Episode240 その日の冬の空は

「お、お断りされる予定だったのですか!?」


 気さくで人当たりの良いお姉様からの予想外の返答に、驚いてしまう。


「そんなびっくりする?」

「します!」

「私は別にね、【香桜華会】の先輩たちへの憧れとかっていうのは無かったんだよね。香桜を受験したのもお前はもう少しご令嬢らしくなれ!って、父親に言われて受けさせられたって言うか。それに打診された時に『うわ、面倒!』って思って、多分顔にも出ちゃってたかな? あの時のお姉様の顔、引き攣ってたし」


 思い出すように視線を上向けて話される内容に、聞いている私の顔も引き攣る。けれど会室での千鶴お姉様の普段を思い起こせば、彼女は確かによくその時の感情が表情に出ている人だ。

 【香桜華会】に憧れを持つ香桜生が大半という前提状況があるので、彼女を指名打診して嫌そうな顔をされた『姉』の顔が引き攣るのは、さもありなん。


「昔っから女の子らしく笑ってジッとしているっていうのが、どうにも落ち着かなくてさ。催会に出ても女の子たちと話すより、お菓子とか食べてる方が楽しかったんだよね」

「あ、それは分かります。私は数回しか参加したことありませんが、せっかく出して頂いているものを食べずに話をしているだけなのは、勿体ないですよね」

「え、意外。花蓮ちゃんって、そういう場ではご令嬢してないの?」


 会室内と会室外での私のご令嬢対応は、お姉様もご存知のこと。

 不思議そうに聞かれて、いえ、と首を振った。


「ちゃんとしてはいますよ? ただ私だとバレない格好で参加した時には、ずっとお菓子を食べていました」

「バレない格好」

「沢山あるのに食べないの、勿体ないので」


 プッと噴き出される。


「あはは! 確かに花蓮ちゃんお菓子好きだよね! 私が持って行くお菓子、いつもキラキラした目で見てるもんね!」

「お姉様への差し入れが巡り巡って私達への差し入れになるの、とても良いサイクルだと思っています」

「あー、じゃあ残念。差し入れ、先週で最後になっちゃったなぁ。……高等部。二人がいなくなると、私達も寂しいよ」


 笑いながら、最後に小さく零れ落ちた。

 前を向いて一緒に歩いていたけれど、足がピタリと止まる。お姉様は数歩歩いてクルリと振り返り、私と向かい合う形で視線を合わせてきた。


「面倒って思って断ろうとしていたのに、指名を受けたのはね。他に指名を受けた子の中に、椿がいたからなんだ」


 椿お姉様?

 千鶴お姉様と椿お姉様の関係は、私と麗花のような感じだ。私が麗花に注意されて怒られるヤツ。


「私達の学年で椿は目立っていたから、同じクラスじゃなくても存在だけは知ってたんだよね。見掛ける度に一人でいっつも仏頂面しててさー、ストレス溜まってるのかな?って、いつも思ってた。雉子沼家って厳格な家系だし、気難しそうって。それにちょっとした噂もあったし」

「噂ですか?」

「入学した時にね、ちょっとあったんだ。今ではそれも風化しているけど。私は確かに世間から見たら良いところのお嬢様なんだろうけど、こんな性格だし。令嬢らしくなれって言われても、走り回っている方が好きだし。ここまで見たら私と椿って対照的。性格とか真反対だから直接話すこともなかったんだけど、指名の打診をされた後で他に誰がって気になった時に、椿がその中に入っているの知ってさ」


 そこで千鶴お姉様は、ふわりと楽しそうな笑みを浮かべた。


「その時にふと思ったんだよね。椿のこと、知りたいなぁって」


 それは元々気になっていたが故の好奇心か。


「知りたいと思ったけど、【香桜華会】の仕事に拘束されるのも面倒って、同じくらいの比率で思ってて。それで指名を正式に受ける前に、打診された四人で集まったの。これ私の発案! 雲雀はめっちゃ良い子だったし、杏梨は一癖ありそうで面白そうな子だなって思って。あと、椿。椿がさぁー、『何でお前が打診されているんだ』って顔で私のこと、見てたんだよね」


 くふくふと、おかしくて堪らないという笑い声を奏でている。

 ああもう本当に、『鳥組』のお姉様たちの個性は強い。


「そんな顔をして私のこと見てるってそれ、向こうも私のこと知ってたってことでしょ? 自分ではそう思っていなかったけど、何か私も学年では目立ってたみたい。毎日を楽しく過ごしていただけなんだけどね! だからその時に一気に傾いちゃったの。仕事が面倒よりもこのメンバーで一緒に何かやるの、楽しくて面白そうだなって! 事実、私の中学校生活はすごく充実してる! それに本当雲雀ってすごい。ずっと仏頂面だった椿の顔、あっという間に溶かしちゃうんだもん。私は怒らせて注意されてばっかりだけどー」

「千鶴お姉様も」

「うん?」


 言葉通りの様子。本当に楽しそうな彼女に、思ったことを告げる。


「千鶴お姉様も、素直じゃないところがポッポお姉様みたいです。本当はずっと椿お姉様と仲良くなりたかったのに、それを素直にお姉様に言えなかったこと。千鶴お姉様は雲雀お姉様がすごいと仰いますけど、私は千鶴お姉様もすごいと思います。【香桜華会】のあれだけのお仕事をこなして、休日も自分の楽しみだからと言いながら運動部の手助けもされている。それに以前椿お姉様のお部屋に招かれた時に椿お姉様、千鶴お姉様と言い合っている時……とても楽しそうなお顔をされていました」


 あの時は厳しい顔つきで千鶴お姉様に注意していた椿お姉様だけど、千鶴お姉様が袋を広げてお菓子を一つ一つ取り出して「どれにするー?」と私の前に並べている時に、彼女は『仕方ないな』という顔で、確かに笑っていたのだ。

 仲良しな『鳥組』のお姉様。そんなお姉様たちも、初めから今のように仲良しのスタートではなかった。


 彼女たちの中にも色々なことがあって。お互いの相手へ向ける気持ちが変化して、そうして絆を紡いで現在の形になった。

 それはとても――――とても理想的な形だ。


 千鶴お姉様は瞳をパチクリと瞬かせた後、照れ臭そうに頬をかく。


「……花蓮ちゃんってさ、結構ハッキリ言うよね。私も明け透けに物を言う方だけど、そこまでの真っ直ぐな言葉って言えない。あーあ。麗花ちゃんと一緒に高等部、進学してほしかったなぁー」

「ふふ。お姉様にそう言ってもらえて光栄です」

「この八人で回していくの、本当に楽しかったんだよ? 学年成績トップフォーだから、仕事の理解度も早くてパパッとやってくれるし。差し入れお菓子を嬉しそうにパクパクしてる花蓮ちゃんと撫子ちゃん見るの、可愛くて好きだったのに」


 そう。そしてお仕事の合間にお菓子を食べてニコニコしている私達に向かって、「二人とも~、太っちゃうわよ~」とポッポお姉様にニコニコして言われたことがある。

 ガーンとショックを受ける私達を見て、千鶴お姉様ときくっちー姉妹が噴き出して笑ったことは、お姉様たちとの思い出の一コマだ。


「高等部に進学しても、桃ちゃんをプクプクにしないであげて下さいね」

「あっはは! あー、そんなこともあった! いやでも、あれは杏梨が悪いでしょ」

「笑ったお姉様も同罪です」

「えー、差し入れ持って行った私にそれ言っちゃうの?」

「ごめんなさいお姉様、お菓子とても美味しかったです!」

「素直でよろしい!」


 お互い最後には噴き出して笑い、そうしてクルリと身を翻し前方へと向け、ポニーテールを揺らして再度彼女は振り返る。その時の千鶴お姉様は、『姉』の顔をしていた。

 いこっか、との言葉に、はい、と頷いて従う。


 アドベントカレンダー当番を終えたらそのまま生活寮に戻る予定だったが、私は気さくで人当たりの良い、ちょっとだけ天の邪鬼な千鶴お姉様の隣に並んで彼女の散歩に付き合うことにした。


 直接の『姉』でも適性役職の『姉』でもないけれど。それでも彼女は私の――私達の、『姉』だから。




 千鶴お姉様は散歩をしながら、『鳥組』お姉様方の色々なお話をして下さった。


 去年の香桜祭での椿お姉様の某夢の国のネズッキー姿を見て、同学年三人ともステージ下で唖然としたこと。

 周りは盛り上がっていたがどう見てもアレはないということで、だから今年は下手な衣装を選ばせないようにしようと三人が一緒に付いて行ったこと。案の定だったこと。


 雲雀お姉様が彼女の厳しい『姉』に注意を受けて落ち込んでいたのを、ポッポお姉様は自販機で紅茶飲料を三本貢ぎ、千鶴お姉様は自分用の差し入れへそくりを全部貢ぎ、椿お姉様はその日に出た自分の好きな夕食のおかずを貢ぎ。

 『皆、食べ物で釣れば私が元気になると思ってるのね……』と翌日、苦笑交じりに雲雀お姉様から言われたこと。


 一年生の球技大会の時にバスケ部門で参加したポッポお姉様はずっと自分のチームのゴール下に待機して、相手がシュートして外したボールだけは取って砲丸投げパスをしていたこと。

 勢いよく上に投げる仕様のため照明が眩しくて誰も取れず、一度は必ずリバウンドしていたこと。


 当時のポッポお姉様曰く、『え~? だって行ったり来たりするの、疲れるじゃな~い?』とのこと。ポッポお姉様……。



 そんな風に一つ一つ、彼女の思い出を分けて下さった千鶴お姉様。

 その日の冬の空は澄み渡って、晴れやかで。


 ――指名打診を受けたあの日のような、不思議と暖かな気候だった。

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