Episode202 【香桜華会】とは

 まず【香桜華会】という組織に関してだが、ぶっちゃけると雑用係。全校生徒の憧れとか代表とか言われているが、内情を知るメンバーからすると学院全体の雑用係と言う他ない。


 全寮制である香桜の一日は起床して支度後、同じ敷地内にある校舎に登校して午前の一から四限授業を受けてお昼の休憩を取り、午後の五、六時限授業を受ける。

 授業が終わればホームルームがあってからのクラス内当番制で清掃を行い、部活動をしたり課外講座を受けてより学びを深めたりと、過ごし方は様々。ちなみに【香桜華会】の活動はこの時間帯に該当する。


 そして時間がくれば生活寮にて夕食を摂った後、校舎へと戻って夜間学習を行い、それが終了したら寮に戻って夜食なり入浴するなりの自由時間を過ごし、消灯時間までに就寝という流れ。


 結構な時間が勉強に割り当てられているタイムスケジュールなので、そうなると雑用もこなせる余裕がありそうなのは成績優秀者となる。これぞ自然の摂理。

 その成績優秀者の中から【香桜華会】独特のルールに則り、現メンバーの指名制によって次代のメンバーが選ばれていくのだ。


 そこで【香桜華会】の呼び名の一つである、『香桜の花鳥風月』。

 どうしてそういう決まりになったかの詳細は不明だが、いつしか選抜されたメンバー内でこうしようというルールが作られ、それが伝統化して今に至るそう。


 そもそも花鳥風月とは、自然界の美しいものや景色のことを指す四字熟語である。メンバーは二年生と三年生の四人ずつで構成され、四字熟語の一字を取り学年で『組分け』をされる。


 『花組』『鳥組』『風組』『月組』


 どこやらの歌劇団みたいな組分けだが、その組名に関連する字がメンバーの名前に入っていることが条件。私の代だと『花組』に該当する。

 そして現在三年生である先輩……メンバー内ではお姉様と呼ばなければいけないが、お姉様たちは『鳥組』だ。なので私達『花組』が三年生に進級する時は、次の二年生が『風組』か『月組』。


 『風組』は例えば「木」とか「川」などの自然、『月組』は例えば「雨」とか「雲」など、空に関連していればオッケーらしい。


 お姉様が自分たちで『妹』となる次代メンバーを探し、この生徒が良いと指名する。交渉は当人同士で行われて指名された側は受けるも良し、断るも良しとなっているものの、【香桜華会】に選ばれるということは実情を知らないメンバー以外の生徒には名誉なことだと認識されているので、声を掛けられたら基本断る人間はいない。


 私達は仲良く四人でお昼を摂っていたところを公衆の面前で捕まえられ、周囲の生徒がきゃああぁぁっ!と歓喜の悲鳴を上げる中で交渉されたので、何かその時点で断れない雰囲気作られた感があった。


 まあ麗花は聖天学院でファヴォリだったし責任感も強いので、選ばれたのならと受諾。私は麗花がやるんなら手伝うか、とのほほん受諾。

 仲良し二人が受諾したのを、ならアタシもやるかときくっちーが受諾。自分だけ仲間外れは嫌だった桃ちゃんも受諾。こうして『花組』は一応何の障害もなく出来上がった。


 そして進級して学年が上がっていざ正式に【香桜華会】として活動を始めれば、降ってくるわ降ってくるわ、雑用が。

 先日の合格者オリエンテーションの配布用資料のホッチキス留めもだし、当日の配布もそうだし。入学式の進行・会場準備とかもだし。

 今しているカードにメッセージ記入だって、今度行われるイースター行事ミサで下級生に配布するためのもので、あと数日以内に終わらせなければならない。


 一年生だった当時は同敷地にあるチャペルで学院長兼神父さまのありがたいお話を聞く中で、専用衣装を身に纏った【香桜華会】メンバーがロウソクに火を静々と灯していくのを、皆ほぅ……として見ていた。

 チャペルに響くオルガンの演奏とお姉様たちの美声による聖歌を、皆ほぅ……として聞いていた。今年はそれを私達もしなければならない。ヤバい。


 メッセージカード記入プラス聖歌の練習プラス、当日の進行練習諸々。

 来月には総会が開かれるので、全部活動の活動報告まとめやら活動予算案の詰めやら各クラスへのアンケート項目やら何やらかんやら。目が滑りそう。


 この内情を学院の雑用係と言わずして何と言う!


「かれーん、何枚書いた?」

「まだ十三枚」

「桃は十一枚……」

「何で先に書き始めた撫子が花蓮に負けてるんですの」


 きくっちーの質問に答えたら桃ちゃんまで答えて、麗花がはぁと溜息を零した。約二十分の差はあった訳だが、一応桃ちゃんのフォローをする。


「まぁ私は決められた文章を書き写すだけなら、速筆な方だと思うよ? 早く書き上げなきゃだけど字が汚いのはダメだから、桃ちゃんは丁寧で良いと思う」

「四人いるしな。自分の持ち分終わったら手伝ってやろうよですわ」

「『四人いますし。自分の持ち分が終わりましたら手伝ってあげましょうよ』ですわ。あと葵、貴女そのカード一行分抜けていましてよ。はい、もう一枚」

「マジ!? げっ、ホントだ。てゆーか自分の書きながら人のチェックする余裕あるとか、どんだけですわ」

「それには同意だけどきくっちー、お嬢さまは最後に『ですわ』を付ければ良いってもんじゃないよー」

「……桃、書くの頑張る……」


 最後にシュンとした桃ちゃんが頑張る宣言をして、皆そこからは真面目に定型メッセージをカードに書き写す作業をした。因みに持ち分枚数は一人六十枚。同学年と一年生分である。ヤバい。


 そうして時は経ち、生活寮に戻って夕食を摂らなければならない時間がきた。書き終わったメッセージカードと未記入のカードを分けて所定の場所に置き、換気のために開けていた窓を閉めて鞄を手に取り会室を後にする。

 ガチャ、と麗花が施錠して職員室へ揃って返却しに行き、その足で校舎から校庭へ出て白樫しらかしの並木道を通って生活寮へと帰寮。


 まだ校舎で夜間学習があるため着替えずに食堂で夕食を頂き、各自のクラスにて一時間ほど勉強をする。最後のホームルームを終えて生徒たちは一斉に教室を出るのだが、私含む『花組』メンバーは自ずと集まって寮への道を歩いた。


 これは決して私達『花組』に他のお友達がいないからとかでは断じてなく、生活寮の部屋割に関係している。

 確か前にどこかでも言っていたと思うが、基本は四人部屋で、二人部屋を使用できる特別制度があるという話をしたのを覚えているだろうか?


 この特別制度は一年通して学年の成績優秀者、上位四名に与えられる特権。一年生は入試の成績で、この四人が該当者だった。部屋割に関しては卒業までずっとという訳ではなく一年の成績を以って変動するのだが、私達の学年は変動なしだ。


 私と麗花が同室で、きくっちーと桃ちゃんが同室。


 香桜でも私と麗花のライバル令嬢組は、上流階級の中でも有名な高位家格のご令嬢で、なお且つ入試トップツーだったことで普通に悪目立ちした。

 他の生徒からは話し掛けるのに敷居の高い存在だと認識されて遠巻きにされたので、お昼も放課後もよく同室二人で過ごした寂しい思い出がある。


 そんな中で私ときくっちー、麗花と桃ちゃんにも色々あったその後、きくっちーは勝負事に熱く勉強でもそれが如何なく発揮されて第三位まで登り詰め、お家がとっても厳しいらしい桃ちゃんも成績は落とせないと奮闘した結果なのだ。


 そして私達四人は揃って『花組』として【香桜華会】となり、羨望と憧れの眼差しを向けられるという更に遠巻きにされる存在になったと。何てことだ。


 きくっちーは中性的な顔立ちで髪型もショートだし、下がスカートでなければ男子と見間違えるのはさもありなん。女子校である我が校ではキャーキャー言われるアイドルと化している。

 そのことを本人としては、「まぁ道場でも学校でも似たような感じだったし。これもある意味学院の象徴ってか」と案外楽しんでいるご様子。


 桃ちゃんは桃ちゃんで平均よりも背が低く、私達以外の前では借りてきた猫のように大人しい。そんな姿が可愛らしく、中々懐かない小動物のようで庇護欲をそそられるのだという、風の噂が。




「それじゃまた明日な! ごきげんよう!」

「令嬢を目指すのならもう少し控えめに言いなさいませ。ごきげんよう」

「明日ね。ばいばい」

「ばいばーい」


 入浴後、部屋の前できくっちーの『ごきげんよう』に指導が入る横で、のほほんと挨拶する私と桃ちゃん。パタムと扉を閉めた後で、日課を行うべく備え付けのデスクへと座る私に麗花が話し掛けてきた。


「……今日は私が確認に行きましょうか?」

「え? ううん、いいよ。私の順番だし私が行く。麗花はもう寝る?」

「ええ。明日も色々忙しいでしょうし。花蓮も早く休みなさいませね」

「うん。お休み、麗花」

「お休み、花蓮」


 微笑んで二段ベッドの上へと上がり、布団を被るのを見届けてから正面に向き直る。勉強ノートとは別の用途のノートを一冊手に取り、最新の真っ白なページまでパラパラと捲った。


 ……もうこれで、七冊目なんだよねぇ。


 麗花が就寝するので言葉に出さず心で呟きながら、つい微笑む。小学校最後の夏にたっくんと三人で彼の家にお泊りした夜、“彼”がしてくれた提案。


 『ラブレターを書いて欲しい』と。

 私が寂しい思いをしないように。


 入学した初日から今日まで、ずっと続けてきた。

 ここまで続けてきたのだから、きっと卒業まで続けると思う。最早ラブレターじゃなくて、日記になってしまっているけれど。



 ――私は今日、こんなことをしたよ。貴方は今、何してる?



 リーフさんへの文通はストップしてしまった代わりに、今日の私を裏エースくんのために記す。

 こうして私は貴方が知らない私を残す。これを読んだ貴方が、どんな顔をするかを思い浮かべながら。


 あと、二年。早く“九年分”が埋まるといい。

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