Episode231 困った時は誰かに頼りましょう

 すぐに追い掛けられなかったせいで、どこを見回してもきくっちーらしき姿がない。

 取り敢えず彼女が言っていた高等部の屋台方面へ向かおうと再び走り出そうとしたら名前を呼ばれて、そちらを見ると本部に行って確認が終わったらしい麗花がいた。


「麗花! きくっちー見なかった!?」

「葵? いえ、私は見ておりませんけれど」

「分かったありがとう!」

「ちょっとお待ちなさい!」


 腕を掴まれて引き留められ、慌てていることもあって少し語気が強めになる。


「何!?」

「もしかして葵、貴女と彼のことを勘違いしてどこかに行きましたの!?」


 その発言から、やはりあの時には彼女もそんな考えを抱いていたのだと把握する。


「麗花どうしよう! だって、全然違うのに!」

「貴女側はそうでしょうけど、彼の場合はどうですの? 貴女に好意をお持ちなのではなくて?」

「違う違う! 本当にお互いただの同級生で腐れ縁! 恋愛が入り込む隙間なんて微塵たりともない関係でしかない!!」


 必死に否定するが、それでも麗花は難しい顔を崩さない。


「ちゃんと冷静に説明ができなければ、余計に誤解を加速させるだけですわ。早く解こうと勢いだけで行って、どうにかなる問題ではなくてよ」

「で、でも……!」

恋敵ライバルという認識がある今、葵の方も冷静ではないでしょう。『香桜華会継承の儀』まではまだ時間がありますわ。葵にも冷静になる時間が必要でしょう。貴女も葵に説明をするのなら感情的にならず、落ち着いて話さなければなりませんわ。取り敢えず移動……」

「大丈夫。桃ちゃんが一緒で、『香桜華会継承の儀』までは引き止めてくれるから」


 言っている途中でハッと食堂を振り返ったので心配事を解消させれば、「撫子が?」と驚いた顔をする。


「うん。きくっちーと一緒に来ていて。私が追い掛けるって言ったら、きくっちーのために捕まえておくって強く宣言したの」

「そうですの……。大丈夫と判断しましたのね?」

「土門くんは基本女の子にひどい態度は取らないから。桃ちゃんのこと、ちゃんとエスコートしてくれると思う」

「……分かりましたわ。では行きましょう」


 そう言って手を繋ぎ、どこかに向かって歩いていく。

 校舎外に出ればガヤガヤと楽しそうな笑い声が響いていて、今のところは今年の香桜祭も順調と見える。


 お昼がまだな麗花は高等部側の外部協力屋台で海鮮焼きそばを購入したが、けれど高等部の屋台へ行くと言っていたきくっちーの姿をそこで見ることはなく、違う場所に行ってしまったのだと落ち込んだ。


 その後は高等部の食堂に足を踏み入れて、外と室内の両方に席が設けてあるものの室内の二人掛けスクエアテーブルに腰を落ち着かせる。

 中は丁度お昼時なので人も多く中等部生もちらほらいたが、圧倒的に高等部生が占めていた。


 状況が状況だからか、麗花は普段よりも倍近い速度で焼きそばを食べ終えた。そんなスピードでも所作は綺麗で、こんな時でもさすが麗花と思う。

 麗花は向かい合っている私の顔を見て、少しだけ眉を下げた。


「……葵はきっと会室におりますわ。そこで衣装にも着替えなければなりませんもの。その前にちゃんと話をすれば良いのですから。それで、どうして今のような状況に?」


 移動している間に早くという焦燥は薄れたが、嫌なドキドキは未だ収まらない。


「あれから麗花と別れた後、食堂に行って軽食摂りながら色々と話してたの。て言うかぶっちゃけ、あっちもきくっちーのこと、そうで。素直になれなくて、つっけんどんな態度になっていたことが発覚して……。私はもう小学校の時の感覚で接していたんだけど、客観的に見てどうも私と話している向こうの態度で、対象違いの解釈違いが発生してしまい……」

「対象違いの具体的な説明を」

「自覚して耳真っ赤になったところを見て、その対象が私であると勘違いされた」

「…………はぁ」


 思いっきり溜息吐かれてしまいました。


「とんだ悲劇ですわね」

「はい」

「……」

「……」

「あれ、百合宮さん?」


 無言で時が過ぎること二分程度、私かと確認するような声がして顔を上げれば、知っている顔に出会ってハッとする。

 ご挨拶をしようと立ち上がり、相手が先輩であることを見て確認した麗花も椅子から腰を上げた。


「ごきげんよう、仁保先輩」

「ごきげんよう」


 私が微笑んでご挨拶したのは、香実の広報課で共に作業をした仲である仁保 昌先輩。そして彼女の隣にはもう一人おり、目をパチパチとさせて隣と私達を交互に見ている。

 お二人ともこれから昼食なのだろう。トレーを両手で持ち、仁保先輩が空いている私達の隣の二人掛け席へとそれを置いた。


「来てから聞くのもあれだけど、お隣大丈夫かな?」

「はい。どうぞお掛け下さい」

「あっ」


 にこやかに話す合間、もう一人の先輩が何かに気づいたかのような声を発して、瞳をキラキラと輝かせて仁保先輩の制服の袖を引っ張る。


「昌ちゃん! この子たち、ウチの子たちね!?」

「……取り敢えず何が言いたいか私は解るけど、万人に通じない発言は控えてといつもあれほど」

「昌ちゃん昌ちゃん! ねぇねぇこれって運命!? だって高等部二年と中等部二年って巡り合うようで巡り合わない、微妙過ぎる学年差よ!?」


 きゃはー!と何故かテンションアゲアゲな先輩に、疲れたように一つ息を吐く仁保先輩。


「はい落ち着いて。まずは手に持ってるそのトレーをここに置いて。静かに座って。ごめんね、うるさ……騒がしい先輩と一緒にしちゃって」

「あ、いえ」

「賑やかになってよろしいかと」


 私の知っている先輩であるからか、気にしていなさそうに告げる麗花にお互いを紹介する。


「麗花さん。こちらの方は広報課で同じ補佐に入って下さった、仁保 昌先輩です。先輩、こちらは私の友人で同じ【香桜華会】の薔之院 麗花さんです」

「初めまして。仁保 昌、高等部の二年生です」

「ご丁寧にありがとうございます。中等部二年の薔之院 麗花と申しますわ」

「はいはーい! 鳩羽 茉李でっす!」


 バッと挙手して自ら名乗りを上げたもう一人の先輩に、三者三様の反応が広がった。

 まず麗花は少々驚いた顔をし、私はこの人が話に聞くポッポお姉様の……!と驚愕し、仁保先輩は死んだような目で正面に座っている人を見ている。


「うん。あの、そう。今は空気読めてないけどコレが杏梨の姉で、高等部の【香桜華会】次期会長」

「やだぁ昌ちゃんったら! 私のことコレとか、そんな風に紹介するなんて照れちゃうじゃな~い」

「どこに照れる要素あったの? ねえどこにあった?」


 頬を両手で挟んできゃ!とはしゃぐ先輩と、突っ込みを入れる先輩の温度差よ。……うん、何か掴みどころのなさがポッポお姉様のご姉妹だなと思う。


「杏梨お姉様の姉上様、ですの?」

「え。じゃあやっぱり中等部の二年以下はこの話、そんなに知られてないんだね」


 マジマジと鳩羽先輩を見つめて言う麗花を見て、仁保先輩が自身の認識を改めて再確認していたところ、チッチッチ!と鳩羽先輩が得意げなお顔で人差し指を左右に振られた。


「そりゃそうよ昌ちゃん。いくら私がとっても優秀って周りから評価されていても、それは周知前後二学年までの話! だって学び舎も違う、生活寮も違う。行事だって唯一この香桜祭があっても、直接会話することなんて稀でしょ? 例え中等部の【香桜華会】にいる子でも、高等部の【香桜華会】には誰がいるかなんて興味ないと思うの。だって中等部の時の私が興味なかったもの」

「ねえ最後の発言要る?」

「あっ、でもね! 私の妹が中等部【香桜華会】にいるから、ちゃんと今のメンバーは覚えたの! 百合宮さんと薔之院さんと、菊池さんと桃瀬さん! 合ってる? 合ってるよね!?」

「は、はい。合っています」

「やったぁ!」


 鳩羽先輩めっちゃ強個性。さすがあのポッポお姉様の実姉。

 周囲にこっそりと視線を向ければ、食堂内にいる大体の高等部生ははしゃいでいる鳩羽先輩を微笑ましそうに見ていた。


 と、ここで麗花が先輩お二人に向かって口を開く。


「……あの。初対面で不躾になってしまいますが、ご相談させて頂きたいことがございます。お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あら、あらあらオッケーよ! 何々、高等部の【香桜華会】がどんな感じかとか?」


 仁保先輩はキョトリとして頷くのみだが、鳩羽先輩はやる気満々で身を乗り出して応じる体勢。

 一体何を先輩たちに相談する気なのかと麗花を見つめれば、いま正に『花組』内で大問題になっていることを彼女は語り始めた。



「――いいえ。【香桜華会】に関することではなく、拗れた恋愛に関するご相談です」

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