Episode179 海棠鳳⑧-忍の二択-

 どうして事前に察知できなかったのか。情報だけはちゃんと提示されていたのに。自分も変だと感じていたのに。


 麗花のあの顔を見てしまった瞬間、やってしまったと思った。話の流れで麗花が自分を嵌めたのは誰の仕業だと思っているのか、それがハッキリと顔に出ていた。

 違うとあの場で説明ができたら、どれだけ良かっただろうか。





 麗花と緋凰くんで様子を見てくると言い、自分と新田さんが一年生らとともに残ることとなったが、途中からソワソワし始めた百合宮妹が自分も行くと言い出してスタスタ歩き始めてしまった。


 残っている六年生で新田さんよりは自分が適任と思い追って行ったが、目的地に着いたかと思えばパンダに向かって一直線だし、麗花と緋凰くんは何やらパンダと親しそうだし、また別のパンダが来たかと思ったらトラウマ襲来だし! 自分はこの行事で、百合宮先輩の威圧を受ける呪いにでも掛けられているのか!?


 あやうく本気で意識がブラックアウトしかけたが、けれど室内にいる人間の的確な判断で、麗花に掛けられていた嫌疑は晴れることとなった。


 教員に連れて行かれたのは、有栖川の取り巻きでもあった大沼。有栖川が転校してからは、城山の取り巻きと化していた生徒。


 大沼が口を割って首謀者が城山に行き着けば今後の不安も大きく解消されるだろうが、現実は起きてしまったことも含め、そう上手くは行かないようになっているらしい。




「――謹慎?」

「そ。全部自分が考えてやったんだってさ。一人で全部できる訳ないし絶ぇーっ対違うけど、口割らなかったみたいだよ? そんで動機だけど。……ほら、俺の元親戚の有栖川。アイツの関係で、薔之院さんにずっと良くない感情持っていたみたい」


 どうやって規制されているだろう情報を仕入れてくるのか、秋苑寺くんがわざわざクラスに入ってきてコソコソと教えてくれる。


 起こったことは行事終了後、秋苑寺くんにも帰宅後に電話して伝えていた。本日は週が明けての月曜日なので一日しか時間がなかった筈なのに、情報を得るのが早過ぎる。

 しかし話を聞いて、あの一件が尾を引いていたのかと眉根が寄った。


 情も何もない薄っぺらい関係性の取り巻きだとしか思っていなかったから、そこまで引きずるような友情を彼女らが築き上げていたのだろうかと、眉唾ものである。


「……」

「俺さぁ、あーゆう女子一番嫌いだわ。自分は素知らぬ顔して高みの見物っての? さっきちょっと偵察に行ったんだけど、『まぁ、そのようなことが? 大沼さん……私、何度か励ましておりましたの。私の力が及ばなくて』なーんて言ってた。どうせ唆したのお前だろ、なに被害者ぶってんだって感じなんだけど」


 ……それ偵察じゃなくないか? 何かもう普通に直に話してないか? どういうこと??


 思ったことが顔に出ていたのか、秋苑寺くんが目を細めて笑う。


「なーんか、俺に対してはも複雑みたいでさぁ。ちょっと他の女子に聞いたら、割と教えてくれたよ。どうも俺の従兄弟が好きならしくて、そう取り巻きたちには明かしているみたい。でもそれってさ、遠回しに『私の好きな人に手を出すな』って牽制してんじゃん? だ・か・ら、好きな人の従兄弟かつ蹴落としたい生徒と仲良しな俺には、どんな対応してくるかと思って」

「……だから直接?」

「そ! いやでもホント、奏多さん居てくれて助かったわ。たまにこっち顔出すから、すっげー俺らのこと気にしてくれてんだとは思ってたけどさ~」


 それに関しては自分も異論はない。


 あの場に百合宮先輩がいなければ、麗花に対する生徒間の印象操作をあそこまで完璧に防ぐことはできなかった。彼が麗花を信用に値する生徒だと発言してくれたおかげで、あの場に居た生徒は皆、彼女の背後には百合宮先輩がいると悟った。


 麗花に手を出せば、百合宮先輩が……ひいては百合宮家が敵に回ることになる。大沼のしくじりから城山も悟って、今後は麗花に対するあれこれは控えることだろう。


 しかしながら確かに以前交流があったとは言え、あの人の口からあそこまで麗花を肯定する発言が飛び出すとは思わなかった。

 ちゃんと見れば麗花の本質は分かるが、大体が誤解を受けやすくマイナスに受け取られる。


 ――それだけ、あの人の審美眼は正しく物事を見極めているということ。



 ヤバ怖過ぎる。何を考えているのかも分からないし、ピンチの時に颯爽と現れるし、どんだけ完璧なのか。……あの人本当は人間じゃないのかもしれない。地球を侵略しに来た宇宙人とかじゃ……。



「尼海堂、秋苑寺。おはよう」


 今一度トラウマ発生源の怖さを再認識してそんなことを考えていたら、ごく当たり前のように緋凰くんが話し掛けてきた。


 自分と話すようになってから、彼は変わった。入学してから同じファヴォリでもこれまで全く言葉を交わしたことなんてなかったのに、普通に挨拶してくるようになったのだ。


「おはよー」

「……おはよう」


 朝から間近で見る美顔ツライ。


 秋苑寺くんは彼の雰囲気と接する頻度から麗花に対するものと同じく慣れてしまったが、まだ緋凰くんに対する免疫はない。他クラスの秋苑寺くんと緋凰くんが一緒にいる姿は中々見れないため、クラスメートは皆息を呑んで見つめている状態だ。普段自分には向けられることがないから、人の視線ツライ。


「二人に聞きたいことがある。昼休憩、サロンで待つから来てくれ」


 そう言って一方的な約束を告げてきた彼は、こちらの返事も聞かずに自身の席へと戻って行った。自分が呼ばれるのは最近のアレで分かるが、何故秋苑寺くんまで?


 秋苑寺くんを見れば、肩を竦めて返してきた。

 彼にも心当たりはないらしい。


 何か嫌な予感がするのは気のせいではないだろう。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 そして昼休憩となり、自分の定位置である隅のソファ周辺で顔を突き合わせている。他にも来ている生徒はいるが、物々しい雰囲気を出している緋凰くんの様子に、皆空気を読んで散ってくれている。


 ……本当は麗花の新田さんへの誤解を解きに行きたかったのだが、ああも一方的に言われてしまえば仕方がないだろう。


 十分休憩の際に遠目で確認したが、何故か彼女は毎回白鴎くんと話していた。それも彼女の席で話していたため、どうも白鴎くんの方から行っているようだった。まあ同じクラスでファヴォリでも近い立場にある二人なので、話す時は話すのだろうが……。


「それで、だ。二人はこの件についてどう思うのか、意見を聞きたい」


 あ、ヤバい。話聞いてなかった。


 秋苑寺くんをチラリと見れば、彼は何とも言えなさそうな顔をしている。


「……あーうん。えーと、多分、違うとは思うけど?」


 何を以ってして違うと彼が発言しているのか不明。

 どうしよう、聞いていませんでしたとか言える雰囲気じゃない。


「そうか……。尼海堂は?」

「……」


 水を向けられ、色々と頭の中を整理する。


 まず緋凰くんは麗花のことが好き。それで自分に敵意を向けてきたものの、誤解は解けて協力を申し入れられた。親交行事が開けて、秋苑寺くんと自分に話があると言って呼び出された。うん十中八九、麗花のことで間違いないだろう。

 だとしたら、何故秋苑寺くんは彼が問うたことに対し、多分違うと返答したのか。


 ……パンダか? パンダと麗花の関係のことを気にして、何らかの疑いを抱いているのか?


 自分が思うに、恐らくあのパンダはかっちゃんだったのだと推測する。スポンサーは百合宮家だし、あの家に縁のある彼女が手伝いで呼ばれていても不思議じゃない。麗花も百合宮妹がパンダに飛び付いたことで完全に把握し、雰囲気が多少和らいでいた。


 秋苑寺くんのした返答に関しては、彼はパンダがかっちゃんだと知らない。ただ彼も麗花と百合宮先輩の交流を鑑みた上で、総合的に親しいとは違うのではないかと返答した。


 ならば、自分が返答すべき内容はこうである。


「……自分は、親しいのではと」

「に、尼海堂はそうなのか。百合宮先輩と比較的近しい秋苑寺が否で、あの現場にいて見ていた尼海堂がか……。先輩に関連する浮いた話も聞かないし、初等部にも度々来ている。薔之院を気にしているからじゃないのか……?」


 しくったパンダ違いだった。

 宇宙人疑惑の方だった。


「あの何においても全てを軽やかにこなし、敵も作らせない。同年代から果ては初等部の学院生からも、多大な人気があって慕われている。正に神童の中の神童たる百合宮先輩が薔之院のことを好きだとすれば、俺に勝ち目はあるのか……」


 緋凰くんをしても、そんなエベレスト級に高い評価になるあの人どんだけ。


 しかしそう言うことなら秋苑寺くんと同じく、自分も多分違うとしか言えない。それに超強力な恋敵ライバルという存在が出現したかもしれないせいで、気になるだけと言っていたのが好きだと普通に認めるに至っている。さすが百合宮先輩。


 目を丸くしてこっちを見ないでくれ秋苑寺くん。

 話を聞いてなくて二択を間違えただけなんです。


「……百合宮先輩は初等部の頃、多少麗花と交流があった。恋愛ということではなく、友人という意味なら、親しいのではと思われる」


 意味合いを何とか軌道修正すれば、得心した表情で二人とも頷いた。ホッとした。


「あー。確かにたまに話していた感じ見てると、普通に仲良い先輩後輩って雰囲気だったよね。てゆーか俺、正直奏多さんが薔之院さんと二人で話すこと自体、最初は驚いたし」

「そうか? 先輩は人当たりも良いし、社交という点において、“薔之院”と繋がりを持つこともやぶさかじゃないと思うが」

「何て言うのかなぁ~? 特定の人間以外とは深く関わってないんだよ、あの人。白鴎の家で佳月兄と話しているの、俺も遊びに行った時にたまたまかち会って聞いたりすることあるけど、気を許している許していないの違いってヤツがはっきり判る。だから奏多さん佳月兄と同じで、薔之院さんには気を許してる。だけどそれ、何でなんだろうなぁって。それが恋愛かって聞かれると、何か違うと思うし」


 自分と違って秋苑寺くんは先輩に対して恐れを抱いていないのか、彼のこともよく観察しているようだった。けれど、秋苑寺くんだって遠足の時のこと内情は知っている。処分の審判の件での繋がりが最初の筈で、それで話を……。


 そこまで考えて、けれど何かがおかしいことに気づく。……確かに処分があった翌日のサロンで、二人は和やかに会話をしていた。


 椅子に座らず、傍にしゃがみ込むほど距離も近かった。人当たりが良いだけなら、そこまでの距離間であの人が会話をするだろうか?


 自分は、先輩が何を考えているのか分からない。


 それは人間観察をよく行っている自分が分からないほど、先輩がの外面を徹底しているということで。その外面徹底マンが処分の審判をたった一度任せただけで、あれほど自分からパーソナルスペースを縮めるほど気を許すのか? ――否である。


「忍くん? 顔色悪いけど、大丈夫?」

「尼海堂?」


 もう本当に分からない。頭痛い。

 親交行事の時も怖かった。


 麗花が嵌められたとあの人が理解した時、怒気がちょっと……かなり…………もの凄く溢れてた。


 本当何が逆鱗に触れるのか導線も不明過ぎて、関わり合いたくない人間第一位でしかない。頭痛い。吐きそう。本当に宇宙人だったらどうしよう。帰りたい。



 トラウマ製造機且つ宇宙人疑惑が拭えない人物のことで頭がいっぱい過ぎて、二家の御曹司から心配されていることにも中々気づかない自分であった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 「百合宮先輩は薔之院 麗花を恋愛対象としては恐らく見てない」ということで一旦落ち着き、サロンから解散して心持ちトボトボと歩いている。


 当時は気づかなかったしあの理由で納得していたから良かったけれど、年々麗花を取り巻く何かが複雑さを増してきた。人間関係においても……いや、人間関係しかない。


 ファヴォリとして責任ある、生徒の見本となるように過ごしているだけで、彼女自身はそれを当然のことと思って気にしていない筈だ。変わらないのは、それが自身であると理解しているから。


 麗花らしく、己を偽らず、好きに過ごしている。自分以外に友人ができなくても、特に気にしたことはなさそうだった。……けれど。



『新田さまと約束していることがありますので』



 とても楽しそうな声音をしていた。

 期待に満ち溢れたような、浮かれた様子で。


 あの時の彼女の様子を思い返していて、だから前方に対する注意力が散漫になっていた。特に廊下の曲がり角は死角になる。人から気づかれない自分は気を付けないと、すぐに誰かにぶつかられると言うのに。


「っ!」

「きゃっ……」


 曲がってきた誰かとぶつかり、相手が尻もちをついて転んでしまった。今度はまた誰にぶつかってしまったのかと確認し、それがまさかの新田さんで――


「……!?」



 ――泣き濡れた、顔をしていて。



 彼女もぶつかった相手が自分だと判明して目を見開いたが、顔を歪めてすぐに立ち上がった。


「すみ、ません……っ」


 小さな声でそう謝罪を告げ、自分が歩いてきた方向へとダッと走り去っていく。




 ……泣いていた。



 ――スカートの裾をギュッと握って、俯いている姿が浮かぶ



 泣いている時、いつも泣いている理由が分からなかった。



 ――それをただ陰で固まって、見ているだけだった



 本人から直接、理由を聞いたことも。

 いつも、自分の推測だけで。



 ――後から思い返せば、何か一言でも声を掛ければ良かったのだろうか



 後から思い返せば。後から。


 ……後から。



 予鈴が鳴った。

 これから午後の授業が始まる。その意識はあった。



 けれど自分の足はへと向かって、元来た道を駆け出していた。

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