私立香桜女学院中学校編
春はあけぼの
Episode201 花蓮と麗花と愉快な仲間たち
山を切り開いた丘から見下ろせば、遠くに小さく街並みが見渡せる。
春には新緑が芽吹き。夏にはその色を深め。
秋には色彩豊かとなり。冬には一面真っ白に染まる。
四季を通してそんな山々の変化が身近に感じ取れる広大な場所には、とある私立のカトリック系中高一貫の女子校が存在した。
その学校の名称は、私立香桜女学院中学高等学校。
国内でも有数のお嬢様学校である――……。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
並んでとある場所へと向かう最中の二人の生徒は、すれ違う一人の生徒から頬を染めて挨拶をされて、同じくにこやかに挨拶を返した。
挨拶を返された生徒はその二人組の片方に対して更に頬を赤くしたかと思ったら、足早に去っていく。そんな生徒を見送り、二人組はまた目的地に向かって淑やかに歩き出した。
その間二人は無言で歩み続け、すれ違う生徒から挨拶をされる度にどちらかへ、はたまたどちらともに先程と同じ反応をされるを繰り返して、やっと目指していた場所へと辿り着く。
他の教室にある扉とは違い、曇りガラスにアイアンの飾りが施されているアンティークドア。そのノブを回して開くと――――入って最初に視界に入るテーブルに、美しいストレートヘアを耳の下で二つ結びにしている生徒と、おかっぱの毛先が内側にクルリとしている比較的小柄な生徒が座って、何やら作業をしている姿が飛び込んでくる。
そして扉を開いた人物たちに気づいた室内の二人も同時に見て、一人は微笑んで労いの言葉を掛け、一人はぷぅと頬を膨らませた。
「清掃お疲れさまですわ」
「二人とも遅いよ! もう手が回んなあい!」
「お疲れさまー。遅いって言っても、せいぜい二十分くらいでしょ?」
「手が回んなあいっつってお前、まだ三枚かよ。麗花なんかお前なんてもう目じゃないくらい書いてるじゃないかですわよ」
「
頬を膨らまして文句を言った生徒――
注意を受けた彼女はグッと詰まり、空いている椅子へと座る。
「アタシだって頑張ってるんだ! 入学した時と比べたら大分お嬢さましてるだろ!? このメンバーでいる時くらいいいじゃーん。大目に見てくれよー」
「春になって下級生が入学して、貴女の気がかなり緩んでいるからですわ。合格者オリエンテーションの案内での対応、保護者の方がびっくりされていらしたのをもうお忘れでして?」
「だって下級生可愛いし。初々しさ爆発してたし」
「葵ちゃんそれ桃の!!」
テーブルの上に置いてあるクッキーを取られた子がまた文句を言う。会話の内容とその流れに思わず苦笑して、私も残りの一脚に座った。
「私もねー、さすがにアレは驚くと思うよ? 『どした? 不安なのか? アタシみたいなのだってこうして一年生活してこれたんだから、大丈夫だって!』って肩バシバシ叩いて。口調も香桜生としてあり得ないぐらい砕けてたし」
少し前に行われた、合格者オリエンテーション。
それは今いる四人と先輩四人が手伝いに駆り出され、説明資料を配っていた時のことである。
訳を聞けば家族と離れて寮生活の不安から泣いてしまった子に、彼女が向かって行ってそう対応していたのだ。有数のお嬢様学校の在校生からそんな対応をされて、そのご家族はとても驚かれていた。
「アタシ良いことしたじゃん」
「学院の生徒としてそぐわない態度だったのが問題なのですわ。
「ちっくしょぉおお!!」
「葵ちゃんお下品! 野蛮!」
ショートカットの髪を両手でガシガシ掻いて項垂れるのに、再びの文句を言う声が上がる。そしてその子が今度は麗花に訴え出した。
「麗花ちゃん、もっと葵ちゃんに注意して! 花蓮ちゃんは甘やかすし、葵ちゃんは桃の言うことペッ!ってするから、麗花ちゃんが頼みの綱なの!」
「ペッなんてしてないだろ。何言ってんだ」
「してるの!」
「撫子、貴女手が止まっていましてよ。早く書きなさいませ。葵もですわよ」
「「はい」」
会話している間もずっと麗花はカードにメッセージを書き続けていたが、遂に彼女は目を細めてぎゃあぎゃあ騒いでいた二人に通告を下した。この一年の間で麗花を怒らせたらどれほど怖いかをよく理解した二人は、一人は止めていた手を動かし、一人は自分の分のカードを近くに寄せて黙って書き始める。
私も自分の分をテーブルの中央から取り、気になっていたことを麗花に訊ねた。
「そう言えばお姉様たちは? 皆さん今日掃除当番だったっけ?」
麗花はどうしてなのか、訊ねた私にまで細めた目を向けてきた。
よく分からないけど、何だかヤバい雰囲気である。
「……花蓮、またですの? 余計なことを考えて説明を聞き逃す悪癖はいい加減直しなさい!!」
「何で私だけスタートダッシュで怒られる!?」
「貴女とは何年の付き合いだと思っておりますの!? 私が何度同じことを貴女に毎度毎度注意していると思っておりますの!!?」
「アタシたちが悪かった。だから麗花、落ち着け。血管プシューッて切れるぞ」
「お茶。お茶飲んで麗花ちゃん。花蓮ちゃん、お姉様たちは今日あれだよ。イースターボランティア。昨日仰られてたよ」
桃ちゃんにそう言われても、やはり首を傾げるしかない。聞いた覚えがないんですけど。
「アタシは分かるぞ。あの時花蓮、ポッポお姉様のジェスチャーに見入っていたから。目で読み取ろうとしていて、絶対耳で聞いてないなって思ったもん」
カードから秒で顔を上げて密告する菊池 葵こと、きくっちー。きくっちーの密告を受けて、麗花の目の吊り上がりようが更にヤバくなる。
「花蓮」
「ちょ、だってあれは
「ま、アレは絶対今日花蓮が麗花に怒られるーのワンセットで仕組まれた配置だと思うわ。麗花は説明聞くのに集中してたから、気づいてなかっただろうけど」
「椿お姉様から見えない位置で、千鶴お姉様と陣取ってたもんねぇ。椿お姉様に見つかったら、お二人だって怒られるのに」
「何だって!?」
言われ、昨日の配置を思い出す。
二年生と三年生でテーブルは分かれているが、座る席は指定がなく自由。先輩であるお姉様たちから明日の予定ということで呼ばれて席を立ち集まったが、確かにいつもなら横並びなのに
「…………お姉様がたのお遊びだとしても。結局把握できていなかったのなら、それは花蓮が悪いじゃありませんの!」
「だってポッポお姉様の動き速いんだもん! 目で追うのに精一杯だった!」
「後輩って先輩の
「葵ちゃん、自分だけ課せられた『アタシじゃなくて私よ、お嬢さま口調強化週間』のこと完全に忘れてない?」
私と麗花がやんや言い合い、きくっちーと桃ちゃんがぼやき合う。――そんな香桜女学院での日常。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
……と大分前置きが長くなったが、百合宮 花蓮、現在十四歳。何事もなく無事に一年が過ぎて、中学二年生の春を迎えました。
小学校までは縦巻きロールがデフォルトだった麗花の髪型だが、作成者である西松さんが薔之院家にお留守番のため巻く人がいない。というか香桜は結構校則が厳しくて縦ロールは不可だった。
そうして校則に則って巻かなくなったら、何と数日後にはクセなんて一つもない綺麗なサラサラストレートヘアーに大変身していた。どうも麗花の髪質はご夫人譲りだったらしい。そして西松さんの職人技よ。
現在は自分でお手軽にゴムで二つ結び。顔は同じだが髪型の印象が強烈なので、もしかしたら今の彼女を見た聖天学院生はこれが薔之院 麗花だとは一目見ただけでは分からないかもしれない。それくらい印象が違う。
そして私達と一緒に話していた二人だが、菊池 葵こときくっちーと、桃瀬 撫子こと桃ちゃん。
きくっちーはショートカットヘアのキリリとした顔立ちの子で、お家が柔道教室を開いている道場の娘で兄三人いる四人兄妹の末娘。口調からも察せられるように男勝りで、この一年でやっとスムーズに「ごきげんよう」が言えるようになった。
おかっぱ内巻きカール桃ちゃんの桃瀬家は、政治一家でお父さんが議員をしている。
今ではあのように元気に喋っているが、入学して最初の頃はかなり挙動不審で無口な子だった。同じクラスで放っておけなかった麗花が根気強く接して、私やきくっちーとも関わり合って、そうして今の桃ちゃんになったのだ。
私はきくっちーと、麗花は桃ちゃんと一年生の時に同じクラス。それぞれお互い紆余曲折を得て友情が結ばれたが、学年が上がって私たち四人は四クラスで一人ずつバラけた。
これは香桜のとある制度によるもの。
そしてその制度の基、こうして四人で一つの部屋に集まって今は学院の四月行事である、イースターのカードにメッセージを書くという作業をしているのだ。
――曇りガラスにアイアンの飾りが施されているアンティークドアの部屋。
そこは、香桜女学院で選ばれた生徒しか入室することが許されない一室。
『香桜の顔』
『香桜の秩序』
『香桜の花鳥風月』
様々な呼び名があるが、それらはすべて正しくこの組織制度を表している。
『香桜の顔』
――学院行事には生徒の代表として携わり。
『香桜の秩序』
――生活寮での監督を務め。
『香桜の花鳥風月』
――独特のルールによって選ばれる、全校生徒からの憧れを一身に受ける存在。
私達四人と、今は外している先輩四人の計八名。
多くの学校では生徒会執行部と呼ばれる組織。
この学院での正式名称は――【
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