Episode234 一筋縄ではいかない相手

 正門から入って左側に高等部校舎、右側に中等部校舎があるその真ん中辺りに、野外ステージは仮設されている。

 足場は単管パイプで組んでその周りには目隠しシートを張り、その上に人が複数乗っても底が抜けたりしないように厚みのある床板が張られている。

 そして後ろ壁となるものには今年の香桜祭のテーマである『平和と祈り』を元に考案された、高等部の香実広報課が手掛けた美麗な絵が描かれていた。


 日差しを遮るための屋根もあり、音響などは壁の向こう側に完備している。ステージの建設自体は業者頼みだが、ステージ運営に関わる香実企画審査課が前年度の資料を参考にして一から交渉連絡を行って準備を進め、本日という日に至っている。

 と言っても業者は毎年同じところに依頼するし、交渉連絡の際は傍に先生も付いて下さっているので特に問題はないのだが。


 ちなみに交渉連絡は頼れる高等部二年の先輩が率先して行ったというのを、この課は副会長組が補佐担当でその様子を近くで見ていた桃ちゃんが「ハキハキしてて、すごかったよ……!」と、興奮しながら教えてくれた。


 野外ステージの午前中は書道部や合唱部、ダンス部などの部活動中心にパフォーマンスを披露。

 午後の一番では吹奏楽部が活躍し、クラス有志もあって様々な催しが行われる中で全校生徒が一番楽しみにしていると言っても過言ではない、中・高等部【香桜華会】企画による『香桜華会継承の儀』。


 私が野外ステージに到着する頃には既に人でひしめいており、どこで見ようか、土門くんと桃ちゃんはまだ一緒にいるだろうかとキョロキョロしていれば、「百合宮さま!」と呼ばれる。

 見ると私を呼んだのは同じクラスの子達で、揃って手招きされたので近寄ると、その途端彼女たちはバッと二手に割れて左右の人間同士で腕を組み、縦に連なるフォーメーションを披露した。


「私達中等部二学年一同。最前列への道を確保すべく、一時間ほど前から待機しておりました!」

「薔之院さまと桃瀬さまは既にお通りになられていますわ。さぁ百合宮さま、どうぞ私達の花道をお通り下さいませ!」


 何その羞恥しかない道。

 そして学院の内情をご存知でない来校者からの視線が突き刺さって、とても痛い。


「百合宮嬢」

「あ、土門くん」


 とても通りたくない気持ちで突っ立っていたら、サッとやって来た彼がニコリと笑い掛けてくる。


「見たよ見たよ! 立派な百合宮像が出来上がっていたね! 君を知る人間が見たら一目瞭然で、やはり君は一人で数百の兵だと改めて理解したよ!!」

「その像振り回してひと思いに天へとしてやりましょうか。桃ちゃ……桃瀬さんのこと、ちゃんとエスコートして下さったんでしょうね?」


 聞くと、フッと笑って前髪をかき上げた。だからかき上げるくらいなら切れば?


「当然のことを聞かないでくれたまえ。僕を誰だと思っているんだい?」

「その調子で菊池さんとも接して下さい」

「……」


 途端に黙るな。ハイと返事をしろ。

 息を吐き、話をしようと口を開こうとして。



「――分かっているさ」



 おふざけの欠片もない、真剣みを帯びた声が落とされた。


「だから僕を誰だと思っているんだい? 元々ここには、呼び出した人物の真意を確認するために来たと言っただろう。威勢の良い猿が女子だと判って、彼女とどう接すればいいのか分からなくなった僕とは対照的に、アレの態度は何一つ変わらなかった。それはそうさ。葵は僕のことを、ただのライバルだとしか見ていなかったのだから。変わらない態度で、僕にリベンジさせろってね。……他の女子と同じように接するという行動ができない時点で、僕が葵をどう思っているのかなんて、さ」


 女子と知って態度が変わった土門少年と、女子だから拒絶されたと思って傷ついたきくっちー。


 お互いの言い分が分かれば、何とも盛大なすれ違いを起こしている。そして食堂で耳を赤く染めた理由も今度は正確に察した。

 隠していた気持ちを超絶鈍感と言っていた私に言い当てられて、柄にもなく動揺した結果がアレなのだろう。面倒臭いヤツだな、ナルシー師匠。


「拗ねていただけですか」

「それについては弁解もない。ライバルとして受け入れて相手をすれば良かったのだが、どうにも気に入らなくてね!」

「ちゃんと言わないと相手には伝わらないんですよ、師匠」

「フッ。僕も確信なくては恐れを抱く人間だったと言うことさ。……だが、それも今日で終わりにしよう」


 え、と瞬けば、彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「ライバルだとしか思っていない僕を何のために呼び出したのか、その解らなかったが、先程アレが食堂で見せた態度で把握した。――――葵は、僕のことが異性として好きだろう?」


 疑問の皮を被った自信に満ち溢れた断言に、何かがゾワリと背筋を這う。


「嘘は言えない性格だ。女性らしくなり、それを僕に見せたかったと。本当のことだろうね。それだけのためにいきなり女子校へ行くというのも、葵の気性から無いとは言い切れない。単純な思考をしている脳筋だからね。君は協力者だろう? 高名な百合宮家のご令嬢且つ、中身はともかく君の外見は春の花の妖精だからね。白羽の矢が立った筈さ。そしてそんな彼女が目標としている君と僕が、気の置けないやり取りをしているのを見て、逃げた」


 フッと、歪な笑みをく。


「最初に声を掛けてきた時点で、今まで僕が見たことのない表情をしていたからね。原因と言うと、僕と君が一緒にいたことくらいしかない。まさかとは思ったが、僕が君のことを好きだとかあり得ない勘違いをして、その場から逃げ出すとはね。今までの葵からは考えられない行動さ。愉快過ぎてあの時は笑い出さないようにするのに、大変苦労したよ」

「貴方……」

「百合宮嬢、一つ言っておこう。僕は存外、僕が気に入った人間には性格が悪いのさ」


 信じられない眼差しを注いでいる私の背に手を添えて、土門少年が軽く押した。


「ほら、早く行きたまえ。君のために空間を作った彼女らを、いつまでも待たせるものではないよ」


 誰が先に話し掛けてきたんだと言いたいが、黙って言う通りにする。花道への羞恥を感じるどころではない気分の悪さに特大の溜息を吐き出したいが、グッと呑み込んで我慢した。

 大概なモヤモヤを抱えたまま最前列まで辿り着くと、麗花と桃ちゃんが手を振っているのでそちらへ行き、彼女らの隣に並んだ。


「どうですの?」

「花蓮ちゃん」


 心配と不安が声にも表情にも表れている二人に、微笑んで告げる。


「ご心配をお掛けしました。ちゃんと話して、勝負もすると」


 途端ホッとする二人。私もただただホッとして、気楽な気分で事を見守りたかったです。

 先程の彼とのやり取りを反芻し、アレはないなと思う。確かに頼りになるし、事実彼に助けられたことも何度かあるが、一筋縄じゃいかないにも程がある。


 本当に相手はアレで良いのかきくっちーと言いたくなるが、彼女の抱く『好き』という気持ちを否定するのは違うなと、かぶりを振った。


 これでは甘酸っぱい青春の一ページではなく、蜘蛛が張り巡らせた巣へと誘い込まれるまま、何も知らずにそこへ向かう蝶の姿を見ているようなものだった。


 ……クラスが離れても塩野狩くんのことを気にして、彼の変化に同じクラスだった裏エースくんよりも早く気がついていた土門少年だ。

 何のためにきくっちーが女子校へ進学したか不明などと口にしていたが、行動は予想外だったとしてもその動機に関しては、本当は解っていたんじゃないかという気がしてならない。



 ――善と悪、両方に成りきれる人間性



 塩野狩くん本人には善に作用していたけれど、きくっちーの場合は自分の態度で彼女を傷つけていることが解っていても、それでも素知らぬ振りをしてそのままの態度でい続けた。


 何度負けても挑んでくる、自分に向かってくる彼女の姿勢を見て、どうすれば “ライバル”ではなく“女の子”のきくっちーを自分に向かせられるのか。

 そのまま試合を受けていれば、ライバルの延長線にしか関係が成り得ない。ならば――……。


「うぅっ」

「花蓮ちゃん? どうしたの? もしかしてお腹痛い!?」

「菊池さんの今後を思って、胃がキリキリ……」

「ちょっと、本当に和解しましたの!?」


 青褪めて胃の辺りを抑えて呻き声を出す私に色んな心配の声が掛けられるが、首を振って否定する。

 私ときくっちーの仲は問題ない。一世一代の大勝負も間違いなく成功する。……全てがお膳立ての可能性さえ知らなければ、こんなにモヤモヤすることもなかったのに!


 その時、場に落ち着いたメロディーが流れ始めた。

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