Episode242 贈り合う言葉 後編
最後にとんだ爆弾を投げ込まれた、そんな空気が蔓延している。
さすがに気になって桃ちゃんに視線を向けたら、彼女はポカンとしていた。お口も半開きになっている。
「私は自分が『姉』の器じゃないと思っていたのよね。『妹』候補を決めなきゃいけないのに、だから気乗りしていなくて。三人の『妹』候補が休み時間はずっと一緒に過ごしているグループの子達だったから、私も皆に付いて行っただけだったんだけど……。何か、指名打診受けている三人を見て一人だけテンパってる撫子ちゃんを見ていたら、何となく打診しちゃってたのよね」
「え?」
「この子仲間に入れてあげないと、かわいそうかなって」
彼女たちも初めて聞く話だったのか、『鳥組』お姉様方のお顔が大変なことになっている。
「一応ね、撫子ちゃんのことは知っていたのよ? 下見に行った時も色々他の子と違っていたし。私達が来るまではニコニコしていたのに、次々と打診に頷く三人にショック受けたような顔してて。私付いてきただけなのに、何も言わなかったら仲間外れにしちゃうのかしらって、悪いことしている気分になっちゃったわ。丁度名前も三人の『花組』とも合っていたし、学業成績は優秀っていうのが分かっていたから、あらじゃあもうこの子でいいわ~って」
「……」
「そんな感じの『妹』指名だったけど、でもね。苦手なことでもちゃんと逃げずに頑張って向かって行く『妹』と過ごしていく内に、私がちゃんと『姉』になっていくのが分かったの。曇りのない目で素直に聞いて、自分の力で最後まで頑張って……私とは正反対。きっと『妹』から学ぶことが一番多かった『姉』は、私だわ。だから撫子ちゃん。私の『妹』になってくれて、とは言わないわ。私を貴女の『姉』にしてくれて、ありがとう」
沢山の暴露の果てにあったのは、特大の感謝。
桃ちゃんが小さく泣いている音が聞こえる。
「ずっと……ずっと、桃……私、お姉様に迷惑かけちゃいけないって。三人ができること、私はできないから、置いてかれないようにしなくちゃって。トロくても、ずっとニコニコ笑って、どこがダメなのかポッポお姉様が教えて下さったから、焦らなくていいんだって。できるまでずっとお姉様が付いて下さったから、最後まで頑張れたんです。私にとってお姉様は、一人っ子ですけど、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって、ずっと思っていました。私も、自分が選んだ子のちゃんとした『姉』になれるのかって、不安です。でも今のお姉様のお話を聞いて、また、不安が小さくなりました。……一緒に『姉妹』として成長していければいいんだって、教えられました。ありがとう、ございましたっ」
一年の日々という中で確かな絆を結んでいた、二人の『姉妹』。
どちらも妹気質で、けれど隣り合って並ぶ姿は道に迷う妹に手を差し伸べた姉と、その手を繋いで嬉しそうに姉を見上げる妹のような、そんな『姉妹』だった。
視線を感じた。下げていた視線を上げて向けると、優しく包み込むような笑みを浮かべている雲雀お姉様がいる。
――そうか。会長の言葉から始まり、副会長の言葉で締められるのかと、何故かそんなことが心の声として紡がれた。
そして、最後のお姉様からの言葉が贈られる。
「『香桜の顔』とも呼ばれている私達だけれど、私達だって時に迷い、選択を間違えることだってあるわ。最初から完璧な人なんてどこにもいない。少しずつ経験を得て積み重ねて、そうして進んでいくものだと私は思っているの。それは人と人との関わり合いでもそう。時に悩んで、言い合って、ぶつかり合って。お互いのことを理解して、初めてその人に触れられる。解り合うこと。私達『鳥組』も貴女たち『花組』も、一年という長くも短い時間を共に過ごして、最後にはこうして感謝を告げ合っている。どの『姉妹』も、とても理想的な関係の形になれたのだと、そう感じているわ」
理想的な関係の形。
不思議と暖かかった気候の日に私が感じたことと、同じことを感じていると告げられた。
――私と雲雀お姉様も、どこか似ているのかな?
“似ている”んじゃない。お互いのことを理解しようとしていく過程で、お互いに影響を受け、触れ合ったからそうなっていったのだ。
「花蓮さん」
指名打診をされた時も、私が正式に返事をしに行った時も、雲雀お姉様は真摯に私と向き合っていた。
「貴女にとって私との時間は、どんな一期一会だったのかしら?」
大切にしたいと仰って下さった。
大切に、して下さった。
香桜祭の日のあの青い空の下で、 “彼等”と関係を築けて良かったと。出会って縁を繋いだ人達を大切にしたいと。そう思うようになったのは、きっと。
「雲雀お姉様だけではありません。椿お姉様、千鶴お姉様、ポッポお姉様。『花組』の皆も。私にとってこの出会いと、ともに過ごした時間は――奇跡です」
香桜に来なければ出会うことはなかった。
言葉を交わして笑い合うことも、ぶつかり合うことだってなかった。麗花と一緒に学校生活を送ることだって。
「人の一生は限りあるものです。長い目で見れば、たった一年かもしれません。けれど絶対になくてはならない、必要な一年でした。必要な出会いでした。ここでお別れではありません。……雲雀お姉様。私はこの一期一会をずっと、ずっと繋いでいきます。『姉妹』の絆は進学で離れたとしても、失われるものではありませんから」
大切にしたいと仰って下さった。
大切にして下さった。
――私も、大切に
「雲雀お姉様。この奇跡を私に下さり、ありがとうございました」
自然と視界が滲んだ。お別れではないと言ったけれど、 一つの“終わり”ではある。
目の前で優しい笑みを浮かべている『姉』もまた、『妹』の言葉を聞いてその瞳を潤ませていたことは、視界が滲んでいた『妹』には分からなかった。
『姉』から『妹』へ。『妹』から『姉』へと贈り合った言葉は、皆そこに込められた想いだけは時がどんなに過ぎ去ろうとも、きっと忘れることはない。
――――中等部【香桜華会】『鳥組』としてのお姉様たちと過ごす最後の日は、こうして幕を閉じた。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
クリスマス・イブに帰省し、夏休みと違って二週間しかない冬休みは、私にとって諸々の下準備期間となる。
家族のお出迎えを受けて束の間の休息を取り、そうして翌日には瑠璃ちゃんに連絡してダイエット訓練の予定を確認した。
すると今年は去年と同様、春日井臨時コーチは家関係のご挨拶等で色々と忙しくなるようで、臨時コーチが訪問する予定はないとのこと。
春日井はどこぞのアポなし野郎とは違うので、いきなり米河原家へ連絡もなしに訪れることはないだろう。正コーチである麗花とバッティングの可能性は潰える。
「うん、分かった! あ、あと瑠璃ちゃん。多分私、この冬休みはあまりお家に行けないと思う。ごめんね」
『ううん、いいのよ。実は私もちょっと時間が取れそうになくて……』
「何かあるの?」
『以前から試食で色々と商品の意見を求められていたけれど、新商品の開発にも携わるようになってきたの。だから色々と考えることも出てきちゃって』
小学生の頃はまだ試食だけで、開発という責任が発生しそうなものには関わっていなかった瑠璃ちゃん。
彼女の味覚とその食に関する能力は食品製造業界では喉から手が出るほど欲しいものだろうし、本人も料理をすることや新メニューを考えたりすることは楽しいと言っているので、恐らく将来はその道に進むのだろうと思う。
ただ時間があれば、ちゃんと一人でダイエット訓練は続けるとそう最後に言われて、携帯から掛けた彼女との通話を終えた。
麗花もそうだけど、瑠璃ちゃんも自分の将来の姿を頭に描き始めている。やっぱり目の前のことで精一杯な私は、置いてけぼり感が半端ない。
……何と言うか、自分が将来どうなっているのかという姿が思い描けないのだ。ずっと断罪回避! 一家路頭回避!と、『高校を無事に卒業』というゴールを定めて走ってきたので、その先の未来を考える余裕がない。何になりたいと言うのも今のところないし。
そんなちょっとしたモヤモヤを生まれさせながらも、取り敢えずは最優先事項である『私・紅霧学院合格への道計画』を完遂すべく、その下準備のために自室から出て我が家の電話機の前に立った。
そしていつものように番号を押して待ち、保留音を聞いて暫くして。
『今日クリスマスだよ』
「開口一番に何ですか。知ってますよ。日付が日付でしたが、一応ものの試しで掛けてみて良かったです。お時間大丈夫ですか?」
『これから出掛ける予定があるから、呼び出しには応じられないけど』
「女の子とデートですか?」
『切っていいかな?』
春日井の中で私は一体どういう存在になっているのか、スルーする他にも、年々私に対する雑な扱いが目立ってきたように思います。
まあ世間話という名のジャブはここまでにすることとして、本題を告げるために私は真剣な声を発した。
「すみません、春日井さま。少しだけ貴方にお願いしたいことがございます」
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