Episode198 卒業の日は笑顔でお別れを

 麗花のご両親は一週間ほど休みをもぎ取り、長期休暇以外はずっと離れていた娘と一緒に過ごす時間を作っていた。

 けれどまだ春の休暇に入っていないので、麗花が学院に登校している間は家で執事長である西松さんとともに、薔之院家の家人が主人一家のいない期間のことを話し合ったり、海外に点在する支店とリモートで繋いで指示を出したりと、自分達の家にいても中々お忙しい日々だったそうな。


 しかしそんな一週間の内、ご夫人に誘われてお母様がお食事に行かれたこともあった。合格者オリエンテーションが終了してからも結構長く会話していたのに、積もりに積もった話はあれだけじゃ収まらなかったようである。


 それにしても、麗花が聖天学院からわざわざ他の中学校へ進学するとは思わなかった。ずっとそのままエスカレーターで進学して、紅霧学院に行くものと思っていたから。だからやっぱり、ゲームと現実では違ってきている。いや、そもそも私が聖天学院に通っていない時点で違ってはいるのだが。


 一緒の学校で過ごせるということはやはり嬉しく、そしてホッとした。

 少なくとも香桜にいる内は麗花にも、ゲームの何かが降りかかったりはしない筈だ。ご両親に愛されているからこそ、薔之院家でも緋凰家との婚約の話が持ち上がることも、あったとしても娘の不在時に決まることはないだろう。


 そして私も、家族と一緒の時間を大切に過ごした。

 一番心配だった鈴ちゃんは早めに話していたおかげか、本当に離れることが確定した時も泣きそうな顔はしたものの、「お姉さまのお戻りを、ちゃんと良い子にしてお待ちしております」と言ってくれた。


 お兄様とも沢山会話して、お母様と一緒に摘まみ細工を作り、仕方がないからお父様のビデオ撮影も許してあげた。


 それぞれが大好きな人達と共にいる時間を過ごし、そして遂に――――清泉小学校の卒業の日を迎える。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 六年間ずっと着用している青いセーラーワンピースを纏った姿を鏡で確認し、ニコリと笑う。こうして改めて見ると、ちゃんと大きくなったんだなと実感する。

 入学初日はとても可愛い制服と、聖天学院じゃない学校に通えるという嬉しさに舞い上がっていた。友達も何人できるかなと、楽しみにワクワクしていて。


 そんなことを思い出しているとコンコンとノックがあり、返事をすれば自室の扉がゆっくりと開かれる。


「花蓮、準備はできてる? そろそろ出る時間だよ」

「分かりました。……お兄様、どうですか? どこか可笑しなところありません?」


 聞けばじっくりと私の姿を見つめた後、ふわりと笑って。


「大丈夫だよ。可愛い」

「ふふっ、ありがとうございます」


 三月十日の本日は土曜日となっている。

 休日なので家にいるのは何らおかしいことではないが、お兄様は卒業式に赴くための装いとして本日、仕立ての良いダークグレーのスーツを着用していた。

 ……と言っても、赴くのは私の卒業式ではない。


 お兄様が赴かれるのは、同日行われる聖天学院初等部の卒業式だ。これは両親とも話したことで、私もお兄様から理由を聞いて頷いた。


 お兄様は、麗花のために向こう聖天学院の卒業式に行く。


 それと言うのも、麗花のご両親は卒業式に参列しない。

 あの一週間の休みがギリギリで、ご当主とご夫人はそれぞれ別の国にまた旅立たれている。それは麗花も納得していることで元々薔之院家からは、西松さんと田所さんが参列するという話だったそうだ。


 ただ卒業するというだけならそれに問題はないが、内部進学しない麗花は他の生徒と違い、別の意味で聖天学院から卒業する。


 例の親交行事中の事件があったせいで、内部進学せずに違う中学へ進学するということでそれを逃げたと見なす、口さがない人間が出てくるかもしれない。

 それは麗花の将来を見据えた際、マイナスの要素になり得る。だからこそお兄様は麗花のためだけに卒業式に出るのだ。


 聖天学院生でなくなっても、“百合宮家の跡継ぎは 薔之院家のご令嬢と親しい”のだと、明確に示すために。

 再来年に聖天学院付属の大学部へ進む彼は学業に励みながらも、お父様の仕事を少しずつ学んで覚えていくことが決まっている。

 そして学院を卒業しても上流階級では影響力の強い御人だから、そんな人に目を掛けられているということは麗花を守る、強い盾となる。


 ――結局麗花とお兄様を『恋』という括りで結び付けることはできなかったけれど、違う強い繋がりが生まれた。

 始まりは私だったが、年月を経る毎にお兄様も『妹の友達』から、麗花個人として彼女を見るようになっていた。私のことを抜かしても、彼の中で“麗花”という存在を受け入れている。それが、とても嬉しい。


 そんなことを感慨深く思考していたら、パタパタと階段を駆け上がってくる音が近づいてきた。


「お兄さま、お姉さま! お時間ですよ!」

「うん。花蓮」

「はい」


 鈴ちゃんに促されて部屋から出て、三人で手を繋いで階段を降りる。そうして両親とそれぞれの専属運転手さんが待つ玄関口までやってくると、私達に気づいたお母様がフフッと笑った。


「あらまぁ、何年経っても仲良しな兄妹ね。ねぇ、貴方」

「うむ。……本当に、大きくなったものだ」


 お母様の言葉に涙ぐむお父様を見て、坂巻さんと本田さんが苦笑している。子ども達の入学式には参列できないで定評のあるお父様だが、卒業式は目を血走らせて死に物狂いで予定を確保していた。


「それじゃ、花蓮」

「いってらっしゃいませ、お姉さま」

「お兄様と鈴ちゃんも、いってらっしゃい」


 私と両親は坂巻さんの運転する車へ、お兄様と鈴ちゃんは本田さんの運転する車へと乗り込み、家を出発する。いつもは途中まで送ってもらってからスクールバスで登校するのだが、卒業生は車での送迎が本日は許可されている。

 六年間同じ道を通い続け見慣れた景色を惜しむように眺めて、学校までの道のりを穏やかで心地良い揺れとともに見送った。




 クリーム色の外壁に、ケヤキの葉の緑色。雲一つない晴れやかな青空の下、講堂に向かう両親と別れて一人、自分の所属する教室へと向かう。

 下級生は在校生代表として五年生しか参加せず、そこから下の学年は休日となっている。『六年生を送る会』をしてくれて、そこで彼等とは一旦全体的なお別れをしているからだ。


 いつも階段を登るまでに聞こえてくる、賑やかで楽しそうな声はない。静かに上り切って、教室の扉をガラリと開けると――



「やぁおはよう! 百合宮嬢! 今日で君ともお別れかと思うとよくぞこの三年間、無事に体育を乗り切れたものだととても感慨深いよ! ……そう! イケてるメンズであるこの僕の、果てしない努力と犠牲の賜物だね……!!」

「最後の最後までウザいの何なんですか。拓也くんが待っているので邪魔ですどいて下さい。あとおはようございます」

「ああすまなかったね! 最後にどうしても伝えたかったのでね!」


 素直にサッと退いてくれたのは良いが、何をどうしても伝えたかったんだ、この上から毒舌ナルシーザ・失礼師匠は。


 いつしかAクラスでの日常の一コマとなってしまった、そんな私と土門少年のやり取りを既に登校していたクラスメート達からは苦笑を向けられるとともに、挨拶を交わし合ってから席に着く。


「おはよう、花蓮ちゃん」

「おはようございます、拓也くん」


 笑ってそう言葉を交わした後、もう他の女子の輪に入り込んでいる土門少年を見て、たっくんが再びの苦笑を漏らした。


「土門くん、本当素直じゃないなぁ」

「え?」

「花蓮ちゃんが来るまで、自分の席でずっとソワソワしてたんだよ? やっぱり土門くんも寂しいんだなって、見ていて思った」

「そ、そうなんですか」


 うん、と頷かれ、やれやれと内心で溜息を吐く。


 彼は持ち上がり組。というか私達の学年は持ち上がり組が多く、受験した子は少数だ。

 本性を知る前だったら美辞麗句を並び立てて別れを告げてきたのだろうが、たっくんからの情報を聞くとあの言葉もまた、土門少年らしいなと感じる。


 失礼な言葉を吐かれまくったものの、何だかんだ言っても彼は色々な場面で助けてくれた。……本当はすごく、頼りになる子だった。


「また会えますかね?」


 呟くと、目の前にいる彼はニコッと笑って。


「会えると思う。だって修学旅行で安井金毘羅宮に行かなかったし」

「あれ? あの時拓也くん聞いてたんですか?」

「聞こえたんだよ。結構大きな声だったから」


 何てこった。

 お寺で騒がしくして本当にすみませんでした。


「……拓也くん」

「なに?」

「私達も、また会いましょうね」

「うん。絶対会おうね」


 そうして六年間、ずっと五十音順で前後の席だった私達は笑い合う。たっくんが居てくれたから、ここで沢山笑って過ごすことができた。


 学校で最初に私とお友達になってくれた子。

 会話していく内に本の他にも話題が増えて、今日の日まで尽きることはなかった。



 ――ありがとう


 ――かけがえのない私の大切なお友達の、柚子島 拓也くん

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