Episode241 贈り合う言葉 前編

 カトリック系の香桜女学院にとって、とても大切な行事であるクリスマスミサ。

 当日までに聖歌を練習したり、イースターのようにカードへメッセージを記入したりと他にも色々とミサのための準備を行い、そうして当日を迎えた。


 本日は一年で最後の通学となるので終業式が終われば、中・高等部の香桜生が講堂にて一堂に会してクリスマスミサに参加。


 学院長である神父さまの説教を聞き、中・高等部【香桜華会】によるクリスマスキャンドルへの点灯と聖書朗読、中等部生全員で聖歌を一曲、高等部でも全員で別の聖歌を一曲奏でた。

 最後に高等部の演劇部による降誕劇が披露され、今年のクリスマスミサも粛然としながらも、生徒たちは皆楽しんでその時を過ごした。





 一年における全ての学院行事が終了して、生徒が年内最後の学院での生活を過ごすために生活寮へ帰る一方で、私達【香桜華会】の八人は、会室に集まっていた。

 二学期の終了。それは――――三年生の【香桜華会】任期の終了を意味している。


 基本的に『妹』の指名打診は一、二月に行われ、正式に『姉妹』と決定するまでの期間は二年生の現メンバーのみで回していく。

 学院行事として二月には合唱コンクールがあるものの、【香桜華会】がメインで活動する行事は三月の合格者オリエンテーションまでは特にないため、比較的落ち着いた時期なのだ。


 お姉様たちは中等部校舎にはいらっしゃるが、年が明ければもう会室には訪れない。この会室で共に過ごせるのは、今日で最後。

 ロッテンシスターからは昨日の内にお言葉を頂いているので、現職のメンバーのみが今この場にいる。


 椅子のみを動かして『姉妹』で向き合うように並んで座って、少しして。室内の静かな空気を最初に震わせたのは、会長である椿お姉様だった。


「……まず、感謝の言葉を贈ろう。今日この日まで君達と日々をともに過ごせたことを、とても嬉しく思う。私達は『姉』という立場で君達と接してきたが、逆に『妹』である君達から学ぶことも多々あった。個人的な話をすると、特に私の『妹』である麗花くんには、他の『妹』よりも私は厳しい対応をしていたと自覚がある。けれど君はちゃんと受け止めて、応えてくれた。責任感が強く、いつも他に手伝うことはないかと訊ねてくれる私の『妹』の存在は、私にとっても他の『姉』にとっても、とても大きなものだったよ。改めて言わせてもらおう。私の『妹』になってくれて、ありがとう」


 全体への感謝を口にした後は、やはり自身の『妹』への言葉となる。

 適性役職が定まってからはそれぞれの『姉』に付いていたけれど、それでも指名をしてされた同士の『姉妹』は特別だ。


 横に一列に座っているから麗花がどんな表情でいるのかは見えないけれど、すぐに応えが返らないことで想いを噛みしめ、『姉』へと贈る最上の言葉を探しているのだと分かった。


「私も、お姉様方には多くのことを学ばさせて頂きました。それぞれがそれぞれの持つ責任を果たされ、どんな時も学院の代表として凛とお立ちになられている姿は強く、輝いておられました。まだ一年生であった頃の私は、誰よりも堂々と立つ椿お姉様の姿に、密かに憧れを抱いておりました。表面では厳しくもありますけれど、その根底には優しさがあります。私も、そう在れたらと。ですから会長である椿お姉様から『妹』の指名を受けた時、新入生代表挨拶での私の姿に惹かれたからだと仰って下さって、その理由が“薔之院家の令嬢”だからという理由ではなかったことが、とても嬉しかったのです。“薔之院 麗花”という一生徒として向き合って下さる方だと、そう思ったのです。私も……椿お姉様の『妹』であれて、認めて下さって、かけがえのない日々を過ごさせて頂きました。私の方こそ、ありがとうございました」


 強い声だった。彼女が想いを伝えたその『姉』のように背筋を伸ばし、凛とした姿できっと伝えていた。


 並び順では椿お姉様のお隣が副会長の雲雀お姉様で、麗花の隣が私だが、何故か飛んでその隣の千鶴お姉様から言葉が贈られる。


「私はこのメンバーで【香桜華会】の一年を過ごせたこと、とっても楽しかったよ! 学院の顔だとか代表だとかでプレッシャーもあったと思うのに、皆、ちゃんと付いてきてくれた。本当に香桜の行事って【香桜華会】中心に運営しているから、まだ慣れていない段階の五月にあった生徒総会が一番二年生にとって鬼門なんだよね。でも文句一つ、弱音一つ言わずに動いているのを見て、この子たちならこれからも大丈夫だなって安心したんだ。この四人なら大丈夫! 三年生に上がっても、ちゃんと『妹』を引っ張っていけるよ! あと、葵ちゃん」


 一度言葉を切って、楽しそうに千鶴お姉様が笑う。


「次の会長は葵ちゃんだけど、葵ちゃんらしい会長の姿で良いよ。椿には椿のやり方があるように、葵ちゃんには葵ちゃんらしいやり方があるから。会長職の『姉』が揃いも揃って個性強烈だけど、自分らしくが一番だよ! 会長だからって変なプレッシャーは抱えずにね。『花組』の皆もいるし、支えてくれる子は近くにいるから。一緒にやった聖歌練習は初めちょっとびっくりしたけど、でも少しずつ上達していく姿は隣で見ていて、すごく好きだったんだ。努力家で根性のある葵ちゃんは、私の自慢の『妹』だよ」


 最初はきくっちーのギャ音に両手で顔を押さえて、窓から射し込む光で何かを浄化していた千鶴お姉様。


 けれど途中から雲雀お姉様が加わり、椿お姉様も向かって行って。私達もその間きくっちーが出来なかったことを手伝って、練習にも付き合って。

 皆で協力し合って、【香桜華会】は回っていた。


「……アタシはいつも自分のことで精一杯で、皆に支えられて今日までやってこられたと思っています。お姉様から指名を受けた時、正直何でアタシなんだろうって思いました。成績基準だったとしても、花蓮を追い掛け回して、悪い意味で目立っていた自覚はあります。初めは口調もお嬢様っぽくなくてガサツで、よくロッテンシスターからも注意されて。けど、アタシ。アタシ、いつもアタシなら出来る!って千鶴お姉様が自信満々に言って下さったから、頑張ろうって思えました。まだまだ未熟ですけど、ここにいる三人と一緒に、アタシたちらしい【香桜華会】『花組』として精進します。一年間、アタシの『姉』としてご教授下さり、ありがとうございました!」


 最後は武道に携わる家系の者らしく、大きくハッキリと感謝の言葉を伝える。


 ムードメーカーで明るく運動神経が良いスポ根な二人のよく似た『姉妹』の次は、ゆるーと微笑んでいるポッポお姉様。


「そうねぇ~。うーん……先の二人が大体言いたいことを言ってくれたから、私と雲雀、多分言うこと何も残ってないと思うのよね~」

「「「杏梨/ポッポちゃん」」」

「え~? やだー冗談じゃな~い」


 三人から同時に突っ込みが入り、じゃあ改めて、と。


「私も楽しかったわ~。去年はそうでもなかったけどこの一年は私、とても伸び伸びとしてお仕事ができたから~。ここだけの話だから知らないと思うけど、去年の私達『鳥組』は個性的過ぎて、雲雀以外は『姉』泣かせな『妹』だったのよ~? そんな私達が『姉』になるの大丈夫かしら~って思っていたんだけど、結果はご覧の通りね~。……椿もさっき言っていたけど、私達は『妹』から学ぶことの多い『姉』だったと思うわ。一人の能力が高くても、それが上手く調和しないと組織なんて一気に崩壊してしまうもの。その点、『花組』の皆はその調和が纏まっているから、私達『鳥組』は不安を覚えたまま高等部へ行くことはないわ」


 途中から本来の口調で話し始めたポッポお姉様の表情も、ゆるーとしたものから真面目なものへと変わっていて。


「撫子ちゃん。多分葵ちゃん以上にどうして自分が『妹』の指名をされたのかって思っていると思うけど、私の場合は正直、何となくだったわ」

「何となく」

「うん、そう。というか四人に指名打診したあの日、ぶっちゃけ私だけ『妹』候補、まだ決まってなかったのよ」


 前二人のお姉様が作り上げた感動的な雰囲気を、木っ端微塵にぶち壊す爆弾が投下された。

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