Episode185 待ち遠しい夏のお楽しみ

 梅雨が明けて、本格的な夏がやってきた。

 夏って暑いけど、年を経る毎に暑さが増していくように感じるのは私だけだろうか?


 学校の制服も衣替えをして、半袖セーラーに変わっている。制服可愛いのに、もう今年で着納めなんだよね……。


「拓也くんの可愛い制服姿も見納めなんですね……」

「何か言った花蓮ちゃん」

「何も言ってないです」


 次の授業の準備をしているたっくんの背中を見つめてポツリと溢したら、振り向きもせず遠回しのお口チャック命令を下されたので即チャックした。

 そうして私も準備に取り掛かっていると、準備が終わった彼が振り向く。もう何も言ってないです。


「そう言えば花蓮ちゃんは今年の夏休みって、どうするの? やっぱり受験対策で、どこにも出掛けたりしない?」

「夏休みですか?」


 聞かれ、少し考える。


 一応あれでも過去問は去年を含め、過去三年くらい前のものを一通り解く予定にはしている。前世でも今生でも優等生で地頭は良いので筆記は特に問題ないと思うが、念には念を入れておく。

 面接もまぁ大丈夫だろう。催会に出ていないとはいえ、これでも歴史ある高位家格の令嬢。質問されることを返すだけの場で、緊張することもあるまい。


「いえ、受験でお部屋に缶詰になるのも息が詰まりますし、普通に出掛けたりするとは思いますよ? あ、女子会のことですか? 多分今年は頻度ひんど減ると思います。麗花が何かちょっとやることがあるからって、毎年恒例の瑠璃ちゃんのダイエット訓練もなくなりましたし……」


 厳密に言うとダイエット訓練はなくなった訳じゃなくて、薔之院家のトレーニングルームから幾つか運動器具を米河原家へ貸し出すという、お家deダイエットになった。なのでもし付き合うのであれば、今年は米河原家へ行かなければならない。行っても同じことをやらせてはもらえないが。


「麗花ちゃん、何かしたいことがあるんだ?」

「みたいです。教えてくれませんでしたけど」

「花蓮ちゃんに内緒って珍しいね」


 本当だよ。麗花ってば、たまに私に隠れてコソコソするんだから! 学院で誰かに影響受けたりしたのかなぁ?


「えっと、花蓮ちゃん。あの、ね」

「はい?」


 俯いて少し言いにくそうにしているたっくんに、どうしたのかと首を傾げる。

 何だろう、ちょっと頬が赤い? 教室暑いのかな?


「窓開けます?」

「うん。……違う。その、今年の夏休み……」

「はい」


 窓を開けた瞬間にスウゥーと入り込む風がちょっと生温くて、思わず顔を顰める。気温も高くて吹く風も暑いとか、本当に熱中症には気をつけないと。か弱い乙女なんてすぐにバタンキューするぞ。


「今年の夏休みでもう最後だし、僕の家に……お、お泊りしない!?」

「そうですね、お泊り…………え」


 え。


 言われたことは一度ちゃんと脳に届いたものの、すぐに意味を理解するには至らなくて、脳から『お泊まりしない!?』の言語が足を生やして逃げていく。


 何を言われたかと脳から逃げ出したお誘い言語を捕まえてもう一度脳内リピートする間、それを告げたたっくんの顔が花も恥じらうほどの乙女らしいものだったことだけが、私が唯一すぐ理解できたことだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「太刀川くん太刀川くん太刀川くーーん!! 拓也くんが夏休みに私と一緒に、ラブラブおとm」

「あああああ!! 本当何年経っても自重してくれない本当にCクラス中に大声で発表するのだけは本当やめて!!!」

「どうしたお前ら」


 衝撃のお誘いを受けてからのお昼休憩、我慢ならずに裏エースくんに自慢するためにCクラスへと突撃しに行ったのだが、足の速さは私よりも遅いたっくんに何故かすぐに追いつかれて、自慢を彼の叫びで打ち消された。

 Cクラスの人達は何事!?とそんな私達に目をパチクリとさせ、裏エースくんは普通に突っ込んでいる。


「ホーホッホッホ! 拓也くんのお友達第一号であるこの私、六年目にして遂に! 遂に!! 拓也くんからラブラブおとm」

「だから何でそこでラブラブとか言うの! チャック! お口チャックして!!」

「取り敢えず花蓮はマジで口閉じとけ。このままだと拓也が恥辱死するぞ」


 何ですって!? それは困る!

 本日二度目のお口チャックをしたところで、たっくんがガックリとしゃがみ込んだ。


「本当にもう……。教室を出た途端に顔を輝かせて走ってくから、絶対僕死ぬと思った……」

「良かったな。嫌な予感が当たって」

「うん」

「解せn「花蓮ちゃん」


 はい。何も言いません。


 片手で自ら緩いお口を塞いでいると、教室から出されて廊下で会話をすることに。


「で? 花蓮は泊りオッケーなのか?」

「ふ? はふへはひひゃはふふはほへほ?」

「そこは普通に答えろよ」

「何で太刀川くんは知ってる風なんですか?」


 驚きもしないし羨ましがられもしないのを不思議に思ってそう聞けば、何てことはなさそうに。


「そりゃ知ってるだろ。最初に拓也から誘われたの、俺だしな」

「はい!? え、拓也くん!? 私と二人でラブラブお泊り会じゃなかったんですか!?」

「違うよ」

「普通に違うって言われた!」


 ええー!? それじゃ私の早とちりだったの!?


 ショックを受けていたら、二人から呆れたような顔で見られた。


「何で二人でって思ったの。花蓮ちゃん誘うのに、新くんも誘わないのおかしいでしょ」

「つーかお前の中で拓也絡んだ俺の位置って、マジでどこら辺にいるんだ」

「拓也くんが絡んだら、貴方とはライバルです……」

「……あっそ。で、花蓮からの返事は?」


 今度はたっくんへ聞いた裏エースくんに、彼は嬉しそうな顔をする。


「お家の人に確認してからだけど、絶対に泊る!って」

「ふうん。ま、予想通りだな。あと花蓮。言っておくけどこの泊り、勉強合宿だからな」

「え? 勉強合宿ですか??」


 キャッキャウフフとした、楽しいひと夏の思い出作りじゃなくて?

 キョトンとすれば、詳しく説明される。


「おう。俺も拓也も同じ中学を受験するライバルだけど、一緒に受かりたいからな。クラスも違うからお互いの勉強を見る時間なんて、休憩時間か塾までのたった少しだけだし。日にちとかは拓也の講習スケジュール次第だけど、親御さんからもそう勉強勉強だけじゃアレだからってんで、『お友達と一緒に遊ぶ日も作ったら?』って言われたんだと。で、拓也なりに考えて、勉強もできるし友達と一緒だったら楽しい時間になるからって、勉強合宿になったんだよ」

「うん。新くんの説明解りやすいし、新くんも僕と一緒にやりたいって言ってくれて」

「花蓮を誘うことにしたのはアレだな。お前も特別言語さえ言わなければ、勉強レベルはトップクラスだし。また抜け駆けされた!とか文句言ってねられても困るから」


 何てことだ!

 まさかのお情けで誘われていたとは!!


「ひどい! でも私も誘ってくれてありがとうございます!」

「……えっと。最後の夏休みだし、二人と一緒の思い出を作りたいなって。何て言うか、本当は勉強の方が口実、みたいな……」

「「拓也(くん)」」


 照れたように頬を染めて、ポリポリと指で自分の頬を掻くたっくん。

 ダメです。やっぱりたっくんは私達を可愛いで必殺しにかかってきています!


「どうしましょう太刀川くん! 拓也くんと過ごす柚子島家でのラブラブ勉強合宿、私は無事に百合宮家へと生還を果たせると思いますか……!?」

「ラブラブってどうしても付けたいのかお前。まぁダメだったらダメだったで、俺が生き返らせるから安心しとけ」

「何か今すごく安心できなくなりました」


 どうやって生き返らせるつもりだ。含んだ感じなく普通に言われたけど、私の危機管理能力がピコンといま作動したからね?


「あと半年したら二人のこんなやり取りも見られなくなるんだ……。そっか、やっぱりもう夏なんだね」

「どこの何に季節を感じているんですか拓也くん」


 そうして小学生最後の夏休み、三人のお泊り勉強合宿が決まったのだった。



 ちなみに帰宅後ヒエラルキートップのお母様にそれを伝えたところ、まったく問題なく許可が降り、お父様は前科罪状内容のたっくんにトラウマを植え付けたせいで反対の声を上げることはできず、お兄様からも反対はされなかったが。


「この前言ったことを忘れてないだろうね?」

「予定はありません」


 信用性のないお言葉を頂き、更には。


「お姉さま、お友達のお家におとまりされるんですか?」

「夏休みにね~」

「!」


 ぱあぁっと顔を輝かせた鈴ちゃん。


「じゃあ鈴も! 鈴もそーちゃん家になつ休み、おとまりしに行きます!」

「……」


 超絶可愛い妹よ、そこは「大好きなお姉さまと一緒にお泊りしに行きたい!」ではないのかい?



 そこはかとない寂しさを感じながら、けれど今年の夏最大のイベントに心躍らせて、その日を指折り数えて待つ私であった。

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