Episode230 対象違いの解釈違い

 きくっちーの隣にいる桃ちゃんは何故かオロオロとしており、きくっちー自身はどこか表情が固くなっている。

 そんな二人の態度に微かに疑問を抱くものの、すぐに腑に落ちた。


 きくっちーの場合は恐らく香桜祭が始まってすぐに土門少年好きな人と再会するとは思いもしなかったから緊張していて、桃ちゃんは知らない男子がいることで挙動不審気味になっているのだろう。

 一先ずそれらをほぐすために、こちらに来た二人に微笑んで声を掛けた。


「二人ともお疲れ様です。早めの昼食ですか?」

「……各クラス展示の見回りも交代の時間でしたから。軽いものを先に頂こうと、思って」


 緊張はしているようだが、ちゃんとお嬢様口調で話すきくっちー。しかし土門少年と話した今ではそれが逆効果であると知ってしまっている。

 チラリと対象を確認すると不機嫌をハッキリと面には出していないものの、彼は薄い笑みをその口許に浮かべていた。


 どうするべきか。ここは一旦きくっちーを連れ出してお嬢様対応の取り止めを告げるべきかと悩む間に、土門少年が口を開いた。


「やぁやぁ夏以来だね、葵。君のお誘いに応じてちゃんとやって来たよ。それで? この僕を誘ってここまで呼び出した理由は何だい?」


 話し方も至って普通。

 ニコリと笑って尋ねられたそれにきくっちーはムッと眉を寄せたものの、次の瞬間にはふわりとした笑みを見せる。それを遠くから見ていた生徒から、きゃあと黄色い悲鳴が上がった。


「ご来校下さりありがとうございますわ。理由と言いますと、今まで貴方には私のことを男と勘違いされる失礼を頂きましたので。私もこれからは女性らしくなろうと思い、その努力をぜひとも貴方に見てもらいたかったからですわ」


 一言一言ハッキリと述べる。負けず嫌いの面が出ているのか、対象を前にしても恥ずかしがることなくお嬢様で言い切った。


「ふぅん。この僕に、ね。……まぁ、百合宮嬢と親しい間柄ならそのくらいの矯正は可能だね。良かったじゃないか、努力が実って。あの頃と比較したら君は断然女性らしいさ!」


 ニコリと笑っているが完全に言葉の端々がトゲトゲしている。明らかに皮肉った言い方にきくっちーの眦も上がり、さすがに私も口を挟む。


「ちょっと土門くん! どうしていつものように素直に褒めることができないんですか! 春の花の妖精とか抜かしていた女子への美辞麗句を、一体どこに置き忘れてきたんです!?」

「ああ、もう君には言わないから安心したまえ」

「当然です! また言われようものなら師弟関係は解消します!」

「それは坊主くんの時限りの話じゃなかったかい? ハァーやれやれ、頭の足りない弟子はわざわざ言い渡されなければ理解できないとは。さて、百合宮嬢。僕は君を喜んで破門するよ! 破門!」

「勝手に喜んで破門宣言しないで下さい。いい加減にしませんと、毒舌しか吐かないお口はガムテープで封印しますよ」


 絶対に良い雰囲気ではなかった場で仕方なく口を挟みはしたが、飄々と軽く返されて土門少年にきくっちーに対して素直になれない反省を促せない。

 くっ、『コイツは塩対応でオッケー』の烙印を押されている私ではダメか……!


「……あの」


 悔しくて内心ギリギリしていると、横からか細い声が耳に届いた。

 それを発したきくっちーへとどうしたのかと顔を向けると彼女はやはり困惑した表情を浮かべていて、私と土門少年へ交互に視線を遣った。


「二人はお知り合い、なのですか?」


 それを受け、そう言えばそうだったと思い至る。

 私は二人ともに知っている間柄で、まさかここで土門少年と再会するとは思わなかったし、彼女の想い人が彼だという衝撃もあって私と土門少年の関係説明が頭から抜け落ちていた。


「あ、すみません。そうです。土門くんとは小学校が同じで、高学年では同じクラスでした。受付案内交代の時に偶然来校されて、その流れで一旦一緒に行動することになったんです。まさか菊池さんが招待されていた方がこの人だとは思いもしませんでしたが」


 最後は事情を知るが故の、好きな人がコイツだと思わなかったと言外に含ませる。

 土門少年も同意を示した。


「僕も驚いたよ。同じ学校に在籍しているとは言え、一学年に百二十人程度。その中でも百合宮嬢はかなり有名な部類の人間だろう? まさかタイプが違い過ぎる君と彼女の仲が親しいとは、この僕もさすがに想定外でね。色々と……そう、色々と語り合っていたのだよ」


 色々、のところで僅かに視線が泳いだので、『きくっちーを意識し過ぎて素直になれない件』が思い出されたようだ。耳がまた微かに赤くなっているのがその証拠である。


 まったくナルシー師匠め。人には超絶鈍感だのなんだの言っておいて、自分だってそうじゃないか。よくそれで恋愛の師匠を名乗れたな。(※花蓮が勝手に言っているだけです)

 今まで女子からの告白を断っていたのも、恐らくきくっちーのことが根底にあったからに違いない。一人の女子に縛られる訳にはうんたらかんたらはポーズだったのか。


 柔道でも他の女子からの試合を受けなかったのは彼の性格上即納得だが、彼女に対してはそりゃあ自分にとって特別な女子を今までのように投げ飛ばすことなどできやしないだろう。

 素直じゃなかったから二人の時は他の女子にするみたいにニコリと取り繕えないし、嫌そうな顔で拒否するしかなかったのだ。うわぁ……。


 修学旅行の時にまた巻き込まれそうとか何とか予言していたが、対象違いの解釈違いである。世間が極端に狭過ぎた結果、土門少年の問題に私が巻き込まれているではないか!

 巡り巡って結ばれたご縁が去年のきくっちーとのあれこれだと思うと、私はよく頑張ったなとしみじみしてしまう。


 しかしながら、ナルシー師匠が自覚してくれたおかげできくっちーの告白も上手くいきそうだ。いや、もう告白成功率は百パーセントと言っても過言ではないだろう。

 きくっちーがどうして女の子らしくなりたかったのか、彼女の告白を聞けば頭の回っているナルシー師匠はその意味を正確に理解する筈。


 彼に女の子として見てもらいたくてこの一年と半年の間、例えその頑張りが彼の思考とマッチしていなくても、好きな子が自分のことを想って健気に努力していたのだ。

 これで素直にならなかったら男が廃ると言うもの!


 そんなことを考えて内心、密かにドヤァとして構えていたが。


「……そっか。だったら、その、花蓮がそのまま郁人を案内して下さい。私もここで会えましたし、女子らしい姿を見せることができて、目的は果たせましたので。それではちょっと、私は高等部の屋台の方に行きますので、これで」

「え?」


 言われたことにポカンとする。

 そして私達の返事を待つこともなく素早くクルリと方向転換して、スタスタと食堂から出て行こうとしている。


「……え? き、菊池さん!?」


 さすがに何か様子がおかしいと思い追い掛けようと慌てて席を立つも、「かっ、花蓮ちゃん!」と桃ちゃんに引っ張られて追い掛けられず、更には少しテーブルから離れた場所へと連れられる。

 土門少年を振り返ったが彼は珍しくも私と同じくポカンとした様子で、出て行ったきくっちーの行き先を見つめていた。


「も、桃ちゃん? 今はきくっちーを追い掛けた方が…」

「ダメ! 確認しなきゃケンカになっちゃう!」

「ケンカ!?」


 誰と誰が!?

 物騒な発言に目を剥くが、桃ちゃんは私の手を掴んだままウルッと瞳を潤ませた。


「花蓮ちゃん、前に好きな人がいるって言ってたよね? それ、あの人のことなの?」

「え? いや、全然違う人だけど」


 当然のように否定すると彼女はホッと息を吐いたが、以降の発言に私は度肝を抜かれることとなった。


「葵ちゃん、花蓮ちゃんたちに近づく前に呟いてたの。『郁人があんな顔してるの、初めて見た』って。だから花蓮ちゃんは悪くないけど、でも好きな人に好きな人がいるって知ったら、平気な顔してなんていられないよ……!」

「え? 好きな人に好きな人?」


 どういうこと? あの二人は結果両想いで、別に何の問題もないと思うけど。

 伝わってこない意味に首を傾げると、彼女は決意を秘めた目でグッと私を見つめてくる。


「い、言ったらダメなの分かるけどでも、二人にこじれてほしくないから! だって桃から見てもあの人、花蓮ちゃんのことが好きなんだもん!!」



 ――――は、と口が間抜けな形に開いた。


 ……ん? あの人、私のことが好き?? ん???


「待って桃ちゃん。それ誰のこと?」

「葵ちゃんの好きな人が、花蓮ちゃんのこと!」

「え。ないないそれだけは絶対有り得ない」


 真顔で全否定したが、それでも彼女は必死に言い募ってくる。


「だって葵ちゃんがそれ言ってたの、あの人が花蓮ちゃん見て耳赤くした時だもん。それにさっきも花蓮ちゃんと色々話してたって言って、耳赤くしてたし。決定的なのは葵ちゃんの衣装だよ! 百合!」


 言われ、衣装選びの時のことを思い出す。



『えっと、アイツが、さ。道場の外に咲いてる百合の花見て、「百合の花は美しいね……」って呟いてたことがあって』



 確かに何故百合の模様が良いのかと問い、そのような返答ではあった。

 妙に背筋がヒヤリとする中で、別れる前の麗花の難しそうな顔と呟き内容も思い出される。


 ……え。待ってよ、嘘でしょ?

 まさか私、土門少年の想い人ってきくっちーに思われてるの? それできくっちーあんな態度になったの!? …………うわああああああぁぁぁ!!!


 とんでもない勘違いが巻き起こっていることを理解して、大慌てで未だ呑気に座っているナルシーのところへと戻った。

 テーブルにバン!と手をつき、「土門くん!!」と強く呼び掛ける。


「貴方、道場の外に咲いている百合の花が美しいとか言った覚えあります!? ありますよね!? あれは一体どういう意味で発言したんですか!」

「何だい急に? いつの話かも不明なんだが。単純に見た感想をその場で呟いただけではないかな?」

「そこに私のことなんて一切何も含まれていませんよね!? そうですよね!?」

「は? 何だいその自意識過剰」


 そうだろうよ!

 くっそマジか対象違いの解釈違いいいいぃぃぃ!!


「桃ちゃん誤解! 全っ部誤解! 私多分悪くないけど絶対やらかした感じだから、やっぱりきくっちー追い掛けてくる!!」

「分かった! じゃあ桃は葵ちゃんのために、ちゃんとこの人のこと逃がさないように捕まえとくから!」

「うん? え、どういうことだい?」


 訳が分からんと発言している土門少年は力強い宣言をした桃ちゃんに任せることにし、事の一大事に私はすぐさま走って食堂を出て、きくっちーを追い掛けるのだった。

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