Episode246 陽翔の聞きたいこと

「…………」

「…………」


 問い掛けてから固まりが一向に解除されない。

 ふむ。これはクロで、結果としては恐らく良くない感じだな。


「フラれましたか」


 あ、携帯落とした。


 思いつく最悪も最悪のことでカマをかけてみたが、どうも正解のようである……。……え、マジで? フラれたの!?


「や、やややっぱりお口の悪さが祟ったんですよ。サンタさん……いえ、えと、あの、お、お正月! 初詣行きましょう初詣! 神社に初詣行って鐘鳴らして、神様に健全なお口を下さいってお願いしましょう!! おみくじ引かずに絵馬だけ書いて飾って帰りましょう! 大凶なんて引いたら目も当てられません!!」

「…………別に、告白してフラれた訳じゃねぇ」


 いつもなら勢いよく反論を返してくるのに真顔で静かにポツッと、小さな小さな声で呟き反論してきたことによって、相手が相当なダメージを喰らっていると知る。

 こんなに静かで凪いだ様子の緋凰を見るのは初めてなので、思わずこっちは動揺してしまう。


 と言うか、告白してフラれた訳じゃないって何だ。負け惜しみにしか聞こえないぞ。

 ……ああもう! 緋凰のコミュニケーション問題の他って言ったら、それくらいしか自発行動思いつかなくて言ったらまさかの事態! 春日井の妬みの原因を探ろうと思ったのに藪蛇だった!!


 気まず過ぎて私もダンマリしていたら、落とした携帯を拾ってテーブルに置いた緋凰が膝に肘をついて、組んだ手を額に押し付けて項垂れた体勢になる。

 ハァーー……なんて細く長い息を吐き出している。


「……俺も、お前に聞きたいことがあると言った」

「あ、はい。何でしょう」

「あの時の俺の対応は女子から見てどうだったのか、率直な意見を聞きたい」


 散々私のことをクマ面宇宙人女子じゃねぇと言っていたくせに、秒で手の平返してきた。

 スンとしかけた顔も緋凰の心情をおもんばかり、何とか平静を保つ。


「私が感じたことでよろしければ」

「それで大丈夫だ。……実はこの夏、相手とプライベートで会う機会があって、その時の話なんだが。相手はいま海外の学校にいる」

「はい。海外の学校と言うのは春日井さまから聞いております」

「そうか。……あ? いつ」

「同じく今年の夏に所用がありまして、春日井さまにお会いしました。その時に少々」


 軽く知っているぞと答えたら、ムスッとしながらも文句は言ってこなかった。そのまま話が続けられる。


「それでこっちに帰ってきた時に家族ぐるみで会って、色々話した。予めその女子の好きな物とかソイツと仲が良いヤツに聞いたりして、色々菓子とか種類も用意して。他にもどんなのがアイツの好みなのか、知りたかったし」


 ポツポツ落とされる内容を聞いていても特にマイナスなところは感じない。それどころか相手のことを知ろうと努力している姿勢が感じられて、私としては好印象だ。

 だが唯一引っ掛かるのは、家族ぐるみという点か。


 はて? 麗花を彷彿とさせるような素敵女子の家も、緋凰家と同家格ということ?

 うーん。でもまあご夫人の職業が世界規模で活躍中のミュージカル女優だし、交友関係も広そうだから、あんまり家格は気にしない方なのかな? 聖天学院に通っていたのなら、最低でも上流階級だし。


「お話の内容はどうだったんですか? ちゃんとスムーズに会話できました?」

「向こうの生活はどうかとか。ほら、外国人ってフランクなヤツが多いだろ? 学院では特定のヤツとしかいなかったし、環境がガラリと変わって人間関係上手くいってんのかとか。実際は結構上手くいってるらしいけどな。女子は一概に全員がフランクじゃないって言われた」

「何故に女子限定?」

「俺もそこちょっと不思議だった。あとソイツ紅茶も好きで、俺も色々調べて用意した紅茶の話したら、褒められた」

「褒められた」

「確かにマンゴーがそこにあるような、自然な香りがするって」


 結果に触れず道中のことで若干嬉しそうに声の調子が上がったが、それは紅茶に対しての感想で、別に緋凰のことを褒めた訳じゃないと思うのだけど。

 ダメだ。男子オンリーピーポーウォールによる女子への防御率が百パーセントだったせいで、好きな女の子の言葉の真意を取り違えている。


 恋をした緋凰の頭もお花畑になるのか。取り敢えずショックは積み重ねないでおいてあげよう。


「紅茶は私も好きですよ。私の親友は毎年海外旅行に行くんですけど、いつも現地の茶葉をお土産に貰って喜ぶくらい紅茶好きです。もしかしたらその方と私、お話が合うかもしれませんよ」

「いや、その他が多分合わねぇからどうだろうな。お前とアイツじゃ性格、正反対だぞ」


 おい、否定から入るな。

 こっちはお前に気を遣ったんだぞ。


「一応会話も上々だったようですし、だったらどこでポカしたんですか? まさか照れ隠しでバカとかアホとか鳥頭とか言ってないでしょうね」

「お前以外に言うかンなこと」

「私にも言わないという選択肢ありますよ」


 そこで緋凰の眉間にグッと深い渓谷ができた。


「……母さんが婚約を結んだらどうかって提案した。結果、号泣された」


 たっぷり十秒は思考が止まったと思う。


「…………はい?」

「母さんが婚約したらどうかっつったら泣かれた」

「はああああぁぁぁ!!??」


 あまりの衝撃に思わず立ち上がって叫んだら、「うるせっ」と文句を言われたがおいちょっと待て!!

 婚約!? どういうこと!? と言うか!!


「緋凰さま! まさか告白する以前に、家の権力を使ってお相手の方を囲い込もうとされたんですか!? 話を聞く限りじゃ、碌にその方と交流もしていないのに!? そりゃ碌に親しくもない学院でもトップカーストでお断りできそうにない家から婚約の打診とか、絶対その子にとって急なことだし混乱したし、驚いて泣くに決まってますでしょう!!」


 フラれた訳じゃないとか言ってるから、確実に感激の涙ではなくマイナス感情な方の涙であることは明白だ。

 普通の世間話を交わしていた程度の時に好きでもない相手の母親から急にそんなことを言われたら、私だってびっくりする。


 大きな声でドキッパリと言うとそれに関しては本人も思うところがあったようだが、勢いのない反論をぶつけてきた。


「お、俺だってそういうの、どうかとは思ったんだよ。けど俺ばっかがずっとアイツのこと見てて、あっちはちっともこっち見てねぇし。それにこれから近づいて行こうって時に海外行くし。話した限りだと高校はこっちに戻ってくるらしいが、どこに行くかは分からねぇ。例え一方通行の関係でも繋がりがないよりかはマシだと思ったんだよ。婚約者なら別に……理由とかなく会いに行っても、問題ねぇだろ」

「緋凰さま……」


 頬を赤く染めてそっぽ向きながら健気なことを言っているが、現実それを拒否されている訳だから何とも言えない。

 顔を赤くしていても断られているんだぞ。これが恋をすると現実が見えなくなるお花畑マジックか。


「でも婚約お断りされたんですよね?」

「婚約の打診をなかったことにされただけで、好きだとか告白した訳じゃねぇから俺自身は断られてない」

「俺様どんだけ。メンタル鋼ですか」

「アイツ断る時、自分が俺に相応しくねぇからって言ってた」

「傷つけない方法で遠回しにお断りされてますよね、それ」

「外見とか家格とか、そういうので判断するヤツじゃねぇ。俺のことを知らねぇから、そういう風に言うしかなかったんだろ。打診理由が理由だけに受けると思ったが、後から思えば気持ちがねぇのにンな中途半端なことするヤツじゃなかった」


 ……何だか私の言葉に反応しているようで、していないような。自分にブツブツと言い聞かせてもいるようでいて何だか怖い。

 立ち上がっていた私の身体も感情に引き摺られて思わずソファに戻る。


「亀子」

「え。はい」


 ブツブツが止まったと思ったら名前を呼ばれた。

 怖い。こっち見てない。


「そうだよな。家がどうのじゃなく、俺自身がちゃんとアイツにぶつかっていかなきゃダメだよな」

「……まぁ、その方がいいですよね……?」

「だよな。幸いにして夕紀とお前の助言を参考にコミュニケーション力を磨くために、俺はソイツと仲の良い友人とよく会話をするようになった。こっちに戻ってくるんなら絶対に連絡は取り合う筈だ。……これからだ。これから仲を深め、今度こそ気持ちが入った婚約を結べばいいんじゃねぇか……!」


 やっぱり私に話しているようでいて、話していない。自己暗示をかけている。怖い。

 だって私、こうした方が良いよとかアドバイスしてない。それなのにどんどん自分の中で解決していっている。

 うわ、肩を揺らしてクックックとか笑い始めた。笑い方がまんま悪の親玉で引く。


 これ以上何か言ったら更にヤバくなる気がしたので、私はダンマリを決め込み放置することにした。その間悪の親玉笑いをBGMに、現実逃避という名の考え事をする。


 ……相手の子が海外にいるってことは、やっぱり麗花じゃないな。それに強引俺様属性なだけあって諦めずグイグイ行こうとしているし、好きな人の尻を追い掛けるのなら、緋凰が紅霧学院に進学しても麗花のライバル令嬢フラグが立つことはないだろう。

 それに婚約していないから、空子と出会っても麗花が彼らに苦言を呈す動機理由もない。と言うことは、後は春日井の問題さえどうにか解決すれば……。


 緋凰ルートは恐らく潰れ、私が紅霧学院に合格するための下準備も何とか整った。高校の三年間さえ無事に過ごせば、後はもう大丈夫。麗花も。私も。


「……」


 紅霧学院と言っていた。

 麗花を傍で守るために決めたけれど、それと同じくらい、一緒にまた同じ場所で学校生活を送りたい。


 ――――だから私も頑張るよ、太刀川くん



 考え事現実逃避をしながらもいつの間にかポワポワ花を飛ばし始めた私と、ずっと悪の親玉笑いをしている緋凰。

 現在進行形で恋をしている頭お花畑二人組は暫くの間、傍から見ればドン引きの空気を生産し続けていたのであった。

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