Episode212 球技大会 午後の部
引き続きカラッと晴れた晴天の下、球技大会午後の部であるサッカー部門で出場の私は、チームメイトとともに円陣を組んで気合いを入れていた。
一人一人とゆっくり顔を合わせ、緩やかに微笑んで言葉を紡ぐ。
「皆さん、遂にこの時がやってまいりました。私は残念ながら【香桜華会】の業務故に練習をともには行えませんでしたが、皆さんの足を引っ張らぬよう、精一杯私は私の役目を務めます。我がチームのゴールはこの私が頑として守り通す所存ですので、どうぞ皆さん、練習の成果を思う存分発揮なさって下さい!」
そう、私の役目は何と守備の要であり、最後の砦たるゴールキーパー。部門を決める際は、
『ぜひとも百合宮さまはサッカーへ!』
『ぜひとも百合宮さまには、サッカーのゴールを死守して頂きたく!』
と、熱意溢れる絶大な支持を受けての所属&キーパー就任となったのだ。
うん、去年はあんなことになったからどうなるかと思ったけど、それほどまでに求められれば私も快く引き受けるしかない。
私の気合い注入を受け、チームメイトたちは皆、力強く頷いてくれた。
「ええ! 私達は球技大会までの日々、部活動も惜しんでこの日のために休み時間も放課後も頑張ってきました!」
「サッカー部に協力を頼み、如何にしてゴールへと人を近づけさせないかを必死に考え、技術を学んだのです!」
「最大の弱点は最大の武器にも成り得ます。相手もそうやすやすと、こちらのゴールを攻めきれないことでしょう」
「我らが
「それは一体どういうことで何のお話なのでしょうか皆さん」
「皆! 行くわよ!!」
「「「えい、えい、おーー!!!」」」
「ちょっと皆さん!?」
私を除くチームメイトたちは一人の掛け声に合わせて最後の気合いを叫び、追究する間もなくパッとセンターラインへと並び始めてしまった。
どういうことだ! 待て、私の守備に期待されてのキーパー役じゃないの!? ……まさか私は皆の口車に上手いこと乗せられて、体よく追いやられていただけなのか!? 許せまじ!!
去年のたまたま顔面を犠牲にすることになったレシーブ力を見込まれて、守備に抜擢してくれたのだとばかり思っていたのに、とんだ裏切りである! くっそ、目にものを見せてくれる!!
外では微笑みながらも内心ド憤慨な私は相手チームに礼を取った後、素早くゴール前へと陣取る。腰を落として両手を前に構え、前をジッと見据えた。
過去、ドッジボールでスパルタ特訓を受けていたこの私。去年は腕で弾かねばならなかったのでその真価を発揮できなかったが、今回はキーパーと言うボールを手で取っても可という大義名分がある。
その長年積み重ねてきた特訓の成果を、今こそ彼女たちに見せつけてやるのだ! ……ふっふっふ、ホーホッホッホ!!
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
――結論。
私はチームメイトにも対戦チームにもその他観戦生徒に対しても、過去特訓の成果を見せつけることはできなかった。
何故ならば我がチームのディフェンスがしっかり機能し過ぎていて、相手側が突破できる隙を見出せず、三人ほどの少数精鋭オフェンスがバッチリとゴールを決めたからだ。逆に私が彼女たちの特訓の成果を見せつけられる羽目になってしまった。ぐぬぅ。
試合終了の礼を取った後、今度は桃ちゃんチームが試合をするので一旦コートを出た私は、
「麗花さん! 菊池さん! キーパーに抜擢された真実が、体のいい追いやりだと知った時の私の気持ちが分かりますか!!」
「あれが正解ですわね」
「良かったな。一人マラソンしなくて済んで」
「解せぬ!!」
訳知り顔で頷かないで!
プンプンしていると、ピッピー!と試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
今度は桃ちゃんチームときくっちークラスチームの試合なので、ふと彼女はどういうポジションなのかと気になって顔を向けると。
「ま、撫子も花蓮と似たようなモンだし。ああなるよね」
「撫子も良いクラスに恵まれましたわ」
「……」
何と桃ちゃん、私と同じようにゴールキーパーとなっていた。
私のチームは『命を大事に』よりだが、桃ちゃんのチームは全員がオフェンスに徹する、完全な『ガンガンいこうぜ』タイプ。攻撃こそが最大の防御、といったスタイルだ。
チームメイトがわーっ!と相手のゴールに突っ込んで行って、ただ一人自チームゴールでポツンと佇んでいる桃ちゃんの、何とシュールな光景よ。恐らく先程まで私もシュールな光景を提供していたに違いない。
ということでサッカー部門同学年対決は、私の『命を大事に』チームと、桃ちゃんの『ガンガンいこうぜ』チームという対極の作戦を行うチーム同士の対決となった。
「まさかそちらのチームが上がってくるなんて思いませんでしたわ」
「その台詞、そのまま返させてもらうわ。最悪、無ゴールの引き分けをお互いに覚悟しましょう」
「そうね……。この場合、お互いゴールを攻めるのは目的に反するものね」
チームが並んで礼を取る際、そんな会話が両チーム同士でされているのを耳にする。
おかしい。トーナメント形式の球技大会は勝つことこそが目的の筈。それを反故にしてまで達するべき目的とは。
「花蓮ちゃん。桃、全然役に立ってない……」
私の正面に立つ桃ちゃんから、しょぼんとした小さな声で話し掛けられた。
同じ境遇の私はそっと彼女の肩に手を添え、強い言葉を掛ける。
「桃瀬さん、それは私も同じです。皆さんは日々、この日のために練習に明け暮れていたと仰っていました。先程の試合もお互い素晴らしい攻め具合でした。ならばこの試合もきっと、先程のような素晴らしい攻めを見せて下さることでしょう。ちゃんとキーパーたる私達にも、出番はありますよ。……ねぇ? そうですよね、皆さん?」
深い微笑みを、ゆっくりと両チームへと向ける。
彼女たちはビクッとし、オロオロと視線を彷徨わせながらも、
「そ、そうですね。ど、どうにかお互い頑張りましょう!」
「ま、負けませんわ!」
と何故か上擦った声でお返事してくれた。ふふ、ちゃんとゴールに向かって来てね?
そして定位置に着き、ホイッスルが鳴ると同時に始まった試合。恐らく始まってから十分程度は経過したと思うのだが、しかし両ゴールにはまだシュートをする生徒は出てきていない。
いや、わざと攻めていないというのではなく実力が拮抗していて、奪って取り返すの攻防が続き過ぎてお互いゴールまで中々辿り着かないのだ。
向こうにいる桃ちゃんもハラハラしているし、私もこの分だといつ相手チームが我がディフェンスを抜けてくるかと気が気でないので、いつでも取れるようにずっとスタンバッている。
――と、遂に均衡が破られてゴールへと一直線に向かう生徒が現れた。
それは我が少数精鋭のオフェンスで、桃ちゃんゴールへと軽快なドリブルで向かって行っている。相手チームは全員オフェンスが故に前に出過ぎていて、急いで戻りに行くも少し遅い。
相手が向かってくるのを分かっている桃ちゃんはチームのために自分も役立とうとしたのだろうが、何故か腕をめいいっぱい広げて胸を張った、大の字スタイルでゴールを守ろうとしていた。
桃ちゃん! それじゃ的だよ!
ボールが飛んできてもちゃんと動けないよ!?
現に観戦している生徒たちがザワつき始め、「アイツあれでボール取れると思ってんのか!?」というきくっちーの声が聞こえてくる。
そしてそんな桃ちゃんの決死の大の字ディフェンスにオフェンスは虚を突かれたのか、外野のザワつくプレッシャーに負けたのか。
「わっ、私にはっ、桃瀬さまの守るゴールを侵すことなんてできないいぃぃっ!!」
と叫んで、今試合で放たれた初めてのシュートは綺麗にゴールポストへと当たって弾かれ、ポーンとそのままコート内へと跳ね返ってくる。次にそのボールを取ったのは相手チームで、我がチームディフェンスの僅かな隙を突き、遂にこちらの壁を突破してきた。
あっという間に逆転した状況を見て今度は私の番だとハッとし、強く警戒する。
……サッカーは私にとって、他の競技よりも強い思い入れがある。だって裏エースくんが得意とする、彼の好きなスポーツなのだ。
人間も友達だけど、サッカーボールも友達な彼。私もよく顔面に受けるほどボールに好かれているので、例えどんなシュートが来ても取れる自信はあった。
そして真正面からの勝負を望んだ私には、相手もその意を汲んでスピードを落とすことなく向かってきた。そうして――――
「百合宮さまっ、お覚悟を!」
「……来なさいっ!」
相手が足を思い切り振り上げ、ボールへと――――私も前へと一歩――あっ。
「「「あ」」」
ゴールエリアで気合いの一歩を踏み出した。
ずっと膠着状態でいた試合中、私はそこから一歩も動かず試合を見ていた。つまり足を地面から動かすのは久しぶりだった。気合いの入った力は足にも篭り、着地する際に足首が内側に曲がってグキッとなった。
これが一体どういうことを指しているのか。
「ふぎゃっ!」
――――私がその場で盛大に転んだ、ということである。
……うん。下が地面じゃなくて芝生の作りで良かった。そんなに痛くない。
あーあ、ゴール決まっちゃったよなぁ。ボールキャッチ特訓でボール、ちゃんと取れるのになぁ……。
イテテと手をついて顔を上げたら、どうにも周囲の様子がおかしいことに気づく。
守護神転倒のゴールに決まっている筈のシュートボールは、シュートされぬままコロコロと私の元に転がってきた。
相手は足を振り上げた体勢で微動だにせず、両チームともに私を見て固まっている。桃ちゃんはゴールでオロオロしている。
そして何より外野の生徒のザワつく声も聞こえず、コート内外全体が静まり返っている。
語弊はない。何故ならBGMなんて軽快なものは最初から流れていないのだ。
チラリととある方へ視線を巡らせれば、麗花は片手で目許を覆い、きくっちーは天を仰いでいました。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
それでその後試合がどうなったかと言うと、一時中断された。
「きゃああぁぁ! 百合宮さまがっ! 妖精の愛し子たる
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!! 私の方がこんな覚悟なんてできておりませんでしたああぁっ!!」
「あああっ、傷一つなかったお膝小僧が真っ赤になってしまわれているわ! 担架! 担架はいつ来るの!?」
「百合宮さま! 百合宮さまお気を確かに!!」
去年のバレーを彷彿とさせるような言い回しをされて堪らず、「無事だ! 私はまだやれる!」と言おうとしたのを、「骨折していたらどうするんです! 安静にしなくてはなりません!」と起き上がっていたのに五人がかりで芝生の上に再度転がされ、保健委員がやって来るのを待つ羽目に。もうこれ私、皆からイジメられてない?
……あれ、待って? 何で普通にそのあだ名が浸透している……?
――――そうしてレッドカードを喰らっていない筈の私は、そんな疑問とともにまたもや今年もコートから強制退場させられたのであった。
ちなみに何故か私が退場するとチームのやる気が更にグンと伸びるらしく、最終結果として今年も私の所属チームはその部門で堂々と優勝を飾っていた。超解せぬ!!
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