Episode192 ラブラブお泊り勉強合宿の夜

 あれから他のボードゲームやジェンガ、テレビゲームなどで遊んだりした。

 テレビゲームは仲良しメンバーそれぞれのお家に遊びに行った時に触っているので、今回が初めてではない。前世で乙女ゲーをしていた甲斐あって(?)か、対戦ゲームをしてもカードゲームのように全敗などというようなことはなかった。


 そうして遊んでいる内に時間はあっという間に経過し、十六時三十分頃。お昼はたっくんの部屋で頂いたが、お夕食は同階のキッチンダイニングにて手作りするのだ。

 夏休みの間は朝食と昼食はご夫人、夕食はたっくんが作るという柚子島家の家庭内ルールにのっとり、私と裏エースくんもお台所に立つ。


 予め電話で聞いていたので、エプロンと三角巾の用意もバッチリ! 本日のメニューは人数も多いので、市販のルーを使ったシチューだ。本当に合宿みたい!


 シンクにて手を洗った後、役割分担について二人と相談する。


「切る係と炒め係と、食器出す係で分けるか?」

「じゃあ花蓮ちゃんは食器係ね」

「あれ? 何で悩まれずに即答された?」


 裏エースくんとのお家デートでは、野菜は洗わせてもらった。バレンタインでのお菓子作りだって、私はちゃんと一人で作ったぞ!


 疑問の声を上げた私にたっくんがきょとりとして。


「その担当分けだったら、自然とそうなるかなって。一応当番のメインは僕だし。調理実習で花蓮ちゃん、包丁一回も握ったことないし」

「まぁ危ない橋は渡らせない方がいいよな。食器運びだけだとアレなら、野菜洗うか?」

「また野菜洗い!? 何で女子の私が料理から遠ざけられるんですか!? 去年のバレンタインのクッキーもブラウニーも、作ったのは私ですよ!?」


 文句を言うと男子二人は顔を見合わせた。


「どうしよっか」

「調理実習の時の花蓮って、主に何してんの?」

「食器を出したり、食材を洗ったりとかくらいしか……」

「花蓮、何で今日だけ他のがしたいとか言い出すんだ」


 たっくんから家庭科調理実習での実態を聞いた裏エースくんが、宥めるように言ってくるのに憤慨する。


「私が自分からやりたいって言っていません! 何かいつの間にかあれよあれよという間に、食材洗いと食器出しに追われているんです!」

「男子は何かそんな女子の空気読んでいて、皆それにならっているんだよね」

「あー。修学旅行の時も思ったけど、Aの女子って花蓮に過保護っぽいもんな」

「体育がアレだから余計にね」

「解せぬ!」


 結局メイン当番のたっくんが食材炒め係、料理高スキルの裏エースくんが食材切り係、保護対象の私が食器出し係となった。口惜しや!

 食器棚から人数分のスープボウルとスプーンをテーブルにものの数分でささっと配置し終えれば、私の担当業務終了。


「終わりました! 何かお手伝いすることありますか!」

「「ない」」


 即答が返り、これより正式に他二名の業務見学に移行する。

 たっくんと裏エースくんで野菜は既に洗い終えていて、ニンジンの皮をピーラーで剥くたっくんと、ジャガイモの皮を包丁で剥く裏エー……包丁で剥いでいるだと!?


 またもや大魔王のスキルの高さを見せつけられて目を剥きそうになる間にも、彼は野菜を一口大サイズに切り、たっくんが皮を剥いた玉ねぎをラップで包んでレンジでチンして裏エースくんに渡している。


「どうして玉ねぎをレンジで温めたんですか?」

「ん? あ、こうするとね、切る時に目にしみなくなるんだよ」


 へぇー、豆知識。あれ? でもお家デートの時は裏エースくん、普通に切っていたよね?


「俺はやり慣れてるからな」


 何も言ってないし、何で思ったことに返答できるんでしょうか? 不思議です。


 シチューはシチューでも、ホワイトシチュー。お肉はささみを使い、白い筋を綺麗に除いて切り終えた裏エースくんの次、オリーブオイルをお鍋に垂らしてコンロにセットし火にかけるたっくん。

 温まったお鍋に材料を投入すると、ジュワアァー!と美味しそうな音が鳴った。


 たっくんの手つきも慣れたもので、ルーのパックの裏に記載されている作り方も見ることなく、どれを先に炒めるか正確な順番で行っている。私は作り方を見ながらほうほうと頷いて観察。

 適度に火が通ったら、お水を入れて暫く煮込む。


「あっ。私アク取りたいです! アク!」

「じゃあ、はい。これですくってね」


 お肉をでるとアクなるものが出るというのは、授業で習った覚えがある。アク取りに立候補すればたっくんがそれ用のお玉を渡してくれたので、意気揚々と沸騰するお鍋の前に立つ。


「アクを取ったら一旦ここに浸けろよ」


 お水を張ったボウルを裏エースくんが用意してくれて、いざ挑戦!


 これはアクだと間違いがないものを最初は順調にすくえていたが、当たり前の話だが取れば取るほど細かく分散されていき、最早これはアクなのか泡なのか見分けがつきにくくなってくる。


「えーと……わっ!」

「あっ、バカ!」

「もう良いよ花蓮ちゃん!」


 よく目を凝らして見ようと鍋に顔を近づけたらその瞬間、急に湯気がモワッと顔面に直撃し熱気にびっくりした私を裏エースくんが両肩を掴んで下げ、たっくんにお玉を取り上げられた。


「急に鍋に顔突っ込むな! 火傷するだろうが!」

「アク取りは程々でいいんだよ! もうお終い!」


 二人から注意された私は身を持ってその危険性を知り、また一つ学んだ。私は失敗から学ぶ子です。


 そして充分に煮立ったお鍋の火を一旦止めて、ルーを入れてかき混ぜる(たっくんが)。


「拓也、ついでにサラダ作るか?」

「うん。冷蔵庫にあるもの何でも使っていいよ」


 出来過ぎお料理大魔王の提案が受け入れられ、チャチャッと野菜を取り出しパパッと作っていた。三分も経っていないと思われる。私はサラダ用のお皿を取り出す追加業務を果たした。


 そうして無事にお夕飯が完成し、まだお店は営業中なのでお昼同様、子どもだけで先に頂いた。

 作ってくれたお食事も美味しいけど、自分達で作ると何かやっぱり違う美味しさがあるよね。


 夕食を終えて食器を洗った後は、洗濯ものを畳むたっくんのお手伝いをしたり、お風呂の準備を手伝ったり、リビングでまったりしたり。

 三人でテレビ番組を見ながら色々話している間にも時間はどんどん過ぎていって、順番にお風呂に入った後は就寝するのみ。


 裏エースくんはたっくんの部屋にお布団敷いてお泊りだが、異性の私はお隣のお部屋にお泊りする。

 ここは元々ちょっと荷物を置いていた場所で、私が泊るからと、わざわざお片づけして下さったそうだ。丁寧に掃除されてあって、フローリングも艶々のピカピカ。


 お仕事が終わってこれからお夕食のご両親に就寝の挨拶をし、部屋の前で二人とも別れた後、敷いたお布団に入って丸まる。たくさん遊んではしゃいだからか、すぐに眠気がやってきた。


 瞼を閉じて、心地良い眠りの中へ――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「……う~ん……むぅ……?」


 意識が急に浮上して目を開ければ、まだお部屋の中は暗闇に閉ざされている。目をクシクシしながら時計を探して闇に慣れた目で確認すると、まだ夜中の一時頃だった。

 修学旅行ではぐっすりだったので、枕が違うから寝られないということはない。別にトイレにも行きたくないし。……何故私は起きたのかね?


 再び眠ろうと布団に戻って目を閉じた時、カタ……と外から音が聞こえた。


「……?」


 外と言っても窓の外ではなく、部屋のドアを挟んだ廊下側。気のせいかと思ったが意識して耳を澄ますと、誰かが廊下を歩いているような……。時間的にご両親も既に就寝されているだろうし、トイレに起きたのならば音がする方向とは違う。


 何だか気になって余計に眠れなくなったので、確かめようと静かに歩いてドアに手を掛ける。

 音がしないよう静かに開けて隙間からそろりと見遣ると、高学年に進級してから見慣れることになった後ろ姿があった。


「太刀川くん?」

「っ!? ……び、ビったぁ……。お前、起きてたのか?」


 ビクッと肩を揺らして振り向いた彼が潜めた声で話し掛けてくるので、私もヒソヒソ声で返す。


「何か急に目が覚めちゃいまして。お手洗いはそっちじゃないですよ?」

「トイレに起きた訳じゃねーよ。喉乾いたから、水飲みに行くだけ」

「あ、なるほど。……私もご一緒していいですか?」

「おう」


 部屋から抜け出て傍に行くと、何も言わず当たり前のように手を繋がれる。

 お互いに気持ちを自覚してからはこういう触れ合いも増えた。単に暗がりだからという以外の理由に、やっぱり気持ちがポワポワする。


 お泊りは初めてだが遊びには何度も来ているので、人様のお家だが物の配置場所などは勝手知ったるもの。迷うことなくコップを二つ拝借し、水道水を注がれた一つを手渡されて口を付ける。


「喉がよく乾くのは、夏だからですかね?」

「あー、まぁそうだな。外は多湿なんだけど、部屋はクーラー効かすだろ? 冷房や除湿をする時に熱と一緒に外に出されるから、空気が乾くんだよ。冬に空気が乾燥するのと理由は同じ。夏だと普通にしていても気温で汗かくから、余計にだな」


 スラスラと説明される雑学に普通に感心しかけるも、これもあのお兄さんからの知識なのかなと思うと、心穏やかではいられない。


 ごくたまに裏エースくんからお兄さんの話が出てくることがあるが、口調や様子から見るに少しずつその関係は改善されているようだった。


 聞き上手で人の心の機微にさとい彼だからこそ、兄から重い執着が向けられていると知っても、家族の関係性からお兄さんに何も言えなかった裏エースくん。それが飛び蹴りをし、ご両親も話し合って、結果として良い方向へと進んでいる。


 安堵すべきことだけど、それでもこうして豊富な雑学を耳にする度に、モヤッとしたものが心に生まれる。彼からたっくんを、私を、引き離そうとした。


 たっくんから避けられて一度は交流することを諦め、けれどずっと彼のことを気にしていた。私のことも自分の感情を抑え、諦めようとしていた。


 お兄さんが裏エースくんに与える影響は、とても大きくて。彼と離れてしまうが、安心できることがあるとするならば唯一それだ。


 私はいないけど、たっくんが傍にいる。

 中学の三年間、お兄さんとも会うことはない。



 ――彼に手出しなど、できない



「……どうした?」

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