Episode190 攻略対象者の属性は
八月に入り、もう少しでラブラブお泊り勉強合宿がやって来るというその日、私は鈴ちゃんからとんでもないことをお話しされてしまった。
米神が独りでにピクピクと動いているのを感じ取る。
「えっと、鈴ちゃん。それ、いつなの?」
「十六日です!」
ヤダー、それって私の合宿二日目最終日じゃーん。
我が家に生還する日じゃーん。
「お姉さまがまだおとまりされる日ですから、会えるかどうかは分かりません。けど鈴はお姉さまに、鈴の初めてできた女の子のお友達を、ぜひご紹介したいです!」
「あ、そうだよね……。うん、帰ってくるタイミング、合うといいよネ……」
「はい!」
元気いっぱいに嬉しそうに言ってくるが、貴女のお姉様の内心はもうガクブルです。
それと言うのも、学院に入学しても蒼ちゃん最優先な鈴ちゃんではあるが、夏休みに入る前に女の子のお友達ができたと言う。
鈴ちゃんからお話しされる学院での内容は、基本的に蒼ちゃんのことで占められている。割合にして蒼ちゃん八割、その他二割というところか。そしてその二割に関して最近、よく話に出てくる女の子がいる。
前に私が彼女のお友達事情を心配した時に話に出てきた、ファヴォリのよく目が合うという女の子のことだ。私とお兄様がパンダ兄妹となってフォローしに行った親交行事から、よくその子と話すようになったらしい。
最初、その子から鈴ちゃんのクラスに来て話し掛けられるのを令嬢対応していたらしいのだが、その子から蒼ちゃんの話を出された時につい淑女の被り物が取れて、話に花を咲かせたそうだ。まぁ蒼ちゃんがとっても大好きな子なので、彼の話にきゃいきゃいとはしゃいでいる姿が優に想像できる。
別にそれ自体に問題はない。むしろ女の子のお友達ができて安心したいところだ。しかし――その女の子の、名前が。
「
満月ちゃん。
お兄様のお友達でよく聞くのは遠山少年だが、彼の妹の名前は光子ちゃんで同年ではない。
該当するのは、佳月さま。白鴎 満月。
そして私がガクブルしている理由だが、お兄様と同様に下も仲良くなっていることもそうなのだが、私がお泊り勉強合宿から帰宅する日に、その白鴎家の長女が我が家に遊びに来るということ。
嬉しそうな鈴ちゃんの手前嫌な顔は出来ず、私もあれだけ「お友達ができたら良いよね~」と口にしていたので、この現実を何とか受け止めるしかない。
私は家族団らんの場であるリビングから自室へと戻り、一人頭を抱えた。
「何でこうなるの……? いや、でもよくよく考えると、現実問題としてこうなるのは必然……?」
私の学年には我が家と多少の差はあるが、同等の家は幾つかある。乙女ゲーの関係ではあるが、薔之院や緋凰、春日井に秋苑寺がそう。
けれどお兄様の学年も鈴ちゃんの学年も、同等の家格は白鴎家のみ。
必然的に付き合いやすいのは、釣り合う家格の家同士。鈴ちゃんと白鴎の妹の場合、兄同士の仲も繋がりとしてあるから親しくなる可能性は余計に高まる。成るべくして成った関係性。
私が同じ学校に行かなかったり、催会に出なかった(※出られない)としても、こうしてプライベートで間接的に関わりができてしまう。
……もし佳月さまが仲良しであるお兄様の妹の話を家族にもしているのなら、彼は私の存在を既に知っているのだろうか?
ゲームの“白鴎 詩月”という人物は、怜悧な美貌と合わさって、常に冷めた態度でいる人間だ。
攻略対象者を属性別に言えば、
緋凰 陽翔――強引俺様属性。
春日井 夕紀――白馬の王子様属性。
秋苑寺 晃星――軟派チャラ男属性。
余談として隠し攻略対象者である『隠れ眼鏡』こと尼海堂は、眼鏡属性と言いたいところだが――ミステリアス一匹狼属性。
神出鬼没・思考不明・一番台詞が少ないの三点セット。……普通に眼鏡属性で良いと思う。
そして白鴎 詩月は――硬派な高潔属性。
緋凰も最初は冷たい態度で素っ気ないが、交流を続ける内に次第に彼の方から迫ってくるようになるため、そんな属性扱いとなっている。
そんな彼と対を為す白鴎はと言うと、交流を続けていっても接する態度にあまり変化はない。常に冷静でいて踏み込むようなことはせず、ヒロインに心を開いていく過程においても中々のじれじれさだった。
ヒロインに向けられる微笑みは確かに彼女のことを好きだと感じさせるもので、だからこそ多少の触れ合いが貴重で、キュンとするプレイヤーが多かったのだ。
高潔と言われるのは、そんな愛するヒロインを卑劣な手段で以って陥れようとしたライバル令嬢から守るため。その罪を暴き断罪する姿がまるで、唯一の君を守る騎士のようで。だからこそ彼は、硬派な高潔属性と位置付けられている。
秋苑寺ルートだと花蓮はキーマンなために出てくる頻度は多いが、白鴎ルートでもそうかと言うと、それは違う。
交流イベントが発生した時、その場に彼女が居ることは少ない。取り巻きと言えば取り巻きだが、彼女には信奉者が多く、花蓮に差し向けられた輩が恋路の邪魔をすることがほぼと言って良い。
だからこそ、最後のトゥルーエンド確定である白鴎からの断罪の場面まで、花蓮が黒幕であることが分からなかったのだ。白鴎が自身の婚約者である花蓮と交流するのも、ヒロイン視点からではほぼなかったし。
廊下の片隅で白鴎と会話をし、それが終了して移動しようとする時に偶然花蓮が少し離れたところに居て、意味深な笑みを向けられるくらい。
まぁヒロイン視点の心情としてはまだその時は憧れと友達感覚なところがあるから、彼の婚約者にその場面を見られて多少の気まずい思いはしていたけど。
白鴎ルートでは、まんまシンデレラストーリー。
一般庶民の外部生女子が国内有数の進学校且つ、初等部からのエスカレーター式私立学院の生徒の中でも特別中の特別な男子に見染められ、様々な障害を経て最後には結ばれる。正に王道。
「白鴎は花蓮が嫌いだったけど、花蓮は白鴎が好きだった。……どうして花蓮は、白鴎のことが好きだったんだろう?」
白鴎の場合は分かる。恐らく花蓮が人を操って誰かを害することをどうとも思わない、そんな悪辣な人間性を見抜いていたからではないかと。
彼に近づく女子を排除していた。それが何度も続けば、身近にいて動機も充分にある自身の婚約者に疑いを持つのは自明の理。――けれど、花蓮の場合は。
『淑女であれ。百合宮の、令嬢の鑑であることを求められる私と、白鴎家の跡取りという服を着せられた詩月さま。同じで、お似合いでしょう?』
『今は肩書だけの繋がりですけれど、いつかきっと、あの方も私を見つけて下さいます。あの方が私を見つけるまで、白鴎家に相応しい令嬢として在らねば』
秋苑寺ルートのシークレットムービーでそう語られた、彼女の心情。秋苑寺は花蓮の“それ”を歪んでいると感じていた。
確かにそれは恋と言うよりは、執着に近い感情だ。同族意識とでも言うのか。
執着しているからこそ近づく女子を排除した? 『見つけて下さいます』と、彼に探し出されることを求めているような発言をしているのに?
それなのにわざわざ彼の回りから選択肢を消して、それで『見つけてくれた』という、矛盾した状態を作り出す? よく分からない。
『――早く、嫉妬という感情を芽生えさせ、堕ちてしまえばいい』
嫉妬、していたんだろうか? そう願うということは、その時点で秋苑寺の目から見て、花蓮は白鴎に近づこうとする女子に嫉妬してはいなかった。うーん、よく分からない。思えば同じライバル令嬢である花蓮と麗花も、その在り方は対照的だ。
片や影から人を唆して排除しようとする。片や正々堂々と真正面から対峙する。それだけではない。
麗花は、家同士の婚約で結ばれた緋凰がヒロインと近づくのを、自らが動いて止めようとした。それは他の生徒という衆目があっても。
花蓮は、同じく家同士の婚約で結ばれた白鴎がヒロインと近づくのを、自らは動かず人を唆して止めようとした。そこに誰かの目なんて、在りはしない。
「あれ……?」
何か、引っ掛かる。誰かの目はなかった。
彼女の行いを知っているのは指示を受けた人間と、指示した花蓮自――……。
「…………どうして? 私、ゲームでは花蓮が指示をしたって認識してる、よね?」
何だか少し、頭が痛くなってきた気がする。何だか少し、心臓もドクドクし始めてきた、気がする。
どうして。どうして去年裏エースくんが姫川少女と友達女子に呼び出されていた、あの時――
『“百合宮 花蓮”が口にした言葉を周囲にいる人間が聞いて、彼女の意に沿おうと勝手に行動する』
と、思った?
『まるで自分の未来を見ているようだ』
と、どうしてそう思った? “勝手に行動”なんて、どうしてそんな言葉が出てくる? 勝手にじゃない。だってそれをお願いしたのは、“私”の筈で――……。
「――お嬢さま? 花蓮お嬢さま?」
「え、あ。北見さんっ?」
思考を打ち破るように突如として耳に聞こえた声に振り向くと、住み込みお手伝いさんの一人である北見さんが室内にいた。
思わず素頓狂な声が出て、どうして私の部屋にと考えるもすぐに彼女から答えが返ってくる。
「何度かノックとお声を掛けさせて頂いておりましたが、お部屋にいらっしゃるのにお返事がなかったものですから。何か異変でもあったのかと……」
「あ、す、すみません。ちょっと、考え事をしていたので、聞こえていませんでした。……それは?」
しどろもどろに説明する中で視線を遣ると、彼女の手には電話の子機があった。
「お嬢さま宛てに、同級生の太刀川さまよりお電話を頂いております」
「太刀川くんから? あの、出ます。ありがとうございます」
子機を受け取り、北見さんが退室するのを確認して一度深呼吸し、そうして通話ボタンを押して耳に当てる。
「……もしもし、太刀川くん?」
『よ。どう? 元気?』
学校では毎日どこかで会っているから、長期休暇に入るとこの声を聞くのも久しぶりに感じる。あっけらかんとした彼の声に、いつの間にか固くなっていた身体から力が抜けていった。
「元気ですよ。それでどうしたんですか? 何かご用事でも?」
『いや、特にないけど』
「ん? え、特に用事ないのに電話してきたんですか?」
『もしかして忙しかったか?』
「いえ、お部屋でのんびりしていました」
『暇じゃん』
そりゃ暇は暇だけど、考えることは結構沢山あるんだぞ。というか用事ないのにこうして電話してくるとか、やっぱり裏エースくんは構ってもらわないと寂しくて死んじゃうウサギ属性だな。……声、聞けて嬉しいけど。
何か話題をと思ったら、やっぱり浮かぶのは直近にあるお楽しみイベントのことで。
「拓也くんとのラブラブお泊り勉強合宿、あともう少しですね」
『そうだな。あ、そうだ。花蓮は体育以外に苦手な教科ってあるか? 有明と香桜の偏差値はどっこいどっこいだから、範囲的に似たような問題試験に出ると思うけど』
「体育は試験に関係ありません。苦手……一応、英語はそうですね」
『英語? あー……、そうだよな。お前たまに発音がひらがなになる時あるもんな』
五年生から履修し出した英語。時たまシャラップとか言っていたりするが実のところ、前世優等生の私が唯一苦手としていた教科だ。
情勢はグローバルな昨今、英語は人生の必須科目と言っても過言ではない。特に上流階級にとっては。
しかしまだ小学生で履修するような内容では
「そう言う貴方に苦手科目は」
『特にないな』
「ですよね」
同じクラスだった時も毎回テストは私と同じ満点だったし、現在でもテスト結果をひけらかさない彼に代わって相田さんが、「また太刀川くん満点だって。どういう勉強の仕方してんだろー」と言っていたのでお察しである。出来過ぎ大魔王が出来過ぎすぎる件。
そうして他愛もないことを会話し続け、また、と再会の文言を口にして終える頃には、すっかり気持ちがほわほわとしていた。
「えへへ。好きの力ってすごい! モヤモヤしてたのが何か一気に飛んでっちゃったよ」
心が温かい。用事がなくても電話をして声を聞きたい程、私という存在を気にしてくれている。
ほわほわしたまま、ベッドにごろーんと転がる。
恋をしているって実感する。何気ない他愛のない話でも大好きな人とすると、幸せな時間になる。そう思えることが、どれだけ貴重なことなのか。
「――……あ」
『こうして、変わらず同じ時間を過ごしたい。好きなヤツとずっと一緒にいたいのは、当たり前だろ?』
似たことを思ったからか、ふわっと思い出したその台詞。そう、ヒロインを愛おしそうに見つめて、彼は告げた。
呪縛から解き放たれて結ばれた場面は本当に、幸せな光景で。
――――爽やかなのに影のある、好青年属性。
【空は花を見つける~貴方が私の運命~】では、互いに対を為す正反対の存在が居る。それは月編の隠し攻略対象者である、
太陽編の隠し攻略対象者。
彼の立場は、紅霧学院の生徒会会長。
月編と違って明るいイベントが多い太陽編唯一の――――闇ルート。
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