Episode239 次代の『妹』候補

 パカリと小さな引き出しを開ける。

 中に寝転んでいる指人形サイズのピースサインを決めているサンタさん人形を立たせ、よしと頷いて一歩下がり並んだ人形たちを見つめた。


 カトリック系ではこの時期の恒例イベントともされる、アドベントカレンダー。

 アドベントカレンダーとはクリスマスまでの期間の日数を数えるため、閉じられた窓を毎日一つずつ開けていくというカレンダーなのである。


 カトリック系でも学校によって行うカレンダー形式は異なり、香桜では棚数が二十五部屋ある引き出箱の中に人差し指サイズの人形を入れて、一日ずつその引き出しを開けて人形を立たせるということをする。


 分かりやすく職員室前の廊下に設置しておき、本来なら生徒の誰が人形を立たせても良いのだが、香桜ではやはり【香桜華会】にそういうのが回って来る。

 メンバーでローテーションしてやって行こうと言うので、本日は私の当番ということで休日の本日でも校舎に訪れてこれをやりに来たのだ。


 ちなみにこの人形、モノは毎年一新される。手芸部による渾身の編みぐるみは彼女たちにとっても一大イベントらしく、その出来映えは毎年教師陣でさえも「これは売り物か……?」と錯覚するレベル。

 このカレンダーを楽しみにしている生徒は過半数いて、高等部でも同じカレンダーではあるが、わざわざ中等部の方まで見に来られる先輩方もいらっしゃるくらいには人気がある代物。


 本日は十八日の日曜日。私が立たせたものも併せて並んでいる十八体の編みぐるみは、同じポーズをしているものなど一つもない。

 十八番目の引き出しはピースサインサンタだったが、中にはテヘペロサンタ、角にプレゼントが突き刺さっているトナカイ、トナカイがサンタを蹴飛ばした瞬間……どうやって編んだんだこれ。何か独自のストーリーがありそう。


 そんなバラエティ豊かな人形たちを見つめて一通り楽しんだ後、お役目を終えた私は職員室前の廊下から移動し、生活寮へと戻る道すがら……とある人を見つけた。

 見つけたが相手はこちらに気づいておらず、何やら壁に隠れてコソコソしていらっしゃる。それをその背後で見つけた私。


 何をしているのか気になり、近づいて小さく声を掛けた。


「ごきげんよう、千鶴お姉様」

「っ!? ……あ、花蓮ちゃんか。びっくりしたぁ」


 驚かせてしまったことをお詫びして何をしているのかと問うと、ピッと人差し指をどこかへ向けられたので、その先を追えば。


「あれ、桃ちゃん?」


 同じ場所に留まってウロウログルグルとしている彼女は、どこからどう見ても挙動不審だった。

 というか桃ちゃんが休日に部屋から出るのも、出てもお隣の私と麗花の部屋に遊びに来る以外ではとても珍しい光景だ。


「彼女はいま正に、偉大なる一歩を踏み出そうとしている……」

「千鶴お姉様?」

「私はそう見ているのだよ、花蓮くん」

「千鶴お姉様?」


 突然探偵口調へと変わって、椿お姉様のように私をくん付けし始めたお姉様に変な視線を向けそうになるが、寸でのところで留める。得意げなキリッとした顔から、真面目な表情に変わったから。


「多分あれね、シミュレーションしているんだと思うんだ」


 シミュレーション、と声に出さず口の中で呟く。


 職員室前の廊下を離れて下駄箱に向かうまでの道は、その途中に各学年の教室や特別教室に向かうための階段がある。そして私達がいま居るここは一年生の教室があるフロア。

 桃ちゃんがその場でウロウロしている教室のプレートをチラリと見れば、『1ーA』とある。そうしてピンときた。


「指名……」

「多分ね。ほら、そろそろ時期でしょ?」


 一年が終わりを告げる冬。内部進学か受験かを思考する冬。――――【香桜華会】の代替わり。


 私達『花組』に指名打診があったのは冬休みが明けてから。

 その日はとても晴れやかな冬空で、気候も割と暖かであったので中庭花壇のベンチに四人で座って、昼食を摂っていたのだ。


 和気あいあいとした空気の中で当時二年生だった『鳥組』のお姉様方が揃って真っ直ぐにこちらへ向かってくるのを、「な、何だ? カチコミか??」と良いところのお嬢様のくせにお兄さんの影響か、そんなことをきくっちーが呟いていたのを覚えている。


 下級生に対してはそんなに、とは言っても完全に大丈夫な訳ではない。夏のオープンキャンパスの時はまだ小学生が相手だったからで、一年生となると同じ中学生だ。

 【香桜華会】に所属しているから部活動に入っていない桃ちゃんは、同級生より関わることが少ない一年生に対して、また違った緊張を覚えているのだろう。


 休日だから教室に生徒は誰もいない。そんな扉の前でグルグルウロウロしていた彼女は一度その動きをピタリと止め、数回その場で深呼吸をし始める。

 そしていきなり自分の頬をパンッと、勢いよく両手で叩いた。


「きっ、木戸きどさん! 木戸 青葉あおばさん、いらっしゃいますか! も、桃……あ、違う。……わ、私っ、中等部二年で【香桜華会】所属の桃瀬 撫子と言う者なのですが!!」


 誰もいない(と思っている)教室の前の廊下で、彼女は顔を真っ赤にして声量の大小が極端過ぎる自己紹介をした。

 無音だからこそ辛うじて聞き取れた部分もあったが、「……わ、私っ」から最後まで言い切るまでの間で、声量十八パーセントから八十パーセントまでグーン!といきなり上がったくらいには極端だった。


 このシミュレーション風景を誰かに見られていると知った暁には、きっと羞恥が大爆発して気絶してしまうことだろう。


「花蓮くん。彼女はちゃんと声量調節をできると思うかい?」

「頑張り屋さんですので。聖歌も本番までにはちゃんと調節できていましたし。と言うかいつまでその口調なんですか、千鶴お姉様」

「えへへ」


 笑って誤魔化したお姉様は私の手を引いてこの場から去ろうと動き出され、手を引かれている私はお姉様に付いて歩くしかない。


「花蓮ちゃんは決まってる? 自分の『妹』候補」


 歩きながら質問されて、何となしに答えを返す。


「はい。一応『花鳥風月』縛りがありますので、皆と自分の『妹』候補は予め話しています」


 この条件縛りがあるせいで、『妹』の選定はかなり厳しいものになっている。

 名前縛りで【香桜華会】に相応しい人間性・能力が揃った人間を見つけ出すのは、普通に至難の業ではないだろうか? しかもちゃんと『組』になっていないといけないし。


 けれど比較的私達の『妹』候補は、揃うところまではすんなりといった。

 私はもちろん姫川少女に決めていて、桃ちゃん以外のあとの二人も偶然同じ組分けできる名前の生徒を『妹』候補に考えていたのだ。


 私の『妹』候補である姫川少女と、先程の桃ちゃんが発していた木戸 青葉という名前。

 私達『花組』の次代は――『風組』。


「そっか。そうだよねぇ。難航しなかった?」

「候補絞りまでは順調です。あとは『妹』候補が指名を受けてくれるかどうか、ですけど」

「それに関しては大丈夫だと思うよ? 何てったって、杏梨のお姉ちゃんがやってくれたからね」

「あれは凄かったですよね……」


 余韻に浸って生徒が中々その場から動こうとしなかったので、香実メンバーがわざわざ移動アナウンスをかけた程の盛況ぶりだったのだ。

 あのアドリブのおかげで、また【香桜華会】に対する憧れと期待値が爆上がりしてしまった……。あ、憧れと期待値で言えば。


「そう言えば、今日は助っ人活動はされないのですか?」


 雲雀お姉様から聞いた話では、千鶴お姉様の休日は大体運動部の飛び入り助っ人をして過ごしていると聞く。お姉様もまたきくっちー同様根っからの脳筋なので、【香桜華会】で仕事をこなす傍ら、そうやって身体を動かして英気を養っているそうだ。


 運動部もスポーツ万能で体育ではオール最高点を叩き出す千鶴お姉様の存在は、喉から手が出るほど欲しい人材だそうで。


「口惜しや……。【香桜華会】でさえなければ……」


 と、今もなお悲嘆していると言う。

 正式な部員にはなれないので、お姉様と運動部の利害が一致した結果、正部員たちの能力向上という名目で『休日運動部ローテ助っ人活動』をされている。


 千鶴お姉様はそんな私の疑問に対して、にっこりと笑った。


「うん! 今年の助っ人活動は先週で終わったの。もうすぐ冬休み入っちゃうし。私達も高等部に進学するから、一先ずは中断ってところかな? でもいっつも休日は身体を動かしていたから、部屋でジッとしてると落ち着かなくてさー。だから散歩くらいはしようかなって思ってあちこち歩いていたら、撫子ちゃんのあの現場に遭遇したってワケ」

「なるほど。あ、ちなみに私はアドベントカレンダーです」

「今日って花蓮ちゃんの番か。じゃあ明日は葵ちゃんだ!」


 ふんふん鼻歌を歌って楽しそうな様子のお姉様に、ふと気になって尋ねてみる。


「千鶴お姉様。お姉様は【香桜華会】の指名を受けた時って、どうだったんですか? やっぱり嬉しかったですか?」


 指名前、私はただすごいなぁ……という感想を持つばかりで尊敬の念は確かに抱いていたが、他の生徒のように憧れや心酔とまでは至っていなかった。


 指名を受けたのも、麗花がやるんなら私もという理由。

 きくっちーも桃ちゃんも【香桜華会】に対する憧れというよりは、友達がやるからやるみたいな単純な思考だった。


 お姉様たちを見ていると、椿お姉様は麗花と同じくその責任感から。雲雀お姉様はまさか自分がと思っていたと聞いたし、憧れはあったが及び腰であったことが窺える。

 ポッポお姉様は地雷であったが、雲雀お姉様がやるならと釣られて指名を受けた。


 なら千鶴お姉様はどうだったんだろうと、会室でいつも明るく元気に振舞っている彼女の理由を知りたいと思った。

 お姉様は鼻歌をやめて、そうだね~と間延びした声で一拍置いて。


「指名を受けてくれるかって言うの、さっきは大丈夫って言ったけどさ。私は指名受けた時、ぶっちゃけ断ろうって思ってたんだよね」

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