Episode189 親友女子組の絆と夕紀の提案

 私は瑠璃ちゃんに優しく語りかけた。


「瑠璃ちゃん。私、中学受験するけど高校はこっちに帰って来るよ? あと香桜と翼欧は姉妹校だから行事で会えるかもって、教えてくれたよね?」

「うん……」

「えーと、何て言ったら良いのかな……? 充電……違う、パワーアップ期間、ということにしない?」


 タオルが少しずれて、涙に濡れた赤い目元が現れる。


「ぱわーあっぷ、きかん……?」

「そう。ほら、鈴ちゃんに何て言おうかって一緒に悩んでくれた時に言ってたアレ。私の場合だと場所は離れちゃうし滅多に会えなくなるけどその分、会えた時の感動って一塩だと思うんだ。色々学んで成長して変わったりするかもしれないけど、でも元は私だし。だから離れても私にとっての瑠璃ちゃんは変わらないし、瑠璃ちゃんにとっての私も同じだよ。友情のパワーアップ期間!」


 背中を擦っていた手を、タオルを持つ手に上から重ね合わせる。私はニコッと笑った。


「もっと気楽に考えよ? 勇者私で、三年の期間内に卒業という名前の魔王を倒しに、冒険の旅に出るっていう設定で。私と言う勇者は無事に卒業魔王を倒したら、瑠璃ちゃんというプリンセスの元に帰ってきて、ハッピーエンド! めでたしめでたし!!」

「……ふふっ! もう、本当に花蓮ちゃん、どうしてそうすぐ愉快な発想を思いつくの? それに三年知らない女子の花園で泣き暮らすって、自分が言っていたのに」


 そこはほら、あれだよ。行事で会えるというお助けカードを得たから、生き残れると確信を得たんだよ。


「……そうね。勇者だけじゃ魔王倒すの、難しいわよね……」

「うん?」


 ポツッと呟いて目元をタオルで再度拭い、ほわっと笑ってくれる。


「ありがとう花蓮ちゃん。私、もう大丈夫! 二人が冒険に出て強くなるのなら、私も待っているだけじゃダメだもの。私も。私も強く成長して、パワーアップした姿を見てもらうわ!」


 笑う顔からペッカー!とやる気の光が溢れている。

 うん、それでこそ瑠璃ちゃん! 私も頑張らなくっちゃ!


「よし瑠璃ちゃん! それじゃその第一歩として、訓練の続きをやろう! 私もブルブルするから!!」

「分かったわ!」


 流した涙の分、ドリンク飲料から補充してランニングマシンへと向かって行く彼女を見送り、私も宣言通りブルブルマシンへと足を乗せた。

 蒼ちゃんが戻ってきた姉に何か言って、その頭をヨシヨシと撫でられて嬉しそうに笑っているので一安心。お父様もホッと胸を撫で下ろしている。


「はい、百合宮さん」

「はい?」


 いきなり横から差し出されたものを見、次いでそれを差し出してきた春日井へと視線を移す。


「何ですか?」

「僕個人の携帯番号。米河原さんに渡しておいてもらえる?」

「え!? ……それは、どういう」


 意図するものが読めずに訊ねると、彼は穏やかに微笑んだ。


「臨時コーチ、引き続き請け負おうかと思って」

「え? それは」

「まぁ都合が合えば、だけど。百合宮さんは受験で離れるし、話を聞いているともう一人の子とも何か事情がありそうだし。期間を設けて、一応百合宮さんのいない三年間でね。こうして臨時コーチとして呼ぶくらいだし、君も僕が彼女に付いている方が安心すると思うんだけど?」


 いや待て。私がいて交流をするのといなくて交流をするのとじゃ、ちょっと話変わってこないか? 女子にフェミニストだから優しくされ続けると瑠璃ちゃん、春日井にコロッといっちゃうんじゃ……。

 ん? よく考えると瑠璃ちゃん、健気で頑張り屋で自然体の可愛い女の子では……? えっ。


「ほ、本当に理想の女の子は、自分らしくあるという女の子で?」

「どうしてここでそんな発言が……百合宮さんが考えているような動機じゃないから」


 否定されたが、ここはハッキリとした動機を確かめておかないと安心できない。


 二人が初めて対面した時、春日井は瑠璃ちゃんのことを好印象だと言っていた。もしそれで春日井ルートのヒロインが瑠璃ちゃんに置き換わったのだとしたら、本来ゲームに関係ない筈の彼女を巻き込んでしまう恐れが出てくる。


 もしそうであれば、私はやらかしてしまっていたのかもしれない。麗花がああなってしまったのは、真実私のせいだということに……。


 胃がキリキリしてきたが、それに耐えて追究する。


「ではどういう動機ですか? 本日はたまたまご予定が空いていたのでアレですが、お忙しいでしょう?」

「問答無用でレッツゴーと言った人の言葉じゃないよね。どうにかしようと思えば時間は作れるよ。百合宮さんの親友だからって理由じゃ、納得できない?」

「私の親友だから?」

「そう」


 私から瑠璃ちゃんへと顔が向けられ、緩く笑みを浮かべた。


「陽翔と米河原さん。似ていると思わない?」

「え」


 瞬間、緋凰の生意気な顔が頭にポンと浮かぶ。


「どこがですか!?」

「不器用なところ。あと、親友が大好きなところとか」


 迷いなく言われた内容に考える。不器用という点においては確かに緋凰はヘタレでプリンセスで、未だに鉄壁の防御を解除できていない。

 瑠璃ちゃんは……さっきのアレのことだろうか? お互い親友が大好きなのは間違いない。


「……緋凰さまの対人コミュニケーション同盟を私が春日井さまと組んでいるから、そのお礼みたいなことですか?」

「いつそんな同盟が発足されたのかまったく記憶にないけど、それも違う。純粋に応援したくなる子っていると思うんだ。僕の場合、それが米河原さんに該当したっていうだけの話だよ。……君の大切な親友を傷つけたりしないと、約束する」


 真剣な声にハッとした。

 そうまで言われてしまえば、これ以上私も強く言えない。


「……分かりました。瑠璃ちゃんに渡しておきます」

「うん」


 差し出されていた走り書きのメモを受け取り、思案する。


 これを渡したとしても瑠璃ちゃんから連絡を取らなければ、春日井とのこれ以上の交流はなくなるけれど…………ああもう! 乙女ゲーのことさえ絡まなければ私もどうこう言わないのに! 何で攻略対象者なんだ春日井!!



『あーもう高位家格の令息って、本当に面倒くさいよ。色々考えることが多過ぎて嫌になるよね』



 修学旅行前に彼が零した内容を思い出す。

 結局あの時のことは解決したのかどうなのか不明だが、そう日が経っていないので緋凰のことを含め、まだ悩みはあるのかもしれない。


 瑠璃ちゃんは癒し系女子。もしかして、瑠璃ちゃんの癒しオーラに引き寄せられたのか? 約束すると言われてしまったし、六年の間で春日井がどういう人間かは私も知っている。傷つけないと言った、彼の言葉を信用することにした。


「それじゃ、今日のところは失礼するよ」

「もうですか?」

「取り敢えず目下の問題は解決したみたいだし」


 指し示される方を見ると――通り汗が復活している!!


「……うん、すごいね。ちょっとアドバイスをするにも色々考えなければいけないから、まずは文献とかそういう方面で片っ端から調べてみることにするよ」

「あ、はい。分かりました」


 異常ではなくあれが通常なのだと理解はしているようだが、果たして文献そこに正解はあるのか。あ、お父様が大量のバスタオルを抱えて瑠璃ちゃんに向かって行っている。


 春日井は三人にも帰宅の旨を告げてからトレーニングルームを出て行った。一応見送りに行こうとしたが断られたので、その場での別れとなる。米河原姉弟がランニングをしているのをブルブルしながら見ている中、今度はお父様がこちらにやって来た。


「花蓮、確認なのだが」

「何ですか?」


 見上げた顔は、何やら難しそうに眉根を寄せている。


「春日井家のご子息とはかなり親しそうだが、密かにお付k」

「ないです。有り得ないです。今すぐそのお考えを頭の中から消去して下さい」

「う、うむ」


 男子とちょっと距離が近かったらすぐそういう考えになるの、本当やめてくれ。



「――――瑠璃子!」

「え?」


 突如聞こえてきた焦りの滲んだ声に振り向くと、何故か麗花がトレーニングルームの扉を開けた状態で立っていた。……ニアミスうぅぅぅ!!


「れ、麗花!? どしたの!?」

「かれ……あら。ごきげんよう、おじさま」

「こんにちは、麗花ちゃん」


 付き合いの長い麗花はお父様を見ても驚くことなく普通に挨拶を交わし、こちらに来ながらも視線は彼女を見てハタと固まっている瑠璃ちゃんへと向けられている。


「大丈夫と言ってはおりましたけど、明らかに大丈夫じゃない声でしたもの。瑠璃子のことが心配で……あら? 汗、かいておりますわね?」

「あ、うん。それは何とか」

「麗花ちゃんっ」


 慌ててこちらに来た瑠璃ちゃんが麗花と向き合う。


「あのねっ、私、ちゃんともう大丈夫だから! 私は私で頑張るわ! だから麗花ちゃんも自分のやりたいこと、頑張ってほしいの! 心配してお家にまで来てくれて、ありがとう」


 最後にとても嬉しそうに笑ったその顔を見て、麗花はホッとしたように息を吐いた。


「分かりましたわ。遠慮して本音を隠すなんて、今度はなしですわよ? ……親友なんですから」

「――うん!」


 二人の様子から、本当に瑠璃ちゃんは彼女が抱えていたストレスから解放されたようだった。

 再度ランニングマシンへ戻る彼女と蒼ちゃんを見守りに戻っていくお父様を見てから、麗花に話し掛ける。


「ね。来る途中、誰かとすれ違ったりしなかった?」

「いいえ? ……そう言えば、他にも誰かいらしたのではなくて? 場を外されておりますの?」

「ううん、もう帰宅したよ」

「そうですの」


 特に不審には思われず、聞き返されたりしなかった。


 ……あっぶな! タイミングがすれすれ過ぎて本当に危なかった!! やらかすところだった!!

 ただでさえおみくじでやらかしているのに、私が原因で太陽編をこれ以上危うくさせる訳にはいかないのである!!!




 そして安心した麗花が帰宅して本日の訓練終了後、瑠璃ちゃんに春日井の件を告げた上でどうするのかを聞くと。


「ありがたいお話だけど……、どうしよう」

「お断りする?」

「ううん。わざわざご提案下さったのに、お断りするのもどうかと思うの。一度だけ、お願いさせて頂こうと思うわ」


 無碍に断る選択をしない彼女にこれは仕方がないかと諦める……と。


「あのね、花蓮ちゃん。春日井さまには麗花ちゃんのこと、言わないようにしようと思うの」

「え?」

「同じ学院生だけど麗花ちゃん、今まで話に出してきたことなかったでしょう? 話さないのはそう親しくないからで、それなのに麗花ちゃんのことを話題にするの、相手も困るだろうから。花蓮ちゃんはそういうの、どう思う?」

「瑠璃ちゃんの意見に賛成!! 私も麗花のこと、春日井さまに話してないよ!」


 思わぬ発言に即座に飛び付き満面の笑みを浮かべる私と、同じ意見だった瑠璃ちゃんは互いに笑い合った。やっぱり私達は超絶仲良し女子組です!!

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