Episode178.5 side 百合宮 花蓮の後手④ 海棠鳳-百合宮三兄妹側 後編-
のっそり、のっそりとまるで地獄の死者……間違った、使者がやって来るかのようだ。姿かたちは可愛いパンダの筈なのに、出している雰囲気と言うかオーラがと言うか、何と言うか。
……ヤバいっ。お兄様から放たれる圧が重すぎて何も例えが浮かんでこない!! 違います! 問題起こしたのは私じゃないです!!
植物がダメにされているとか明らかに問題起こってますよ、というこの状況を問答無用で私のせいにされては堪らないため、ブンブンブンブン頭が取れてしまいそうなほど横に振りまくる。あっ、振り過ぎて頭が一回転した!
「ふざけているのかな?」
「ふざけてないです!!」
開口一番に言われたことに条件反射で返せば、背高パンダの声を聞いた鈴ちゃんの顔がパッと輝いた。
「お兄さま!」
「「「え」」」
彼女の発言を聞いて、緋凰及び廊下側にいる生徒から声が上がる。教員も戸惑った顔をしており、麗花が私を見てきたのでそうだと頷いた。
ハァーーーー……ととても長く重い溜息を吐いた笹を背負ったパンダは、ピチッとした黒い手で自身の頭を掴み、脱いでその秀麗なお顔を晒す。新たなパンダの正体が生ける伝説である百合の貴公子先輩だと判明した瞬間、場がどよめいた。
「ゆ、百合宮くん!? 貴方、どうしてここに!?」
当主であるお父様が来て、まさかわざわざ高等部の跡継ぎ息子まで着ぐるみ着てまで来るとは思わなかったのだろう。教員の仰天している様子にお兄様が苦笑する。
「申請もせず勝手に来てすみません。この度の行事のスポンサーがウチなものですから。あと僕自身、高等部の風紀委員長という肩書きがありますので、問題事が起こっていないかと気になって様子を見に来たんです。……実際に、問題は起きたようですが」
どうしてそこで私を見てくるのか分かりませんお兄様。
「別れる前に言ったと思うけど。自分でどうにかせず、僕に報告するようにって」
「私はちゃんと知らせに行こうとしました。ただ落ちているお花を踏んで転んで、お尻と背中をしこたま打って悶えている時に生徒に見つかって、お花をダメにした犯人と疑われて閉じ込められていただけです」
「……」
どうして呆れた顔をされるのか分かりませんお兄様。
そんな私とお兄様のやり取りを見ていた教員が、恐る恐るというように。
「百合宮くん、この小さいパンダは?」
「僕の連れです。親戚の子です。協力して隠れスタッフとして校舎を見回っていました」
しれっとナチュラルに嘘を混ぜた。緋凰がいるから別にいいけど、何か悲しい。いつかお兄様に堂々と自慢の妹だと紹介されたいものである。
どれだけ信用性があるのか、ファヴォリも逆らわず生徒会長より実権を握っているお兄様の言葉に疑いを持つことなく、教員は納得していた。
「……そう言やお前、百合宮家と縁のある家のヤツだったな」
ボソッと言われて向けば、緋凰が目を眇めていた。
……フッ。まだまだアルなド畜生!
「状況の説明が欲しいところですが……少し失礼します」
私が緋凰にドヤッとしていると、片腕を着ぐるみの中に戻したお兄様が携帯を取り出して、どこかへと連絡を取り始める。
「もしもし菅山さん、奏多です。パフォーマンスで使用予定の植物がほぼ全滅しておりまして、至急手配願えますか? 今が……十四時三十二分なので、第二栽培施設でしたら間に合うかと。はい、はい。全くです。ではそのようにお願いします。…………これで、次の進行予定の問題は解消されました。無事に時間前に届くかと」
さすが頼れる百合宮家の長男。ダメにされた生花植物への対応をスマートに完了した。
「それで。このようなことをしたのは誰か、というのは判明していませんか?」
「それが……。生徒から薔之院さんが行事前にここにいるのを見たと、声が上がってはいて」
「え?」
教員の言葉を聞いて、は?みたいな反応をしたお兄様に鈴ちゃんが再びプンプンして言う。
「お兄さま! 麗……薔之院せんぱいじゃないです! り……わたし、駐車場でせんぱいとお会いして、サロンまでずっとご一緒でした。だから知っています。下駄箱にせんぱいのスケッチブックが入っていて、そこにお手紙がはさまっていたんです!」
「手紙? ……薔之院さん」
「……事実、ですわ。申し訳ありません」
自分が原因で植物をダメにしてしまったことに対する謝罪を口にした麗花だが、それだけの情報で彼女が誰かに嵌められたことを理解したらしいお兄様は、彼女の謝罪を聞いて顔を顰めた。
「薔之院さんのせいじゃないのに、謝る必要はない」
「ですが、私がもっとしっかりしていれば、このようなことには」
「責任はウチにある。関係者以外入れないようにしなかった、まさかこんなことを引き起こされると想像もしていなかった、初等部の学院生を信用した
ピリッと、空気が重くなる。
「……どうしてだろうね。卒業してからもたまにこっちの様子を見に来るけど、薔之院さんはファヴォリとして、聖天学院の一生徒として恥ずかしくない行動をしているのは、見て聞いても明らかなのに。そもそも優秀な彼女がすぐ騒ぎになりそうな、こんな程度の低いことをするって? 疑うわけないだろ。本当、馬鹿にしてくれてるね」
――犯人が学院生に向けて麗花を貶めたかったのなら、確実にこれは失敗だ。
元々の家格とその為した功績が故に、初等部・中等部・高等部の垣根を越えて生徒への多大な影響力を持つお兄様が、これ以上ないほど麗花を認める発言をしたこと。
百合宮 奏多は薔之院 麗花を信用している。
それだけで充分だ。
それにその妹である鈴ちゃんも初めから疑う素振りもなく麗花の味方をしていたことは、廊下にいて様子を窺っている生徒たちは知っている。
ま、鈴ちゃんが手紙のことを言わなくても、スポンサー筆頭の百合宮家は麗花のことを疑う訳がない。
だって
だから私も、麗花のために声を上げる。
「奏多お兄様」
「……っ!? 何……?」
何でそんな気持ち悪そうなお顔をされるのか分かりません、奏多お兄様。だって親戚の子扱いでしょ? 普通にお兄様って言うより、そっちの方がぽくない?
「思い出したことがあります。私達、一度スケッチブックを持っていた生徒とすれ違っています」
「すれ違った?」
コクリと頷く。
普通に授業ノートだと思っていたけど、何か見覚えあるなと思ったらそりゃそうだ。女子会に結構な頻度で趣味の成果を見せてくるので覚えている。
麗花が使用しているスケッチブックはノートサイズで、女子が持っていたノートの色もサイズも同じだった。どこにでも売っているような安っぽいものではなく、画材の専門店で購入している結構なお値段のするやつ。
そしてそのスケッチブックを手にしていたのは――
「あの子です!」
――ピチッ!と黒い指を差せば、ビクッと身体を揺らす生徒がいる。
教員とやって来た、私がどこかで見たと思った女子である。植物をダメにした犯人とは違うかもしれないが、仲間の可能性は高い。顔を青褪めさせたその女子が、タッと逃げようとしたところで。
「村井! 染谷! その他!!」
緋凰の鶴の一声により廊下にいた男子たちが一斉に動き、女子を逃がさないように包囲する!
あ、あれが噂に聞く鉄壁の防御・ピーポーウォール……! てかその他って。
その他扱いされた生徒に同情を禁じ得ないが、逃走を図るという行いをした女子に対してはもう言い逃れはできない。ヘタリとその場に落ちた女子へと教員が近づき、「どういうことなのか話を聞かせもらいますね、大沼さん」と声を掛けている。
「どうしますか? 私達も付いて行きます?」
「いや。先生方に任せよう。進行スタッフ統括責任者の貞森さんに報告がいくと思うから、事の顛末は菅山さんに訊ねるとして、僕達は僕達で引き続き…………無理か」
無理ですね。廊下側を見てポツッと呟きを漏らすお兄様に同意する。
お兄様が正体を明かしたことで私の真の正体は保たれたものの、『親交行事お父様張り切りフォロー計画』はここで打ち止めだろう。
この度の親交行事のスポンサーがどこの家か判明し且つ、そこの時期跡取りで学院の垣根を越えて多大な影響力を持つお兄様が
催会に招待されたらなるべく参加はしているお兄様だが、その頻度も年々減少している。まあ学院であんなに色々しているのだから鬼のように忙しいのは当たり前のことで、他家からすれば同年代の子供が同じ学校圏内でなければ、知り合う機会も少なくなる訳で。
そういう家の思惑がなかったとしても、子供本人にとっては怖いと言うよりは尊敬と憧れが先立つらしく、現に廊下からこちらを見ている生徒は瞳をキラキラと輝かせている。顔から下はパンダにも関わらず。
「えー、お騒がせしたね。ということで僕達はもう失礼するよ。親交行事、引き続き楽しんでくれるとありがたい」
「お騒がせしました」
兄妹揃って告げると、生徒は頷いて散り散りとなっていく。さて、あとの問題は……。
ちらりと麗花を見て、未だ彼女の顔が固いままなことに内心で溜息を吐く。他の人であれば澄ました表情に見えると思うが、七年も彼女の親友をやっている身としては一目瞭然である。
多分、ただ陥れられただけの感じじゃない。手紙のことを言わなかったことと関係ありそうだ。まったくもう。本当に……麗花にこんな顔をさせるなんて。
――――ただじゃおかない
「鈴ちゃん」
ピョッと顔を上げて、まあるいお目めで見てくる彼女に耳打ちする。
「麗花と二人の時に伝えてくれる? 今日お泊りするから、麗花ん家で待ってるねって」
「りょうかいです!」
直接伝えても良かったのだが、麗花と直接繋がりがあることを緋凰に悟られてはならない。私は密やかに麗花の手助けをする!
その後は室内にいるファヴォリの三人も行事に戻らせ、私とお兄様で片づけをしているところに慌てて他スタッフも来て、「後は私どもでやりますので!」とかなりの焦り様で追い出された。
別に一緒にやっても良かったのに、と意見を同じくするパンダ兄妹は顔を見合わせて肩を竦めた後、駐車場でお留守番をしている本田さんの元へと戻って、一足先に帰宅の途についたのだった。
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