Episode205 姉妹校との校外学習

 【香桜華会】としての初めての大きな行事は終わったが、来月に控えている総会よりもまだ学院行事としては、先に学年ごとの校外学習が行われる。

 一年生だと学院にも入学したばかりで仲間との寮生活にも慣れていないが故に、親睦を深めるためのキャンプを一泊二日の日程で行った。


 その時はまだきくっちーとも仲良くはなく違うグループだったのだが、悪目立ちしていた私は同じグループの子達からはおずおずと接せられ、飯盒はんごう炊飯時なんて何の因果か、やはりいつの間にか食器運びに追いやられていた。解せぬ。

 火には一切近づかせて貰えず、私も他に何かやりたいと申し出れば、何の因果かやはり野菜しか洗わせて貰えなかった。超解せぬ。


 一年毎にクラス替えが行われて、また新たなクラスメートと共に一年を過ごす私達。【香桜華会】は自動的にクラスの学級委員も兼任することとなっており、それが故に三年生に進級してもメンバーと同じクラスになることはない。

 しかしながら一年も経つと自然と学院にも寮生活にも慣れるし部活動もあるので、生徒同士の交流は学業以外にもできる。


 一年生時は内輪の親睦がメイン。

 そうして進級を果たした二年生で行われる校外学習の目的は、新たなクラス内での親睦だけでなく、姉妹校との交流が追加されるのだ。


 ――私立香桜女学院中学高等学校の姉妹校とは、私立翼欧女学院中学高等学校。


 私と麗花の親友である、瑠璃ちゃんが小学校から通っている学校である。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 毎年お世話になっているお山での登山が二年生の校外学習。

 香桜と翼欧は一クラスの人数が同じで、同クラス内で三人ずつの六人グループで声を掛け合いながら山頂を目指して歩く。一クラス十グループなので、合計で四十グループ。


 一年生では翼欧生との交流はなかったが、瑠璃ちゃんとは夏と冬の帰省の時に会って、色々とお互いの学校生活のことを話したりした。春は【香桜華会】のあれこれがあったので、寮に居残り。

 実家との距離が近い生徒は部活動や短期に開催された課外講座に参加したりするので、学院自体は開かれてはいた。なのでお姉様たちから校外学習の話を聞いていた私達は、冬の帰省時に「同じグループになれたらいいよねー」と話していたのだが……。



「百合宮さま? どうかされましたの?」


 私が後ろを度々振り返るので見かねたらしい。同じクラスのグループの子からそう訊ねられたので顔を正面に戻し、苦笑してその子に答えを返す。


「その、少し後ろのグループが気になってしまいまして」

「まあ、何てお優しい。私達のグループは結構動ける子が固まったようですけれど、そうでないグループもありますものね。運動部所属の生徒はその限りではありませんけれど、基本的には体育以外で身体を動かす機会はありませんし。……まだ歩かれますか?」

「はい。私はまだまだ登れます」

「さすが【香桜華会】たる百合宮さまですわ。ですが疲れた時はいつでも仰って下さいね。休憩しながら、少しずつ進んで参りましょう」

「……はい」


 【香桜華会】というのはあちらでも有名なようで、翼欧の子からもそんな過保護なことを言われる。見た目が儚げ美少女であることや令嬢対応の弊害か、少し歩いた程度で頻繁に体調を気遣われ休憩を促されているのだ。


 更には前斜め二人、後ろ横三人で私を挟み囲むような体制になっているのは一体どういう意図でのフォーメーションなのか。去年のキャンプのことと言い、皆私のことを一体何だと思っているのか。これでも持久力はあるんだぞ!


 きくっちーに見られたら大口開けて大笑いされそうな体制で山登りを続けるものの、やはり後ろが気になる。

 グループ対面の時に遠目から確認したが、瑠璃ちゃんは何という偶然か、ウチの桃ちゃんと同じグループっぽかったのだ。


 『花組』には自分を出せているが、麗花と離れてしまった彼女は元々同じクラスの子であっても、ちょっと挙動不審気味。お姉様方からこの姉妹校との校外学習の話を耳にした時の桃ちゃんの顔色は、真っ青になっていた。


 瑠璃ちゃんは体型のことで色々口さがなく言われていたことで自分に自信を持てていなかったが、小学校時代は仲良しの子もできて、学校生活を楽しそうに送っていた。私と麗花が共学だったので、「女子校ってどんな感じ?」と以前聞いたことがあるが、彼女は朗らかに笑って。



『女子校って色々あると思うじゃない? でも意外と結束力は固いの。私の学年では、結構皆仲良しなのよ』



 と言っていた。


 瑠璃ちゃんの学年の子達がそんな生徒ばかりなら大丈夫だろう、というのが私と麗花の認識。

 それに瑠璃ちゃんが一緒なのだ。如何に超絶人見知りの桃ちゃんでも、あの瑠璃ちゃんの癒しオーラに掛かれば!とは思っているのだけど。


「あの、すみません。やはり少しだけ足を休めても大丈夫ですか?」

「もちろんです! さ、端に寄りましょう」

「足元に気をつけて下さいね」


 そんな発言をした途端両腕を片方ずつ取られ、登り道から端へとゆっくり移動させられる。だから私のことを一体何だと。

 木に凭れかかるようにして休憩を取る風を装い、後ろからゆっくりと登ってくるグループを待つ。


 体調不良や怪我を負うなど、もしもの時に備えて両校の先生も生徒たちの間で共に歩いているが、今のところ騒ぐ声も特に聞こえてこないので皆順調に登れているのだろう。そうして少し待てば、桃&瑠璃ちゃんグループの姿が見えた。


 学院指定の帽子の下に、白いタオルを敷いて顎のところで緩く結んでいる瑠璃ちゃん。他の翼欧生にタオルを装備している子は見掛けないので、瑠璃ちゃん限定通り汗対策だと思われる。


 そして瑠璃ちゃんたちの後ろ……大分後ろの方で、先生と歩いている桃ちゃんの姿が。少し先に私がいるのに気づいたのは二人同時。その中で瑠璃ちゃんはニコッと笑い、もう一人は――――ダダダダダァッ!と私に向かってまっすぐ走ってきた。


「花蓮ちゃんっ!」

「桃瀬さん。同じグループの子を置いて来てしまったらダメでしょう」

「……でも、桃……」


 四人の時だけ素になる私だが、他の生徒がいる場合は令嬢口調で対応する。

 たしなめるように言ったらシュンとし、私のジャージの裾をキュ……と頼りなく掴んできた。


「ああっ、桃瀬さまが百合宮さまをお頼りに!」

「これが噂に聞く、百合桃の戯れ……っ」

「お二人だけの組み合わせは激レアよ! さ、語らいの邪魔をしてはなりませんわ。皆少し離れましょう!」


 そんな私達の様子を見てグループの子がきゃあきゃあ言いながら、何故か瑠璃ちゃんのところのグループと合流し始める。……百合桃の戯れって何だ。翼欧に届いている噂って何だ!? 何も聞いてないよ瑠璃ちゃん!!?


 知らぬ間に余所で駆け巡っているらしい噂の内容がとてつもなく気になるが、取り敢えず私に引っ付いている子を今はどうにかしなければならない。


「事前に薔之院さんからも言われていましたよね? この登山は姉妹校と交流を深めるための行事で、桃瀬さんも私達以外の生徒と関わり合うチャンスだと。ずっと四人でいられる訳ではないから、アドバイスや話を聞ける間に一歩を踏み出さないと、とも」


 私ときくっちーは知らないが、麗花は桃ちゃんが周囲の子に対して挙動不審になる理由を聞いているようで、昨日部屋に帰ってから桃ちゃんに真剣な顔をしてそう言っていた。

 しかし桃ちゃんはギュッと眉を寄せて、プルプルと首を振る。


「桃、麗花ちゃんと花蓮ちゃんと葵ちゃんがいたら良い」

「桃瀬さん」

「……他の子は怖いよ」


 ポツッと落とした内容に微かに首を傾ける。


 『怖い』。確かに極度の人見知りであれば、知らない人に対して怖いという感情を抱くかもしれないが、彼女の場合は恐らくそうではない。桃ちゃんの口調には僅かにだが――不信が滲んでいた。


「百合宮さま」

「米河原さま」


 トコトコと単身でこっちに来て声を掛けてきた瑠璃ちゃんに応えると、桃ちゃんはビクッとしてからサッと私の後ろに隠れた。


 ちなみに瑠璃ちゃんとは麗花も含め、お互い学校で会ったら外用の態度で接しようという話になっている。これに関してはそう言い出したのは瑠璃ちゃんで、私が言ったあの『パワーアップ期間』が影響していた。


 お互い違う学校で成長し頑張るのなら、自分も私達に成長していると思ってもらえるように頑張る。一緒にいる時の態度や口調では気が緩んで甘えてしまうから、学院での麗花と鈴ちゃん・蒼ちゃんのような態度で接して欲しいと。

 言いだしっぺの私は受け入れざるを得ず、麗花は麗花で若干寂しそうにしていたが、前向きな瑠璃ちゃんの考えに協力すると頷いていた。


 背中に隠れてしまった桃ちゃんへ、彼女はペッカーと顔を輝かせて優しい口調で呼び掛ける。


「桃瀬さま。一緒に山頂を目指しませんか?」

「…………」

「……」

「……あの、桃……私、は……」

「はい」

「…………」


 黙ってしまった桃ちゃん。ペッカーしながらジッと待つ瑠璃ちゃん。間に挟まれ微笑む私。これ何の図。

 そして待機しているグループの方からは、「わ、我が校のエウメニデスが百合桃に加わりましたわっ!」とか聞こえてくる。


 ……確か翼欧もカトリック系の筈だが、彼女はキリスト教徒ではないのだろうか? 多神教とは相容れない筈なのだが。いやまぁでもカトリック系の学校に通っているとは言え仏教徒もいるし、皆が皆そうじゃないけどね。そして何気に桃ちゃんと歩いていた先生は、そのグループ寄りと。


「…………私、足、遅いです。私のこと、置いてったりしませんか?」


 返事を待つスタイルで以後言葉を発さない瑠璃ちゃんからのプレッシャーに負けたらしく、そんなことを言う桃ちゃんに瑠璃ちゃんは。


「私も足は遅いですよ。翼欧の子は知ってくれているから、あのペースは私に合わせてくれています。でも良かったです。私の足が遅いから、桃瀬さまを置いていくことはありませんもの。むしろ、私が置いて行かれる方だわ」


 にっこりと答え、私と顔を見合わせて微笑み合った。


「……」


 瑠璃ちゃんの発する癒しオーラが届いたのか、桃ちゃんが恐る恐ると背中から顔を出す気配がする。

 顔は出したけど私の背中に隠れたままの桃ちゃんは、ニコニコしている瑠璃ちゃんを上目遣いに見つめて、おずおずと口を開いた。


「……花蓮ちゃんと、一緒に、だったら。よ、米河原さまとも、一緒に、の、登ります」

「ふふふ、大所帯ね。百合宮さまはそれでも大丈夫ですか?」

「はい。その方が多くの翼欧生とも交流が図れますし、私達のグループは見たところ、グループ同士気が合っているみたいですから」

「……あら? 何だか、そんな感じですね?」


 言われて後ろを振り向いた瑠璃ちゃんが不思議そうに言った後で、止まっていた山頂への道を再び進み始める。

 基本横に広がることなく縦二列で進むのだが、桃ちゃんが二人のジャージを掴んでいるために私と瑠璃ちゃんが彼女を挟むという陣形になるのに合わせて、グループの子達はそんな私達を中心部として守護するように囲むという新たなフォーメーションとなった。……私はもう何も言いません。


 そうして進む中で時折瑠璃ちゃんが桃ちゃんに話し掛け、ゆっくりとだが桃ちゃんが返答をし続けるを繰り返していくと、山頂に辿り着く頃にはすっかり彼女は瑠璃ちゃんに気を許して笑顔を見せるようになっていた。

 さすが癒しの代名詞。翼欧のエウメニデス。


「花蓮!」

「あ、菊池さん」


 二人がニコニコ話しているのを私もニコニコして見ていたら、とっくの昔に山頂に到着していただろうきくっちーが麗花と一緒にやって来た。

 二人も桃ちゃんを心配して見に来たのだろうが、仲良さそうな彼女たちの姿を目にして片方は目を丸くし、片方は当然とばかりに頷いている。


「何だアイツ。めっちゃ楽しそうじゃん」

「葵」

「……桃瀬さん、すごく楽しそうですわね」


 きくっちーは最後にホホホと、取って付けたような乾いたお嬢様笑いをした。


 昨日桃ちゃんに忠言した後に麗花はきくっちーにも、「姉妹校との交流で香桜の代表生徒なのですから、言葉遣いはちゃんとするのですわよ」と口をすっぱくして言っていたのだ。甲斐なく速攻でダメ出しするという結果に終わったが。


「瑠璃子が撫子と同じグループで良かったですわ」


 麗花が顔を寄せて小声で話すのに、私も頷く。


「うん。でも初めは桃ちゃん、同じグループの子達とかなり離れた距離にいたよ。私が間に入って、少しずつああなった感じ」

「そうですの……」


 経緯を聞いた麗花は、静かな眼差しで桃ちゃんを見つめた。


「麗花?」

「……本人のペースもありますけど、可能なら在学中に、人と普通に交流ができるようになって欲しいですわ」


 ――以前から何となく感じていたことだが。


 挙動不審になるのは、桃ちゃん自身の性格からきているものではなくて、外から受けたものによる自分を守るための防衛本能が、彼女にそういう行動を取らせているのではないかと思う。


 私達といる時の桃ちゃんは、はっきりとした態度を取っている。自己主張している。

 それ以外だと口籠り視線を合わせることなく、キョロキョロと小刻みに彷徨わせる。それでも【香桜華会】の一員として、クラスメートの前では学級委員として頑張って振舞っているのだと耳にした。


 頑張り屋さんで一生懸命。桃ちゃんのことを、私はそういう子だと認識している。


 ……きくっちーもだけど、桃ちゃんにも色々とありそうだなぁ。


 瑠璃ちゃんと楽しそうに笑って話している桃ちゃんを見つめて、そんなことを思った。

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