Episode222 きくっちー、勝負の結果
香桜祭に向けて本格的に動き始めるよりも前、私と麗花は夏休みに入る前に宣言されたきっくちーのその結果について確認するために、彼女を二人部屋に引っ張り込んでいた。
ちなみに桃ちゃんは本日の出来事で自分が次期副会長に任命されたことが余程衝撃的だったらしく、既にベッドで夢の中へと旅立っている。
「それで、どうなりましたの!?」
「良い方向なんだよね!? きくっちーの態度見てたから分かるよ! 進捗報告!」
帰省して暫くは様子を大人しく見ていたが、特に喜びを爆発させているでも酷く落ち込んでいるでもない。
至って普通に過ごしているように見える彼女だが、もし悪い結果で隠しているのだとしたらやっぱりアレだということで慎重を期した結果、これから香桜祭の準備でまた忙しくなる前にと本日特攻を仕掛けるに至ったのだ。
普段通りに振舞うきくっちーだが、よく見ていたらふとした時にソワッとしているのを目撃している。それは麗花も同様のようで、ならば状況は悪くないと二人で判断した。
グイグイ詰め寄る私達に慌てながらもその時のことを思い出したのか、少しばかりその頬は薄らと桃色に染まっている。
「ちょっ、お、落ち着けって! その、アタシも話したいとは思っていたんだけどさ。何というか、やっぱり恋バナって慣れないから、何だか恥ずかしかったと言うか」
「まぁ……!」
「わぁ……!」
私達には普段男勝りに接している彼女が、とっても可愛いことを言っている! 初々しい! きくっちー可愛い!!
「きくっちー可愛い!!」
「!? バッ、も、だから言えなかったんだよ! 花蓮恥ずいんだよ!」
「昔からこうなので仕方がありませんわ。自重しない生物なので諦めなさいませ。それでちゃんと告白して、相手の方には交際のご了承を頂けましたの?」
「麗花も結構言うな!? ……いや、告白は、できなかった」
「「えっ」」
目を見開いて凝視すると、ぷぅと頬を膨らませる。
「ここで色々ご令嬢としての何たるかを学んできたけど、久し振りにアイツの顔みた瞬間に、言葉がと、飛んでっちゃってさ……」
「まぁ……」
「わぁ……」
それだけで想像がついた。
きくっちー、テンパっちゃったんだね……。
「でも、それじゃ何でソワソワしてたの? 事情知っていたらどう見てもアレ、恋する乙女の顔だったけど」
「そ、そんな顔してたかアタシ!?」
「していましたわ。とても甘酸っぱかったですわ」
「ぐあぁ……!!」
羞恥ダメージを受けたきくっちーは両手で顔を覆って、床に倒れた。
「……アタシそんな、目に見えて女の子してたのか……」
「何言ってんの。きくっちーは初めから女の子でしょ。ちゃんと他の生徒にはご令嬢しているでしょ」
「ほら葵。次期会長なのですからちゃんと説明なさいませ」
「この話に次期会長関係ないよな!?」
突っ込んでから起き上がった彼女は覚悟を決めたらしく、背筋を伸ばして居住まいを正し、その時のことを語り始める。
「アタシは花蓮と麗花にお墨付きを貰って、自信が付いた。だから客観的に見てアタシも女の子らしく、令嬢らしく成長できたと思って、告白しようと踏み切ったんだ」
「うん」
「分かりますわ」
「うん。それで帰省して、どうやって呼び出そうかと思って。告白するのに道場に呼び出すのも雰囲気的にどうかと思ったから、取り敢えずそれとなく兄貴たちに聞いたんだ。アイツの予定知っているかって。けど兄貴たちはアタシがずっとアイツのことライバル視してたから、何度目かのリベンジを果たしたいんだと思われてさ。兄貴の一人がアイツん家に連絡して……後日、道場で会うことになって……」
苦々しい顔つきで話すきくっちーに、私達の顔も苦々しくなる。お兄さん、ありがた迷惑……。
「試合っていう名目だから、一応道着は持って行ったよ。けどアタシ不思議だったんだ。あの時からアイツ、アタシとは試合してくれなくなったのに、どうして兄貴経由でもアタシの呼び出しに応じたのかって。それで何だか気が急いて約束の時間よりも早くアタシの方が着いたから、中で待ってたんだ。で、それからその少し後にアイツも来て……来て……っ!」
キッと眦を吊り上げ、握った拳を持ってきていたクッションにボスッと叩きつけた!
「アタシの恰好見てアイツ! 『趣味じゃないモン着て来るな』って言いやがったんだ!! くっそ真顔だったのが腹立つ!!」
きくっちーの口調が混ざっているから決してそのままではないだろうが、それにしても恋する女の子に向かって……である。
「ちなみにどのような服装で行きましたの?」
「こっ、告白するから、やっぱ勝負服じゃないとって思ったんだ。お袋と一緒に洋服買いに行って、袖とスカートが白の……フリルで、ワンピース……。生地が黄色で、すごく、女の子っぽい感じの……。自分でも柄じゃないって思ったけど、お袋が似合うって……」
ゴニョゴニョと言っているが、言われた感じで想像してみる。
ふむふむ。きくっちーは春日井夫人のようにスレンダーなモデル体型なので、ワンピースはとても良く似合いそうだ。しかも黄色は活発な彼女のイメージにも合っている。麗花も頷いていた。
「髪型は? ちゃんとセットしましたの?」
「……お袋が頑張りなさいって、カチューシャ貸してくれた……」
「やっぱりお母さんって、娘のそういうのに気付いちゃうんだねー」
私は行動パターンが遺伝だったので即バレだった。
「えーでもそんなにオシャレして着飾ったきくっちーに、そんなこと言うって。私はちょっとどうかと思うけど」
「あ、いや。アイツも道着を着てるアタシしか知らないし、しかも私服もほぼトレーナーとジーンズばっかだし。そりゃあんなん急に着てきたら、趣味じゃないって言われるのも分かるって言うか」
「それでも貴女はそう言われて、悔しかったのでしょう? 女の子らしくなりたいと言う一心で、そのために香桜を受験したのですから」
男勝りで柔道も強くて、普段着もトレーナージーンズのショートカットボーイッシュなきくっちー。
一度敗北を喫しはしたものの生来の負けず嫌いにより、それからも度々その相手のいる道場とは結構な頻度で交流試合を行ってきたと言う。
リベンジを果たす!と毎回相手に向かって行く彼女に対し、毎回嫌そうにはするが挑戦を受けていつも負かしてくる相手。
最初の頃はそんな感じだったが、そうやって試合という名の交流を重ねていく内に、きくっちーは負けて悔しいと言うよりもその子とする試合自体が楽しくなっていったそうだ。
そして楽しそうに挑む彼女を見て、相手も嫌そうな態度は次第に見せなくなっていった。むしろ、彼女と同じようにどこか楽しそうな顔をし始めたらしい。
そんな良いライバル関係が築かれていたある日、その関係が崩れる事件が起こった。
――それはよくセミも鳴いた、茹だるような暑い日のことだった。
いつものように手合わせで組み手争いをしていた際に流れ落ちる汗や、マットの摩擦による影響もあって滑り、変な体勢できくっちーが転んでしまう。
その時肩から腕にかけてを捻ってしまい、腫れたりしていないかと状態を見るために別室へと連れて行かれて、道着を脱いで見せろと相手に言われた。
肩から腕周りの状態を確認するためとは言え、さすがに異性の目の前で道着を肌蹴ることに抵抗感があったきくっちー。
彼女は自分で診るからいい!と拒否をしたが、相手は今更なんの遠慮だと取り合ってくれず、道着に手をかけ強引に脱がせ出す。
そうして中のシャツまで脱がされそうになって――
『やめろ馬鹿! 女の裸でも見る趣味あんのかお前は!!』
――――その言葉を耳にした瞬間、下から捲ろうとしていた手がピタリと止まり、不思議そうな視線が彼女に注がれた。
『女……?』
そう疑うような言葉までが発せられて、彼女はこの時初めて理解した。
今の今まで、コイツはずっと自分のことを“男”だと思っていたのだと。
そしてそうと理解した瞬間、彼女は酷くショックを受けた。
彼は自分以外の生徒と試合する時、絶対に他の女子とは試合を行わなかった。手合わせをしたいと願われても軽く受け流し、しても型の指導をするだけ。女子で試合の相手をしてくれるのは自分だけだったから。
それは彼が、自分のことを特別に見てくれているからだと思っていた。女子だけど。負け続けているけれど、渡り合える相手として見てくれているからだと。
――けれどそれがまさか、“男”だと思われていたからだなんて。
視線を不思議そうなものから怪訝なものへと変化させた相手は、その後黙ってその場を離れた。そしてこちら側の人間に今更の確認をどうもしたらしく、すぐに戻ってきた相手から謝罪をされた。
それは一体何に対する謝罪なのか。ずっと男子と勘違いしていたことか、強引に服を脱がそうとしたことか。それとも女子を手加減せずに負かし続けてきたことか。
そう、手加減なんてなかった。彼は本気で相手をしていた。
案の定、それから彼は試合を一切してくれなくなった。向かって行っても軽くあしらわれる。
どうして彼が女子を相手に試合をしてくれないのかは分からない。相手側の生徒に聞いても、『アイツはそういうヤツだから』とだけしか返ってこない。
“女”というだけで拒絶された。そう思った。
遠くなってしまった背中を見つめ、もうあの勝ち誇った顔で見下ろされることはないのだと。
負けるのは悔しかったけど自分を見下ろして、自分だけに見せるその表情がいつの間にか――好きになっていたのだと。特別だと思っていた。けど、違った。
初めて試合に負けたあの日でさえ泣かなかったのに、家に帰って――――初めて泣いた。
しかもその後ヤツは他の女子に対しては笑顔を見せるくせに、何の当てつけか自分には最初の嫌そうな態度に逆戻りする始末。“女”でもヤツの中では、明確な差が出来てしまっているのだ!
アイツはきっと女を舐めているのだ。だから試合もしない。そんなことは許せなかった。
ぶつかり合った今までのことは、思い出は、そんなことで消えてしまうのか。消せてしまえるものなのか! ――――諦めて堪るか!! 勝負も、恋も。
そうして彼女は決意した。絶対に女らしくなって、彼に『好きだ』と告白すると。そして絶対に試合でも勝つと。
柔道に関しては練習あるのみ。女らしくなるには、なら“女”を学ぶしかない。“女”を学べる場所はどこだ。女子がいっぱいいるところ。女子と言えばお嬢様……あっそうだ、お嬢様のいる女子校に行こう!!
脳筋思考が弾き出した、単純なアンサーであった。
そうして彼女――菊池 葵は国内でも有数のお嬢様学校である香桜女学院への受験を、たった一人の妹と離れ離れになることに号泣する兄たちの反対を投げ飛ばしながら敢行したのであった――……。
クッションを抱え直しながら、深い溜息を吐き出すきくっちー。
「だからさ、『趣味じゃないモン着て来るな』って言われて、緊張してたのもあって飛んじゃったんだよ。カッチーンときたのもあったし。それでもう何か言い返してやろうと思って、実は…………香桜祭に来いって、言った」
「ん?」
「葵、それはどういう話の流れですの」
言い返すのに何故香桜祭のことが出てきたのか。
脈絡のない話に私も麗花も疑問を感じて問えば、途端にソワッとした反応をする。
「……ほら。香桜祭って入校、チケット制じゃん? 在校生には家族枚数分と、プラス二枚貰える。だからその、外で飛んじゃったからお嬢様できる本拠地の方が有利かって、咄嗟に思っちゃって。でもちゃんとその時はお嬢様しながら言ったぞ! 『後日お宅に香桜祭のチケットを送りますから、ぜひご来校下さるようお願い申し上げますわ』ってな!!」
「相手はどんな反応!?」
「明らかドン引きしてたけど頷いた!!」
「良いのか悪いのか微妙な反応ですわ」
「そ、そういう約束は守るヤツだから……っ。だから香桜祭でアタシ、もう一度挑戦するんだ。皆近くにいるから心強いし、つ、付き合うとかまではいかなくても、アイツの中に“女”としてのアタシを強く残せたらって思う。その上でアイツと対等に渡り合える“女”として、柔道での勝負も絶対に決着をつけてみせる」
どもりながらも、最終的にしっかりとした口調で自分の中にある目標を示すきくっちー。
……うん、きっと大丈夫。こんなに強い輝きを放っている
確固とした姿勢を見せる彼女に私と麗花は顔を見合わせて頷き、再度きくっちーと向き合う。
「頑張れ、きくっちー!」
「何かご協力できることがあれば、仰って。力になりますわ」
笑って応援を告げた私達に彼女は嬉しそうに笑って、大きく頷いた。
中等部で二回目を迎える香桜祭。一人の恋する女の子が彼女にとっての大きな勝負に挑むまで、それはあと数週間後――……。
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