Episode211 球技大会 午前の部
六月某日、本日は学年関係なくクラスごとに試合を行う球技大会。この球技大会は俗に言う運動会や体育祭のようなもので、香桜では球技大会こそが全校生徒で行うスポーツの一大イベントとなっている。
高等部でも同日開催するらしく、中等部は本校内敷地の体育館と運動場で、高等部は市の運動場施設をお借りして行うそうだ。
六月は六月でも、梅雨明け後の下旬あたり。
お空はカラッと晴れた雲一つない晴天であるので、屋外のサッカー部門も問題なく行える。ちなみに午前は屋内のバスケ・バレー部門を行い、午後から屋外でサッカー部門が行われる。やっぱり皆で応援したいもんね!
人数割としては一クラス三十人なので、正規のチーム人数では人が余ってしまう。
コートの広さの関係でバレーは本来の六人、そこ以外の二部門でバスケは七人、サッカーが十七人(内一人キーパー)という編成。その中で私がどの部門に所属したかと言うと、サッカー部門である。
どこかの
そしてそのサッカー部門は午後から始まるので、現在は午前の部でコートを半分に分けて試合をしているバスケ・バレー部門の試合観戦応援中。
時間の関係もあって試合はトーナメント形式。負ければそこで終了の勝ち抜き戦だ。
一年、二年、三年と同学年同士でまずは対決し、勝った一年・二年生で勝敗を決め、決勝戦で三年生と対決する。
今は丁度一年生同士の勝敗が決したところだ。残念ながら姫川少女のクラスはどちらも勝ち上がれなかったが、皆健闘していた。
「それでは私も行ってきますわ」
「応援よろしくー」
違うクラスの人間同士なのに、何故かつるんでいる『花組』。
生徒から特別視されすぎて自然と固まってしまう私達の中で、屋内競技組の麗花ときくっちーがそう言って、それぞれ彼女たちのチームメンバーと合流すべく離れて行った。
「……桃、クラスの子じゃなくて、二人を応援した方がいいのかなぁ?」
「どっちでもいいと思いますよ? 別に同じクラスだけしか応援しなきゃダメって決まりもありませんし。あ、ほら」
きくっちーの「応援よろしくー」が引っ掛かったらしく、悩み始めた桃ちゃんにそう返答し、気づいたその光景へと指を差して示す。
示した先には私のクラスの子数人がいて、画用紙等で手作りしたらしい応援メッセージが書かれたそれを、コートにいる人間に向けて振っていた。そこには『 I LoVe♡葵』とデカデカとある。
それを見た桃ちゃんが目を丸くした。
「葵ちゃん、やっぱりすごく人気あるんだね」
「香桜のアイドル枠ですから」
「じゃあ桃、別に葵ちゃん応援しなくてもいい?」
桃ちゃん、同室だからかきくっちーには結構容赦ない。
「まぁ彼女を応援する人はクラス外にも大勢いますし、本人は特に気にしないと思いますよ」
「分かった! ありがとう花蓮ちゃん!」
「はい」
嬉しそうに笑って観覧席からコートを見下ろす桃ちゃんと同じように、私もコートへと視線を向ける。そこにはバレーで相手と向き合って整列しているきくっちーがいた。
まずは彼女のクラスと桃ちゃんのクラスとで試合をするらしく、同じくバレー部門で出場の麗花はコートの外でチームメイトと観戦する模様。
ピー!と試合開始のホイッスルが鳴り、そうして彼女の第一試合が始まった。
――結果としてはやはりというか、バレー部門の同学年対決はきくっちーと麗花のチームで争うことになった。
麗花と同じ競技だと知って楽しみにしていたきくっちー。負けず嫌いでもある彼女だが決して独りよがりなプレーになることはなく、チームがちゃんと機能してそれぞれ動いていた。
けれどきくっちーと麗花の動き方は対照的。
チームメイトからアタックを任されることの多いきくっちーに対し、麗花は自分が攻撃の要にはならず、拾ったりトスを上げたりすることが多い。
周りから派手な動きを期待されるきくっちーと、周りから彼女の指示を期待される麗花。
深山さんのお菓子攻撃を受け、西松さんの言いつけに従って幼少時から鍛えられた麗花の運動量は、試合時間程度では多少汗を流す程度で息を切らすことはない。
後半になると彼女はトスをせず、きくっちーがアタックしたボールを拾いまくることに徹し、そうしたラリーが続いていくと、やはり持久戦になる。
腕を振って派手に動くきくっちーの攻撃力も少しずつ落ち、元々の体力の差で彼女のチームメイトの動きも鈍くなってミスをすることが多くなり、試合終了のホイッスルがラリーの終止符を打って、彼女たちの一年越しの雪辱戦は幕を下ろしたのだった。
「あーっ! 麗花体力ありすぎ! アタシだって体力には自信あったのに!」
「動き方の差ですわね。貴女が攻撃の要であることは容易に見てとれましたし、拾うとなったら動きに付いていける私くらいしかおりませんもの。貴女以外の子が打ったボールは皆に任せて、限りなく持久戦に持ち込むような形でやらせて頂きましたわ。フッ、私のクラスの作戦勝ちですわね」
「ちっくしょおおぉぉ!! ……あー、でも楽しかったよ。じゃあ来年はサッカーで勝負な!」
二階の観覧席に戻ってきた二人がそう言い合うのを残っていた二人で労り、桃ちゃんがきくっちーの腕をポンポンする。
「葵ちゃん負けちゃったけど、すっごく格好良かったよ!」
「……ふーん」
「?」
そんな桃ちゃんにきくっちーは何故か目を眇め、気のない返事をしている。
「葵ちゃん?」
「……撫子からの応援、聞こえなかったなぁー」
「!?」
「応援よろしくって言ったのになぁー」
「えっ、だ、だって……花蓮ちゃん!?」
バッと助けを求めるように見られるが、私もきくっちーがこんな反応を見せるとは思わず、首を横に振るしかない。え、応援して欲しかったのか。
「葵ちゃん、他の子からいっぱい応援されてたもん! それにバレーに夢中で、桃が応援しても聞こえないでしょ!」
「アタシ何度かそっち見ただろ!?」
「知らないよ!?」
「あ、確かによくこっち見ているなと思っていましたけど、あれ桃瀬さん見てたんですか? てっきり応援している子へのサービスかと」
心当たりのあることを言えば、心外とでも言うような顔をされる。ハァーッと大きく溜息を吐いて、彼女は麗花を見た。
「麗花どう思う?」
「私に聞かれても困りますわ。まぁ、どっちもどっちとしか」
「マジ!?」
ショックを受けるきくっちーを置いて、麗花が何故か私を見る。
「花蓮が撫子に何か言いましたの?」
「え。いや、ああ言っても菊池さんは応援なくても気にしないんじゃないかって」
「もっ、桃が聞いたの! 応援した方がいいのかなって! だって自分のクラスの時は葵ちゃん敵だし、麗花ちゃんと葵ちゃん、どっちかを応援って桃、不公平になっちゃうかなって」
しょぼんとする桃ちゃん。私も友人同士の対決の時は彼女と一緒に、静かにコートで行われる試合を見ていただけだ。
それに私の場合、随分前にTPOがどうのこうのと怒られたことあるし。
「まあ、自分のクラスの時は別にいいけど。麗花との時は、アタシのこと応援してほしかったって言うか。だって前回はアタシ、負けてるし。それにやっぱり同室の子だと、何か……違うじゃん。特別って言うか」
「え」
目を瞬かせる桃ちゃんに、少し頬を赤くしたきくっちーは自分の後ろ髪を撫でつけながら、ぶっきら棒に言い始めた。
「アタシはそういう、長い時間一緒にいてお互いのことを知っている子に応援して欲しかったの! そりゃ他の子からの声援も嬉しいけど、仲の良い友達からってのは気持ちが盛り上がるの!」
「っ……!」
「だからアタシは午後、お前応援するからな!!」
「えっ、え!?」
顔を赤くしてフイッとそっぽ向くのに、桃ちゃんも同じく顔を赤くしてプチパニック状態。
察した私はそれをニヤニヤしながら見つめ、麗花は私の隣に立って肩を竦めている。
「葵にしては珍しく不器用ですこと」
「相手が桃瀬さんだからじゃないですか? 今ではもうお互い言いたい放題ですけど、友達としては普通の始まり方ではなかったですし」
「それもそうですわね。まったく、あの時は香桜に来て初日からあんな騒ぎに遭うなど思ってもいませんでしたわ」
桃ちゃんの事情を聞いた今ならば、あの時の彼女の言動も理解できるし、きくっちーのした反応と態度も理解できる。お互いの事情が元で最初は拗れていた二人だが、一年も経てばこんなに仲良し。
お互い早く色々と解決できると良いなと思いながら、コートへ視線を戻すと。
「あっ、椿お姉様と千鶴お姉様のバスケ対決!」
「「「えっ」」」
私の声に反応した三人とともにバッと観戦する態勢となったその時、ポニーテールを
「さっすが千鶴お姉様!」
「……椿お姉様は今から反撃しますのよ。喜ぶのはまだ早くてよ」
「千鶴お姉様がアタシの敵を取ってくれると信じてる」
「姉妹で勝ち上がるシナリオですわ」
『妹』同士がバチッと火花を散らす中で、またバスケコートの『姉』同士の試合も白熱し。
そんな二人のやり取りを耳にしながらバレーコートの方を見れば、そこでは雲雀お姉様がトスしたボールを他の先輩がアタックして、丁度ボールが落ちる場にポジショニングしていたポッポお姉様がどういうことかレシーブせずにサッと避けていた。味方はそれを見ても動じていない。ポッポお姉様……。
「多分お姉様、『え~? だって当たったら、腕が痛いじゃな~い』って言うと思う……」
同じようにそれを目撃した直の『妹』がそんなことを呟いているが、桃ちゃんよ。大体君も同じことを理由にバレーは嫌と言っていたのを覚えているかい? 本当似た者姉妹だわ。
そうして三年生の試合も続々と勝敗が決し、結果バスケ部門は見事千鶴お姉様のクラスが優勝して、バレー部門では麗花のクラスが華々しく優勝を勝ち取ったのだった。
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