Episode243 花蓮の当て
「お久しぶりです、緋凰さま。本日はお時間頂きまして、ありがとうございます」
「宇宙人はまだ人間になれねぇのか」
「貴方がたの私に対する開口一番は一体どうなっているんですか。二年振りに会うお友達に対して何て言い草ですか」
「誰と誰が友達だ。いつまで経ってもクマ面の宇宙人なんざ、そんな大層なモンとして認めた覚えはねぇ」
「貴方のお口の悪さはいつ治るんですか? 来年サンタさんに健全なお口をプレゼントしてもらったらどうですか?」
「帰れお前」
応接客間に通されて指定時間ぴったりに入室してきた緋凰に礼儀正しく挨拶をしたと言うのに、礼儀知らずなヤツは相変わらずの失礼な態度でもって私に対峙してきた。
当然のことを言ったまでなのに何故帰宅を促されなければならないのか、全く以て遺憾である。
クリスマス、私は春日井に電話で『
『…………お願いしたいこと?』
『はい。これは春日井さまにしかお願いできないことだと』
『百合宮さん。僕は君の便利屋じゃないと何度言えば理解してくれるのかな? あのさ、それ聞かなかったことにしてもいい?』
『何でですか。内容聞く前から拒否しないで下さい』
どうしても電話を切りたがる春日井を宥めてお願いしたのは――緋凰へのアポ取り。
私と緋凰の唯一の接点であったスイミングスクールがなくなった以上、彼との連絡手段で頼れるのは春日井しかいなかった。
一対一で会いたいということを伝えれば、私が自分から緋凰に連絡を取りたい。しかも会う方向性で話したことが余程意外だったようで驚かれてしまったものの、彼の中で私と緋凰が仲良くなることは歓迎らしく、特に理由を聞かれることもなく了承してくれた。
それからその日の夕方くらいに春日井から折り返しの電話が掛かってきて、三日後の本日に指定時間込みで緋凰家への訪問という、クリスマスプレゼントを彼から頂戴したのである。
ソファに向かい合って座った緋凰とは、約二年振りの再会。
正体バレしないためのクマさんマスクの内側から見える彼は当然だが、中学生男子らしく成長している。背も伸びているし、野性味のある美顔も幼さが抜けてきているようだった。
――皆、画面に登場した姿へと近づいていく
鬱積した感情を覚えて無言でいたら身動ぎした緋凰から、「で?」と先に言葉を投げられた。
「わざわざ夕紀に仲介を頼んでまで、俺を訪ねてきた理由は? 俺と二人でとか、お前にとったら余程のことだろ」
隣に来るとあっち行け、クソクソ言い合って春日井へと逃げていた当時を振り返り、まあそれは言われるなと思った。
「そんな認識であるにも関わらず、よく応じて下さいましたね」
「全然知らねー仲でもねぇしな。それに俺もお前に聞きてぇことがあるから、丁度良かった」
それを聞いて僅かに首を傾ける。
聞きたいこと? 緋凰が
「それって…」
「俺より先にお前の話だクマスク。つかいい加減捨てろや。何年使ってんだそれ」
「え? そうですね。かれこれ……八年?くらいですかね?」
「物持ちが良い範囲超えてんぞ。
何年経とうとも円らなお目めだけは変わらずに、指摘された通り少々ボロッちくなってしまったリアルクマさんマスクであるが、手元にこれしか覆面がないのでしょうがない。
緋凰からも話があると言われた以上は時間制限もあるだろうし、そろそろ本題に入ろうと居住まいを正せばその空気の変化を察したようで、彼も口を閉じて目の前にいる私を見据えてきた。
「まず本題よりも先に、緋凰さまに確認させて頂きたいことがあります。……緋凰さまは聖天学院の高等部へと進学する際、どちらの付属校への進学を今のところお考えですか?」
麗花の紅霧学院への外部受験の件があって、確実に流れは【空は花を見つける~貴方が私の運命~】に近づいていると悟った。
夏に春日井から明かされた彼の抱えている心情も何故か、乙女ゲーに登場していた“春日井 夕紀”に沿うように生まれている。
ならば、目の前にいる彼はどうなのだろうか?
緋凰家という他を圧巻する家の跡継ぎである緋凰 陽翔は、あの“緋凰 陽翔”と同じように、紅霧学院へ通う道を選んでいるのかと。
何故紅霧学院だったのか分からない。ゲーム上の設定だと言われればそれまでだが、ここは私にとっては現実の、生きている世界そのもの。わざわざそちらを選んだ何らかの理由はある筈だ。
そして受験校を決めてから、度々考えることがあった。……私が麗花と同じ高校であったなら、迎える結末は違ったのではないかと。
ゲーム内では学院が違ったから、“花蓮”と“麗花”の関係は記されることがなかった。同じファヴォリ。同等の家格。
性格は正反対の二人だとしても、初等部・中等部で一度も関わらなかったことなどない筈だ。正反対でも同性で、似た二人であったのだから。
どういう意図の質問かと見定めている沈黙を、静かに受け止める。
長らく知っている仲だとは言え、向こうにとって『猫宮 亀子』は未だ素性のはっきりとしていない存在。
素性を明かせば早い話になるだろうが、多分まだその時じゃない。彼が知っている“
「同じことを夕紀にも聞いたか」
「いえ。これは貴方にしか聞きません」
何故なら、春日井は緋凰に付いていくと思っているからだ。
緋凰と比較されて負の感情が少しずつ降り積もっていっても、親友として傍に在り続けた春日井ならば、彼以外に気を許せる人間がいない緋凰を独りにはしないと考えた。
色々複雑な想いを相手に抱いていながらも、春日井もまた――緋凰のことが好きだから。
「……分かんねぇな。“緋凰”と関りを避けるお前がンなこと聞いてくんの。別にお前、俺のこと好きでも何でもねぇだろ」
「スイミングの元生徒として、元先生に多少は感謝し尊敬しております」
「盛大に感謝しろや」
お前が勝手に先生役として居付いたくせに何を言っている。恩着せがまし過ぎて、横にあるクッション投げつけ天誅したくなってきました。
どうしても二人だと真面目な空気が口を開くと続かないので、ソファにだらしなく踏ん反り返る格好になった緋凰が大きな溜息を吐いて、答えを告げる。
「紅霧学院だ。変更はねぇ」
「そうですか」
……そうか。やっぱり、そうなのか。
答えを耳にしても、麗花の時のような焦燥も不安もなかった。私が何とかしなければという想いが強くなっただけだ。
だらしなく座ったままの緋凰へと、居住まいを正したままの私はそしてようやく本題を口にする。
「ならば緋凰さま。高位家格の筆頭御曹司である貴方がお忙しいのは重々承知しておりますが、来年の夏。貴方のお時間を私に頂くことは可能でしょうか?」
「……あ?」
ガラの悪いお返事は無視して続ける。
「貴方ほど人に鬼スパルタな人間であれば、自分の受験なんてお茶の子さいさいでしょう。それも外部ではなく内部受験での進学ならば、内申点で突破できる筈。内部生の受験事情なんてものは、兄から聞いて把握済みです」
「おい」
「外部生の受験苦労より全然楽じゃないですか。受験勉強をしなくていいんですから、家のあれこれだけで済むのならぶっちゃけ夏休み、暇じゃありません? 暇ですよね??」
「宇宙人」
「ぶっ!?」
いきなりクッションを投げつけられてモロに顔面ヒットした。私は天誅しなかったのに、このド畜生が!
「何するんですか! か弱い女の子である私にクッション投げつけるとか、畜生で外道の所業ですよ!?」
「どこがか弱い女子だクマ面宇宙人が。外も中も宇宙人が。忙しいのは重々承知ぃーからの、暇だろまでの秒手の平返しがこのクソ宇宙人が」
「女の子にそんなクソクソミソミソ言うから、いつまで経っても春日井さま以外のお友達ができ……はい、チャックします」
再びクッションを掴んできたのでお口チャックして投げつけられたもう一つのクッションを抱えると、チッと舌打ちされた。
おい、ガラの悪さが年々悪化しているぞ。
「ったく、話の流れが全然見えてこねぇ。つまり何だ? 中三の夏に俺と会いてぇってことか?」
合ってはいるけど、何か嫌な言い方だな。
言った本人も後から変な顔をしている。
「緋凰さま。私は香桜女学院から聖天学院付属を外部受験すると決めています。ですから貴方にどちらの学院を選択するのかをお聞きしました。もし銀霜学院であったのなら学力重視ですので、お頼みするのはあれでも難しいかと思ったのです。ですが、貴方の進学先が紅霧学院ならば問題ありません」
「紅霧でも問題あるだろ。俺の都合どうなった」
「緋凰さま!」
あの受験先を決めた日、寝ずに考え思いついた当て。――――それが!!
「私が紅霧学院に実技点で合格するために、ぜひ! 『ひと夏の緋凰式鬼スポーツ大特訓』を! お願いしたく!!」
「いいか亀子、人には得手不得手ってもんがある。お前には無理だ。どっちかっつーんなら銀霜行け。まだそっちの方が確実だ」
私の当ては相手から考慮されることもなく、秒で撥ね退けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます