Episode216 情報収集・春日井 夕紀 前編
「お久しぶりです、春日井さま。去年は瑠璃ちゃんが大変お世話になっております」
「ああ、別にいいんだよ。僕が好きでやって、米河原さんも頑張ってやっていることだから。ちょっと冬はさすがにコーチしに行けなかったけど」
現在地 in 春日井家ウッドデッキ。
夏の暑い快晴な空の下、ニコニコ微笑んで親友がお世話になっているお礼を述べると、相手もニコニコ微笑んでそう返してくる。
……我が必殺技・淑女の微笑みで王子さまの微笑みに打ち勝ってみせる!
運んで下さったお紅茶で一先ず喉を潤し、音を立てぬようソーサーにカップを戻した。
「早速本題に入らさせて頂きますが、今年のコーチのご予定はどのように?」
「そうだね。取り敢えず夏休み期間に関してで言うと、今のところは一週間に一回の頻度で行ける予定にはしているよ」
「去年より頻度が増えていませんか? 実はお暇なのでしょうか?」
「あれ? 最初に僕に臨時コーチを頼んできたのって、誰だったかな? それに夏は一番汗をかく時期だし、水分補給と休憩をしっかり取れば、一番運動に効果的な季節だと思うんだ。本人も僕と接する時間が増えたことで最初遠慮がちだったのも、彼女から意見を聞いてくる程になったんだよ。それで? 彼女にとって良い効果しか出ていないのに、期限も残っている中で中途半端なまま放り出すの、百合宮さんはどう思うのかな? そもそも最初に僕に臨時コーチを頼んできた百合宮さん」
「…………後悔先に立たず!!」
「うん、とても失礼な返答だね。百合宮さんは口に出す前に本当、よく考えてから発言した方が良いよ」
微笑み対決以前に、口上対決で敗北を喫する。
私も口は回る方だが、懇々説明を得意技とする春日井には全く手も足も出せなかった。くっそう。
それまで微笑んでいたのが途端、呆れを乗せた表情へと変わる。
「百合宮さんさ、そんなに僕と米河原さんが頻繁に会うの嫌なの? 自分が頼んできたくせに?」
「何度もぶっ刺さないで下さい! いえ、別に瑠璃ちゃんと会うのは良いんです。彼女には女の子としての自信を付けてもらいたいので。……ちょっと……それ以外のことで……アレなんです……」
「……よく考えて発言したっぽいけど、濁し過ぎて全然内容伝わってこないよ」
だってありのままを言える訳ないじゃん!
間接的に麗花が断罪される要因となるお前と鉢合わさせたくないからって!
緋凰婚約問題もだし、春日井ルート取り巻き嵌められ問題もある以上、やっぱり麗花も私同様に高校を無事に卒業するまでは安心できない! 麗花がこのまま香桜で内部進学するとしても、こんなところで再会してゲームの何かの強制力が働いて変なことになってしまったらどうするのだ!!
それに麗花、未だに臨時コーチが瑠璃ちゃんを指導していることを気にしている。
正コーチは瑠璃ちゃんからどんな指導を受けているのか確認しているが、その内容には頷けることばかりで特に修正を言い出すことはない。
瑠璃ちゃんが楽しく続けられることこそが最優先。
だがしかし麗花のみ正体を知らない臨時コーチの存在は、彼女に正コーチとしての危機感を齎しているようだった。
何故なら帰省期間が終了し、実家から学院へと戻る新幹線の中で。
『……私と教え方が似ていますわ。瑠璃子にとっては良いことなのでしょうけど、何だかモヤりますわ!』
と呟いていた。正コーチは臨時コーチにジェラッていたのだ。あと、
『学院の図書室で何か参考になるものはありませんかしら? 長年共にやってきたのは私ですもの。瑠璃子のダイエットコーチの座は渡しませんわ……!』
ともブツブツ呟いていた。そんな麗花の隣に座っていた、そうなるに至った元凶である私は何も聞こえなーい振りをするしかありませんでした。
というかやっぱりライバル令嬢のライバル対象って、ヒロインじゃなくて攻略対象者なのでは……?
「春日井さま個人に悪いところはないのです……。信用してないとかじゃないんです……。目先のことにいっぱいで、後先のことをその時考えられない私が全面的に悪いのです……」
「急に落ち込まれても困るんだけど。別に責めてはいないよ。ほら、マドレーヌどうぞ」
「頂きます……」
勧められたので一つ手に取り、パクリと口にする。
美味しいです……。
マドレーヌを食べて気持ちほんわかしたところで、「それで、」と会話が再開した。
「結局僕はどうしたらいいのかな? もし君たちの親友の子が関係しているのなら、僕からその子に話してもいいけど」
「え!?」
「濁すって、そういう意味で受け取ったけど。元々はずっと一緒にやっていたもう一人の子の代わりとして呼ばれた訳だし。僕がコーチを続けたいと思ったのは、頑張っている米河原さんを純粋に応援したかったからで、他意はない。百合宮さんが一応クロールを泳げるようになったのと同じように、彼女が思うような目標に到達できるよう、力を貸したいだけだから」
淡々と告げられることを聞いて、疑問を抱く。
春日井は、どうしてそこまで瑠璃ちゃんのことを考えてくれるのだろうか? ただ単に女の子に優しいフェミニストだから、というだけではないように思う。
だって彼が話す言葉には、退くという譲歩がどこにも見当たらないのだから。
「……春日井さま」
「うん?」
「疑っている訳ではありません。ですが純粋に応援する、というのは本当ですか? 厚意でして下さっているのに、失礼なことを言っているのは自覚しております。私の知る春日井さまを思うと、ただどうにも違和感を覚えておりまして」
ゲームの、ということではない。
出会ってから今までに接した彼との記憶を振り返って、そう感じた。
「聞いていてどこか意地になっているような、そんな気がしてなりません」
「…………はぁ」
私からそう言われた春日井は小さく溜息を漏らしたかと思うと、一度カップを持ち上げて紅茶を飲み、視線をマドレーヌが盛られているお皿へと移した。
「本当に百合宮さん、たまにすごいと思うよ」
「たまにとは」
「……自分でも、ちょっとよく分からないんだ」
ポツリと落とされた呟きに首を傾げる。
「意地になっている理由が、ですか?」
「いや、そっちじゃない。……取りとめのない話だけど、聞いてくれるかな」
「私で良ければ。春日井さまには大変お世話になっておりますので」
一つ頷いた春日井。
そして彼が明かす心情は、私にとっては思ってもみないことだった。
「……陽翔に対して、思うところがある」
「えっ」
「覚えているかな? 臨時コーチを継続すると提案した時に、僕が言ったこと」
どれのことだと振り返るが、キーワードが緋凰ということから一つのことを思い出す。
『陽翔と米河原さん。似ていると思わない?』
「あの、もしかして緋凰さまと瑠璃ちゃんが似ているという?」
「そう、それ。百合宮さんはそう思わなかったようだけど、どうにかして頑張ろうとする姿は僕には重なって見えたんだ。前に向かって進んでいこうとする姿。まぁ陽翔は躓いても、大体何でもすぐにできてしまう口なんだけどね」
大体何でもすぐにできてしまう口?
「帰省してたまに貴方から聞く緋凰さまは提言して二年経ったにも関わらず、未だにプリンセスなようですが」
「ああうん、それね。陽翔の好きな子が卒業と同時に海外留学しちゃったから、ショックでやる気が減退したことが大きいかな」
「え、海外留学されたのですか?」
「その子と仲の良い生徒からそう聞いたみたいだから、間違いないと思う」
親の都合で引っ越したではなく、留学とな。しかも卒業して進学するタイミングで? それは留学とは言わないのでは? うーん、謎である。
それにあの時の緋凰のおかしな言動からヤツの好きな人は麗花の可能性が大だったのだが、もしかして違うのだろうか? だって麗花、私と同じ中学校だし海外に行ってもいないし。
麗花の現状と春日井の話が一致しないため、緋凰の好きな人は麗花説が薄れていく。まあそれならそれで安心なのだけど。
「それで、どうして緋凰さまに思うところがあるのですか?」
「うん……。陽翔とは、百合宮さんみたいに母親同士の繋がりで出会ったんだ。同じような家格で、立場も似たようなもので。だから陽翔も僕には気安い態度で接してきたし、僕もそうだった。僕は天才か努力かで言ったら努力の方だけど、陽翔は紛れもなく天才の方。でも陽翔は謙遜でも何でもなく、自分は天才とかじゃないって言ったんだ。天才を言うのなら、それは君の兄である奏多さんだと」
我が家のオールパーフェクツが比較対象として出されて、それは違いないと思う。お兄様は本当に何でもデキる男なのです。
「確かにそれは納得するけど、それでも天才は天才なんだ。幼馴染で、親友で。けど同じような立場だから、よく周りから比較されたりもしたんだよ。違う人間なんだから、比べてくる方がおかしいんだけどね。陽翔はそういうの全然気にもしていなかったけど、僕は……少し、気にしていた。小さいモヤモヤだったけど、母の影響で楽しく始めた水泳のことを彼と比較して言われた時には、かなりきたんだ。お互いといて楽しいから僕達は一緒にいる。だから競っている訳じゃないのに、どうして周りは勝ち負けや優劣をつけたがるのかって」
薄らとだが、言葉の端々に冷たさが滲んでいる。
これは春日井ルートにおける根幹。
親友の緋凰と比較され、勝手に優劣の“劣”を押された春日井の。
それまで視線を合わせずに話していた春日井だが、ここで私を見て穏やかに微笑んだ。
「けど百合宮さんがウチに水泳を習いに来て。泳げるようになりたいと一生懸命頑張っているのを見て、僕が抱えていたモヤモヤは薄れていった。僕は自分がやって楽しいから水泳をしている。陽翔に勝つためにしているんじゃないってね。大体陽翔と言い争っていた百合宮さんには心外かもしれないけど、でも僕は楽しかったよ。水泳自体もそうだけど、何より三人でいる時のやり取りが。周囲に惑わされずに自分がやりたいこと、好きでしていることを続けていこうと思えた」
微笑んでいたその表情が、僅かに歪む。
「そう、思っていたんだ」
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