Episode191 ラブラブお泊り勉強合宿の始まり
とうとう待ち遠しきこの日がやってきました――ラブラブお泊り勉強合宿!!
お家が書店のたっくんのお家は店舗兼用住宅となっており、マンションや商業ビルが立ち並ぶ都市部からは少しだけ外れた郊外に構えている。そこら辺一帯は戸建て住宅が多く、バス停も近いので交通の便利はさほど悪くはない。
たっくんのお家は住宅部分の母屋と店舗である離れで構成されているのだが、実のところ柚子島家は書店経営だけではなく、母屋の一階部分ではカフェを経営している。お父さんが書店、お母さんがカフェという具合だ。
漫画喫茶というお店があるくらいなので飲食と読書とで相性は良く、立地が喧騒から外れた郊外ということもあって、ご近所さんという常連さんの足は途絶えない。
子どもは夏休みであっても仕事に夏休みはなく、ご夫妻が本日も経営に精を出す中で母屋の二階にて私達お子さま組は、たっくんの自室で参考書とノートを広げて勉強に精を出していた。
「――だからですね、この数字はここの数式を応用して、カッコ内のあの数字とこの数字を先に計算したものを足して、そこから後ろのこのヘンテコな分数と掛け算するんです」
「うーん……」
「つまり花蓮が言いたいのはな、先にこっちを計算してから後ろの分数に取り組めってこと。あ、これ通分してからな」
「あ、そっか。先にこっち計算しないといけないのか」
私が説明しても難しい顔をしていたたっくんは、裏エースくんの説明を聞いて合点がいったように頷く。同じことを喋っているのに、どうして理解反応に差が出るのか!
「私だって分かりやすく説明しているのに!」
「花蓮の場合は余計なことを言い過ぎなんだよ。何だヘンテコな分数って」
だって分数の横に数字があるの、普通に分数って言いたくないもん!
「余計なのと特別言語の変換で一回頭使うからな。他のことで拓也が一旦止まるのは自然の摂理だ」
「ええっ!? そんなことないですよね、拓也くん!」
「……」
「拓也くん!?」
カリカリとペンを動かすのは集中しているのか、誤魔化しているのかどっちなの!? くっそう。学力は裏エースくんと同等なのに、伝える能力でこんなに差が出るとは……!!
私は手に持つペンをグッと握り締め、裏エースくんに向き直った。
「先生! どうすれば説明能力を向上させることができますか!」
「コミュニケーション力の問題だろ。
「何て正確な分析力!」
察し能力の高い出来過ぎ大魔王はその分析力もピカイチだった。
つまり私は、もっとコミュニケーション力を磨かないといけないと。……え? まさかの緋凰と同じ問題に直面?
「私は鉄壁の防御でバリアを張っていないにも関わらず……!?」
「そういうとこだぞお前」
「花蓮ちゃん、自分の世界で発言していること多いよね」
半眼の裏エースくんと、ペンをカリカリさせているたっくんが呟く。解けたと言って答えを確認し合う二人を横目に、自分の広げているノートを見下ろす私。
現在私が解いているのは、香桜女学院が開設しているホームページ上で配布されている過去入試問題。
実際に行われた入試問題であるが、やはり紙面上において私の学力は問題ない。設問を読んで引っ掛かることもないし、ケアレスミスさえなければ満点を取ることも可能。
『もっと気楽に考えよ? 勇者私で、三年の期間内に卒業という名前の魔王を倒しに、冒険の旅に出るっていう設定で』
瑠璃ちゃんにはああ言ったけど、やっぱりこうして受験勉強をしているとお別れのカウントダウンが刻まれているのを、まざまざと感じてしまう。
一緒にいられる、短いけど大事な時間。
二人を見ると、答えが合っていたたっくんが嬉しそうにニコニコしており、それを裏エースくんも笑って応えている。
……いいなぁ。合格したら二人は同じ中学。私だけ別。清泉の仲良しメンバーはもちろん、麗花も瑠璃ちゃんもいない。
三年が長いのか短いのか、ものは言いようだ。小学校生活は楽しくてあっという間に過ぎたけど、中学ではどうだろう? 早く過ぎるといいな。
「花蓮ちゃん、問題解き終わった?」
「え? あ、はい。ちょうどキリの良いところまでは」
こちらを振り向いたたっくんにそう聞かれ、ハタとして答えると彼は卓上時計を見てから一つ頷く。
「じゃあ今日はもう終わろっか。そろそろお昼にもなるし。僕、お母さんにお昼のこと聞いてくるね!」
「分かった。んじゃ、俺らは机の上片しとくか」
「了解です」
そう言って自分の勉強道具をまとめてから、お昼の確認にたっくんが部屋から出て階下に降りていく音を聞き、残された私達は同じように勉強道具を自分の荷物に片付ける。
ちなみにカフェの営業時間は午前十一時から午後二十時。ご夫人の他に開店当初からの店員さんが三人いて、ちゃんと休憩も交互に一時間取る仕様となっている。ちなみのちなみに書店の方が開店時間は二時間早く、閉店の時間は同じ。
お仕事の合間にご飯を作って下さるとのことで、たっくんはもうお昼ができているのかどうかの確認をしに行ったのだ。綺麗に机の上を片付け終わり、戻って来たたっくんとご夫人が昼食を運んでくれて、三人手を合わせてお昼を摂る。
メニューはワンプレート皿に盛られた、ケチャップオムライスとサラダ。うん、やっぱりキチンライスとトマトケチャップの組み合わせは真理だね!
そうして美味しいお昼を頂いた後は、お遊びの時間に突入。トランプやUNOなどのカードゲームでも構わなかったのだが、私の通算全敗歴を考慮されたようでボードゲームになった。
数字が『一』から『十』まである付属のルーレットを回して針が示した数だけ進み、ゴールを目指すというすごろくもとい人生ゲーム。
じゃんけんで順番を決めた結果、裏エースくん、たっくん、私という順番になった。ゲームでも変わり映えのしない順番である。
「お」
「わ、新くん早速『十』? すごいね」
出来過ぎ大魔王はすぐさま最大値を出してしかも良いマスだったため、所持金も一気に稼いだ。ここでもリアルおみくじ大吉効果が!
次にたっくんは『七』を出し、私は『二』を出した。
中吉な筈の私は何故裏エースくんと違って引きが悪いのか。二回、三回と順番が回る中でも、少しずつしか進めない。
あ、『六』がきた!
やった…………ん? 『一回休み』だとぉ!?
「道にこんな大きな落とし穴が掘られているのに、何でこの人は気づかないんですか!? 明らかに避けられる穴でしょうこれは!」
「マスのイラストに怒りをぶつけられてもな」
「分かりやすいイラストじゃないと穴って分からないよね。……あ、新くんまた『九』!」
「お、結婚マス。……あ、『三』か。と言うことは五千円だな。ご祝儀くれ、ご祝儀」
「何でこういう高額の時に低い数字だとそっちが出るんです!? 私のなけなしの五千円!」
未だフリーターなのでお給料も貰えない。
破産するぞ、破産!
結局その人生は終盤になってようやく仕事に就け、ヘロヘロの状態でゴールを果たした。
「……私の人生とは……」
「花蓮ちゃん、これゲームだから。リアルじゃないから大丈夫だよ。落とし穴にも落ちないよ」
「もう一回するか? 今度は億万長者になれるかもしれないぞ、リアルお嬢さま」
人生という名の戦いにもう一度……二度……五度と挑戦し、ようやく一番でゴールできた私を二人は生温かい目で称えてくれた。
五度目にもなるとルーレットのやり直しをさせてくれる接待ゲームと化していたのは、ここだけの秘密。
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