Episode228 再会は思わぬご縁で
学院の生徒が中心となり、教員も指導・補佐をしながら準備に明け暮れた香桜祭。
本日、その第一幕が開催される。
「――はい、こちらパンフレットです。右手の校舎は中等部生が心を込めて制作しました作品展示、左手の校舎は高等部生の様々な趣向を凝らした催しとなっております。ぜひお楽しみ下さい」
「屋外ステージ、屋内ステージともに、どれも見逃すことが惜しいクオリティでございます。貴方さまのお時間が許される範囲内で、ぜひ最後までお見届け頂けたら嬉しく思います」
私と麗花はそれぞれ近くでご来場された招待客へ受付案内をしながら、パンフレットを手渡している。
そういう担当は普通、香実の中から決めるものではないかと思われるかもしれないが、厳密に言えば補佐ながらも【香桜華会】は総務課括り。しかも学院の代表イコール顔なので、【香桜華会】では二人体制で運営のお役目を担っている。
私達が今している受付担当の他にも、運営本部で生徒からのトラブル・相談対応、各展示・催しクラスの見回り、校舎内外に設置されているゴミ捨て場のゴミ処理等など。
これもずっとと言う訳ではなく香実メンバーとの時間制ローテーションなので、ちゃんと私達にも見物する時間はあるのだ。
人の波が少し途切れたところで麗花に話し掛ける。
「麗花、あと時間どれくらい?」
「そうですわね。いま……十時四十六分ですわ。交代まであと十五分程度ですわよ」
「十五分後かぁ。どうする? 高等部の校舎見て回る?」
「そのまま見学に回ってもよろしいですけれど、一度本部に立ち寄っておきたいですわ。何か対応にお困りでないか、手伝えることがないかハッキリしておかないと、何だか安心できませんの」
「麗花。私、働き過ぎって良くないと思う」
責任感どんだけプライスレス。
そりゃ補佐で内部に深く関わっているし、問題なく成功させたいのも分かるけどさ~。
「香桜祭だよ? お祭りだよ? 難しい顔して動き回るより、楽しく笑って動き回ろうよ~」
「いつも思いますけど、どうして貴女はそう楽観的ですの? 何かが起こってから動くのでは、遅いのですわよ?」
「じゃあ聞くけど。この学院の生徒が限定チケットで招待した人が、何か問題を起こすとでも?」
「招待客ではなく、内部でハプニングの可能性もあるでしょう。それに六十谷シスターも仰っておられましたわ。『香桜生の名に恥じぬようしっかりと在校生の監督をし、他校生への配慮を徹底するように努めて下さい』と」
「ド正論という名のアッパーが私にクリーンヒット」
ダメです。口から懇々説明と口からド正論をかます人達に、未だ私は勝てた試しがありません。
今までの戦歴がほぼ敗戦しかないことを振り返って口を尖らせていたら、切れていた人の波がまたやって来たので淑女の微笑みを装着する。
「こちらをどうぞ」
「あ……あ、ありがとうございますっ」
再びチケットチェックとパンフレット配布業務をこなしていると、カジュアルな服装の同じ年くらいの男子に当たった。
そしてその男子は私を見て頬を染めたかと思ったら、足早に去っていく。
「?」
同年代くらいの男子に当たったのはこれが最初ではないが、皆似たような反応で内心首を傾げている。
お嬢様ばかりの香桜だと、桃ちゃんのように婚約者または許嫁がいる生徒も少なくはない。
だからそういう人達が招待されていると思えば男子がチケットを持っているのも不思議ではないが、それであれば女子に対して免疫がないということはないだろうに。
「あら? あの、パンフレットを忘れておりましてよ…………行ってしまわれましたわ」
そんな声が耳に入りそちらを向くと、麗花の見ている先に足早に去っていく男子の姿が。
……おかしいな。確かに縦ロールであれば多少の圧は感じるだろうが、今の彼女は滑らかストレートの二つ結び。
何故こうも私達二人は避けられてしまうのか……。
「麗花」
「何ですの?」
「一緒に非モテ同盟でも組む?」
「訳の分からないことを仰るの、やめて下さる?」
だって! 小学校の時の高嶺の花が一瞬頭を掠めたんだもん! 小さい子にしかモテていなかったのが浮かんだんだもん!
「仲の良い男の子以外から視線はよく向けられていたけど、挨拶とか必要最低限のこと以外は碌に会話したこともないんだけど。もしかして麗花も似たような感じだったんじゃないの?」
心当たりがあるのかピクリと眉が上がる。
「別に、有象無象の殿方からの視線なんて気にしてはおりませんでしたわ。ご自分から私と会話をする気概のない方なんて、気にする数秒の時間さえ惜しいとは思いません?」
「うーん」
確かに言われてみたら、それも一理ある。
私は交友関係に関しては出来ればお友達は多い方が楽しいだろうな~と思っているタイプなので、話し掛けられないということはちょっと気にしている。
まあ百合宮家という超高位家格のご令嬢というのが小学校では大々的だったので、生活必要外の会話は仲良しメンバー以外の男子とは滅多に行われなかった。
「それに……」
「それに?」
ポツリと零して止まった言葉を復唱すれば、コクリと小さく喉が動く。
「貴女と拓也、私と忍のような関係性は、きっとレアケースですわ。異性間の関係は成長するほどに難しくなっていくものだと、そう思いますの。居心地の良い変わらない関係というのは、本当に
凛とした横顔を見つめ、けれどどこか揺れている瞳に私も思いを巡らす。
「……そうだね。途中で変わる気持ちもあるけど、変わらない気持ちもあるって知ってる。私、雲雀お姉様に指名された後に、少しお話したんだけどね。出会って知り合ったっていう一期一会の繋がりを大切にしたいって、そう言われたことがあるの。世界中には数え切れない程の人がいて、一生にその内の何人、何十人って人達と出会って、縁を繋ぐことができるんだろう? そう思ったら麗花にも、瑠璃ちゃんや拓也くんにも。きくっちーや桃ちゃん、お姉様たちとだってこうして出会えたのって、本当にすごい奇跡だよね」
顔を上げて空を見る。
秋の空もまた青が広がり澄んでいるけれど、所々にうろこ雲が浮かんでゆったりと風に流されていく。
特別じゃない人なんていない。皆が誰かの特別で、私だって誰かの特別だ。
今この時も同じ空の下で、特別な縁を誰かと繋いでいるかもしれない。
「意味のない出会いなんてない。だから私は出会って、縁を繋いだ人達を大切にしたいって、今はそう思ってるよ」
忌避したかった出会い。乙女ゲー関係者だからと避けようとしていたのに、いざ蓋を開けてみたらこんな感じだ。
……だけど、嫌じゃない。嫌じゃないどころか、それぞれと関係を築けて良かったとさえ思う。
『……強く望めば、きっとそれは叶うよ』
家族を一家路頭になんて迷わせない。無事に高校を卒業して、乙女ゲーの運命から逃れる。
今年の夏は叶わなかったけれど、白鴎ともちゃんと――必ず向き合う。
まぁまだ出会ってもいないから、相手は私の存在なんて知らないだろうけど。……いや、もしかしたらあの時に存在自体は認識されているかもしれない。
我が家に遊びに来た妹を車に乗って迎えに来ていた、あの時に。
「百合宮さま、薔之院さま」
声を掛けられて顔を向ければ、香実専用の
色々とお喋りして思いを巡らせている内に、十五分経っていたようだ。
「交代のお時間でしょうか?」
「はい。お勤めお疲れ様です」
パンフレットとチケットコードを認証するための専用バーコードリーダーを手渡し、同様のことをしている麗花に近づく。
「引継ぎ終了できました? 早く本部に行って確認して、展示を見て回りましょう」
「……本当に貴女のオンとオフの切り替え、詐欺にも程がありますわね」
「ふふふ」
微妙な顔をしている麗花と手を繋いで、そうしていざ高等部校舎にある本部に向かおうと、一歩を踏み出した時。
「――やぁやぁ麗しいお嬢さん。パンフレットを一枚、頂けるかな?」
……その聞き覚えのある口調と声に、進もうとしていた足がピタリと止まる。
一緒に歩き出そうとしていた麗花も止まることとなり、怪訝そうに見られた。
「花蓮?」
「……いや、ちょっと」
恐る恐るゆっくりと振り返り、その人物を目視して目を大きくかっ開く。そしてそんな私に向こうも気付いたようで、一瞬真顔になったのを見逃さなかった。
「え、ちょ、ど、上か……土門くんですか!? 貴方まさかあの土門くんですか!!?」
「間で一体何を口走ろうとしたのかはさておき、久し振りだね、百合宮嬢! まさか来校し足を踏み入れた瞬間に、よりにもよってすぐ君と再会を果たすことになるとは思わなかったよ! これはあれだね、過去に戻って修学旅行をやり直さなければならないヤツだね!!」
「どんだけ安井金毘羅宮のことを引き摺っているんですか! 相変わらずそうで何よりです!」
「お知り合いですの?」
不思議そうに聞かれたことにハッとし、つい小学校の時のやり取りで会話を交わしてしまって、交代した先輩方も驚いた様子でこちらを窺っていた。
「ひ、一先ず本部より先に事情聴取です! ちょっと一緒に付いて来なさいナルシー師匠!」
「……」
「……」
胡乱気な眼差しを私に注ぐ麗花と、やれやれと首を振りながらも大人しく後ろを付いてくる土門少年を連れて、私達は人気のあまりない中等部校舎の裏側へと到着する。
土門少年と向かい合い、早速口火を切った。
「お久し振りですね、土門くん。何故貴方が我が学院に訪れているのでしょうか」
「頭が足りないのは相変わらずなのかい、百合宮嬢。もちろん、この学院の生徒に招待されたからに決まっているだろう。ああ、ところでそちらのお嬢さんまで巻き込んでしまってすまないね。彼女とは通っていた小学校が同じでね。高学年では同じクラスにもなって、体育の面倒を見るのに大変苦労したよ」
「あら、そうでしたの。それはとても大変だったと、心中お察し致しますわ」
「どういう共通認識」
私だけ憮然としてお互い自己紹介するのを聞きながら、一体誰との繋がりなのかとそれが妙に気になる。
どこで何を見ているか知れない、いつの間にか姿が消えてヌッと現れる、恐ろしい予言を口にする人間をこのまま、「はい、それじゃあさようなら」と野放しにしておくには怖過ぎたのだ。
確かに縁を繋いだ人達を大切にしたい、また会えるかな?とは思ったけど、こんなところでまさかの再会を果たすとはまったく思ってもいなかった。
「しかしまったく。君は目立つから避けて過ごせば問題ないと考えていたのに、まさか受付をしていてタイミングも重なるとはね。これは一種の運命だろうか」
「とっても嫌そうな顔で言うの、とっても失礼なのだとご自覚がおありでしょうか? ……ところで土門くん。貴方、私の他にも香桜生のお知り合いがいたんですね。とても驚きました」
ここは国内でも有数のお嬢様学校。いくら土門少年が清泉ではモテ男だったと言っても、主に上流階級出身のお嬢様と知り合う伝手は少ないだろう。
そう思って他の知り合いと口にした時に、彼は珍しくも苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「……君以外にと言うと、そうだね。話は聞いていたが、本当に香桜に通っているのかと僕自身、正直信じられないという気持ちがあったから、確認という意味合いで訪れたのだよ。それに、女子に呼び出されたら行かない訳にもいかないからね」
「ん?」
何やら違和感を覚える。
土門少年は確かに女子に呼び出されて、それに応えていつも欠かさず彼女たちの元へ向かっていた。まぁ裏エースくんと同じで、告白を断るまでがワンセットではあったが。
しかし彼が女子に対してこんなに苦々しそうな顔をするのは、私以外で初めて見る。
「他の生徒のように我が校の生徒と交際、または婚約関係ということでもありませんの?」
「か……のじょとは全くそういう関係ではない。僕も何故誘われたのか、とんと理解が及ばなくてね。同じ学校でもなく、ただ家の関係で多少付き合いのある間柄というだけさ。夏に何の用かと呼び出されたと思ったら後日ここのチケットを送るからと言って、本当に送りつけてこられたのだよ」
「「え?」」
どこかで聞いたような話に、女子二人顔を見合わせる。
瞬時にお互いの認識を擦り合わせ、若干顔色が悪くなったと自覚のある私から、それを怖々と確認した。
「あの、土門くん。その……お知り合いの香桜生ですが。もしかして、私達と同じ学年の子ですか?」
ハッキリと聞くには怖過ぎて無理だった。
ヤバい。ドキドキし過ぎて心臓が口から出そう。
遠回しに尋ねると、彼は私と麗花を交互に見て。
「ふむ。百合宮と薔之院のご令嬢が知っているかは不明だが、まぁアレも柔道界隈では名家だからね。確かに僕らと同じ学年さ。――菊池 葵という者だが、知っているかい?」
何の気なく出されたその良く知り過ぎている名前を耳にして、私は膝から崩れ落ちそうになった。
きくっちーの告白相手。……よりにもよって上から毒舌ナルシーザ・失礼師匠、お前かよおぉぉっ!!!
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