Episode178.5 side 百合宮 花蓮の後手③ 海棠鳳-百合宮三兄妹側 前編-
最上級生男子の的確且つ判断の素早さは、とても素晴らしい。さすが天下の聖天学院生である。……私が関わっていなければな!
相手を褒めている場合じゃないのは百も承知だが、如何せんお尻諸々が未だに痛いので起き上がれず、動けても左右にゴロゴロすることしかできない。
この状況下において、一番報告がいってはならないのはお父様。次点で中條家スタッフ。ご令嬢がパフォーマンスをするための植物を荒らした犯人として連行されてしまうと、お父様が召喚されてしまう確率大。
通常なら周囲の人間が止めて近づけさせないだろうが張り切りが度を越しているため、問題を起こしたパンダを成敗しに自らが
しかしそうなってしまうと異変を察知したお兄様までが姿を現し、私達の『親交行事お父様張り切りフォロー計画』が白日の下に晒されることになる。
ザッと教室内を見回すが、防犯カメラ等の監視システムは設置されていないようで、映像から私が荒らしの犯人ではないと証明することができない。……つまり身バレしない限り、犯人じゃないと証明することができない! 困った!
身体が痛いのと私の命運と二重の意味でゴロゴロしながらうんうん唸っている間にも教員かスタッフに通報されてしまったのか、またこちらに向かってきているだろう複数人の足音が聞こえてきた。
ちょっと早過ぎない!?
ものの数分も経ってないよ!?
扉のガラス窓に人影が映り、誰が呼ばれてしまったのかと見れば――ド畜生じゃないですかあぁ!!
何でよりにもよってお前が来た!? 最悪なんですけど!?
さっきどっか行った男子! 先生か誰か呼んでくるって言って、何でその誰かがファヴォリのソイツだったのか!?
首根っこ掴んで正座させて小一時間ほど問い詰めたい気持ちに駆られていると、次いで現れた顔に更に目を剥いた。
ちょ、薔之院さん家の麗花ちゃんじゃないですか!! ヤバい! 私だとバレたらお説教喰らう! てか何で一緒おぉ!?
駆けつけたよりにもよってな人物たちに焦って、超絶遅過ぎるが逃げを打とうと距離を取るために小さい頃から自室で鍛えてきたローリングコロコロをするも、すぐに壁に当たって敢え無く失敗。私の判断はノー的確だった。
丁度顔の位置が教室の窓側壁になり、現実逃避でジッと動かずにいたら、背後でガラリと扉が開けられる音がした。
「危険です緋凰さま!」
「あのパンダ何をするか分かりませんよ!?」
そんな男子の騒ぐ声もするため、ド畜生が中に入ってきたのだと嫌でも知らされる。
「おい」
このまま壁と同化したかったが仕方がない。頭を取られる危険を回避すべくコロリと仰向けの体勢になって、眉間に深い皺を刻んで私を見下ろしている緋凰と向き合った。
その際にポシェットからスプレーを取り出し、パンダの口から差し込んでシューと変声させるのも忘れない。スプレーをポシェットに戻して、口を開いた。
「何アルか」
すっごいアニメ声が出た。自分が出した声を聞いて、目の辺りをブラックバーで隠された犯人の声のようだと思った。しかし私は犯人ではない。
「これはお前の仕業か、亀」
……コイツは何故パンダの格好をしている且つ、変声し口調も変えた私を亀だと言うのか!?
「ボクはどこからどう見ても可愛いパンダアル! 亀違うネ! お前目がおかしいアル!」
「初対面だとしてもだ! もう第一声から俺にンなふざけた態度取るヤツはお前しかいねぇんだよ!! 学校違っても行事のスポンサー関係だったら入れるし、知らねぇヤツだったら見つかったら普通ビビんだろ! 当然のように反論してんじゃねぇよ! あと転がり方が人の部屋ん中をジャージで転がってた時と一緒だ」
マジで!? ほぼ私の態度&行動、ノー的確の塊じゃん! くそっ詰んだ! ……亀子はバレたとしても、百合宮 花蓮だとバレてはならぬ!!
「で、何してんだお前は」
「スポンサー関係で見回りパンダしてたアル。順々に見てたら、この教室の植物がご覧の通りヨ。ボクは他のスタッフに知らせようとして、多分落ちてた花踏んでスッテンころりんしたネ。お尻が痛くて起きれないアルヨ」
「日常生活でも鈍くせぇのかお前。つかいつまでその口調で通す気だ」
お前と麗花がいる限りずっとだよ。
これはもう意地だよ。
「緋凰さま」
しまった。緋凰なんかと会話している間に麗花も入ってきて、彼女から話し掛けてしまった!
疑わしげな視線が私に向けられているのを感じ、着ぐるみの中でヒヤリとする。
「このパンダ、もしかしてお知り合いですの?」
「……認めたくはないが、一応知り合いだ」
「そうですの。……てっきり、私の知り合いかと思ったのですが」
麗花ちゃんまでどうして
「ボク、何もしてないネ。ただ転んで、お尻イタイイタイネ」
「私の知り合いのような気がするのですが」
何で即答するネ!?
勘が良すぎてボクもう喋れなくなるアルヨ!?
「まぁ今はよろしいですわ。パンダの仕業ではないと?」
「ああ。状況がコレだからそうとしか見えないが、こんなことをするヤツじゃないのは断言する」
「そうなりますと……誰がというのはまだ解りませんが、どういう意図を以ってこのようなことをしたのか、というのはハッキリしましたわ」
それを聞き、眉を潜める緋凰。二人が普通に会話をしていることに冷や冷やとするが、私も麗花のその発言にん?となる。
「意図とハ?」
「私、行事が始まる前に一度、ここに呼び出されておりますの」
「呼び出されタ?」
え、何それ。偶然にしてはタイミングが悪すぎじゃ…………偶然じゃなくて、わざと? 待って。じゃあ、この教室の有様って。
同じことを考えていたらしく、緋凰が先にそれを言葉にする。
「嵌めようとしたってことか」
「恐らく。パンダがここに一人で転がっていなければ、確実に私が犯人にされていましたわね」
「何だっテ!?」
冗談でしょ!? そもそもあの薔之院 麗花にそんなことしようって考えの生徒がいるの!? しかも親交行事中なのに!?
と、麗花に関する乙女ゲー知識がパッと浮かぶ。
攻略ルートが春日井の場合。ヒロインを屋上に閉じ込めたのは麗花じゃないのに、彼女が犯人とされた。まさか今の状況って、それと一緒なんじゃ。
でもどうして? 何で今それが発生している訳!? それはヒロインのいる高校生になってからの話で、まだ小学生なのに。いや待て、思い出せ。本当の犯人は麗花の取り巻きだった。
……あーもうっ、あんまり画面に名前表示されてなかったから誰だったかすぐに思い出せない! 誰だっけ、誰だっ……け…………!?
「あっ!!!」
突然大きな声で叫んだ私の傍にいた二人がビクッとするが、私はとてつもない衝撃に襲われていた。
思い出した。そうだ。うわ、お兄様から話聞いた時に何で気づかなかったんだろう!
太陽編ライバル令嬢である薔之院 麗花の取り巻きは、右腕左腕の如く筆頭が二人いる。一人は普通の内部生徒でこの子の名前はちょっと思い出せないが、もう一人はファヴォリの――中條 結衣。
どうして取り巻きの二人が麗花を嵌めたのか、理由は分からない。ゲーム内では説明がされていなかった。けどその二人は春日井が好きだった。だから邪魔なヒロインを排除しようとして。
ちょっと待ってよもう……お父様!! これが中條家のご令嬢の仕業だとして、貴方の張り切りが愛娘の親友を窮地に陥れるってどういうこと!? フォローしに来て本当良かったわ!!
お尻の痛み諸々も暫く転がっていたら引いていき、ようやくすっくと立ち上がる。
「お嬢さん! このパンダがお嬢さんを悪の陰謀から守るアル!」
「……」
「……」
ん? どうした。何故二人して黙るのかね?
「どっちかと言うとお前の無実証明の方が先だろ」
「同感ですわ」
「何故!?」
私は犯人じゃないよ! だってスポンサー筆頭の家のご令嬢だもの! ……あ、そうか。この場での証明は無理ですね。
「くっ、第一発見者が疑われるのは世の掟ネ……!」
「やっぱり言動が私の知り合いでもある気がしますわ」
「……いや、確かに俺らクラスの家の出だとは思うが、薔之院と知り合い……?」
「――お姉さま!!」
それぞれが言っている間に、何やら超絶可愛くて弾んだ声が扉の方から聞こえてきた。
ファヴォリの中でもトップクラスの二人がいるからか、恐る恐る見守っている観衆の中、超絶可愛い子がニコニコの笑顔でこちらに向かって突進してくる。パンダのお腹に両手を回して抱きついてスリスリしたかと思ったら、パッと顔を上げてきて。
「お姉さま!」
「……」
どうして判るんでしょうか。
あ、ヤバい。麗花のしている表情からパンダが私だと確実にバレた模様。緋凰は目を丸くしている。
「……百合宮さん。他の一年生はどうされましたの? 下の教室で待つようにお伝えしましたわよね?」
「あ。あの、待っていました。けど、麗……薔之院せんぱいたちのお戻りがおそくて、り……わたし、心配になって」
淑女の被り物が取れかけて、身内にしかしない発言が飛び出しかける。
麗花も鈴ちゃんと蒼ちゃんが仲良しになった日に話したことを考えてくれて、学院では二人とは一歩引いた対応を心掛けてくれていた。
蒼ちゃんも瑠璃ちゃんから、「学院では最高学年の先輩なんだから、ちゃんと『薔之院せんぱい』って言わなきゃダメよ?」と言われている。
眉を下げて麗花を見つめ、そんな鈴ちゃんを麗花も第二の姉の欲目か、苦笑して頭を撫でた。
「心配を掛けましたわね。一人で来ましたの?」
「いえ、尼海堂せんぱいと」
「!?」
鈴ちゃんのお口から放たれた名前にギョッとする。
にかいどうって……まさかあの“尼海堂”!?
え。何でちょ、いるの!? どこ!!?
次から次へと乙女ゲー関係者が引っ切り無しに
教室内はこの四人だけ。廊下の方を目を凝らして捜しても、それらしき該当人物は見当たらなかった。
さすが神出鬼没メガネ! ゲームでは秋苑寺以下の低出現率で、クリアにめっちゃ苦労させられた!
どうして鈴ちゃんが尼海堂と一緒に来たのかすごく気になるが、一先ずはこのてんやわんやな状況をどうにかしなければいけない。
この荒らされた教室が麗花を嵌めようとして行われたものであるならば、やはり早急にお兄様に状況を伝え、真犯人を見つけるしかないだろう。現在この場を見ている少数の生徒はパンダを疑っているものの、私が正体を明かせばそれは消える。
問題は麗花だ。単独犯ならまだ良いが、複数人での計画なら麗花をこの多目的教室で見たと、口裏を合わせて証言する生徒が絶対に複数出てくる筈。そうすると監視カメラがない以上、本当にここに来ているからアリバイも証明できず、悪魔の証明になってしまう。
だけど本当に不思議だ。麗花の交友関係は私に瑠璃ちゃん、忍くんとお友達(仮でそれも男子)で、『取り巻き』はいない筈だ。
つまりは中條 結衣ももう一人も現時点でそうじゃないのに、というかヒロインの空子もいないのに、どうしてこんな事件が発生するのか。
「お嬢さん。お嬢さんはこの一連のことで、犯人に何か心当たりはあったりするアル?」
正体バレしても口調は意地で続行。聞けば、一時は落ち着いていた表情が冷えを纏った。
「……ええ。まあ、よろしいですわ。例え複数の女子生徒がここで私を見たと声を上げても、実際に私はしていないのですもの。これまで私がファヴォリとして見合うような行動を心掛けてきたことは、先生方もご存知ですわ。それを耳にした他の生徒にどう思われようと別に、どうでもよろしいですし」
平淡な声音で紡がれるそれは、絶対にどうでもいいと思っていない。
……心に触れる何かがあったんだ。本当にどうでも良かったら、決してそんな顔はしない。
鈴ちゃんもそんな麗花を見ると私から離れて、彼女の手をそっと握った。室内をくるりと見回した後、眉をキュウと寄せて再度麗花を見上げる。
「薔之院せんぱいのせいって、誰かが言うのですか?」
「可能性の話ですわよ」
「ちがいます。わたし、知っています。薔之院せんぱいはこんなことしません!」
「俺も」
ハッキリと大きな声で宣言する鈴ちゃんに続き、緋凰までが声を上げた。真剣な表情で、麗花を真っ直ぐに見つめている。
「俺も知ってる。薔之院はこんなことをする人間じゃない。馬鹿な奴らが声を上げても、お前のことをずっと見てきた学院生はンな
「え……」
「ま、まぁ、その、何だ。当然のことを言ったまでで、別に俺がずっとお前のことを見てた訳じゃ」
麗花が目をパチパチと瞬かせているのを確認しながら、複雑な胸中で私はどもりまくっている緋凰にジト目を送った。
何コイツ。本当に私の時と態度違うくない?
というか……麗花を、肯定している?
待て。麗花の方は緋凰のこと眼中にないけど、緋凰は麗花のことどうなんだ? 確かに一年生の頃、麗花がどうとか春日井に聞いてた時あったけど。何か見てた訳じゃないとか言ってるけど、本当は見てたって態度が語っているような……。
え? 何でコイツが麗花を見てるの? 好きな人いるんだよね??
嫌な想像がジリジリと形になりそうだった時、「先生、ここです!」と女子生徒の声が廊下側から聞こえてきた。見ると教員と呼んできたらしい女子が増えていて、室内を見回した教員が顔を
……ん? あの女子、どっかで見たような……?
思い出そうとしたが、「薔之院さん」と厳しい口調で言ってきた教員にハッとする。
「行事が始まる前に、貴女をここで見たと言う生徒がいます。貴女がこんなことを行うとも思えませんが、話を聞く必要があることは理解できますね?」
「……はい」
「緋凰くん。薔之院さんの代わりに、百合宮さんをお願いします」
素直に頷く麗花だが、どうして私が疑われない?
普通にスタッフだと思われているのか?
しかしそう思ったのも束の間、次いで教員の視線が私に移る。
「そこのパンダもです。行事前に紹介された中に、貴方のような着ぐるみはいませんでした。荒らされた室内にいることと、どうやって学院に入ってきたのか。貴方もこれから一緒に来て頂きます」
後出しだっただけで普通に疑われていました。
ですよね。
うん、まぁ麗花だけとなら別室で正体明かしても問題ないし、良いか。他校訪問禁止令アップデートへのカウントダウンが始まったみたいだけど、さすがにそれはもう諦めるしかない。
私も麗花と同様、素直に連行されようとしたところで、「わたしも行きます!」と何故か鈴ちゃんが怒りの声を上げた。
私と麗花がギョッとし、教員も困った顔をする。
「百合宮さんは、緋凰くんと一緒に…」
「わたしのパートナーは薔之院せんぱいです! それに薔之院せんぱいはちゃんと犯人じゃないって、証明できるものをお持ちです!」
えっ、そうなの!?
麗花を見たら、何故か顔を強張らせている。
……麗花?
どうしてそんな顔をするのか分からず、思わず彼女に声を掛けようとした時、再びガラリと扉が開かれる音がした。今度は一体誰だ、また別の教員かとそちらを見ると――
――――笹を背負って尚その背後にブリザードを
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