Episode223 広報課補佐・書記組のお仕事内容

 香桜祭実行委員会。通称『香実こうじつ』はその活動期間に関して説明すると、実はかなり前から活動を開始している。

 外部から人を呼び込むということと、香桜女学院を受験しようと考えている子どもに向けてのアピール行事でもあるため、しっかり準備期間を設けて生徒たちも行動するのだ。


 香実メンバーは総務課に限っては役員選挙が二月から三月にかけて実施され、他の課に関しては対象学年のクラスから四名、高等部二年だけは各クラス六名の総計約六十名構成。何故高等部二年のみが六名となっているのかと言うと、プラスされた二名が中等部の香実を補佐する役目を負っているからだ。


 校舎は中等部と高等部で学び舎は異なっているが、校舎間の距離はそう離れておらず目と鼻の先にある。けれど生活寮の場所は離れていて、普段あまりお互いに行き来することはない。


 香桜祭は、全校生徒が一丸となって盛り上げることが第一の目標。

 香実では一番下の立場である中等部三年だが、中等部では中心となって動かなければならない。私達【香桜華会】も総務課補佐として入っているものの、やはり中等部香実の負担は大きい。


 だが中等部・高等部で両方の香桜祭を経験している高等部二年の香実メンバーが入れば、精神的に安心感が生まれてそのプレッシャーも軽減される。


 それに中等部三年にとって、高等部二年は当時入学した時の中等部三年生。頼れる先輩が傍にいることで不安に思うことも気軽に相談しに行けるので、とても活動がしやすい環境となっている。


 そうして三月の前半に香実メンバーが決まり、本格的に香桜祭に向けての活動を開始するのだ。


 三月後半は香桜祭のテーマや実施方針の決定、参加するにあたっての規程冊子の作成など。四月は香実で定まった香桜祭のテーマとロゴの発表、五月には学院内参加団体の書類審査、六月はその審査を経て参加団体の決定をし、校舎内の色々なものの配置やステージ企画等の発表タイムテーブルの作成を行う。


 七月。ここで参加団体の各予算の決定、購入品の配布、パンフレットやポスターの入稿、備品等の最終決定を行い、夏休みが明けてのこの九月が運営の最終準備……となる訳である。


 こうして香桜祭に向けての準備は、イースターやら生徒総会やら聖母月行事やらが行われているその水面下で、静かに着々と進められていたのだ。


 ……うん。中々にハードな委員会だね、香桜祭実行委員会。





「それで私達書記組はね~、主に広報課の補佐を担当するのよ~」


 ロッテンシスターから責任重大の圧力を掛けられて後日。同じ書記担当のポッポお姉様と一緒に、担当補佐の中等部香実課へと向かっている私。


 椿お姉様がご説明されていた香実の枝分かれしている総務課以外の四つの課、広報課・器材管理課・装飾課・企画審査課にそれぞれの担当役職が付いて、お仕事の補佐をするということらしい。


「広報課なのですか?」

「そうよ~。まぁ、夏休み前にパンフレットとかポスターの入稿まで終わっているから、やることないって思うかもしれないんだけどね~。実はちゃあ~んとお仕事、まだあるのよ~」


 何だろう。広報って外に向けて発信する課だから、オリエンテーションの時みたいな持ち帰りパンフレットくらいしか思い浮かばない……。

 私の様子でピンときていないことが察せられたようで、うふふ~と笑って続きを説明される。


「時代なのよね~。ウチにもホームページあるじゃな~い? その中で香桜祭を特集した特設ページを構築したり~って言っても、そーいうのは高等部の方でするんだけどね~。中等部は中等部で、外から来られたお客さまに発信しなきゃいけない大切なことが、もう一つあるのよ~」

「もう一つ……あ、お姉様」

「あらぁ、もう着いちゃったわ~」


 目的地である中等部広報課の根城……語弊があった、使用教室である小教室B。

 この小教室は主にこういう委員会での会議の時に使われる教室だが、今や毎年のことである香実の各課の作業場として認知されている。


 外から見えないように暗幕カーテンが引かれている扉の向こうからは、きゃいきゃいと楽しそうなものではなく、「違うそこズレてる!」「そこは赤じゃなくて黄色だって!」などと、怒号が聞こえてくる。


「今年も盛況ね~」

「も?」

「去年もこんな感じだったわ~。これぞ香桜祭!って感じよね~?」

「当時未所属だった私に同意を求められましても」


 というか怒号が飛び交うことで香桜祭の時期だと感じたくないです、お姉様。

 微妙な顔をする私を横に置きつつ、ポッポお姉様がドアを開け……おっと、鍵が掛かっているようだ。私達は入る前から閉め出しを喰らってしまった。


「……あらぁ?」

「どうしましょうか。ノックして声を掛けてみましょうか?」

「うん、そうね~。……広報課の皆さぁ~ん! 総務課から補佐しに参りましたよ~!」


 私の提案に頷いてコンコンとドアを叩きながら、室内にいる生徒へ声を掛けるポッポお姉様。その声と音が聞こえたのか、それまで聞こえていた怒号もピタリと止んだ。……しかし。


「……つ、遂に鳩羽さまが、この小教室に来てしまったわ……!」

「だ、大丈夫よ! 二年生の次期書記が一緒でしょ!?」

「ちょっと貴女、あの記録を忘れたの!? 書いてあったでしょ、『マル秘ポッポ対策資料』に! 誰かいても止めることなんて出来ないのよ!」

「総員、厳戒態勢用意! 鳩羽さまからパネルを守るのよ!!」


 中から聞こえてきたのは、普段の生活では憧れの眼差しを受けているようなウェルカムな感じではなく、何やらノーウェルカムな感じの話がされている。

 向こうはこっちに聞こえていないと思って話しているのだろうか? バッチリ聞こえているんですけど。


 チラ、と要注意人物扱いをされているポッポお姉様を見た。

 彼女はドアを前にして、いつものようにゆるーと笑っていらっしゃる。


「……」

「お、お姉さ……!?」


 バン!


「あ~け~て~」


 バン!!


「あ~け~て~!」


 バン!!!


「あぁ~けぇ~てぇ~!!」

「お姉様! ポッポお姉様やめて下さい!!」


 いきなりドアを両手で叩き始め、それと一緒にゆるーと笑いながら段々強めに中へと訴えていく姿は恐怖以外の何者でもなかった。

 そしてその恐怖が中で立て籠もっているらしい彼女らにも伝わったのか、「ひえぇっ!」と恐れおののく悲鳴がしている!


「すみません、総務課から鳩羽と百合宮が補佐に来ました! 取り敢えず中に入れて下さいませんか!?」


 中に入らないことには進まないと思いそう声を発したものの、再度ピタリと止んだと思ったら。


「次期書記が百合宮さまだったあぁぁ!!」

「よりにもよって百合の掌中の珠リス・トレゾールが!? どうしてなの!? 大本命の赤薔薇の聖乙女イングリッド・バーグマンであってほしかった……!」

「薔之院さまは恐らく次期会長でしょう!? 予想では桃瀬さまだって皆納得していたじゃない」

「そうだけどおぉぉ!!」


 私までがノーウェルカムっぽいのはどゆこと?

 あと先輩方の予想全部外れてるんですけど。


 と未だ中の喧騒は絶えないがガチャッと鍵が開けられる音がして、中からガラリとドアを開けて下さった方が私達を見て苦笑した。


「あら、ニホちゃん先輩じゃな~い」

「ニホちゃん先輩?」


 お姉様が気安そうに声を掛けたその人は高等部の制服を着ており、私達と同じく補佐で来ている生徒だと分かる。彼女は初めましてな私に挨拶して下さった。


「初めまして。広報課の補佐で来ている高等部二年の、仁保にほ あきらって言うの。数週間程度だけどよろしくね」

「中等部二年の百合宮 花蓮と申します。こちらこそよろしくお願いします」

「うん。……杏梨、去年のやらかしが引継ぎ資料にデカデカと残されてたよ。それを見た茉李まつりが私を派遣したの。ちゃんとアンタのこと見とけってね」


 言われたポッポお姉様だが、小首を傾げて心当たりなんてないようなお顔をされている。


「え~? 私、そんな監視されるようなこと何もしてないわ~?」

「これを見てももう一度同じことが言える?」


 はい、と手渡されたA四サイズノート。

 その表紙には油性マジックの太い方でデカデカと、『マル秘ポッポ対策資料』と書いてある。


 お姉様がパラリと開くのを、私も覗き込んで見せてもらうことに。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 注意書き。

 これは『対策資料』とめい打っているが、対策は次代の貴女たちに任せます。ここには鳩羽 杏梨という生徒から受けた被害を日記形式で記録しています。

 彼女と同じ学年は彼女から目を離さず、よくよく注意するようにして下さい。



 九月×日

 今日からこの広報課には、総務課から【香桜華会】の書記が補佐しに来て下さる。私達は憧れの御方に直接補佐して頂くことに浮かれて、それも次期書記があの鳩羽 茉李さまの妹さまだということに舞い上がっていた。しかし憧れの御方の妹は、とんだ破壊神であらせられた。いや、筆を洗うためのバケツを床に置いていた私達も悪かったが、まさかそれが彼女の足に当たった結果、パネルが水浸しになり絵の具が流れ、グチャグチャになるという大惨事になるとは思ってもみなかったのだ。



 九月△日

 先日の反省を踏まえ、私達は水入りバケツを机の上に置くことにした。屈めた腰を一々上げ下げするのは辛かったが、最初からやり直しになるより腰を痛める方が余程マシだ。杏梨さまもお気持ち消沈されていて、塗るお手伝いをして下さるとお申し出があった。ならばと筆を持たせたが、失敗だった。一生懸命塗って下さるのは大変有り難いのだが、床まで塗らないで下さい。はみ出し過ぎです。おかしいな、ちゃんと下に汚れ防止シートを敷いているのに、何でそれを越えて床までいくのかな?



 九月◇日

 痛い腰に鞭打って床を雑巾で清掃した反省を踏まえ、私達広報課は杏梨さまに筆を持たせないことを満場の意見一致とした。今日も瀬良せらさまと杏梨さまはやって来た。瀬良さまも杏梨さまを注意して見て下さっていたが、少し目を離された隙に杏梨さまが動いた。その日は風が強くて敢えて窓を開けていなかったが、杏梨さまは空気を入れ替えようと窓を開けられたのだ。そこまでは良かった。しかし開けた窓から強い風がモロに入って、それに驚かれ顔を庇おうと動かされた杏梨さまの肘が、机の上に置いていた水入りバケツに当たってしまった。バケツの水は乾ききっていないパネルの上へとぶち撒けられた。私達は絶叫した。



 九月☆日

 もう時間が無い! ポスターとパンフレットまでは全てが予定通りスムーズに進んでいたのに、案内パネル制作だけが無限ループしている! あのポッポ……いや杏梨さまに悪気が一切ないのは分かっている! 全てが偶然の産物だとちゃんと理解している! だが現在進行形のこのパネルがダメになってしまったら、もう授業を返上して取り掛からないといけなくなる。本当はもう完成して装飾課の応援に入っている予定が、逆に応援に来てほしい側となってしまっている。瀬良さま、どうかポッ……杏梨さまの足止めを……!



 九月◎日

 ポッポがやった! 何とか完成したパネルを前にあのポッポがやりおった!! それは案内パネルなんですよ! 設置場所でくっ付けるヤツで、現場に持って行くヤツなんですよ! 何でこの小教室で組み立てた!? ドアから出せないでしょ!? 手先が器用で芸術品のように美しく仕上げられていても、ダメなもんはダメなんですよ! そうですよね~、接着して組み立ててから、あらどうやって出すのかしらって思ったの~って、組み立てる前に気付いて下さいよ!! 先日補佐できなかったから先に来てやっていたと仰られるが、こちとらわざとですよ! 責任感があるのはとても良いことだが、瀬良さまの足止めが裏目に出てしまった!!



 九月……何日だっけ? ああそう、♪日だ。♪日

 やっと装飾課の応援に行けると思ったのに、パネルの解体作業で予定丸ごと潰れてしまった反省を踏まえ、取り敢えず杏梨さまには頼むから小教室の椅子に座って、動かず作業を見ていてくれとお願いした。いえいえ、良いんです。貴女という歩く災害ポッポは目につくそこでジッとしていて下さるのが一番のお仕事です。瀬良さまは涙目で謝り倒して下さったが、良いんです。皆、そう。この広報課で起きた出来事のすべてに、悪意なんてものは微塵もなかったんです。これは所謂いわゆる、自然災害のようなものです。ほら、あれって防ごうと思って完璧に防ぎきれるものじゃないでしょ? ……あれ? そう言えばポッポさま、確かまだ二年生ジャナカッタ……?




 ――ということで、彼女から受けた被害報告は以上となります。


 いくら私達にとって憧れの【香桜華会】のメンバーとは言え、時と場合によっては異なる存在に変貌し得るということを、次代の皆さんはよくよく頭に叩き込むようにして下さい。


 私達がポッポさまから受けた自然災害を、彼女と同じ学年の香実広報課には受けてもらいたくない一心で赤裸々に書き殴りました。どうか来年の中等部広報課の皆さんが無事に香桜祭から生還を果たせることを、イエス・キリストさまへ私達一同、十字を切ってお祈りを捧げます。アーメン……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 ――パタムとノートが閉じられた。


 ……頼れるお姉様から教えを請うのではなく、今や私がちゃんと率先して広報課の補佐を全うしなければいけないという、大変切羽詰まった思いに駆られている。

 そして何故私までもがノーウェルカムだったのかを、よく理解した。


 そりゃあんな噂をされ百合の掌中の珠リス・トレゾールとかあだ名されている私じゃ、歩く自然災害を止められるとは誰も思わないよね!!


 閉じたノートを仁保先輩にお返ししたポッポお姉様のお顔が何故かゆったりと、冷や汗を流している私に向けられた。


「それじゃあ、何から始める~?」

「お姉様は中の椅子に座って絶対にその場から動かないで下さい!!」


 何をやる気になっているんですか貴女は! ちゃんと一緒にノート読んでいましたよね!? というかあんな惨事引き起こしておいて、よく心当たりなんてありませんな顔できましたね!?


 広報課補佐として任された私と、高等部から来られた内の一人である仁保先輩のお仕事は、歩く自然災害ポッポの監視であった。

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