Episode194 ラブラブお泊り勉強合宿からの帰り

 裏エースくんはあれから泣き止むまでずっと傍にいてくれた。「寂しかったら一緒に寝るか?」と優しい声で言われて本気なのか冗談なのか分からず真っ赤になりながら断り、部屋に戻ってポカポカとした気持ちのまま、私は再度眠りについた。


 朝起床したら、あれでも泣いたのはほんの少しの間だけだったので目が腫れていることもなく、普通に顔を合わすことができて安堵する。


 そうして昨日に引き続きお互いの勉強を見合って、お昼を頂き、三人で楽しく遊んで――。



「それじゃ、また学校でね」

「はい! 色々お世話になりました。それに楽しかったです!」

「俺もすっげー楽しかった。元気でな」

「うん!」


 ニコニコと笑うたっくんに手を振って見送られ、私と裏エースくんも手を振り返しながら、二人並んで歩く。

 お互いに迎えの車が来るのだが、お家から少し離れた先の、広めの道路に待機するようにしているのだ。


 裏エースくんは去年の冬同様、長期休みの際は“向こう”のお家で生活している。お家デートの時はタクシーを利用していた彼だが、家族(主に父と兄)から「やっぱりウチの車じゃないと安心できない!」と言われ、送迎が付けられることになったそうだ。


 実は高位家格の令息である裏エースくんなので、確かに誘拐される危険性を視野に入れたら妥当な心配ではある。

 ちなみにお父さんはご婦人が職場に行く際にも送迎をつけようとしたそうだが、むしろ自分の送迎車で送り迎えを!と言っていたそうだが、断固として撥ね退けたらしい。教室でそうぼやきながら裏エースくんが教えてくれた。


 柚子島家から送迎車までの短い距離を少し歩くだけだけど、何か話したくて口が自然と開いてしまう。


「やっぱり楽しい時間って、あっという間ですね」

「そうだな。勉強も一人でしているよりか、二人と一緒にやってる方が何か進んだ気がする。教える時ってどう説明したら解りやすいか考えるから、より自分の理解も深まるしな」


 悔しいことに内容の理解度は同等だが、説明力では聞き上手な上に話し上手な裏エースくんに軍配が上がっていた。説明をたっくんと一緒に聞く上で、私も何度かハッとさせられたのだ。


「本当に太刀川くんって何でもできますよね。説明上手ですし、お料理もできますし。洗濯ものだってピシッと綺麗でした」

「料理と洗濯もの畳むのは普段からやってることだからな。花蓮は今回、受験勉強よりも家庭科の学びが多かったよな」


 お嬢さまな私はそういう生活家事に関しては、全てお手伝いさんがしてくれている。だから手伝いを申し出たものの一からのスタートで、二人に教えてもらいながらやっていた。


 フフンと顔を上げ、裏エースくんを見遣る。


「私はやれば出来る子ですので、すぐに習得しました。料理に関しても、もうお鍋に顔は突っ込みません!」

「お前がダメなの、ホント体育だけだよな。マジであれどうにかならないのか」

「あら? 特殊な条件付きではありますが、出来る種目があることをお忘れで?」


 ダンスは私の内に秘める気持ち次第、水泳はビート板さえなければ泳ぐことが可能。足だって速いぞ!


 ドヤァとするが、ジト目で見返される。


「怪我するよりは全然良いけどな。本当マジで抱き留められてんの目撃させられる俺の身にもなれ」

「……ん?」

「休み前の体育、ハードル競走だったよな? 最後の最後でハードルに足引っ掛けて転びそうだったの、また土門に抱き留められやがって」

「また見てたんですか!? お口が悪くなっていますし! ……あっ! もしかして、だから授業の後の休憩時間に来るんです!?」


 土門少年に補助されるのは最早鉄板と化しているが、私のクラスへたまに不機嫌そうな彼が十分休憩の時に教室へわざわざやってきて、私に思いっきり絡んでくることがあった。


 内容としては無言で頭を撫で回されたり、指相撲をしてきたり、椅子に座っている私の背に背中合わせでもたれかかってきたり。ただ単に寂しいウサギ属性だからかなと思っていたのに、よくよく思い出せば全部体育が終わって後だった!


 つまり何!? 低学年の頃、私が裏エースくんの下駄箱にラブレターを投入されている場面を目撃していたのと同じく、高学年では裏エースくんが私と土門少年の何でもないあれこれを目撃しているの!? どういうこと!?


「仕方ないのはよく解ってるけどさ、嫌なもんは嫌。腹立つけどしょうがないし、土門が触った分、俺も触らないと気が済まない。つーかぶっちゃけ、お前に関しては体育全部見学しとけって思ってる」

「ぶっちゃけ過ぎです!」


 ヤバい。前にも何か似たような流れがあった気がする。こうやって二人で外にいて、裏エースくんが土門少年に嫉妬し……っ!


 スクールバスでの破廉恥を思い出してしまい、ピコンと危機察知能力が作動し始める!


「あわ、あわわわ、わた、私、だって、体育、出来る種目」

「走るのは出来るからハードルも飛び越えられるって思ったのか? ……そうか。走れた!って気が緩んで、最後に足引っ掛けたんだな」

「ううう!」

「お前の考えなんてお見通しだぞ」


 フンと鼻を鳴らす裏エースくんに本当にあの時の私の心境を言い当てられて、ぐぅの音も出ない。唸ったけど。

 そうして話しながら歩いている内に、送迎車が見えてきた。こちらが見えたと言うことは向こうからも見えている筈で、今回は特に破廉恥もなさそうだとホッとする。


 裏エースくん家はどうなのか分からないが、ウチでは裏エースくんのことは仲の良いクラスメートの一人だと認識している。私の気持ちを唯一察しているお母様だって、相手が誰かということまでは知らない。


 言えない。乙女ゲームのことが頭にあるから。

 切り離せない。巻き込めない。


 ――大事な人だから。


「それでは太刀川くん、また…」

「花蓮」


 真っ直ぐ注がれる眼差しに、進もうとしていた足が止まる。


「好きだ」


 はっきりと告げられた一言に目をみはる。

 不機嫌でも苦笑でもない、真剣な顔。


 シンプルだからこそ、そこに込められた強さを感じ取る。私が誰よりも、何よりも貴方に伝えたい渇望の言葉。


「ちゃんと覚えてる。私には太刀川くんだけだって、言ってくれたの。俺もだよ。俺も、お前しかいない」


 垂らしている髪にひと房触れる。私が後ろに彼を振り向いている状態なので、髪についたゴミを取ってくれていると見られるかもしれない。その髪をゆっくりと持ち上げて――



「俺だけの、蓮の花」



 ――――唇に、触れた。



「……っ」


 何か言葉を発したくても唇だけが震えて、吐息になる。じわ、と頬に熱が灯る。

 髪に触れたままそんな私の様子をつぶさに見ていた彼は、目を細めてフッと笑った。


「また、学校でな」

「……は、い」


 何とか絞り出せた返事の後に解放された髪が、ハラリと私の元に戻ってくる。私を追い抜かして先を歩き始めた裏エースくんの背を見つめ、ゆっくりと追う。



 す  き



 音で届けられない想いを、精一杯の気持ちを唇で表して、その背へと。


 ――いつか、必ず





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 柚子島家を出たのが十五時を過ぎたくらいなので、我が家に到着するのはほぼ十六時近くになる。


 この時間であれば恐らく遊びに来ている子も帰宅する時間なのではないかと思うので、タイミングとしては本当にギリギリかもしれない。車の中で、もしまだ家にいる場合の対応を考える。


 佳月さまと同様、白鴎家の長女個人に対しては特に思うところはない。私がダメなのは次男だけで、兄がお兄様と仲良し、妹が鈴ちゃんとも仲良しであるならば、そこは彼の兄妹とは仲良くしてもらった方が良いと思っている。


 打算的に考えての万が一の場合の保険だ。情があれば情けをかけてくれるかもしれない、そんな希望的観測。


 取り敢えず自己紹介して、「これからも鈴ちゃんと仲良くしてね!」くらいに留めよう。出しゃばり過ぎも良くない。全く害のない、優しい鈴ちゃんのお姉ちゃんですよ~というのをアピールせねば。

 あ、待てよ。そうすると媚びを売っているようにも見えないか? くっ、間違っても彼女の兄と近づこうとしているなどと思われてはならぬ!


 そんな感じで一生懸命対応策を考えていると、坂巻さんから「もうすぐ到着致しますよ」との声が。車のスピードが緩やかになり、車窓から外の景色を確認する――――と。


「車……?」


 門から少しだけ離れた場所に、一台の車が停まっていた。その車はどう見ても高級車の類で、ウチとも裏エースくんを迎えに来ていた車とも似ている。そう思ってハッとした。


 ――白鴎家の送迎車。


 そうだ、これは長女を迎えに来た車だ。ならやっぱりまだ家に――……。


 運転席から門を開けるためのキーセンサーを操作すれば、外に出ずとも開けられるが、丁度車から人が降りたのを見て坂巻さんがその車の後ろに停める。前の車から降りて出てきた人物を目にした瞬間、ドキドキと心臓が忙しなく騒ぎ始める。


「ぁ……」


 艶やかな、サラリとした黒髪。すぐそこに立っているから見えてしまう、怜悧な美しい顔。



 ……白鴎、詩月。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る