Episode218 お母様の仲直りお食事会
本人に自覚はないが、麗花に好きな人ができたこと。
その発露は不明だが、親友と何かとの狭間で思い悩んでいる、春日井のこと。
太陽編の主要人物たちの内二人がそうした感情に振り回されている中で、緋凰に関しては今のところ春日井から聞ける情報しかない。
小学校卒業と同時にスイミングスクールも卒業してしまったので、その先生役として指導に訪れていた彼とは会う機会もないのだ。別に会わなくてもいいけど、様子を見て直接何らかの情報を得ることができなくなってしまったのは、少しだけ痛手かもしれない。
自分で『答え』を見つけると口にしていた春日井だが、彼には私も主に裏エースくんのことで色々とお世話になったので、できることなら力になりたいという気持ちがあるのだ。
最初は母親同士の繋がりで知り合い、乙女ゲーのことで付き合いなどは忌避したかったものの、何だかんだと現状を見てみれば私と春日井は、最早『お友達』と言っても過言ではない関係性になっている。
麗花とは『親友』。春日井とは『お友達』。
この二人と仲良くなれているのならば緋凰ともと考えるかもしれないが、彼に関しては微妙である。
別に緋凰のことは嫌いではないが、何て言うのだろう? 会ってもほぼ口ゲンカしかしてこなかったから、アイツと二人でニコニコ笑い合う姿など想像できな……できるが、腕に鳥肌が立った。
緋凰が私ににっこりと笑い掛けてくるだなんて、そんなけったいなことがあろうものなら絶対ソイツは緋凰ではない。十中八九偽物である。
まぁ仲は……口ゲンカばっかりだが、多分良い方なのだろう。アイツが私のことを本心ではどう思っているかなど知らないが、私はそう思っている。
と少し内容は逸れてしまったが、私とはそんな関係の太陽編三人。もう一人は出会っていないので言い様がない。
ただ、ゲームでの“彼”は麗花との関係こそないが、ヒロインを巡る中での同攻略対象者である男子二人とは多少関係がある。
――学院の特権階級組織であるファヴォリ ド ランジュの紅霧学院男子トップツーと、外部生のみで構成される組織・生徒会執行部の生徒会長。
もしヒロインが緋凰及び春日井ルートではなく、隠し攻略対象者の“彼”のルートに入ってしまうのなら、学院生活を送る中で必然的にその対立に巻き込まれる形になる。
だから他二人ではライバル役である麗花は“彼”のルートだとライバル役ではなく、ただの学院に通う一生徒としてしか出てこない。……その代わり、ライバル役は別にいるが。
それ故に麗花のことだけを考えるのなら、彼女にとって重要なのは間違いなく緋凰と春日井の二人のみ。
本人が葛藤を覚えている現在、春日井ルートにおける根幹である幼い頃に根付いた周囲からの親友との比較が芽を出している以上、何だか別のものがゲームに沿うように動き始めている気がする。
ゲームでは水泳だったが、それに対しては早々に解決したと春日井は言っていた。懇々説明を得意技とする彼なので、明確にそう言うということは本当にその事での葛藤ではないのだろう。
緋凰が行動したことで、春日井に影響を及ぼしたもの。
緋凰には好きな人がいて、けれどヤツは人とのコミュニケーションにおいて最弱。圧倒的経験値不足。それを解消するためにまずは鉄壁の防御を解除しろ、他の生徒とも進んで会話していけ、という話をしたことはあるが……。
他にもアイツは何か行動したのだろうか? まぁヘタレ臭はするけど、強引な俺様属性だしな。気になったら突き詰めてグイグイ行くようなことくらいはしていそうだ。
あーあ。皆が皆、上手くいけばいいのになぁ~。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
百合宮 花蓮。十四歳。夏。
好きな男の子がいて離れて生活する中でも中学校生活を謳歌している今、もっと言うと夏を満喫している現在。
ある日突然、私の中学校生活における最大の鬼門が訪れましたことを、ここにお知らせ致します。
「…………え?」
例のお母様と疎遠になっているご友人とのお食事、別名・仲直りの会への会場に向かう最中、車内で色々お母様と会話をしていたらそのご友人の話になり、その方の名前が判明したところである。
はっきりと口にされたが、聞き間違いの可能性もある。ここであやふやにしたらダメだと思い、聞き間違いかもしれないご友人の名前をもう一度尋ねてみた。
「あの、お母様? えっと、どなただと……?」
「花蓮ちゃんはお会いしたことないわよね、白鴎夫人。静香さまと仰るのだけど、お母様とは幼馴染なの。奏多さんと歌鈴ちゃんが同じ学年のご兄妹と親しいのは、花蓮ちゃんもよく知っているでしょう? 学生時代にケンカ……なのかしら。それをしてしまって以来、直接お会いすることもなくなってね。ほら、麗花ちゃんの入学手続きのために美麗さまたちがご帰国された時に、お母様が美麗さまとお食事に出掛けたことがあったでしょう? あの時に少しその話をして、彼女と向き合おうと思ったの」
眉を微かに下げてそう告げられるも、私の心臓はバクバクと鳴って、いま自分に降りかかっている状況に目の瞳孔が開きそうになっていた。
太陽編のことばっかり考えていたからだろうか? ゲームの強制力さんが、
「お前なに暢気に人のことばっか考えてんの? 忘れてるなら思い出させてやるぜ! ほらよ!!」
と『これが月編の現実だボール』を投げつけてきた、そんな感じがする。
いま正に投げつけられたモノがキャッチできずに、もろ顔面にぶち当たりましたとも。
…………聞いてない! 学生時代に仲良かった話は聞いているけど、幼馴染とか疎遠になったとか聞いてない!! どういうこと!? いま一体何が起こっているの!!?
気を抜けば白目を剥いて気絶しそうな今、気絶している間に二人が仲直りして、
「どうする? ウチの息子と貴女のトコの娘さん、仲直り記念に婚約でもさせちゃう?」
「お、それいいねー!」
とかになったら目も当てられないので、必死に気力を保って踏ん張る。絶対にそんな流れにさせて堪るもんか!
突如として訪れた人生の危機に特大ストレスがドカンときて、胃もキリキリしてきたが、可能な限り事前に情報を得るべく口を開いた。
「その、白鴎夫人はどのような方なのでしょうか? 疎遠前まではどのようなお付き合いを?」
「そうねぇ。とても物静かで、よくお母様の後ろを付いて歩く方だったの。同じ歳なのにそんな私達を周囲の方たちは、まるで本当の姉妹のようだと囁いていたくらいに。私のことが大好きな子で、それは決して自惚れではなかったわ。私もそんな彼女が大好きで、ずっと傍にいたの」
そこまで話してくれたお母様だけど、僅かに目線を下げて目元に影を落とした。
「だから……傍に居過ぎたから、気づかなかった。彼女が本当は、何を思って私の隣に在り続けていたのかを」
「何を思って、隣に……?」
「ええ。ただ単純にお互いのことを、『好き』だけでいられたら良かったのに」
私に聞かせているようでいて、自分自身にも語りかけているかのような、その言葉。
……どういうことだろう? 花蓮と詩月の婚約は、花蓮が詩月の近くに寄る女子を葬り去る中で、中学の時に成ったもの。
ヒロインが主役のゲーム上では、ライバル令嬢の深堀はしていない。
だから彼等の婚約自体は会社関係の都合なのか、母親同士の仲があって結ばれたものなのかは、正直分からない。けれどお母様と白鴎夫人は、学生時代から疎遠になっている……?
だとしたら母親同士の仲での線は消える。
会社経営だって順調で、お父様だって元々家を守るために仕事に掛かりきりになっていたのなら、上昇志向の野心なんて無く、成績が下がらないよう現状維持に努めていたのでは?
だって野心なんて大企業の社長の地位に既に就いているし、婚家も由緒正しき家柄である。
お父様が起こした悪事の中には横領や脱税があったが、何故そんな悪さをしたのかは不明であった。もし豪遊しただの愛人がいただのといった悪事を起こす動機があったのだとしても、他社と結びつくのなら、こちらが優位に立てる下位家格が経営しているところを選ぶ筈。
同位家格の白鴎家なんて逆にリスキーだ。裏事情においてのメリットがお父様にはない。実際問題、露見して断罪されてるし。
花蓮だって自分の意思を持たないお母様の操り人形であったのなら、例え詩月に執着していても自分から彼と婚約したいなどと、そう言い出す筈がないのだ。
だって断罪される時でさえ表情一つ、顔色さえも変えなかった花蓮なのだから。……あれ?
――じゃあ何があって、花蓮と詩月は婚約者になったんだ……?
そんなことをつらつらと考えている内に目的地に到着したらしい。地下駐車場に停車し、お母様とともに降車する。
お食事をする仲直り会場は高層ビルが建ち並んでいる中にある、とあるホテルレストラン。三十八階から一望できる街並みが絶景の、きちんとしたドレスコードを求められるお食事処だ。
そのためお母様はロイヤルブルーのすっきりとした袖なしロングドレスに、二の腕に届く白のレースボレロ。
私はストライプがクラシカルなネイビーアシンメトリードレスで、ドレスの裾部分に同色のチュールレースがあしらわれて、軽やかな印象を見る者に与える。肩にはシフォン素材の、白いタックドスリーブのフリルボレロを着用。
うん、一目で親子なことが丸判りな格好です。
いつまで経っても若々しいお母様と薄幸美少女である私の組み合わせはやはり人目を惹くらしく、エレベーターで三十八階まで上がってウェイターに案内されながら進む度に、他のお客さんから密やかな視線を頂いた。
そうして案内された先。恐らく一番見晴らしが良いと思われる席には、既に一人の女性が座っていた。
彼女も私達が近づいてくるのに気づき、辿り着いた際にはとても優雅な微笑みを浮かべてから、静かに席を立つ。
――とても美しい
間違いなくあの佳月さまと詩月の母親だと頷ける、静謐な美貌。
一見すると冷たく見えてしまうかもしれないが、彼女から滲み出る月の光のような、淡い柔らかさのある雰囲気がそれを打ち消している。
「お久し振りね、咲子さま」
袖のないクルーネックに、上半身は花模様のレースで上品なウエストリボンのライトグレードレスを着ているその人は、微笑みを浮かべたままお母様へと一度視線を。そして、その隣にいる私を見つめて。
「ふふふ。初めまして、百合宮 花蓮さん。私は貴女のお兄さんと妹さんと仲良くさせて頂いている兄妹の母で、白鴎 静香と申しますの。――よろしくね?」
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