Episode199 卒業式と最後の最後まで

 廊下で整列して並び、先生の先導で講堂までの道を進んでいく。

 一歩一歩を踏みしめて、今までの思い出を振り返りながら講堂へと辿り着く。五十音順の並びで横から座っていくので、ここでは私とたっくんは隣同士。


『それではただ今より、**年度第三十六回、私立清泉小学校卒業証書授与式を挙行いたします』


 卒業生が全員着席して数分後、進行役の教頭先生から開会式の宣言を受けて遂に始まった。


 国歌を歌い、卒業証書が授与される。一人一人の名前が呼ばれて校長先生から証書を受け取り、席に着いていく流れを四クラス分。証書を授与された時に、本当に卒業するのだと実感してすすり泣く子もいた。


 ほとんどの子は中学に上がっても生徒の顔ぶれは変わらないが、ここでお別れの生徒もいる。そればかりか、ずっと通ってきた小学校だ。もう通えないのだと思ったら、惜別せきべつが涙となって溢れ出すのも仕方がないこと。

 不思議と式の間は寂しいという思いはあっても、涙が溢れたりはしなかった。落ち着いて式の進行を見つめていられた。


 そうして校長先生の祝辞、PTA役員会長の祝辞と続き、在校生の祝辞と進んだが祝辞を述べる代表生徒は驚いたことに、何とあの姫川少女だった。

 しっかりとした歩みで壇上へと上がり、男子達から超可愛いと言われ私の目から見ても超可愛らしい顔を引き締めて、ゆっくりと、けれどはっきりと通る声で卒業への祝いの言葉を告げていく。


 その姿は友達女子に守られるようにして後ろにいた庇護欲をそそられるものではなく、自分の力でちゃんと立てるしっかりとした姿だった。


 あの件があってから変わったのか、それとも彼女は元々そういう子だったのに友達に流されてしまっていたのか。どちらか分からないけれど、いま正に目に映っているその姿を見ることができて嬉しく思う。……私も、頑張らなきゃ。


 姫川少女の祝辞が終わり、次に卒業生の答辞。私達を代表してお別れと感謝の言葉を告げるのは。


『卒業生代表。太刀川 新』

「はい」


 Aクラスの後ろがCクラスとなっており、そこから彼の返事が上がる。五十音順の並びだが裏エースくんは答辞の役目があるために、すぐに移動できる通路側の端に座っていた。私が座っているすぐ斜め後ろに。


 在校生の祝辞もそうだろうが、卒業生の答辞は成績や生活態度の優秀な生徒から選ばれる。


 実はその話は私にもあったのだが辞退した。

 私よりも、ずっと相応ふさわしい生徒がいると思ったから。うん、裏エースくんだったら納得。


 人の意見をよく聞いて、上手く取り纏めて。悩み相談を受けたら最後まで根気よく付き合ってあげて。運動会でも毎年活躍して皆からの信頼も厚い。明るくて正義感の強い人気者。


 彼もまた、しっかりとした足取りで壇上に立つ。

 整っている爽やかな顔立ちに嵌まる二つの瞳が、この先にある未来への道を見据えるかのように、真っ直ぐと前を見つめている。


「今日は私達のために卒業式を開いていただき、ありがとうございます。来賓の~~……」



『初めまして! 俺は太刀川 新! サッカーが好きなので、皆で一緒にサッカーしたいです! よろしく!!』


 初めの自己紹介の時、そう言い切って満足気な表情をしていた。たっくんと仲良くなりたくてサッカーに誘っていたのを、私もついでで誘ってくれた。


 学校では、そんな始まり方で。


『太刀川くん』

『え? あ!?』


 白鴎を盗み見るために参加した催会で、思いもかけずに貴方を見つけた。言葉通り驚いた顔をしていたよね。

 それからたっくんとの色々なことがあって、一緒に過ごす内に仲良くなっていって。


 いつも、いつも私を守ってくれた。助けてくれた。

 我慢するなと言ってくれる。



 ―― 一番。言いたいことが一番、言える人


 ――そして一番言いたいことが、言えない人



 出会って、別れて。

 そしてまた出逢うことを――――願っている。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





『以上をもちまして、**年度第三十六回、私立清泉小学校卒業証書授与式を終わります』



 閉会の宣言後、卒業生は退場して教室へと戻る。


 保護者も中に集って最後に先生からの挨拶があり、皆がそれぞれ一人ずつ前に出て感謝の言葉を述べていった。そうしてクラスでの最後の会も終了し、下校となる。

 中学で会えない子と話したい卒業生がまだ多く残る中で、私とたっくんも両親に他クラスの子たちと最後に話したいと言って、それぞれのクラスへ向かった。


「うっ。ゆり、百合宮さん! 柚子島くん! げっ、元気でね!!」

「はい! 木下さんもお元気で。下坂くん、ちゃんと木下さんをお守りするんですよ」

「元よりそのつもりッス! 柚子島、太刀川のことよろしくな!」

「うん。下坂くんも皆と仲良くね」


 ポロポロ泣く木下さんと、そんな彼女と手を繋いで笑う下坂くんの対照的なカップルともいくつか話をしてBクラスを離れ、次にCクラスへと。

 教室を覗いてどんな様子かと確認していたら、私達に最初に気づいた西川くんがやって来た。


「百合宮さん、柚子島!」

「さっきBクラスに行って、二人と話してきたんだ。西川くん、お互い別の中学に行くけど頑張ろうね!」

「ああ!」


 私達と同じ受験組だった彼も見事に志望の中高一貫校に合格していて、春からその中学へと進学するのだ。けれど彼の場合は自宅通学なので、卒業しても持ち上がり組とは会えるのだが。


「百合宮さーーんっ!」

「あ、相田さ……わぷっ」


 元気な声が聞こえてそちらを見れば、走ってきた相田さんが私に勢いよく抱きついてきた。ギュウゥと抱きしめられて、彼女から初めてそんなことをされたので、思わず目をパチクリとさせてしまう。


「相田さん?」

「うぅっ。やっぱり寂しいよ。クラスは離れたけど行けば会えたもん! もう、どのクラス行っても会えない……」

「相田さん……」


 途端涙声で話されることをすぐ近くで聞いて、心が温かくなった。彼女の背中をポンポンと軽く撫でる。


「大丈夫ですよ。中学を卒業したら、またお会いしましょう?」

「絶対だよ。約束」

「お約束します」


 私の肩に押し付けていた顔を、今度はパッと後ろへ向けて。


「柚子島くんと西川くんも! 約束だよ!」

「うん。分かった」

「泣くなよ相田」


 苦笑して約束し合うとスンと鼻を鳴らしながらも私から離れ、相田さんが自身の教室内を見る。


「最後だから、多分まだ太刀川くん来れないんだと思う。だって私、あんな大きな声で百合宮さんの名前呼んだのに、来る気配ないし」

「相田さん」

「俺も『あ、百合宮さんと柚子島だ!』って、来る前に言ったんだけどなぁ」

「西川くん」

「二人とも……」


 最後の最後まで気を遣わないで下さい。居たたまれないです。

 うん、まぁ予想はしていたことだ。人気者の彼は持ち上がり組じゃないから、最後に沢山人が押し寄せるだろうなって。最後だから裏エースくんも付き合ってあげるだろうな、とも。


「二人は他に話す子いる? 僕達、新くん待つからまだ帰らないけど」

「中学でも一緒の子たちばかりだから、柚子島くんたち優先!」

「俺も。どうせ中学違っても俺は他の奴らと会えるし」

「でしたら私達の教室でお話しませんか? その方が何か他の子にプレッシャー与えない気がします」


 二人が気を遣って言ってくれたのも合わせてここにずっといたら、裏エースくんと話したい子たちに掛けてもいない圧を感じさせてしまいそうだったので、そう促す。

 そうしてAクラスに戻るとまだ残っている子は結構いて、その子たちも交えて会話をしていると十五分くらい経ってから裏エースくんが教室に来た。


「あ。新くん」

「悪い! あれでも昨日めっちゃ対応したから大丈夫だと思ったんだけど、全然だった!」

「自慢ですか。最後の最後までスケコマシ」

「太刀川くんおっそーい」

「せっかく俺と相田が助け舟出したってのになー」


 ブーブー言う同じクラスの二人に半眼を向ける。


「ンなこと言われてもな。無碍むげにはできないだろ」

「これだから太刀川くんは」

「これだから太刀川は。よし、じゃあ行くか」

「え?」


 それまで椅子に座っていたたっくんと相田さんが西川くんの掛け声でガタリと席を立つのを、何だ何だどこに行くんだと見る私に、たっくんが。


「じゃあ花蓮ちゃん。僕達、Bクラスで話してくるからね」

「え? あれ? 拓也くん、さっき私と行ったじゃないですか」

「うん。新くんが来たら花蓮ちゃん置いて、五人で集まろうっていう話になってるから」

「「え」」

「話が終わったらBクラス集合ね!」

「ゆっくりでいいぞー」


 それまで一緒に話していた他の子たちも離れていき、三人が教室から出ていくのを呆気に取られて見つめるしかない私と裏エースくん。というかこれ、裏エースくんも知らなかったのか。


「アイツら……」

「あの、どうします? わざわざその……二人に、してくれましたし」


 厳密に言えば教室にはまだ人はいるが、皆背を向けて私達を視界に入れないようにしてくれている。仲良しメンバーだけでなくクラスメートにまで気を遣われて、居たたまれなさが突き抜けてしまった。

 

 もうここは素直に厚意を受け取ることにしてどうするかと聞くと、彼は少し考えて。


「……ここだとアレだよな。ちょっと場所変えるぞ」

「はい」


 教室を出て一緒に歩くと、それからは誰からも話し掛けられなかった。……すれ違う同学年たちの生温かい目よ。

 最初はどこに行くのかと思いながら手を引かれていたが途中から目的地が判って、思わず苦笑してしまう。ずっとあの場所にはご縁がある。本当に何かあるのかなぁ?


 そうして歩みを止めた場所。そこは滅多に誰も近づかない、けれど私達にとっては勝手知ったる場所。


 いつも静かにそこに在る、非常口だった。

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