Episode178.5 side 百合宮 花蓮の後手② パンダがひっくり返るまで 後編

 親交行事までにそんなちょっとしたことがあったりしたが、お父様の影に私達も潜んでコソコソしている内に、あっという間に日々は過ぎて当日を迎えた。

 土曜日でしかも午後から始まる親交行事では、スポンサー各位の午前中はその準備に追われる。


 早朝から張り切って家を出たお父様を見送って、少しして私とお兄様も出掛けた。鈴ちゃんは兄と姉も揃って出掛けることにお目めをパチパチとさせていたが、お母様には苦笑されて「程ほどにね」と言われてしまった。

 ちなみに兄妹が学院に行くことを知っているのはお母様と菅山さん、お父様以外の主催関係者の皆さまのみ。お父様のフォローを隠れてする訳であるから、そりゃ本人には内緒である。


 本田さんの送迎の元、車内で早速打ち合わせを開始する。


「取り敢えず父さんの目につかない範囲で、僕達も準備を手伝う。幸いにもスタンプラリースタッフはウチの者で僕達のことを把握しているから、うまく隠してくれる筈。付かず離れずの距離感を保ち、且つ穴が見つかり次第すぐ対策を考え実行する。ただし花蓮は自分でどうにかせず、必ず僕に先に報告すること。分かった?」

「分かりました」


 他校訪問禁止令を未だ科されている私は、念入りにお兄様からそう言われた。この禁止令に関しては条件付きで許可が出される仕様で、私も問答無用禁止へとアップデートされたくないので大人しく従う。


 注意事項をクドクドと言われ頷いている間に、車は学院に到着。車のトランクに入れていたとある物を取り出して車内にて着用し、この時点で百合宮兄妹はただの行事スタッフへと変身を遂げた。


「……まさか僕がこんなものを身に着ける日が来ようとは」

「いいじゃないですかお兄様! 格好良いパンダさんです!」


 拳を握って言う私の目に映るのは、モフモフの背高せいたかパンダ。

 高校生で背の高いお兄様はそのせいで他のスタッフと混同してしまう可能性があるため、束ねた笹を背負う仕様で特注した。


 対する私は小学六年生女児で他の皆と比較しても背が低いため、あのハロウィンパーティで着用したものをリメイクして再利用している。超久しぶりのモッフモフ!


「何だかテンションが上がってきました!」

「秘密裏行動なんだからすぐに下げて。……ハァ、じゃあ本田さん、行ってきます」

「坊ちゃま、お嬢さま。お気を付けて」

「行ってきます!」


 溜息を吐き出すお兄様と黒くなったピチピチの手を繋いで、車でお留守番の本田さんに手を振っていざ出発!

 そして一度校舎内に入れば、変わり果てた内装に顎が外れそうになった。


「……張り切りが度を越し過ぎです」

「……帰ったらちょっと家族会議だな」


 人件費・内装費諸々どれだけ掛かったのか。

 隣からもポツリとそんな言葉が漏れ聞こえてきて、張り切り禁止令が帰宅後にお父様へ科せられる模様。


「そう言えば、ポシェットの中に何入れてきたの?」

「これです!」


 着ぐるみの上から肩掛けしているポシェットから、ジャッジャーンと取り出す。


「……何に使うのそれ」

「だって私だけミニ着ぐるみスタッフですし。お父様に出会ってしまったら、声で私だと一発でバレちゃうじゃないですか」


 呆れたように言われて理由を話せば、「ああ、そういうこと」とご納得頂けた。お父様にバッタリ会ってもお兄様は誤魔化せるかもしれないが、私は絶対にバレてしまう確率大。それに、私がここに来ていることがバレてはならない人物たちもいる。


 特にバレてはならないのは、『猫宮 亀子』として存在が認知されているド畜生。ヤツが私を亀子だと判断する材料は、恐らく声と口調。

 水泳キャップ&ゴーグル、リアルクマさんマスク等、顔が分からない対策はこの着ぐるみも同様なのだ。奴の目(耳?)を欺くためにはこの――ヘリウムスプレーで変声させなければ!


 そうしてフンスと鼻を鳴らして歩きながら、各スタンプ場を見て回る。スタッフさんともよろしくお願いしますとご挨拶しながら全十箇所回ったが、これと言って穴という穴は見つからなかった。


「穴、ありませんでしたね」

「まぁ他家とも協力しているくらいだし、向こうが先に穴を見つけて埋めてくれている場合も……ん?」


 お兄様が窓を見下ろすのに釣られて見れば、生徒たちが登校してきていた。あ、もうそんな時間?


「確かファヴォリだけ、サロン待機なんですよね?」

「そうだよ。じゃあ僕達も一旦車に戻ろうか」

「はい」


 お昼ご飯を食べるべく、お留守番している本田さんの待つ車へ引き返していると、途中でノートみたいなものを手にしている女子生徒とすれ違った。今日は授業ないのに、とても勉強熱心なことです。


 他にも着ぐるみスタッフが歩いているからか、特にミニサイズの私がいてもおかしな目で見られることはなく、何事もなく持たされたお弁当を美味しく車内で頂いた。





 ――遂にやってきました、行事本番。


 校舎全体を使用してのスタンプラリーなので問題がどこかで発生していないか、私パンダとお兄様パンダはそれぞれ別行動で見て回る。もしパートナーとはぐれて泣いている一年生がいたら、お手て繋いで一緒に捜してあげなくては!


 お父様の張り切りフォロー目的で来ているが、スポンサー筆頭の家の娘でもある。


 鈴ちゃんばかりでなく、入学した他の一年生のためにもこの行事、大成功の元に終わらせなければならぬ! 小学一年生だった私の時のような、あんな事件が万が一にでも起こってはならぬのだ!!





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 フンスフンスと練り歩いて幾星霜いくせいそう

 いや、心持ちね。


 場所としては校舎三階で、室名プレートで主に三年生の教室が並ぶ階だと分かるが、ここで私は遂に穴を見つけてしまった。


 室名プレートを確認すれば、『多目的教室』とある。

 菅山さんという裏ルートで入手した資料によると、ここは中條家のご令嬢がパフォーマンスで使用する、生花植物の一時搬入保管場となっている筈。


「……何これ」



 ――室内にある全ての花の頭が、無残にも床に散り落ちていた。


 枝葉にしても幾つか折られていたり、むしられていたりするものもある。人為的に行われたことだと、確実に断言できる現場であった。


「誰がこんなことを……。罪のない植物をこんなにして」


 足を踏み入れて呟く。


 悪戯目的の犯行と言うには、あまりにも幼稚。

 単独で一年生が三年生の教室まで上がってくるとも思えないし、見たらすぐ騒ぎになるようなこんなことを六年生がやるだろうか? だとしたら主催関係者かと考えるも、犯行動機が不明でそれにも首を傾げるしかない。


 よく分からないが、取り敢えずこれは関係者以外入れないようにしなかった、お父様のサプライズ穴と言えるだろう。これから使用するものをこんな状態にされて、こっちが逆にサプライズされたわ。



『ただし花蓮は自分でどうにかせず、必ず僕に先に報告すること』



 お兄様の注意が頭に浮かぶ。


 事件現場では何も触らず、動かさないのが鉄則。お兄様は上の階から見回りをしているので、一階登ればすぐに会えるだろう。

 そう考えて教室から出ようと向きを変えたその時、踏み出した足が何か(多分落ちてる花)を踏んで――ツルリと足が滑った。


「っ!?」


 反射的にどうにかしようとせめて受け身を取ろうとしたのだが、初めから後ろ向きで倒れていくのを私の運動神経がどうにか出来る筈もなく、ドッターン!!と大きな音を立てて思いっきり床と背面衝突した。


 いったーい!! しこたまお尻と背中打った! 頭はパンダ頭が守ってくれたけども!


 さすがのモフモフでも年齢が上がって体重も増えた分、あんまり吸収してくれなかった。そのままお尻と背中の痛みに悶えていると、一拍置いて教室の外でざわめきが生じているのに気づく。


「え、もの凄く大きな音がしたぞ!?」

「何か物でも落ちたのか?」


 などと複数人の声が耳に届き、足音がこっちに向かってくる……だと!?

 何となくここに留まっていたら不味い気がするものの、お尻諸々が痛くて起き上がれな――――ガラッ。


「うわっ、何だこれ!?」

「おい、変なパンダが転がってるぞ! コイツが犯人じゃ」

「俺ちょっと先生か誰か呼んでくる!」

「じゃあそれまで出さないように扉閉めるぞ!!」


 待って待って閉めないで!

 私の話を聞いてくれ!!


 ギョッとして待ったを掛けようにも、チームワークがいやに良い六年生男子の素早い判断力で無情にもピシャッと扉を閉められ、ひっくり返った状態のまま、私は呆然とそれを見つめるしかなかった。



 ……パンダ妹が捕獲されてしまいました助けてお兄様ああぁぁぁぁ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る