Episode229 土門少年への事情聴取

 人のご縁とは摩訶不思議なものである。

 いや、ただ単に世間という名の範囲が狭過ぎるだけなのだろうか?


 衝撃の繋がりとこれからのことを思って、今度は遠い目をして窓から見えるうろこ雲が漂う広い青空を眺めつつ、現在私は土門少年とともに、中等部校舎の食堂にて軽食を摂りながら顔を突き合わせていた。


 麗花は単独で本部に向かうと言い、知っている仲なのなら一緒に行動してはどうかと提案されてしまったのだ。

 別れる際は「百合の花……」と呟いて、難しそうな顔をしていたことには首を傾げたが。


 私としても土門少年を単独で校内に野放しにするには色々な面で不安だったため、不平そうな顔を惜しげもなく披露する彼の腕を引っ張って、取り敢えずまだお昼前の時間であまり人もいないだろう食堂に来たのだ。

 というか本当にこのナルシーは私への取り繕いが皆無!


 窓の向こうに見える青空から視線を戻し、サンドウィッチを口に運んでいる目の前にある存在を、今一度静かに観察する。

 確かに同年代の男子と比べたら細身な方だろう。


 優男な風貌に毒舌ナルシーな性格ではあるが、あの頃も今も、女子から敬遠される粗野な所作を披露したことはない。やはり成長期なのか縦に伸び、顔周りもシュッとなっている。

 少ない人気ひとけながらも私と一緒にいるということを除いても、密やかな淡い熱の篭った視線が方々ほうぼうから向けられているのを感じた。


「はああぁぁ~~~~」

「人の目の前で大きな溜息を吐き出さないでくれたまえ。美味しい食事も不味くなるだろう」

「本当ハッキリ言ってくれますね。まぁでもその通りですね。すみません」


 真っ当な注意を受けて謝罪し、私も手元にあるサンドウィッチにパクつく。

 ちなみに私のはエビアボカドで、ナルシーはトマトレタスハムサンドだ。女子か。


「成長期の中学生男子なのに、それだけでお腹膨れますか? 途中で倒れても知りませんよ」

「これでも家の関係で食事には気を付けていてね。まかり間違ってもこの僕がそんな醜態を晒す筈もないから、それはいらぬ心配だと断言しておくよ」

「そうですか。貴方が柔道を習っているなんて知りませんでした」

「どういう話の飛び方だい? ……おや。僕は君に柔道をしていると話したことはない筈だが」

「!」


 指摘されて、緩々なお口がやらかしたとヒヤリとする。これはきくっちーからの情報だ。

 取り敢えず知っているかと聞かれたことに対しては私も麗花も知っていると答えはしたが、それだけだ。私の知人ということもあって、麗花は特に触れずに行ってしまった。


「……ふふ、見て下さい土門くん。本日という日はこんなにも清々しい秋の空です。ここは山を切り開いた場所にあるせいか、いつの季節も空気が澄んでいて、毎朝の目覚めはとてもすっきりとしているんですよ」

「君、太刀川 新によく言われていただろう。会話下手くそだと」

「どうしていつも通じないんですか!」


 てか何でそれ言われるの!? ヤダもう怖い!

 姿消える人間怖い! ぬっと影を降らせてくる人間怖い!!


 ……えっ。もしかしてこれ、柔道をしているから身に付いた感じなのか?

 あれ? でもきくっちーは姿消さないし、頭上から影を降らせたりもしないけど……??


 疑問符を頭上に飛ばしまくっていたら、サンドウィッチをお腹に収めた土門少年から自身の腕に片肘を乗せ、手の甲で顎を支えた体勢で睥睨された。


「まぁ君の先程の飛んだ話の内容を鑑みるに、葵から僕のことで何かしら聞いていることは明白だね。彼女のことを知っていると答えていたが、もしや親しい間柄なのかい?」


 ナルシーはただのナルシーではなく、頭が回りまくっているナルシーなので誤魔化しは早々に諦め、恋愛事情の件には触れないようにして正直に返答する。


「親しいも親しい間柄ですよ。寮の部屋は隣同士ですし、去年は同じクラスでした。私と先程の麗花さんもそうですが、菊池さんとは生徒会執行部である【香桜華会】に所属している仲間でもあります」


 土門少年は視線を伏せ、小さく「そうかい」と呟いた。

 他に何か根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、彼はそのままの姿勢で無言を貫いている。


 何だろう。女子の話をしていると言うのに、嫌に食いつきが悪い。

 学校生活のほとんどを女子の輪で過ごしていた彼とは思えない無反応さだ。……反応と言えば。



『アタシの恰好見てアイツ! 「趣味じゃないモン着て来るな」って言いやがったんだ!!』


『明らかドン引きしてたけど頷いた!!』



 きくっちー曰く、彼女のことを男子だと勘違いしていたけど既に女子だと判っているのだから、どうしてそういう態度になっているのか疑問だ。

 以前ヒントを出されていたにも関わらず、気付かずやらかして本性晒された私は例外としても。


 ……ん? 男子だと思い込んでいる時に本性晒しまくっていたから、取り繕うのも今更って感じに……いや、それだと最初の態度に戻るのもおかしくない?


「あの、土門くん。確かに菊池さんからはよく柔道のライバルだという方の話は聞いていましたが、それが貴方のことだとは先程まで思いもしませんでした。彼女とは仲の良いお友達ですから、色々相談を聞いていたりしていたんです。だからお尋ねするのですが……どうして、彼女との試合を止めたのですか? 彼女は貴方から急にそんなことをされて、本当に傷ついていますよ」


 恋愛のことには勝手に踏み込めないから、もう一つのことで話を切り出した。

 この件関連で私は去年、きくっちーに散々ぶつかられていた身。理由を尋ねる権利くらいはあるだろう。


 チラリと視線を上げはするも、フッと再び他所に逸らされる。


「……曲がりなりにも三年間は同じクラスだったのだから、そのライバルがこの僕だったことで、試合を受けない理由くらいは君でも察せられる筈だが」


 うん、まあそうだけども。


「でも土門くん。菊池さんには私と同じように、毒舌本性で接していますよね? それに何年も交流試合をしてきているのですから、彼女の気性もよくご存知でしょう。菊池さんが貴方の態度で傷ついたこと、塩野狩くんのおかしな態度に気づいた貴方が気づかない筈がありません。この僕の手は女子を助けるためにあるどうたらと、一度は女子である私のお願いを拒否した癖に女子を傷つけたまま捨て置くとは、一体何という矛盾でしょうか」

「百合宮嬢。君は昔の彼女を知らないからそう言えるのさ」


 フンと鼻を鳴らし、苦々しい顔つきになる。


「僕の抱いた第一印象を述べるならば菊池 葵とは、まさに身の程知らずの天狗小猿。最初の試合以降、リベンジだと毎回言ってくるのには当時ほとほと辟易としていてね。暑苦しく迫られるのが嫌で逃げ回り、時には隠れもしたが、必ず見つかってマットに引き摺られていった時のこの僕の気持ちが解るかい? それに毎回僕に挑んでくる度に力をつけ、僕の圧勝だった内容もてこずるようになってしまった。同じ道内の弟子でもこの僕に適う人物はおらず、最初は嫌々でさっさと終わらせていたが……まあ、絆されたのだよ。前向きに真っ直ぐ進んでくるあのひたむきさは、僕にはないものだからね」

「土門くん、自分を引き摺る子に弱いですよね。塩野狩くんの時と同じじゃないですか」

「フッ、滅多にないことだからね! 最終的に葵との試合は楽しく思っていたよ。力量は僕の方がまだ上だが、手加減はしなくなったね。本気で相手をしなければならない人物だと認識していた。諦めずにずっと僕に向かってくる葵に、そんな態度では失礼だと思ったからね」


 そこで一旦言葉を切り、紙パックのジュースを飲む。私も同様に自分のものを飲んで喉を潤した。


「向こうは勝手に僕のことをライバルだと言っていたが、それは絆された時点で受け入れていた。だがしかし……」


 言い淀んだ理由を察して、こちらから発言する。


「男子だと思っていたのが実は女子で、さすがの土門くんも混乱しましたか」


 ナルシーは顎に当てていた手で目許を覆い、項垂れた。


「……あれはどう見ても男子だった。向こうの道場での振舞いは、完全にお山の猿大将のそれだった。僕に向かってキーキーキーキー言ってくる姿は、威嚇してくる猿そのもの」

「猿猿猿猿言い過ぎです。何て言い草ですか。あとそれ関連で聞きましたよ。せっかく黄色いワンピースを着て可愛くなった菊池さんに対して、趣味じゃないものを着て来るなとか、よくもそんなことが言えましたね。女子好きな貴方が女子に対して!」

「そんなことも話す間柄かい。だがそのことへの発言を取り下げる気は、僕には毛頭ない」

「はい?」


 あんまりな物言いに対して例の件を口に出せば、それを撤回しないと聞いて思わず眉間に皺が寄る。

 けれど目許を覆っていた手を外した彼もまた、とても不機嫌そうに言い放った。


「似合わないことはなかったが、どう見てもアレは葵の趣味ではないだろう。ブルーカラーの服装を好んでいた彼女が真反対の色……しかも女子らしさを前面に出したワンピースなど! 明らかに自分で選んだものではなく、誰かに言われて着せられたも同然の代物じゃないか。その上彼女が進むだろう進路とは程遠い女子校に進学したかと思えば、それまでキーキーキーキー煩かったのに去年は音沙汰がなく、久し振りに連絡が来て向かえば葵らしさを捨てた恰好で現れ、お嬢様口調でここに来いと啖呵を切られる。その時はあまりにも記憶にある葵と違ってドン引きしたが、真面目に腹立たしかったさ。僕に向かってきていたあの威勢の良い小猿は、一体どこへ行ってしまったのかとね!」

「…………」


 土門少年はプリプリ怒っている様子だが、私は内心であれ?と首を捻った。

 女子好きな癖にきくっちーが女の子らしくなったら、それが気に入らないと不機嫌になる。


 それだときくっちーはそれまでのきくっちーのままで良かったってこと? 大体どうして柔道の試合を止めたのかの答えは返ってきていないし、一体どういうことなの…………え? ……ちょっと、もしかして。


「土門くん貴方……。今まで男子だと思って接してきたから、女子だと逆に意識し過ぎて素直になれないなんてこと、ないですよね……?」


 途端カッと目を見開いて私を凝視した。


「…………は? ……は!?」


 ……ダメだ。もう二回目の『は』で耳が真っ赤だ。

 もしかして無自覚だったのか。弟子に言われて自覚するとか、ヤキが回っているぞ師匠。


 ――と、その時。



「花蓮……と、郁人……?」



 朝に聞いた時は明るかったけれど、今は困惑を滲ませている声のした方に振り向くと。

 そこには桃ちゃんと一緒に来たらしいきくっちーが声と同じ困惑の表情を浮かべて、同じテーブルに着いている私と土門少年を見つめていた。

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