Episode227 きくっちーの勝負服

「えーと。じゃあ皆のクラス展示は今のところ、問題ない感じでオッケーだな? 明日装飾課の補佐に行く時に、椿お姉様にそう報告しとく」

「了解。あ、そう言えばきくっちー。衣装はもう決まった?」


 クラス展示の進捗も確認し終わったところでふと気になって聞くと、他の二人もハッとする。


「葵ちゃん、なに着るの!?」

「演劇部の衣装部屋には、小道具にもそれはもうレパートリーが豊富だと聞いておりますわ! 格好良い系ですの、可愛い系ですの!?」

「ちょっ、何でこういう時に限ってお前ら揃ってそんな元気になるんだよ!」


 香桜祭には生徒会企画というものが存在し、中・高等部含む学院生から絶大な人気を誇るが故に、毎年開催されているその企画。


 その名も――――『香桜華会継承の儀』。


 そんな壮大な名称がついているが、ぶっちゃけ中身はコスプレした【香桜華会】のメンバーが現職から後継の生徒へとそのお役目を託すという、サービスパフォーマンスなのである。

 ちなみにタイムテーブルの都合上全員がそれを個々でやる時間はないので、会長職に限り行われている。


 去年の中等部会長組に言及すると、前任会長は不思議の国のアリスに出てくるハートの女王コスプレで、椿お姉様は某夢の国のネズッキーコスプレだった。


 広報課の作業中にその時のことを思い出し、どういうコスプレ繋がりなのか、赤と黒の色繋がりだったのかとポッポお姉様に質問すれば、何に変身するかは本人が自分で決めるという話であった。

 

 マジか椿お姉様。普段厳しく律しておられるから、お祭りではっちゃけちゃったのか。


 夢を見させる筈が逆に生徒の夢を壊しかねないような、彼女のイメージにそぐわないそんなコスプレでも大盛況だったのだから、本当に【香桜華会】に対する生徒の崇拝度は異常である。


「きくっちー? ウケなんて狙ってないよね?」

「まさかみたいな言い方するのやめろ。今回に限ってする訳ないだろ。……まだ、決めてない」


 憮然として言われ、無いとは思ったがホッとする。

 だって去年の椿お姉様がアレだったのだ。話を聞いて、自分もネズッキーになるとか言い出したらどうしようかと思った。


「あら? それでは葵、そこで勝負をかけますの?」

「勝負?」


 桃ちゃんがコテンと首を傾げるが、事情を知る者は察した。

 屋内と屋外でのパフォーマンスは同時進行だが、『香桜華会継承の儀』の屋外パフォーマンスの時間だけは屋内でのパフォーマンスが停止する。


 何故なら『香桜華会継承の儀』を見れる機会を蹴ってまで、屋内パフォーマンスをやりたいと言う有志がどこにもいないからである。

 全校生徒が一ヵ所に集合するので、『香桜華会継承の儀』が終了する際に各自持ち場への移動時間が設けられるのだ。その時間は準備も併せて大体三十分くらいあり、ほぼ自由時間と言っても良い。


 全校生徒が集まるので、自然と招待客もそこに集まる。

 きくっちーは大勢の目の前でも怖気づかずにお役目を果たせる子なので、私達も近くにいるそこで告白を敢行するつもりなのだ。女の子だけど男らしいぞ、きくっちー!


 麗花に訊ねられ、薄らと頬を染めながらコクンと小さく頷いている。


「もうきくっちー可愛い! じゃあ衣装はとびっきり可愛いものを着なくちゃね!」

「葵だけでは心配ですわ。衣装決めには私も付き合いましてよ!」

「えっ? えっ? じゃ、じゃあ桃も葵ちゃん可愛くする!」

「い、いいよ。アタシが自分で…」

「黄色いワンピースだってお母さんの推薦でしょ! こっちには世界的に有名なブティックブランドの血を受け継ぎし、赤薔薇の聖乙女イングリッド・バーグマンがいるんだから! ね、麗花!」

「一部同意しかねますが概ねそうですわね。過去にはこの子をパッパラパンダから天使へと生まれ変わらせた実績がありましてよ。美的センスはあると自負しておりますわ」

「葵ちゃんのために桃、頑張る!」


 断ろうとしたきくっちーを遮り皆でグイグイ身を乗り出して訴えれば、「あ、う、ぐ……お願いします」と白旗を上げた。

 多分トドメを刺したのは桃ちゃんの純粋な応援だ。球技大会で応援されなかったきくっちーは、彼女の大一番で桃ちゃんが協力すると言ったことが、内心嬉しかったのだと思う。


 そうして私達『花組』は次の休日にきくっちーの衣装決めに付き合うべく、演劇部へと全員で向かうことになったのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 はい! ということでやって来ました休日・きくっちーの衣装決め!


 部員に案内されて衣装保管室へと通された私達は、その衣装のバリエーションに目を瞠った。ドレスに海賊にメイド服、はたまた囚人服。着ぐるみもあれば、着物やバレエ衣装なんかもある。


「すごく多いですね……。あの、どれを選んでも大丈夫ですか? 他の人が使用したりとかは」


 案内してくれた部員に聞くと、彼女はにっこりと笑って。


「大丈夫です。既に貸出予定の衣装は英語ミュージカル部の方へ移動させてありますから、自由にお選び下さい。それでは私も練習に戻りますので、決まりましたらまたお声を掛けて下さいね」

「な、永岩さん! ありっ、ありがとう!」

「ふふ、いえ。桃瀬さまに頼られて、私も嬉しかったです」


 そう言って練習へと戻る彼女を見送り、真っ赤な顔をしている桃ちゃんの隣に麗花が並んだ。


「嬉しいと言われましたわね。相談して良かったですわね」

「うん……!」


 笑顔で頷く桃ちゃんに私もほっこり。きくっちーも柔らかい眼差しで彼女を見ている。


 ちなみに先程の部員――永岩さんは演劇部の次期部長。

 彼女は桃ちゃんのクラスの所属で、きくっちーの『香桜華会継承の儀』の衣装を選びに行きたいから衣装保管室に案内してほしいのだと、自らが進んでお願いしに行ったのだ。


 私達のクラスにも演劇部員はもちろんいるが、自分から言い出してやる気を見せている彼女に水を差すことなく見守り、そうして桃ちゃんはちゃんと遂行した。

 間違いなく彼女は明るい未来に向かって、大きく前進している。


「それじゃ早速見てみよう! どれにする?」


 声を掛ければ、それぞれで見て回ることになった。

 衣装に近づいて目にすると、やはりお嬢様学校。服にあまりこだわりを持たない私でも、その素材品質はとても良いもので作られていると判る。


 うーん、お着物でもいいよね。道着も厳密に言えば和装だし、相手からまた趣味じゃない等とは言われないだろう。ウィッグもあるし。

 きくっちー本来の明るさを出しても良いが、女の子らしく堂々と告白するのであれば、落ち着いた大和撫子でいくのも悪くないと考える。


 落ち着いた色彩を念頭に置いて、深い緑地の数種の花が連なりあしらっているものを手にして向かえば、事前にどんなものが良いかイメージしてきていたのだろう。二人も衣装を抱えて、きくっちーの元へと向かっていた。


「ん? え? ちょ、いくら何でも選ぶの早くないか!?」

「こういうのは率直な勘ですわ。私が貴女に選んだのは、これでしてよ!」


 そう言って麗花がバッと広げて見せたのは、細い肩紐がついているスレンダーラインのドレス。

 淡いピンクの色彩で全体的にあまり装飾のないシンプルなものだが、裾から膝下にかけて一定間隔の幅で桜の刺繍が施されており、上半身には全体的に同様の細かな刺繍が広がっている。


「まず【香桜華会】の新たな会長ということを踏まえ、学院を現す桜をモチーフにしたものをイメージしましたわ。次に女の子らしくを表現するに最適なのは、やはりドレスではないかと考えましたの。そうしますと貴女の体型と身長ではシルエットラインはマーメイドラインが最適ですけれど、大人っぽくなり過ぎてはまた趣味じゃないとか戯言を抜かされますわ。故に! 洗練された印象且つ動きやすいこのスレンダーラインの桜ドレスこそが、私のお勧めですわ!!」

「お、おおー」


 何とも麗花らしい合理的な理由である。無駄のない説明にきくっちーも圧倒されていた。

 そして次に発言したのは桃ちゃん。


「あの、あのね! 桃はこれを葵ちゃんに着てほしいの!」


 そう言って一生懸命に腕を広げて見せたのは、ファンタジーの世界に出てきそうな白を基調とした、膝上スカートが空色のアジア系民族衣装だった。


「お、女の子らしくて、可愛いのって言っていたから。それにこれ、聖女っぽいかなとも思って。今年の香桜祭のテーマにも外れてないと思ったの。桃はこれを葵ちゃんにお勧めする!」


 わぁお、何と桃ちゃんまでが香桜祭に掛かっている。

 きくっちーのことだけしか考えていない私の浅慮さが、自分の中でのみ浮き彫りになってしまった。


 最後の紹介になってしまった私は内心の冷や汗ダラダラを隠して微笑みながら、抱えた衣装を前二人と同じように広げて皆に見せる。


「ふふふ。私はこちらにしました。やはり日本女子の象徴と言えば和の乙女、大和撫子。深き緑が思慮深さを演出し、香桜を表す花に包まれた菊池さんは【香桜華会】会長を受け継ぎ、正に学院生たちの真なる先導者となるでしょう。ほほほ」

「何か胡散臭いですわ」

「桃たちしかいないのに、ご令嬢してる……」

「それらしいことを言っている風の後半が意味不明ですわ」

「麗花が圧倒的に言い過ぎです!」


 だがしかし外野からのき下ろしなど何のその、きくっちーだけは三人が手にしている衣装をしげしげと見つめて、頬をポリポリかいていた。


「……何か、皆センスいいなぁ。理由もちゃんとあって、アタシのこと考えてくれて。すごく嬉しい……けど」

「「「けど?」」」


 困ったように視線を彷徨わせて、チラと視線が合う。ん? 何かね。


「アタシ、その……できれば、百合の模様が入っているのがいいかなって、思ってるんだけど」


 恥ずかしそうに口にする姿にキュンとするが、何故に百合なのか。


「葵ちゃん。それじゃ葵ちゃんが百合の掌中の珠リス・トレゾールだって招待客さんに誤解されちゃうよ」

「桃ちゃんも何気にひどいことを言っている気が」

「何か理由がありますのね?」

「うん。えっと、アイツが、さ。道場の外に咲いてる百合の花見て、『百合の花は美しいね……』って呟いてたことがあって」


 あー、なるほど。相手が好印象を抱いているものを身に付けたいと。

 私と麗花は訳知り顔で頷いたが、桃ちゃんはここでハッとしたようだ。


「えっ? 葵ちゃんもしかして……す、好きな男の子、いるの?」


 直球で言われ、きっくちーの顔が真っ赤に染まる。そしてそれを見て更に目を見開く桃ちゃん。……あ。


 何となく桃ちゃんには話していないだろうなと思っていて正にその通りだったようだが、仲間外れにされたと思わないだろうか?

 相談された側としては例え仲が良い子でも、こういうのはペラペラと喋るものではないと思って言っていなかったのだが。


 けれどそんな心配は杞憂だった。


「じゃあこれ、葵ちゃんがその男の子にこっ、告白する、勝負服でもあるんだよね? じゃあ桃、葵ちゃんが自分らしい好きな服で勝負したら良いと思う!」

「え……」

「そういうの、その場だけのことじゃダメだよ! ちゃんと自分を見せて、その上で相手に受け入れてもらわないと。始まってから違うってなったら、すごく悲しいもん……!」


 ――それは、桃ちゃんだからこそ言える助言。


 相手が桃ちゃんを見染めて、だけどどういう理由かは知らないが彼女を虐げている。……自分を受け入れてくれた友達に、自分と同じ思いをしてほしくないという彼女の願い。

 目に薄らと涙を滲ませた桃ちゃんにきくっちーが目を見開くが、何かを察したのかその様子に言及することはなく、ポツリと自分の気持ちを口にする。


「……アタシ、色は青が好きなんだ。落ち着くし、私服もカラーは青系統ばっかりで。だから着るなら青がいい。変にヒラヒラとかゴテゴテしているんじゃなくて、シンプルなの」


 その思いを受け、三人で顔を見合わせて笑う。


「それではこちらは返してきませんとね」

「青いので百合かぁ。まぁこれだけ衣装あるんだったら、一着くらい該当するのありそうだよねぇ」

「皆で頑張って探そうね!」

「あのさ! ……三人が選んでくれたのも、アタシ、好きだよ。ドレスだって一回は着てみたいって思うし、撫子のヤツも色好きだし、着物も、アタシの柔道着で連想してくれたんだって分かるから。機会があったら着たい。皆、ありがとな!」


 嬉しそうに笑って告げるきくっちーに頷き合ったところで、ガチャリと衣装保管室のドアが開く音が。

 振り返って見ると、何と『鳥組』のお姉様たちがいて、彼女たちも私達がいるのを見て目を丸くした。


「あら? 葵さんも今日衣装決めだったの?」


 雲雀お姉様が話し掛けてきて、首肯する。


「はい。椿お姉様もですか?」

「そうなの! 忙しい忙しいばっかり言って全然決めに行く気配なかったからさ、私達で引っ張ってきたんだ!」

「葵ちゃんは決まったの~?」


 ポッポお姉様からゆるーと小首を傾げて尋ねられ、まだだと返答すると、「役職の姉妹でも何か似るのね~」と不思議そうに口にされていた。


 そして中等部【香桜華会】が偶然揃い踏んで会長と次期会長の衣装を探す中で、瞳を輝かせた椿お姉様が何故か着ぐるみコーナーで黄色の某電気ネズチュウを手にしていたり、それに反対の声が上がったりと、賑やかに時間は経過していった。


 というか椿お姉様。前任会長の衣装の色繋がりで決めたんじゃなくて、そもそもネズミのマスコットキャラがお好きなんですか……?


 そんな感じであったが、何だかんだで無事に『香桜華会継承の儀』の衣装も決まり、それぞれのクラス展示や香実補佐でバタバタと忙しなく日々が過ぎて――――遂に、香桜祭が開催される。

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