Episode224 語られしポッポの生態 前編
小教室Bにて、ただいま香実広報課の皆さまの手で案内パネルの制作中。
歩く自然災害ポッポさまはちゃんと椅子に座って、皆さまの作業をゆるーと微笑んでお見守りになられている。
そしてそんなお姉様へと時折視線を遣りながら、私はもう一人のポッポ監視員である仁保先輩と、ちゃんとパネルの制作作業に携わっていた。
今は学院全体のお手製案内図の拡大コピーしたその一部をパネル番号『四ー二』へと、敷いたカーボン紙の上からなぞるという作業を行っている。
他の皆さんはお互いに声を掛け合いながらそれぞれのパネルに色塗りをしているので、自然と同じスペースで共同作業中の私達のお口も開く。
「あの。先程のお話にもノートにも出てきた鳩羽 茉李さまって、杏梨お姉様のご
「うん? あれ、結構有名な話だと思っていたんだけど……そっか。同じ学院でも学年は離れているから、知らないんだね。そう。茉李は杏梨の実の姉で、私と同じ高等部二年。一応、高等部【香桜華会】の次期会長だよ」
「えっ。し、知らなかったです。そうですか……」
校舎が目と鼻の先とは言え、同じ行事でも異なる場所で行っていたし、この香桜祭くらいしか高等部の生徒とは関わることが今のところないのだ。
「私は入学した年のクラスで茉李と一緒になって、そのまま仲良くなって友達になったの。性格は妹の杏梨と結構似ているけど、空気を読むのがすっごく上手い子でね。場面場面で的確な発言をするから周囲からも頼りにされて、あれよという間に【香桜華会】所属。中等部で会長をしていたから、その流れで高等部でも会長になる予定なの。杏梨とは一年だけ学び舎が被っているから、姉の友人の私をニホちゃん先輩って呼び始めたんだけどね」
「なるほど」
あのノートには、『あの鳩羽 茉李さまの』という言葉があった。『あの』に掛かる部分が【香桜華会】の会長ということなら、確かに憧れの眼差しを向けている人の妹への期待値は高かっただろう。
「すみません、仁保先輩。私、【香桜華会】に所属して半年経ちますが、杏梨お姉様とはそんなにお話したことがないんです。私の直接の『姉』が副会長の藤波お姉様で、会話をしたとしても、仕事に関してのあれこれ程度でして」
「ああ。うーん……。えっと、百合宮さんから見て、杏梨ってどう見える?」
「どう……?」
聞かれ、今までのことを思い浮かべながら口にする。
「そうですね。結構な割合で人任せにされていることが多い印象があります。ですが状況の見極めが早くて、その判断も的確と言いますか。ジェスチャーで色々表現されたりだとか、ちょっとしたイタズラもお好きなようで……」
「……言うほど意外とよく見てるね」
「えっ、そうですか?」
驚いていると苦笑された。
「書記で今後杏梨と関わることも多くなると思うから話すけど、茉李から聞いた話だとあの子、影の実力者タイプなんだって」
「影の実力者タイプ」
「そう。自分で出来るけど、敢えて人にやらすって感じで。姉が周囲に頼りにされて群がられている姿を見て、『面倒臭いの嫌よね~、優秀なの分かったらああなるのね~やだわ~』って、思ったらしいよ」
ポッポお姉様……。
チラリと視線を向ける。気付き、ゆるーと手を振ってくる。
「茉李さまを反面教師にされたと」
「それもあるけど、もう一つ理由があるんじゃないかって私は思っているの」
少しだけ落とされた声量に瞬くと、仁保先輩もまたポッポお姉さまへと視線をやった。
「出来ることを『茉李の妹だから当然』って、思われたくないんじゃないかって」
「!」
「あのノート見て思ったけど、当時の広報課は杏梨のことを『憧れの茉李の妹』って見ていた。もしかしてなんだけどね。自然災害扱いされたアレ、杏梨の意趣返しかと一瞬思ったのよ」
「それはさすがに……」
「うん。最終段階のこの時期だし、
言った。言いました。
それを返されてしまったら、否が応にも仁保先輩の言いたい仮説が私の中でも出来上がってしまう。それに加え、とある違和感も沸き起こってきた。
去年の広報課は、二度も案内パネルをやり直しさせられた。けれど彼女たちはちゃんと間に合って、香桜祭を成功させている。
――実力的に、二度やり直させても大丈夫だと判断し、偶然を装ってバケツをひっくり返す。パネルを小教室で態と組み立てたのは足止めされたことに対する、ちょっとしたイタズラの範囲……。
「え、怖い」
「取り敢えず仮説だから。本人に確かめない限りは迷宮入りだから」
「嫌です確かめたくないです怖いです!」
だって会室でのポッポお姉様、ノートに書いてあるようなあんなドジっ子じゃない! むしろ逆にしっかりされている! どうしよう黒の可能性しか見出せない!!
会話しながらも作業の手は止めずにいたので、ここで一枚書き写しが終了。次のパネルの書き写しをするべく『四ー三』を持ち場スペースに運ぼうとしたところで、先にひょいと取る手が。
見ると、椅子から移動されたらしいポッポお姉様がゆるーと笑っていらっしゃった。
「お姉様は座っていて下さいと!」
「え~? だって花蓮ちゃん、ニホちゃん先輩とばっかりいて私、つまらないじゃな~い?」
「それはどっちの意味ですかお姉様」
補佐の役割を果たしていないという意味か、楽しくないからという意味か。
ポッポお姉様が動かれたことに広報課の皆さんがギョッとした顔をしたが、お姉様はどこ吹く風で私と仁保先輩が作業していたスペースへとパネルを運んでいく。
私は後を追うしかないが、彼女は何もドジっ子することなく到着した。
「……杏梨」
「ふふふ、三人でやった方が早いと思うわ~?」
微妙な表情で出迎えた仁保先輩にコテリと首を傾げながらお姉様は笑って返し、そのまま私達は三人で作業した。
ちなみに今年の広報課の水入りバケツは各自が抱えるようにして自分の傍に置いているので、ちゃんと対策は考えた模様。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「作業中、ニホちゃん先輩と二人で何のお話をしていたの~?」
「え」
本日の広報課での補佐(時間制)が終了したので課の進捗報告のため会室に向かう途中、隣を歩くポッポお姉様からそんな質問が放たれた。
「えっと、今日晴れて良かったですねとか」
「花蓮ちゃん誤魔化し下手くそだわ~。もしかしなくても、私の姉のことかしら~?」
「……はい」
何か思うんだけど、いつも私の誤魔化しって成功していないような気がする……。
仁保先輩と話した内容では、周囲から『優秀な人間の妹』と思われることをお嫌そうな印象を受けた。
だからそれをコソコソ話されて、お姉様にとってよくは思わないだろうなと思って、シュンとした声になってしまう。
「すみません。影でコソコソと……」
「同じ場にいたのに影でもないし、コソコソもしていなかったわよ~? ……そうねぇ。ちょっとお話しましょうか~」
腕を取られて近くの無人教室へと入り、入口近くの椅子をお借りして座った。
向かい合って見てもその表情はいつものように、ゆるーと笑っていらっしゃる。
「お話、とは」
こちらから切り出せば、コテリと首が傾ぐ。
「ふふふ。私、花蓮ちゃんとは前から個人的にお話したいなって思っていたの~。所属したばかりの頃は忙しそうでそんな機会も早々なかったし、適性役職が書記でホッとしたわ~。……まず私ね~、『あの鳩羽 茉李の妹』って言われるのが――」
顔は笑っている。いつものように。
「――――ほんっとーに、死ぬほど嫌いなの」
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