Episode232 恋愛相談は奥深いもの
「【香桜華会】に関することではなく、拗れた恋愛に関するご相談です」
「……」
「……」
お二人にとって余りにも予想外の内容が飛び出したらしく、テンションアゲアゲだった鳩羽先輩でさえピキッと固まってしまった。
「……えっと、それは」
「え。えっ? どういうこと? 拗れたって、女の子と女の子が別の女の子あたッ!」
「詳しい話を聞いても良い?」
話途中の鳩羽先輩の頭を何故かベシリと叩き、仁保先輩が話の続きを促してくる。
「とある殿方に好意を抱いている女子が、彼女のお友達にその方のことで幾度か恋愛相談をしておりました。お友達はその女子に快く協力し、その子のために色々とアドバイスをしました。ですが好意を抱く女子は、自分が恋愛相談をしたお友達と殿方が、元々の知り合いであったことを知らなかったのです。ちなみに実際に会うまでそのお友達も、女子が好意を抱いている殿方が、自分の知り合いだと分かりませんでした。お友達と殿方はお互い知人程度の関係ですが、女子が殿方のお友達に対する態度を見て、彼はそのお友達が好きなのだと誤解してしまったのです。お友達はそのことに気がついて、女子への誤解を解こうとしているのですが…………この場合、どう対処すればよろしいでしょうか?」
改めて麗花の口から語られた現実で起きてしまった漫画のような出来事に、しかも当事者であるが故に居たたまれなくなって身体が自然と前のめりになり、俯いてしまう。
そしてそんなキノコを生やす一歩手前の私の様子を見て、仁保先輩が気まずそうに確認してきた。
「あー……。その相談を受けていたお友達って、百合宮さん?」
「そうです……」
「んーと。誤解ってことは、実際男の子は百合宮さんを恋愛対象としては見てないってことなのよね?」
鳩羽先輩からも聞かれ、その通りだと頷く。
「なるほどなるほど。そっか。青春してるねぇ」
「茉李」
「うんうん! それで、一体何をそんなに悩んでるの?」
「え」
思わず鳩羽先輩を見れば、彼女はニコニコと笑っていた。
「だって何も問題なんてないじゃない? そりゃあ百合宮さんか男の子のどっちかが相手に恋の矢印を向けているんなら、修羅場かもだけど。でも違うんでしょ? 単純な勘違いなんでしょ? え? 昌ちゃんこれって、誰が悪いとかってそういう話?」
「誰が悪いとかじゃないけど、でも気まずいでしょ」
「そういうもの?」
「そういうものなの」
ふーんとコテリと首を傾げ、「でもねぇ」と呟く。
「それで破綻するような関係なら、それまでだと私は思うの。お互いにね。相手にどう思われるかを気にして怯えて行動しないのなんて、相手に対してそこまでの気持ちってことでしょ? 遠慮なんて以っての他よね! もしその女子二人が私と昌ちゃんだったとして、有耶無耶に誤魔化した表面上だけの仲良しこよしなんて、そんなの嫌だもの。どっちも本気で好きなら、諦めるなんて論外よ。好きな人を昌ちゃんのせい、昌ちゃんを好きな人のせいで諦めるとかおかしいじゃない。私の気持ちの問題で、それを誰かのせいだって理由にしたくないわ。だから私はいつもこうよ? 相手がどんな態度を取ったって、状況に応じてだけど根本的な部分で私は“私”を貫くわ。だって……」
それまで淀みなく言い切っていた口が突然、はく、と音にならない動きをした。言おうとしただろう言葉が不自然に呑み込まれる。
「……だって、本当に大切なんだもの」
自論を展開していく上できっと、自身の妹のことが鳩羽先輩の頭にあったのではと何となく思った。
『私は姉のクローンじゃないのよ? 両親も何かあれば「茉李のように、茉李のように」って、煩いし。そんなことをずっと言われ続けていたら私らしく頑張るの、何か馬鹿らしくなっちゃって』
頑張ることを一度諦め、投げやりになってしまったポッポお姉様。
……そうか。妹側はそれを享受してしまったが、間接的にでもそうなってしまった原因の姉が妹のことを気にしない筈がない。姉にとっても妹が大切な存在なら、尚更。
「チャンスが一度しかないなんて、誰が決めたの? 一回がダメでも、何度でもぶつかっていけばいいじゃない。自分が思い描くすべてが一度で上手くいくだなんて、そんなのとっても甘い考えだわ。人生なんて山あり谷ありだし、傷つくことや辛い思いをすることなんてザラにあるし。……ずっと止まらず歩き続けろと言いたい訳じゃないの。足を止めても良いわ。休憩に時間が掛かっても良い。ゆっくりとでもまた歩き始めてくれたら、それで良いのよ」
最初にしていたような高いテンションではなく落ち着いたその様子は、二人で会話したあの時のポッポお姉様とどこか重なる。
誰かと誰かが話す
「――鳩羽先輩は、とてもお強い人ですのね」
静かな波間に一石を投じるかのように。
決して小さくはない声で、麗花が鳩羽先輩を真っ直ぐと見つめて。
「私は。特別な立場にいるのだから、いつも誰かの手本とならなければいけないと考えておりました。私自身、ちゃんと相手と向き合い本音を伝えること。私の言葉をどう受け取るかは相手次第だと。ですが聖天学院に在籍していた頃、ずっと……ずっと本音で向き合えなかった方がおります。怖かったのです。傷つくことが怖くて、見ないようにして。今はそれを良かったと思うのではなく、後悔しておりますわ。ようやく最近になって次に相見える時には、ちゃんと今度は私の方から踏み出そうと、そう思えるようになりました。鳩羽先輩のお考えを拝聴して、とても心に響きましたわ。ご返答下さり、ありがとうございます」
そう言って頭を下げる麗花にふふふとニコニコ笑って、「いーえー」と返答される。
私も先輩が話した内容には、響くものがあった。
何度でもぶつかる。諦めない。最初から上手くいかなくてもこのチャンスは一度しかない訳じゃない。
どっちも好き。……本当に、大切なら。
『あ、あのっ! オレ……違う、ア、アタシを……女の子にしてくれ!!』
――ここまで来たんだから、その程度の気持ちな訳がないよね? きくっちー
最早焦りも嫌なドキドキも消えて、落ち着いた心が私を次の行動へと動かしていく。
「麗花さん。私、今から会いに行ってきます」
「……和解を祈っておりますわ」
誰に会うのか、一緒に行こうかと聞くこともなく、ただ頷いてくれる。そして鳩羽先輩と仁保先輩にも顔を向けて辞去を伝えて席を立ち、あ、となって再び鳩羽先輩へと顔を戻した。
「あの、鳩羽先輩。私の適性役職、杏梨お姉様と同じ書記なんです。ですから個人的なお話も少しはしていて。杏梨お姉様、仰っておりました。“また頑張ってみてもいいかもしれない”と」
ニコニコ笑んで細めていた瞳がその瞬間、驚いたように見開かれる。そして――ふわりと。
今度はとても嬉しそうにはにかんで、えへへと溢した。
「……そっかぁ。そっか。ありがとね! あの子の勇気のトリガーになってくれて」
「いいえ。こちらこそ先輩の助言のおかげで、心置きなく友人と向き合えそうです。私の方こそありがとうございました」
「またお話しようね!」
「はい。失礼します」
再び先輩方へと挨拶をした後、高等部校舎の食堂を出て中等部校舎へと向かう。途中で現在の時刻を確認すれば、十三時を少しだけ過ぎていた。
タイムテーブル上では『香桜華会継承の儀』は、十四時に開始される。
お昼を摂っているかどうか不明だったので、麗花が購入した屋台でもう一度海鮮焼きそばを買ってから目的地に向かった。
パフォーマンス系は高等部校舎が中心なので、作品展示中心の中等部校舎は比較的静かで、向こうと比べたら人の流れもゆったりとしている。
目的地の会室付近は生徒が行き交う教室と離れた場所にあるので、距離が縮まるに比例してより喧騒が遠退いていった。
そうして辿り着いた、曇りガラスにアイアンの飾りが施されているアンティークドアの前。
一応気合いの一呼吸をし、片手をドアに当ててコンコンとノックする。勝手に入っても別に問題はないが、こうすることで中にいる人物へと誰かしらが来たことを敢えて事前に知らせる。
ノブを回して鍵の確認を最初にしなかった時点できっとここにいれば、来たのが私だと判るだろう。
暫く待ったが物音も返答もないので、あれ、これまさか違う場所にいるのかと思い始めていたところで、「どうぞ」とやっと反応があった。
ノブを回して静かにドアを開け、中へと一歩を踏み出す。入って二年生側の机を挟んで奥の左側。
演劇部から借りた衣装をトルソーに纏わせたままその正面に立ち、こちらに背を向けていた彼女がゆっくりとした動作で振り返った。
――にっこりと、明らかに作られた表情で。
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