Episode236 その結末と残された問題

 揃って移動すれば目立つ私達だが今は皆、『香桜華会継承の儀』の余韻に浸っていて、注目する人は少ない。

 適度に距離を開けて二人の後を付いて行けば、チャペル前の聖母マリア像の前で止まった。確かにここなら香桜祭に関わる催しも何もないので、滅多なことでは人は来ないだろう。


 付いてきても堂々と存在を知らせる訳にはいかないので、声も聞こえないかなり遠めの位置で、顔だけ出す形で校舎の壁に隠れて待機する。


 しゃがんだ桃ちゃん、中腰の私、若干背伸びしている麗花の某和菓子三姉妹だ。……うぅ。真ん中の私、地味にこの体勢辛い……。


 二人は向かい合っているがまだ何も話し出していないようで、私達は固唾を呑んで見守る。

 するとグッと顔を上げて真っ直ぐ土門少年の……遠い向こう側にいる私達のことが視界に映ったようで、彼女と目が合っていることが分かってしまった。


 いやいや、きくっちーは目の前の人に集中して!


 グッと片拳を握って応援する仕草が、不思議と同じタイミングで下にいる桃ちゃんと重なった。

 視界の端でそれを見ていた彼女が遂に、彼だけを見つめる。そうして――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「つかさ、あの時麗花も同じことしてたぞ? コイツらめっちゃ仲良しだなって、思わず噴きそうになったもん」

「え、そうなんだ。私の後ろだったから麗花のこと見えないし」


 香桜祭一日目が終了し、生活寮の私&麗花の部屋でだらーんとしながらお話し中。


 麗花と桃ちゃんはそれぞれの香実補佐課の打ち合わせがあって、現在そちらの話し合いに行っている。

 香桜祭開催前の作業がメインな広報課と装飾課は補佐としては特に何もなく、簡単な注意事項程度で終了していた。


 既に裏エースくんへのラブレター日記ノートには綴り済み。

 一人室内でゴロゴロしていたら当たり前のようにバーンと扉を大きく開けて、きくっちーが入って来たという訳である。きくっちーノックして、ノック。


 何気なく香桜祭で見た催しなどの話をしている内に自然と内容は彼女の素敵イベント・一世一代の大勝負へと変わっていき、あの時見守っていた私達のことに言及された。


「うーん。運動神経良い人って、やっぱり人の視線とかすぐに感じ取れるもの? 前に偵察任務したことあるんだけど、秒でバレたことがあってさー」

「いやあの位置は普通に入るって。キレーに頭三つ並んでんだもん。色々考えてたのがそれこそ秒でトんだわ」


 ムーと唇を尖らせる。そんな私の顔を見て、きくっちーがクスリと笑った。


「ありがとな」

「うん?」

「一緒にいてくれて」


 目をパチパチとさせていると、続けて言ってくる。


「何かさ、三人の顔見たらすごく安心したんだ。花蓮と麗花にあれだけお嬢様口調教わっていたのに、アタシの元の口調で告白しちゃうくらいには、さ。色々ドキドキしていたのも、あの応援見たら気なんて緩んじゃって。やっぱりダメだった時のことも考えてたんだけど、ダメでもいいやって、あの時思ったんだ」

「え、何で」

「ダメでも慰めてケツ叩いてくれる、そんなヤツらがアタシの傍にいるから。一回がダメでも、何回もぶつかっていけば良いって」


 そう告げる彼女はとても、晴れやかな顔をしていて。


「柔道でも何でも、一人で努力したからここまで来たんじゃない。アタシの周りにいる人達の助けがあって柔道も強くなれたし、ちゃんと郁人に気持ちを伝えることができた。……花蓮があの時逃げるなって言ってぶつかってきてくれなかったら、本当にアタシ、何もできなかったよ。何も言わずに諦めてた。だからずっと頑張ってきたじゃんって、勝手に終わらせるのかって言われて、めっちゃここに刺さった」


 ここ、と指すのは自らの胸。


「アタシ一人が勝手に暴走して、グチャグチャになっていじけて。心に刺さって、何のために香桜に来たんだ。花蓮と麗花に話して協力してもらってんのに、何してんだってめっちゃ情けなくなったけど、でも奮い立った。思い出したんだ。何度負けてもリベンジしに行く、逃げられても追い掛ける諦めの悪さがアタシの良いところだって! だからダメでもまた挑戦しようって、そう思ったんだよ。……ま、もう挑戦権なくなったけど」



 ――そう。過程で分かってはいたが、きくっちーの想いは受け入れられた。


 彼にとっても彼女が特別な存在だと告げて、晴れて恋人兼ライバルという関係に収まることに。

 ライバルが兼ねられているのは、柔道リベンジがまだだときくっちーが譲らないからだ。そして思うに、ナルシー師匠は絶対にそれだけは受ける気なんてないだろうなと考える。


 だって誰がすき好んで、自分の好きな女子を物理的に投げ飛ばしたいと思うのか。他の女子のことは守らなければと言って憚らないナルシーだが、目的のために特別な女子を傷つけることも厭わなかったナルシー…………本当にナルシーで良いのか、きくっちー。


 うん、まあきくっちーのためにちょっとした意趣返しが思いつかないでもないけどね。


 何はともあれ、これで彼女の問題は解決した。解決というか、新しいスタートを切ったとも言える。

 そう思うと多少の心配事はあれども、目の前にある幸せそうな顔を見ていると自然に頬も緩んできた。


「おめでとう、きくっちー」


 笑って告げると、彼女も照れ臭そうに「ありがと」と言ってくる。


「あ。……あのさ、花蓮」

「どうしたの?」


 何やら急に思いついたようなそれに何事かと返せば、幸せそうな表情から一転、迷いがあるものへと変わった。


「その……撫子のこと、なんだけど」

「桃ちゃん? ……あー、桃ちゃんね。あれから土門くんが帰らないように、ずっと一緒に行動してくれていたの。すっごくやる気で『葵ちゃんのために!』って言ってくれたから」

「え。あ……そうだったんだ。アタシ、アイツ置いてっちゃったからさ。悪かったなって」


 彼女の同室の子の名前が出てきて最初は疑問だったが、桃ちゃんの事情を知らないとは言え、薄々挙動不審の原因は感じていたのだろう。それに何より、最初の時のアレがある。


「アイツさ。多分人ってゆーか、その中でも男が特にダメなんだろ? アタシもずっと悩んでいたこと撫子には言えてなかったというか、言わなかったというか。男がダメそうなのに、そう言うこと相談するのもどうかと思ったから言わないできたんだけどさ。でもアタシが女の子らしくなりたくて努力してきたように、撫子も何かを自分のために頑張っているのが近くにいるから、すごく良く判って。アタシは撫子に言えなかったけど、友達でも自分だけが知らなかったことでも、アイツは応援してくれた。だからアタシも、撫子を助けたい。困ってんだったら力になりたい。……話してくれると思うか?」


 なるほど、本題はそれか。

 自分の悩みは言えなかったのに、相手は言ってくれるか自信がないと。ふむ、何も問題ないじゃん。


「きくっちー、私にいま言ったみたいに話したら大丈夫だよ。だってきくっちーが桃ちゃんに話さなかったのって、桃ちゃんのことを考えていたからじゃん。きくっちーが桃ちゃんをそんな風に思っているように、きっと桃ちゃんだってきくっちーのこと、そういう風に見ているよ」


 彼女の顔に浮かんでいた迷いが溶ける。


「……うん。椿お姉様にも、全校生徒の前でも誓った。守って、一緒に歩むって」



 ――香桜女学院にいる皆を先導し、引っ張っていく存在として。


 両の掌を噛みしめるように握り込み、ゆっくりと一つ頷く。


「継承の儀は終わった。お姉様たちはまだいらっしゃるけど、もう自分たちで考えて動かなきゃいけない。庇護されるんじゃなくて、これからはする側だ。アタシも会長として……香桜の『姉』として、中等部の皆を守っていく!」


 強く、強く輝く光を前にする。

 握り込まれた拳の片方を、両の手の平で包み込んだ。触れた拳は胸に秘める気持ちに触発されたかのように、温かくて。


「うん。私もきくっちーがまた暴走しないように、ちゃんと傍で見張ってるからね」

「いやそこは支えるとか、もうちょっと言い方あるだろ。暴走したけど」

「取り敢えず未来の『妹』たちの聖歌練習は、まず私達に任せてよきくっちー」

「え? ……それ、アタシは『妹』の練習に参加するなってこと!?」

「行事が近づいたら一回きくっちーの独唱観賞会するから。一声目からギャ音だったらもうそこで夜間申請提出して、チャーリー式音程矯正法施行だから。三人で話して出した結論だから、きくっちーからの反論は受け付けないからね」

「アタシの歌に対する信用性!!」


 話している内にいつものワチャワチャした雰囲気になってきたところで、課の打ち合わせが終わったらしい麗花と桃ちゃんが一緒に部屋に入って来た。


「あ、お帰り」

「ただいま戻りましたわ。何やら騒いでいたようですけれど、時間が時間ですし、会話なさるのならもう少しお静かになさいませ」

「え、マジで? そんな外まで聞こえてた?」

「葵ちゃんの声大きいんだもん。なに話してたの?」

「きくっちーの聖歌練習は独唱からスタートって」


 そう答えると麗花と桃ちゃんは揃って、スンとした表情になった。


「「ああ」」

「え? 何だよああって。ちょ、もしかしてそれ冗談じゃなくて、マジな話なの!?」

「一度習得した聖歌曲と言っても、葵クラスだと油断はできませんもの」

「葵ちゃん頑張ろ! 次はクリスマスミサで歌うんだよ!」

「よし、クリスマスだとまだお姉様たちもいらっしゃるね! 良かったね、きくっちー!」

「あああもう本当に皆がいてくれて、アタシは嬉しいよ!!」


 ヤケクソで返事をしたきくっちーに三人で噴き出し、最後には四人の笑い声が一室に響いていた香桜祭初日の終わり。


 こうして私達はまたお互いの絆を深めて、共にいる一年半年という、残された中学校生活の期間を折り返す――……。

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