拭き終えた彼女と笑い合い、そうしてようやっと――――アンティークの扉が開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る