Episode225 語られしポッポの生態 後編
声のトーンが変わった。――吐き捨てるような、それへと。
「まあ私があの姉の妹って言うのは、紛れもない事実なんだけど。……姉のことは大好きよ? 自慢の姉だと思っているわ。でもね、姉は姉で、私は私よ? 私が出来ることを全部『茉李の妹』だからって、当然みたいな決めつけして欲しくないのよね。私は姉のクローンじゃないのよ? 両親も何かあれば『茉李のように、茉李のように』って、煩いし。そんなことをずっと言われ続けていたら私らしく頑張るの、何か馬鹿らしくなっちゃって」
笑って言っているのに淡々とした口調のせいで、どこか不気味なものを感じる。
「……やっぱり去年のアレは、態となんですか?」
「やっぱりその話をしてたのね。そうね? あからさまに『あの鳩羽会長の妹』って期待されて、すっごくムカついたわ? ちゃんと間に合う範囲でイタズラしたし、でもその結果、今年の高等部広報課はとっても作業効率が良くなったって聞くわ? ふふふ、ちゃあーんと私、補佐、できてるでしょ?」
『書記で今後杏梨と関わることも多くなると思うから話すけど、茉李から聞いた話だとあの子、影の実力者タイプなんだって』
その年ちゃんと間に合い、去年の反省が活かされた高等部の動き。
確かに結果を見たら文句は言えないかもしれない。影の実力者とは、何とも的確な表現である。
「今年はどうなさるのですか?」
「あら、そっちが気になるのね? ふふ、今年はちゃんと正しく補佐するわよ? ニホちゃん先輩送られてきちゃったし、姉に怒られたくないもの。それに……椿たちに迷惑は掛けたくないし」
「ということは、去年は掛けてしまったのですか?」
「うーん。広報課の実力の底上げっていう部分では伸びたけど、他の課の応援には行けなかったから。特に会長が補佐で携わる装飾課って、校舎全体の飾りつけの他にも、校門のゲート作成とか垂れ幕とかも作ったりするから、結構大変な課なのよね。私がしたことの反省があるとすれば、そこくらいかしら?」
広報課に対して微塵も悪く思っていないのは、何かもうあっ晴れとしか言えない。
しかし、そうも『有名な人の妹』として見られるのが嫌なのに、どうしてポッポお姉様は【香桜華会】の指名を受けたのだろうか?
「お姉様が【香桜華会】の指名をされた時は、どのような……」
ん~、と間延びするような声を発してから。
「成績とか平均より少し上くらいでちゃんと目立たないように調整していたのに、それでもやっぱり姉の妹だからっていうのが大きかったわね。断っても良かったんだけど……雲雀も誘われていたから受けたの」
直の『姉』の名が出てきて、何となく納得した。
個性的な『鳥組』を結ぶ中間どころとしてと以前考えたことがあるが、やはりそうなのだろう。
雲雀お姉様も確かに私のことを“百合宮家の令嬢”として見てはいるが、それ以上に
そんなお姉様はきっとポッポお姉様のことだって『有名な人の妹』というよりも、一同級生として見ているのではないかと思う。だからこそ、ポッポお姉様も雲雀お姉様のことがお好きなのだ。
「『鳥組』って、すごく仲良しですよね」
「……そういうこと言うの、やっぱり『姉妹』ね。雲雀がいるから所属したのに、椿と千鶴とちょっと話していると、ニコニコして仲良しねって。千鶴はどうか分からないけど、椿は私の人間性に気付いているわ。去年の今頃はすっごく物言いたげな顔して見られていたけど、何も言ってこなかったし。それもあって、だから椿には迷惑掛けられないと思っているの。だから私のことを監視しながら作業しなくて大丈夫よ。ちゃんとやるから」
「そ、そうですか。それでは仁保先輩にもそうお伝えします」
「大丈夫よ。三人でやった方が早いって言った時、ニホちゃん先輩には通じたから」
「えっ」
確かに三人作業になった時に彼女は何も言わず受け入れていたけど、あれで判ったのか仁保先輩。すごい。高等部二年の実力(?)は伊達じゃない。
「姉と私って性格似ているから、好きになる友達も似ちゃうのよね。ニホちゃん先輩は『鳩羽 茉李の妹』としてだけじゃなくて、ちゃあんと私という人間は“私”なんだって、見てくれる人なの。だから私が前々から花蓮ちゃんと話したかった内容っていうのは、ここから」
緩く笑んでいたのさえ、消えた。
「――神童と呼ばれる兄がいて、その妹はどう感じているのかしらって」
……ああ、なるほどそっちだったか。個人的な話とは、てっきり椿お姉様の時のような雲雀お姉様の直の『妹』と、彼女のことで何らかの話かと、たった先程までは推測していたのだけど。
確かに私とポッポお姉様は、その点では似ている。
優秀な兄姉がいるからこその、周囲から向けられる比較と期待。私も小学校に上がるより前の未就学児童だった時はお母様からの淑女教育とは別に、筆記分野の教師を雇用してそういう教育をさせられていた。
鈴ちゃんはお兄様直々だったけど、あの頃の私はお兄様から避けられていた。そしてできた時の教師の褒め方が、“さすがあの奏多さまの妹君”。
外では微笑んでお礼を口にしていたけど、内心は引っ掛かっていた。乙女ゲーの記憶を思い出すより前の気持ちで、そうだった。
私も自分の兄は好きで、周囲から受ける評価というのは、確かに優秀な兄との比較と期待が大きい。
お姉様は
……私が擦れなかったのは自分が一家路頭を引き起こすライバル令嬢だったからって、何かその理由嫌だな。
「……私の場合はそうですね。何と言いますか、私自身、兄との出来を比較されるのはそれどころじゃなかったからと言うか、他のことで頭が一杯だったので、兄と比較されてどうこうというのはそんなに思いませんでした」
「見ていて何となく分かっていたけど花蓮ちゃん、結構お気楽な思考しているわよね」
「あれ? 今ちゃんと他のことで頭が一杯だったって言いましたよね? 何でお気楽っていう発言が出てくるのでしょうか?」
「やっぱり兄と姉っていう性別の違いがあるからかしら……?」
「無視しないで下さいお姉様」
素でもマイペースなポッポお姉様である。
私はお互いの家庭環境でも差異があることを踏まえて、再度口を開いた。
「お姉様は先程、両親も何かあれば『茉李のように、茉李のように』って仰っておりましたが、百合宮家はその逆です」
「……逆?」
「我が家の場合は、今はそうじゃないですけど、昔はあまり良くない家庭環境だったと思います。父はずっと仕事に明け暮れて、家にいらっしゃる時間なんて滅多にありませんでした。私自身、幼い頃の父の存在は希薄です。母は淑女教育とずっと私に付きっきりで傍にいて、兄は……ずっと一人でした。そしてそんな兄から、私は避けられていました」
お姉様の目が見開かれる。苦笑して話を続ける。
「今はちゃんと父は定時に上がって夕食を共にしますし、母は他の兄妹にも愛情深く接していますし、兄ももう私のことを避けていません。ちゃんと絆のある、血の通った家族になったと思います。実を言うとここの受験も、私を守るために課した家の方針です」
「……そう。そうなの……。私と花蓮ちゃんじゃ、前提がまず違ったのね……」
ふぅ~と緩く息を吐き出したお姉様は机に頬杖をついて、上目遣いに私を見つめた。
「どうでもいい周囲をじゃなくて、
失くしたくない。
そう。記憶を思い出して私が一番に望んだのは―― 一家路頭の回避。
執着していた白鴎の愛情を空子から勝ち取るよりも、家族がバラバラになって失われないようにすることを考え、行動した。
私を避ける癖に、“百合宮の長男”として必要な時にしか私に関わらないお兄様。
ずっと私に付きっきりで離れず、淑女教育と言う名の洗脳を施したお母様。
家での存在が希薄でありながら、会社で大いにやらかしていたお父様。
それでも私は、そんな人達でも失いたくなかった。
だってかけがえのない、私の大事な家族だから。お兄様もお母様もお父様も、誰一人として代わりになる人なんていないのだから。
「ポッポお姉様。お姉様はもう、頑張る気はないのでしょうか? 私には今、絶対に失いたくないものがあります。私の望む未来を勝ち取るために、途中にどんな障害があろうとも諦める気は毛頭ありません。お姉様はよろしいのですか? “鳩羽 杏梨”であることを諦めてしまっても」
真っ直ぐと見つめて問うた。
暫く無言だったが、唐突にゆるーと微笑んでくる。
「そうねぇ~。家族では姉だけでも見てくれるからいいかしら~って思っていたけど、また頑張ってみてもいいかもしれないわね~? うふふ~、あの人たちに私は茉李じゃなくて杏梨なのよって、ブチかましてあげる~♪」
「あの、やつ当たりは程々にしてあげて下さいね?」
「え~?」
え~?じゃなくて。
ヤダ怖いですお姉様。元の口調に戻るのもいきなり過ぎて怖いです。
「それじゃあそろそろ、会室に行かなきゃね~」
「あっ、嘘もうこんな時間ですか!?」
言われて壁掛け時計を見ると、既に時計の針は十八時を越している。そろそろどころじゃなく普通にヤバい時間帯である!
「ちょ、お姉様急ぎませんと! 絶対椿お姉様カンカンですよ!?」
「急ぐって言われても~。【香桜華会】が率先して廊下を走っちゃいけないのよ~?」
「どうして貴女はそんなに余裕をかましているんですか!? 既にこの時点で椿お姉様に迷惑掛けてませんか!?」
ゆるーと笑っててくてく歩くポッポお姉様を置いていく訳にもいかず、一緒にてくてく会室に辿り着いた頃には窓の外も暗く、一人会室に残っていらっしゃった椿お姉様に結局二人してお叱りを受けたのだった。
お叱り後に進捗報告して生活寮へと戻る道すがら、「やっぱり雲雀が選んだ子ね」と隣を一緒に歩くポッポお姉様から零れた呟きには、微笑んでお返しした私である。
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