Episode203 お姉様たちと楽しい聖歌練習

 本日は会室にて、イースター行事ミサで全校生徒の前で披露する聖歌の練習をする。


 室内は防音となっており会室自体もクラスの教室とは離れた場所に存在しているので、他の生徒の勉強の邪魔になったりはしない。

 『妹』は各自の直接の『姉』に付いて直々の指導の下、正確な音程を覚える。それぞれが室内の四隅で指導を受けながら歌う中で、私の場合は。



「うん、うん。花蓮さんは呑み込みが早いわね。音程も息継ぎのタイミングも、両方バッチリよ!」

「ふふふ。ありがとうございます!」


 私の直接の『姉』である藤波ふじなみ 雲雀ひばり先輩――雲雀お姉様に褒められ、免許皆伝となりニコニコしていた。

 ふふん。私は褒められたら伸び、教えられたらちゃんと覚えて出来る子なのです! 体育関係以外!!


 ニコニコする私を見つめ、雲雀お姉様もニコニコする。


「あー、私の『妹』が優秀で本当に助かるわ。私はお姉様にちょくちょく迷惑を掛けてしまったから、『妹』にはしっかりとした『姉』でいないと!って。花蓮さんは苦手なものとかないの?」

「私にもありますよ? 英語も他の教科に比べたら苦手ですし、体育はほぼからっきしですし。でも聖歌に関しては、雲雀お姉様のご指導があってのものです。さすがお歌が得意なお姉様だと尊敬しております!」

「あら、うふふ」


 口許に手を当てて隠しながら笑うお姉様。会室でもよく歌を口ずさんでいらっしゃるので、皆その心地良いBGMを耳にしながら作業をしている。下手な作業用BGMをかけるより、お姉様の歌の方が何倍も耳に良い。

 あと雲雀お姉様はお歌を歌われる分、喉の調子を大切にされていてよくお茶を飲まれている。紅茶好きな私とも話が合い、とても良い先輩後輩の関係を築けているのだ。


「……あら。椿の方も終わりみたいね」

「そうですね」


 残り三人はどうかと視線を遣っていたお姉様と一緒に様子を見ていて、雉子沼きじぬま 椿つばき――椿お姉様に何事かを言われ、頷いている麗花の様子に同意する。


 お姉様方『鳥組』の中でも一番厳しい椿お姉様は、責任感が強くマナー・礼儀の鬼である麗花との相性はバッチリ。麗花も周りばかりでなく自身にも厳しく物事を課している椿お姉様に尊敬の念を抱いており、彼女から教えられることを真摯に受け止めている。


 まぁ麗花も物覚えは良いので、隅でも聞こえてきていた彼女の歌声にこれは早く終わるな、とは思っていた。麗花もやはり絵以外のことは大丈夫そうな感じ。

 それであとはあの二人がどうなのか、ということなのだが……。


「うーん……」


 雲雀お姉様がちょっと……という感じで漏らされた唸りの意味を把握して、私も遠い目をする。


 視線の先にはきくっちー。そして彼女の直接の『姉』である、黒梅くろうめ 千鶴ちづる――千鶴お姉様。千鶴お姉様は顔を両手で覆い、項垂れていた。

 一年生の時、きくっちーと同じクラスだった私は知っている。彼女は紛うことなき音痴だと。


 お家は柔道道場で彼女自身も柔道を習い、少年級位基準で昇級一級の実力者。スポーツには特有のリズムというものがあるから、リズム感覚は良い筈なのだ。実際体育内ダンスの授業では格好良く踊っていた。

 しかし音楽の授業は別だった。先生のピアノ伴奏と共にクラスメート全員で歌った時、とんでもない音痴が一人いた。それがきくっちー。


 先生が何度か個人で指導しても、彼女の音痴は改善されなかった。二月にあった合唱コンクールではリズムは取れるので、指揮者に抜擢されて彼女が歌うことだけは阻止できたのだ。


 だからだろうか。主に行事で生徒代表として聖歌を歌う【香桜華会】なのに、壊滅的音痴を知る由もなかったお姉様方がペーパー成績と一年生内での人気を基準に、彼女を『妹』として指名してしまったのは。私はこうなることが最初から分かっていた。


 音痴は自分が音痴だと分からないもの。

 交渉された場で言えたら良かったのだが、音痴の自覚がないきくっちーを前にして公衆の面前で、「お前は壊滅的音痴だからやめとけ」と言えず、時が流れるまま【香桜華会】の正式メンバーとなってしまったのである。


 他のメンバーも初めて聞くきくっちーの、聖歌と呼ぶにはおこがましいギャおんを耳にして唖然としていた。麗花と桃ちゃんからはすぐに顔がこっちを向いたが、私はサッと顔を背けることしかできなかった。

 今では彼女を直接指導する千鶴お姉様以外は、彼女たちのいる場所を皆見ないようにして、背中を向けて練習するに至っている。


「私が指導して、どうにかできるかしら……?」

「チャーリー先生ではどうにもならなかったです」


 仏心を出した雲雀お姉様に補足情報を伝えると、しょっぱい顔をされた。


「でも、ねぇ。どうにかしないと、このままだと千鶴が泣いてしまうわ。……私は千鶴たちの方へ行くから、花蓮さんはポッポちゃんたちのところをお願いできる?」

「はい、分かりました」


 そう言って難関に立ち向かおうと未だギャ音を奏でているきくっちーの方へ向かわれるのを、私もその偉大な雄姿を見届けてからもう一組の姉妹の元へ。

 そこでは顔を真っ赤にして一生懸命小さな声で歌う桃ちゃんと、微笑んで聞いているポッポお姉様――鳩羽はとば 杏梨あんり先輩がいる。


「あら~? 雲雀から合格もらったの~?」


 私が来るのに気づいたポッポお姉様からゆるーと首を傾げて聞かれたので、頷いて答える。


「はい。雲雀お姉様はきくっちーと千鶴お姉様の方へ」

「雲雀、千鶴を助けに行ったのね~」


 きくっちーをじゃなく千鶴お姉様を助けにと言われるので、メンバーのことをよくご理解されていらっしゃる。


「ポッポお姉様のお見立てでは、どうでしょうか?」

「そうね~。椿の鬼のような指導も合わせないと、本番までにはね~」

「お、鬼ですか……」


 椿お姉様と麗花は、鬼と評されるところも似ているとは。


「鬼の椿と~、お歌の雲雀と~、根性の千鶴の三人できっと何とかなるわ~」

「そこにポッポお姉様は」

「え~?」


 え~?じゃなくて。

 ゆるーと逆方向に首を傾げたポッポお姉様は、そこで桃ちゃんを見た。


「撫子ちゃ~ん。私も葵ちゃん指導した方がいいかしら~?」

「!? あ、あのっ、桃、まだお姉様に合格頂いていません! ど、どう、でしたか……?」

「う~んとね、知ってると思うけどチャペルって、結構大きくて広いのよね~。もう少し大きな声で歌わないと、キリストさまのいるお空までは届かないわ~」

「は、はい」

「じゃあもう一度~」

「はいっ」


 ガッチガチな桃ちゃんは近くに私がいることも気づいていないようで、指導者のお姉様からの質問にだけ過敏に反応し、もう一度と言われて練習を再開する。そしてお姉様が私を見て。


「ね~?」


 ね~?と言われましても。


「花蓮」

「あ、麗花」


 無事に椿お姉様から合格を貰った麗花もこちらに来て桃ちゃんの邪魔をしないようにか、更に小声で話し掛けられる。


「撫子はどうですの?」

「桃ちゃんはあと声を出すだけだと思う。聞いていたけど音程も呼吸のタイミングも合ってるし、強いて言えばそれだけ。ですよね?」

「ええ~。あとはお声の大きさだけなの~。椿は~?」

「椿お姉様は葵の方へ行かれましたわ。『雲雀が行ったか。……仕方ない、私も行こう』と仰られまして」

「あらぁ~」


 頬に手を当てて首を自分以外の『鳥組』がいるところへと巡らせたポッポお姉様。私と麗花も釣られてそちらを見れば、何とも言えない光景がそこにあった。


 足を開いて腹から声を出すスタイルのきくっちーと一緒に、雲雀お姉様が正確な音程で修正するように歌っているものの、美声とギャ音のコントラストがハッキリし過ぎていて、まるで…………酷過ぎて例えが出てこない。取り敢えずこれは聖歌ではないとだけ言っておく。


 椿お姉様は、そんな二人のコントラストを聞いている。アドバイスをするために恐らくおかしなところを書き留めようとして手にノートとペンを持っているのだと思うが、その手が一切動いていない。おかしなところしかないので、何を書けばいいのか混乱されていらっしゃるのだろう。


 千鶴お姉様は両手で顔を覆ったまま、窓の方を向いて夕陽を浴びていらっしゃった。ギャ音で状態異常にされたらしく、浄化中のようである。それとも現実逃避だろうか。


「大変ね~」

「お姉様他人事過ぎます」

「ふふ~。二、三日ほど夜間申請出さなきゃね~」


 夜間申請とは【香桜華会】にのみ適用される申請制度で、学校行事に代表として携わり雑務もこなす【香桜華会】においては、内容次第で本来の夕食後にある夜間学習を免除でき、仕事をする時間に割り当てることができるのだ。

 聖歌の練習という内容では普通にぶった切られるだろうが、事が事だ。チャーリー先生を証言台に立たせれば、一発で許可が降りることだろう。


 取り敢えずきくっちーは三人のお姉様方に任せることにして、私と麗花とポッポお姉様は絶賛声量十三パーセントくらいで一生懸命歌っている桃ちゃんの指導を行うことにするのだった。


 ……声量だけを見れば、きくっちーと桃ちゃんを足して二で割れば丁度良いと思われる。

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