Episode226 あだ名がつく人つかない人

 学院の一大お祭りイベントに向けて、授業時間でも特別時間が設けられて準備の時間に充てられる。

 クラスでも展示物の用意をするのだが、私達中等部二年生に関してはクラス毎に校舎へ設置する巨大展示を任されており、現在その展示物制作に皆一丸となって取り組んでいた。


 発表されている今年の香桜祭のテーマは、『平和と祈り』。


 世界情勢を鑑みた上で、カトリック系の学校に通う私達が平和を外に発信して訴える、というテーマ内容となっている。

 故に展示物もそのテーマに合ったものを制作するにあたり、各自クラスが思うようなものを制作する方が独自性もあって良いとはもちろん思うのだが、けれど私達の学年に関しては足並みを揃えることにした。


 香桜祭全体のテーマが『平和と祈り』ならば、私達の学年のテーマは『祈りを捧ぐ神の子』。学級委員でもある『花組』が話し合って決め、クラスでそれを発表しても反対意見は出なかった。


 各設置場所で祈りを捧げる像の制作。像本体はもちろんのこと、その周囲を彩るガワも細かな造りで魅せる予定なので、ちゃんとクラスメートの役割をあぶれさせることなく取り組めるようにしている。


 ちなみにどうやって像を作るのかと言うと、まず等身大の可動マネキンのポーズを固定し、肌が見える部分には粘土を乗せて形を整えて着色。その上からカツラの髪やら、クラスの手芸部員が渾身の力と魂を込めて製作した衣装やらを装着させるという感じ。


 クラスでの準備期間は香実と違って九月に入ってからなので、そう大がかりなことは出来ないのだ。やれる範囲内で、精一杯の出来ることをする。


 そしてこの『祈りを捧ぐ神の子』というテーマで造る巨大展示像は、カトリックにおいて三大天使とされるミカエルさま、ガブリエルさま、ラファエルさまをお造りする。

 名を持つ大天使は神から生み出された子であり、また、人の子らを見守る存在と私達は解釈した。


 争いに傷つく現世を、人の子の手で神の子大天使を造り上げ、そうした私達の祈りを三大天使さまから神へと捧げるのだ。

 しかしそうなると三大天使はその名の通り天使三体しかいないので、一クラス余りが出る。カトリックでウリエルさまは認可されていないからだ。


 どうするか話し合って結果、残り一体に関しては天使と関連性のある聖母マリアさまの像を制作することにしたのだが、とある方法によってマリアさまの制作は私のクラスに決まった。そう、そこまでは良かったのだ――……。





「麗花ちゃん、花蓮ちゃん、お疲れ様!」

「よ! お疲れ様、聖母花蓮」

「はっ倒すよ、きくっちー」

「何でアタシだけ!?」


 何でも何も、揶揄からかったのきくっちーだけじゃん。おかしくなくない?


 クラス展示制作の進捗状況を生活寮の自由時間にて確認し合うために向こうの部屋へと訪れたが、からかいの言葉を受けて憮然とする私に、扉を閉めた麗花からも同様の発言が飛び出してくる。


「クラスメートを御しきれなかった貴女の力量不足ではないですの。それに貴女のクラスには美術部のエースが在籍していて、その生徒が中心となってクラスの士気を高めていると私のクラスでもお聞きしておりますわ。そろそろ学院外に百合の掌中の珠リス・トレゾールという名が広まるのも、時間の問題ですわね」

「嫌なこと言うのやめてくれない?」


 本当やめて。麗花が言うと本当にそうなりそうだから。てか既に一部の人達に漏洩ろうえいしているから。


 マリア像を制作中の我がクラス。そのマリアのモデルとなっているのが――何故か私なのだ!

 教室で何を制作するのかを発表した時、わっと周りを取り囲まれて、


『ではぜひ百合宮さまがモデルを!』

『聖母マリアのイメージに最も近い現代の生徒、それが百合宮さまです!』


 などと、ご令嬢軍団に鼻息を荒くしながら揃って迫られたら否の声なんて発せられない。あの時頷いていなければ、きっと私は今日を生き延びてはいなかっただろう。

 校舎内に設置してあるマリア像を参考にすればとか口に出そうものなら、私は教室の床に転がされて言質を取らされるまで解放されなかったに違いない。


 あの時の彼女たちにはそんな勢いがあった。最早憧れと崇拝が度を越したイジメである。

 私はその時のことを思い出し、グッと拳を握りしめた……!


「くぅっ! あの時隣を引いておけば、こんなことには……!」

「クジはその時の運だから仕方がないよ、花蓮ちゃん」

「でも最初に引いてそれだったし、ある意味当たりじゃん」

「はっ倒すよ、きくっちー」

「だから何でアタシだけ!?」


 内容は話し合って決めたが、どのクラスが何を担当するかはクジ引きで決めた。

 そしてクジ運のない私は見事三大天使から外れた、聖母マリア像制作権をゲットしてしまったと。クラスの展示制作も準備期間の半数を過ぎれば、顔の造形はほぼ出来上がっている。


「はい! ということで、私のクラスは美術部エースの阪木さんが指揮を取っているから順調! 次!」


 プリプリしながら座って他クラスの進捗を促せば、次に発言したのはきくっちー。


「アタシんトコのミカエルさまも問題ないかな。鎧作って着せるのに四苦八苦しているけど、こだわり過ぎてる部分があるからそれを差し引いて。ガワも問題ないな」

「私のクラスも問題ありませんわ。各自のステンドグラスアートも…………佳境に入っておりますし……」

「麗花、目を逸らさないで。私と一緒で時間の問題だよ」

「まだ私は大丈夫ですわ!」


 勢い込んで言ってはいるが、前言がよどんだ時点でアウトである。

 麗花のクラスはガブリエルさまだが、天使像自体に問題はない。問題があるのは言い淀んでいたガワとなる、ステンドグラスアートの部分。


 ガブリエルさまと言えば、我がクラス像の聖母マリアの元に現れ、イエス・キリストさまの誕生を告げたという『受胎告知』が有名だ。

 そしてそのガブリエルさまは、聖母マリアの純潔を示す白百合を携えて描かれていることが多い。故にステンドグラスアートも白百合の構図にしようとしていたそうだが、こちらはディベート部のエースに言いくるめられて赤薔薇になった。


 麗花がその熱意に絆されたのと、まぁ赤薔薇でも問題ないかと頷ける理由だったからそれで納得して進めたらしい。

 けれどそのステンドグラスの制作中にビシバシと視線を感じるので不審に思った彼女が他の子に問い詰めたところ、麗花は頷ける理由の裏に隠されたあの真実を遂に知ってしまったのだ。



 ――そう。自分が上・同級生から、赤薔薇の聖乙女イングリッド・バーグマンとあだ名されていることを!!



 あと白百合では私のイメージが付いてしまうそうで、ここは麗花の在籍するクラスだと知らしめるべくどうしても赤薔薇でなければならなかったとは、問い詰められた子談。

 変更しようにも既に【香桜華会】で受理され制作し始めてしまっており、後の祭りだった……という訳である。


 ちなみに自分がそんなあだ名を付けられていたことが余程衝撃的だったようで、寮の部屋に帰ってから。



『まさかそんな……。ただでさえ二番煎じのアレがありますのに、あんな恥ずかしいあだ名が私に……?』



 と、悪夢でも見たかのような声音で二段ベッドの上からブツブツと呟いていた。

 二番煎じのアレに関しては不明だが、二段ベッドの下の私も同じ境遇なので共感が半端ない。


 私のクラスは私モデルの聖母マリア像(ガワはもちろん手作り百合造花)、麗花のクラスはガブリエル像の背後にそびえるステンド赤薔薇アート壁。やれやれである。


「桃ちゃんのところは? 私と麗花のクラスに対抗して桃か撫子の何か作ってない?」

「えっ。も、桃のクラスはちゃんとしたラファエルさまを造ってるよ! ガワも発泡スチロール削って、ちゃんと木の形にしてるよ!」

「桃か撫子の何かって何だよ。アタシも二人と違って、菊だの葵だのの制作物はないからな」


 きくっちーからそんな突っ込みが入り、同じ『花組』なのに何故こうも生徒の対応というか反応が違うのかと項垂れていると、麗花が眉を潜めて。


「納得がいきませんわね」

「何がだよ?」

「だっておかしいじゃありませんの。この中では貴女が一番生徒から騒がれている身でしょうに。私達同様、あだ名があってもおかしくはありませんわよ!」

「あ、確かに。アイドル枠なのにあだ名がない! 何で!?」

「それは向けられる憧れの種類が違うってだけの話だと思うけどな。アタシは親しみやすい感じのヤツだけど、二人はどっちかと言うと、初見じゃ見た目も雰囲気も近づき難いタイプじゃん。近づき難いからこそ親しみやすいように、特徴的なあだ名を付けてたんじゃないか?」


 見解を聞き、麗花と顔を見合わせる。


「「……ああ」」

「納得した?」


 コクリと頷く。

 恐らく麗花も私と同じで、入学したばかりの頃を思い出していたに違いない。二人して悪目立ちしていたあの頃を。


「葵ちゃん! 桃は?」

「は?」

「桃もあだ名ないよ!」

「お前の場合は相手が近づこうとしてんのに、逃走して隠れてただろ。見た目親しみやすい方なのに変な動きばっかしてたから、皆そっとしてあげてたんだろ」


 自分のことに言及がない桃ちゃんはきくっちーからそう返されて、ガーンとなっていた。

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