Episode197 お互いに一人じゃないから
鈴ちゃんやらかし騒動があって後日談。
普段は淑女をしている百合宮家の長女(本当は次女)が男子を相手に圧倒していた姿は、噂に聞くあの生ける伝説である百合の貴公子先輩を彷彿とさせたらしく、同学年では元々一定数のファンがいたのが更に増えたそう。ちなみに足払いされて足蹴にされたという男子に関しては、
「百合宮さまにこんな一面があったなんて……!」
と、何故か彼も更に熱狂的なファン化したと聞く。鈴ちゃんがすっごく嫌そうな顔で教えてくれた。
何はともあれ鈴ちゃんも蒼ちゃんも、今後の学院生活は穏やかに過ごしてほしいものである。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「……あっ、あった」
貼り出されている番号一覧から手元に掴んでいる番号札の数字を見つけ出した私は、そんな気抜けた声を上げた。
手元を覗き込んでその数字を確認したお母様も、ふわりと笑って顔を合わせてくる。
「おめでとう、花蓮ちゃん。これで春から香桜女学院生ね」
「……はい」
喜んでいいのか、どうなのか。
複雑な気持ちのまま
そこの地域一帯は一月初旬から願書の受付で、私立香桜女学院の入試日は二月一日だった。
当日に合否発表の私立中学も多い中で、この学校は翌日の発表。このことから学校を二日休み、一日は試験に、一日は合否確認に費やしたという訳である。ちなみに午前入試と午後入試があるが、私は午前入試で受けた。
そして私立有明学園中学校も同じ日程。合否発表を経てその翌日、学校に登校してすぐに教室でたっくんとお互いに結果を報告し合った。
「私は受かりました。拓也くんはどうでしたか?」
「僕も受かってた! 分かっているけど、もっと勉強頑張らなくちゃ」
「そうですね。それに全寮制ですから、環境にも早めに慣れませんと」
明るい様子だったので聞く前から何となく結果は把握できたが実際に本人の口から合格したと聞くと、自分の時は複雑だったのにたっくんには嬉しいという気持ちになる。そしてそうすると、もう一つのことも把握できた。
たっくんが明るく報告するということは、裏エースくんも……。
実際にお昼休憩時にいつものようにやって来た彼からも、同様の報告を受けた。
「春から寮生か。あー、拓也と同じ部屋だったらいいけどなー」
「どうだろう? そうなったら嬉しいけど、でも確率は半々くらいかなって思う」
「個人じゃなくて複数人部屋なんですか?」
聞くと、たっくんが頷く。
「うん。一、二年生は八人部屋で、三年生から個室なんだって」
「やっぱ受験のことがあるからだろうな。内部進学でも試験はあるんだろうから」
香桜も有明も、中高一貫校。けど私は高校に関しては家から通えるところをと決めているし、裏エースくんも聖天学院のどちらか……今のところ紅霧学院としていて、内部進学の考えはない。
それを思えばたっくんは私達との関係もそうだけど、自分のために有明を受験した。高校はどうするんだろうか?
「有明に受かったばかりでお聞きするのもアレなんですけど、拓也くんは高校のこと、内部進学するか考えてます?」
「んー、そうだなぁ。まだ将来のこととかどうするか分からないけど、一応経営に関することは学んでいきたいとは考えているから。大学のことまで考えたら高校も、そこを受けるのに有利な学校があったら内部進学せずに、また受験するかもしれないし」
「お父様の書店を継ぐための、経営ですか?」
「うん。個人経営で一人息子だし。本は昔から好きだし、できればお父さんの代で終わらせたくないって思ってるんだ」
そっか。それに経営であれば書店だけでなくカフェの方にも通じているので、見据えれば良い選択だと思う。
ちゃんと考えているんだなぁ……。私は目の前のことで精一杯だ。
「花蓮ちゃんは? 香桜も複数人部屋?」
「はい。香桜は四人部屋ですけど。けどそれも条件があって、何か三年生じゃなくても個室じゃないですけど、二人部屋を使用できる特別制度みたいなのがあるそうです」
「へえ。何か女子校って、男子校より色々制度とかありそうだよな」
「それは偏見というものですよ、太刀川くん。まぁ寮生活に関しては後日の合格者オリエンテーションで説明されるので、そこで詳細が分かります」
「ちゃんと聞いておけよ。また他のこと考えて説明聞き逃すなよ」
「またって言わないで下さい!」
裏エースくんから再三の注意を受けてプンとするも、「大丈夫かな。知らない子ばかりで、教えてくれる子ちゃんといるかな?」とボソッとした声が前から聞こえた。たっくん……!!
そうして二人と一緒にお互いの中学のことや他の関係ない話をしたり、持ち上がり組の相田さんや木下さん、男子たちとも残り少ない日数を楽しく過ごしていく中で――……
「え」
「あら、ごきげんよう」
……――よく見知った顔が香桜女学院合格者オリエンテーションの説明会場にいるのを、見つけてしまった。
体育館兼講堂となっている説明会場に両親とともに入れば早い時間に到着したのでまだ人は少なく、どんな子がいるのかな~とキョロキョロしていた中で、何やら見覚えのありすぎる特徴的な髪型をしている女子を発見。
うわー、やっぱり女子校だから麗花みたいな縦巻きクルクルロール・ザ・お嬢さまの髪型をしている子もいるのかーなんて思っていたら、そんな私の視線に気づいたのか、既に着席していたその子が振り返った。
振り返って目と目が合ったその顔は――――まんま、麗花だった。
愕然とする私に向かって暢気に挨拶してきた彼女のところへと慌てて走って行き、隣に座ってどういうことかと尋問する。
「どっ、ちょ、何で麗花がここにいるの!?」
「何でと言われましても。私も受験して合格したからに決まっているでしょう」
「え!? で、でも、聖天学院はエスカレーター式で、受験する必要なんて。それに試験会場に麗花いなかった!」
問うたことに対し、ふぅと息を吐いて。
「試験会場については貴女、午前入試組だったのでしょう? 私は午後入試の受験でしたから。受験したことについてはまあ、必要はありましたわ」
「何の必要!? 勉強の環境は国内でも随一だし、しかも特権階級のファヴォリじゃん!」
「あ、貴女がいないじゃありませんの……っ!」
「…………へ?」
カアァッと顔を赤く染めて、キッと私を睨みつけてくる。
「ただえさえ違う学校ですのに、貴女と三年も会えなくなるとか心配過ぎて、勉強とかファヴォリとかそれどころじゃありませんの! 何かあっても知りようがありませんし! い、一緒だったら、私が助けることもできますでしょう!?」
「何故私がやらかす前提」
「話を聞く限りやらかしているでしょう! ……も、あります、けど」
「けど?」
赤くなった顔を耳まで更に朱に染め上げて、彼女は。
「本当は……ただ私が花蓮と、一緒の学校に通いたかったのですわ」
その瞬間、麗花がやりたかったこと、瑠璃ちゃんがああ言ったことの理由を理解した。理解して――――グワアァッと言葉にならない程の嬉しさが込み上げてくる。
「麗花っ!!」
「わっ、ちょっと、もう……! しょうがないですわね」
ギュウッと腕を抱え込むように抱きつけば、マナーの鬼は注意することなく、柔らかい声で受け入れてくれた。
「ふふ。良かったわね、麗花ちゃん」
麗花に抱きついてニコニコしていたら、彼女の隣からそんな声が聞こえたので見ると、真っ直ぐな美しいストレートヘアの美女が私達を見つめて微笑んでいらっしゃった。
……ん? 隣に座っている、ということは……?
「……っ、はい、お母様」
「麗花のお母さん!?」
海外を飛び回っているという、あの!? あっ、もしかしてその隣にいらっしゃるオシャレスーツの男性はお父さんか!?
話に聞くだけで今まで一度もお会いしたことのない人達に何度目かの驚きを晒していたら、今度は私の両親が来て娘の隣の椅子に座る。
「もう、花蓮ちゃん。いくら麗花ちゃんと一緒で嬉しいからって、走って行くだなんて……。お久し振りですわね、美麗さま。ご活躍は国内でも聞き及んでおりますわ」
「お久し振りですわ、咲子さま。事業が好調なのは良いのですけれど、主人の仕事が忙しくて、可愛い娘のいる家に中々帰れなくて」
「ん? 君は君でオリジナルブランドを立ち上げて、
聞き捨てならないとばかりに麗花のお父さんが反論するのを、麗花のお母さんは涼しげに反論に反論を重ねた。
「あら。麗花ちゃんとのモニター通話では、私の方が通話回数は上よ? それに私の方が帰宅も早いもの。それをひっくり返してから仰って下さる?」
「麗花、聞いたかい!? ママはね、パパに決裁書を山ほど押し付けて、自分だけ麗花との時間を確保しているのにこう言うんだよ! ひどくないかい!?」
「お父様、声が少々大きいですわ。公共の場なのですから、お静かになさいませ」
「ほらあ! 君が麗花を独占してばっかりだから、僕にちょっと冷たい!!」
「「貴方/お父様」」
「……」
妻と娘から揃って注意を受けたご当主は、シュンとして口を閉じた。こうしてそのやり取りを見ていたら、離れていてもやはりちゃんと麗花はご両親に愛されているのだと判る。……あっ、ご挨拶!
麗花から身体を離し、居住まいを正してご挨拶する(今更)。
「あの、いつも麗花さんと仲良くさせて頂いております。私、百合宮 花蓮と申します」
「初めまして。こちらこそ、麗花ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。麗花ちゃんとお話する時によく話題に出るから、何だか初めて会うような気がしないわ」
ご夫人が笑って告げることに麗花へと視線を向けると、「お、お母様っ」と慌てている。ヤダー私のこと大好きー。
そうして説明会が始まるまでは両家であれこれと話したが、元々は同じ学校の同級生で仲良しの夫人組は長らく会っていなかったにも関わらず話が弾み、私と麗花は言わずもがな。
そして意外や意外。父親組も年頃の娘を持つ者同士の苦労やらなんやらで話が合ったようで、打ち解けるのはすぐだった。
「麗花、麗花」
「何ですの?」
両親が楽しそうに話しているのを間で聞いている麗花に呼び掛けて、振り向いた彼女に。
「学校生活、楽しみだね!」
笑ってそう告げると麗花もまた、とても可愛らしい笑顔を咲かせた。
「三年間、よろしくお願いしますわ」
「うん!!」
裏エースくんには、たっくんがいる。
私には、麗花がいる。
お互い大好きな人が一緒にいるから――――きっと、大丈夫。
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