Episode183.5 side 薔之院 麗花⑭ 海棠鳳-そして少女は約束を交わす 後編-

 忍に意味深なことを言われて、翌日に新田さんが公衆の面前で真っ直ぐに告白してきたことで、その意味を知って。

 初めは我慢していたけれど、どんどん重ねられる好きという言葉に赤面を抑えることは叶わなかった。どういう子か判っているから本心を真っ直ぐにぶつけられて、耐えきることなんてできなかったのだ。


 私は人からの好意に、全然免疫なんてありませんのよ……!! ただでさえもう来ないだろうと思っていたのに、まさか昨日の今日で来るだなんて! 心の防御がスッカラカンで表情を取り繕うことしかできなかった、私の惨敗でしたわ!!


 そうして守られてばかりだから私も城山さんとは一度ちゃんと話さなければと思って、教室から出たら――正にいま忍がEクラスに行こうとしているじゃありませんの! コソコソするなと何度言えばいいんですの!? 本当にまったく、油断も隙もありませんわ!


 そうして話そうと思っていた対象が話している間に何故か春日井さまに誘われて歩いていくのを目撃して……不意に昔の記憶が浮かんだ。あの二人の組み合わせには嫌な記憶しかない。


 コソコソするのは嫌いだったけれど、どういう話をするのか気になったので後を付いて行けば、まさかあんなことを言われるとは露ほども思わなかった。思ってもみないことが多過ぎて、全然ついていけない。


 ――よく覚えている。



『僕に仲良くする子は選べと言ったけど、君こそその性格、直した方がいいんじゃないかな。そんな性格じゃ誰も君に近づかないよ』



 それなのに。


「だから――――あの時の薔之院さんの言動も、君がそうして引き出したものだ」


 今更なのに。嫌われているから、それでもいいと思って相応の態度を取ってきた。

 それなのに、何でここに来て急にそんなことを言い出すんですの? 嫌われていないのなら、私はどう貴方に接すればよろしいの……?


 新田さんに続いて春日井さまからも面と向かって言われて心の防御もアレだけど、もう表情さえ取り繕えなかったから、忍の背に隠れてその場をやり過ごすしかなかった。


「今更だと思う。けど、あれが僕の君に対する答えだ。……もう覚えていないかもしれないけど、あの時あんなことを言って、ごめん。余計なお世話だったかもしれないけど、それでも。――それでも、僕があの時、君を傷つけてしまったことは事実だから。許してほしいとは言わない。これはただの僕の自己満足だから。……本当は、こんなことを面と向かって言うつもりもなかったんだけど」

「……本当に、今更ですわね」

「本当にね。何も見えていなかった僕が悪かった。見えるようになったのは彼女と、君のおかげだ。――ずっと、変わらないでいてくれてありがとう。薔之院さん」



 “変わらないでいてくれてありがとう”



 ……うるさいですわ! 直した方がいいと言っておきながら、そんなことを言うだなんて。

 グルグルする。怒りなのか悲しいのか嬉しいのか、自分の気持ちなのに全然分からない。ただ一つだけ分かるのは、決して人に見せられないような顔をしているということだけ。


 春日井さまが出て行って、忍と二人になる。呆れたように名前を呼ばれたけれど、仕方ないじゃありませんの。本当に私らしくないことだけれど、絶対にこんな顔見せたくなかったのですから。


 けれど呼ばれたことで、少し冷静になった。冷静になって、彼に伝えなければならないことが浮き彫りになってしまった。

 伝えるのなら早い方がいい。間違いない、けれど。


「忍」


 振り向いた彼に、意を決して口を開く。



「実は私、――――――と思っておりますの」



 目が見開かれる。


「ですから私、新田さまには距離を置くのが最善と思って突き放しましたの。そうなりましたら、暫くの間だけとなりますし。色々と考えて、けれど、それは今回のことが原因ではありませんの。決めるきっかけにはなりましたが」

「……」

「……新田さまから。春日井さまからあのように言われて、本当は嬉しかったんですの。決めたのに、気持ちが大きく揺らぐくらい。……けど、これだけはどうにも覆りませんわ」


 覆らない。私がへ抱える想いは、それほどまでに深い。


「忍はずっと、動いてくれておりましたわ。私に関わっていることであれば、ずっと」


 友達だから。ずっと変わらずに傍にいてくれたから。

 ちゃんと解っている。私を大切にしてくれていること。


 ――友達として、助けてくれているのだと



「私も貴方も最初は一人でしたけれど。私にも貴方にも、いつの間にか周りに人がいるようになりましたわ。そして忍。私以外に……いえ、私以上に守りたい人ができましたわよね?」


 自分から関心を向けている。私より、彼女の元へと先に向かった貴方。

 彼女もあれだけ私に言われたのに、すぐに向き合ってきた。きっとそれは、忍が彼女の心を守ったから。


「わかりますわ。私達、こうして六年もずっと一緒におりましたのよ? 貴方が誰を気にしているのかなんて、お友達の私には一目瞭然でしてよ! ――大丈夫ですわ」


 掴んでいた袖をそっと離す。


「言いましたでしょう、私は守られるばかりの弱い人間ではなくてよ! 強く、強くなって惑わされずに立ち向かいますわ!! また何かあれば今度こそ、私の手で彼女と決着をつけます!! ですから……っ」



 逃げられないように、いつも掴んでいた袖。

 伝えている言葉は、全て私の偽りのない本心。


 もう友達だからと守ってくれなくていい。私だって自分でちゃんと立ち向かえる。私を好きでいてくれる人達がいるから。私がそう決めたように、貴方も彼女の手を取ってほしい。……そう願っている気持ちは、確かなのに。


 掴むのはいつも私から。

 こうして先に離すのも、私から。


 私が、忍は――――貴方は、今と変わらず、私と友達でいてくれる?



「……ずっと私と、お友達でいて下さる……?」



 私を好きでいて。

 向けてくれた関心から、私を外さないで。


 ――遠く離れてしまっても、私を忘れないで



 彼は静かに私の言葉を聞いていた。一度瞳が揺れたけれど、それもすぐに戻される。また、『どうしてそんなことを言うのか』という顔をしている。


「っ」


 息を呑む。


 忍は口数が少なく、いつも表情に出る。そんなすぐ表情に出る彼は、けれど滅多に笑わない。それなのに更には声まで溢して笑っていて、思わず目を丸くしてしまった私を見つめて――――彼は。



「……自分は、麗花が好き」



 …………え?


「え?」


 言われた内容に思考が停止して、頭に出た言葉が口からも出てきてしまった。


 すき。好き?


「自分らしくあろうと、それを貫く姿勢とか。誰に対してもおくせず、その人のために話すところとか。あと笑った顔も、拗ねた顔もどっちも可愛い」

「え。えっ、ちょ!?」


 何か、何か急にいつも言わないことを言い出し始めましたわ!? どうっ、どういうことですの!? 新田さんといい春日井さまといい、何か影響されましたの!!?


 アワアワしていると、袖をクンと掴まれた。

 私が離した袖を、今度は彼が。



「――忘れない」



 微笑みながらも真剣な眼差しが、私を射抜いている。


「不安なんて感じなくて良い。変わるものもあるけど、自分と麗花は変わらない。。だから麗花、約束」


 袖を掴んでいる反対の手で、小指を差し出される。


「約束?」

「……強くなって、惑わされずに立ち向かうと言った。なら、麗花は帰ってくる」

「!」

「ここに居る。……また会える日まで、待っている」


 待っている。繋がりを、切らないでいてくれる。


 嬉しい。


 嬉しい――――こんなにも



「私もっ! 忍のことがずっと、大好きですわ……っ!!」



 差し出されているそれに、自身の小指を絡める。

 笑い合う私達の間に有名なあの文言なんて必要ない。六年共にいた絆がある。隣に在った、特別な絆。


 必ず戻ってくる。

 この大切な約束を守って、必ず貴方に会いに行く。



「約束ですわ、忍」

「約束、麗花」



 そうして優しくじんわりとした温かな熱が、結ばれた小指からお互いの心へと伝わっていった――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る