Episode206 懐かしき顔、その目星はお早めに

 校外学習についてはその後、瑠璃ちゃんとは個人的に会話することなく終了した。


 まぁ瑠璃ちゃんとは夏休みの帰省の時に会えるから、顔を見て声を聞けただけでも良しとしよう。

 そしてその時にはあっちで闊歩かっぽしているだろう噂の確認もしなければ……。




 そしてところ変わり、現在教室にて六限目の授業。


 今回は主に【香桜華会】が上げた議題目録を参考に、数日後に開かれる生徒総会の議題をアンケート形式で取るという特別な授業時間となっている。

 クラスの学級委員でもある私は人数分印刷した議題目録アンケート用紙を列で数え分けて配布し、前から後ろへと順々に行き渡った頃を見計らって教卓に手を付き、口を開いた。


「では、いま配布しましたアンケート用紙に目を通して下さい。その項目の中から原則三つの考えるべき議題を選択し、右端の空欄に番号を記入して下さい。その下にあるカッコにつきましては、その中にある内容よりも優先すべき議題が皆さんの中にあれば議題とともに、簡単に理由を添えて記入をお願いします」

「それでは今から十五分ほど設けます。時間となっても回収ができない人は、個人的に学級委員へ渡すようにして下さい」


 担任の先生から補足が入り、記入スタート。

 皆静かに目を通し、意見に迷いがない子と各委員会に所属している子は、早い段階からスラスラとペンを動かしている。私はその内容を決めるのにたずさわり進行する側の人間なので、お借りした椅子に座ってそのまま待機。


 校外学習後、すぐに各種委員会・各部長へと働きかけをして数日後、具体的に言うと一週間もないくらい。その位の期間で委員長・部長ともにこの一年間の活動方針・目標などを立案してもらい、それを提出された後は【香桜華会】が資料にして纏める。


 そして中央委員会という総会限定委員会を発足。作成した資料を参照して、二日前にメンバーと各学級委員長で話し合いや報告、内容の共通理解を行い、本日学級内討議ということで今に至る。目が滑りそう。


 これについて全校生徒、及び教員に話したいという内容を個人的に絞り込むだけなので討議も何もなく、そして裏ではかなり濃く白熱した議論をここに至るまでに行い済みなのだ。


 限られた日数、基本約二時間以内というクソが付くほど激ハードスケジュールで、バンバン出た内容を激論を飛ばしながら血眼になって精査し、たったの十個まで纏めなければならなかった私達を誰か褒めてくれ。部屋に帰ったら皆もう屍だった。


 それを皆は十五分で十個を三個に。

 選びきれなければ個人として延長も可。……フッ、世知辛い世の中である。


 窓の向こう側、空を飛んでいる何かの鳥を見つめて黄昏れたい気分だが、『皆の憧れ代表生徒』というずっしりと重い肩書があるので、それに恥じぬよう静かに微笑みながら、ぼー……と安息の時を過ごす。


 そうして十五分が経過し回収すると、何とウチのクラスは全員記入が時間内で終えることができており、一度に回収し終えることができた。優秀!


 回収する際にカッコの箇所に文字が記入されているものがあるのもチラッといくつか確認し、議論に出ていない内容があったりして、よく考えてくれているなと嬉しい半面、また確認して討議しなきゃという苦渋がせめぎ合う。


 だがそんなものおくびにも出さず(※出せない)、微笑んでアンケートを受け取った私は専用のクリアファイルに挟んだ後、教室を出て今度は一年生の同クラスへと赴く。

 中学生になってから初めて行われる生徒総会は、入学したての一年生からしたら色々と分からないことも多くあるため、香桜では二学年の【香桜華会】が直接クラスに赴いて説明・指導を行うようになっている。


 これに関しては上記理由もそうだが、一番の理由は次の『妹』候補の下調べ。


 部活動をする時間などない【香桜華会】には下級生と関わり合う機会が極端に少なく、こうした行事の合間に理由を付けて見に行かないと、普通に時間が取れないのだ。ちなみに私ときくっちーのクラスには、千鶴お姉様が去年来た。


 ついでに鬼ハードスケジュールな生徒総会が終われば、聖母月せいぼづき行事がきてまた今度は違う聖歌の練習があり、果てには中間テストもある。そう。中間テストがあるから勉学も皆いつも以上に励まねばならず、提出したい夜間申請もその時ばかりは諦める他ない。


 何て学院の代表生徒に優しくない学院だ。中学時代の思い出が屍しか残らなかったらどうするつもりだ。


 そして教室での残りの時間はその聖母月行事についての説明が先生からあり、逆に一年生は二年生がアンケートを記入中にその説明がなされている。それでも時間が余れば、各自自習という流れだ。


 一年生の教室に向かうまでにメンバーとは誰とも会わなかったので、何だか寂しい。


「……妹、かぁ」


 たった一人廊下を歩いている中で、ポツリと言葉が溢れ出た。


 まだメンバーとしてはヒヨッ子も同然なのに、もう“次”の目星を付けておかなくてはならないなんて。

 イースター行事の時の雲雀お姉様からのメッセージカードには、『これから一年、一緒に頑張ろうね』という言葉もあった。


 ―― 一年。

 小学校の卒業が近づいた時に考えたことがある。三年が長いのか、短いのかと。


 あの時は早く過ぎればいいと思っていたけれど。彼と早く再会したいという、その想いも変わらないけれど。……でもそれは、ここで出来た繋がりのお別れが来るということでもある。



 ――早く過ぎ去ればいい

 

 ――ゆっくり、刻んでいけばいい



 相反する想いの中で、どれだけ皆と、お姉様たちと過ごすことができるだろう? 思い出が作れるだろう? こんなに目まぐるしいスケジュールでは、時は早く過ぎ去るように思う。


 一年。私は、たった一年、だと思っている。一年しかないのだと。


 抱えているクリアファイルを持つ手に、少し力が入る。――と、ふと思い出した。



『そうやって過ごしていると、三年なんてきっとあっという間だぞ』



 そうやって、の部分が違うものに掛かっているのは分かっているけれど。それでもあっという間だと言った彼の言葉が正確過ぎて、思わずクスリと笑ってしまった。


 ……そうだね。三年なんてあっという間に過ぎちゃうんだから、いま、その時を大切にしないとね。


 お別れする前に何度も、何度も思っていた。時間は有限なんだから、大切に過ごさないとって。いつか必ずお別れする時が来る。そしてまた、出会いも。


 麗花ときくっちーと桃ちゃんと。お姉様たちと。まだ見ぬ私の『妹』と。


 辿り着いた教室の扉を前にして、穏やかな気持ちで立つ。コンコンとノックをし、どうぞと返答があってからガラリと開け放った。


「失礼します。……皆さまごきげんよう。【香桜華会】二学年の百合宮 花蓮と申します。これからの時間は、数日後に迫っております生徒総会の事前説明と、議題目録アンケートの配布を――……行い、ます」


 教卓へと進んで教室内を左から右へと順に見渡しての説明中、その生徒の中に思わぬ顔を見つけて、つい途中で途切れてしまった。

 内心の動揺を押し隠し、所属クラスで伝えたことと同様の説明をして待機する。一年生がアンケート内容をよく読み込んでいる様子を見つめ、緩く微笑みながらも心の中では大騒ぎしていた。


 えっ? 待って。あの子、よく見なくても――――姫川少女、だよね……?


 フワフワしている栗色の髪にパッチリとした瞳と、瑞々しくてプルンとした唇。瞳を潤ませて私を見つめている……私じゃなくてアンケート用紙を見て!


 間違いない。清泉小学校で一緒だった一学年下の、あの姫川少女だ。


 ちなみに歴代の清泉出身で香桜女学院を受験して合格した生徒は、私で三人目となる。有数のお嬢様学校なので、偏差値も高ければ倍率も高い。だから知っている下級生がまさかここにいるとは想像もしていなかったのだ。

 けれどよくよく考えたら、彼女は私達の卒業式で在校生代表として祝辞を行っていた。優秀な生徒にしかいかない話なので、学業成績は優秀なのだろう。


 このクラスでも無事に全員から時間内にアンケート用紙を回収でき、教室を出た足で直接会室へ向かう。


 メンバーはこれから回収したアンケートからデータを取り、明日にまた開かれる中央委員会で議案を絞り込むための資料作成を行わなければならないのだ。多分今日も屍になって部屋に帰ることになるのだろう。


 これから待つ鬼ハード作業に白目を剥きそうになるが、一つ。予想外だが嬉しい再会があって、少しワクワクしている。



「――私の『妹』候補、見つけちゃった」



 屍となる前に、皆が『妹』候補を見つけられたか確認できたら良いなと思いながら、私は会室への道を急ぐのだった。

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