Episode178.5 side 百合宮 花蓮の後手① パンダがひっくり返るまで 前編

 某書斎にあるカレンダー赤マル事件が発生した日の夜、私は計画書に記入した項目①を遂行すべく、お兄様の部屋へと突撃した。勿論ちゃんとノックをして、入室の許可は得ましたとも!


「お兄様! 私達が鈴ちゃんをお父様の張り切りから守らなければなりません!」

「この妹は本当にいつも突然脈絡なく言い出すよね」

「来たる五月十八日! 聖天学院では、毎年恒例の親交行事が行われる日だとお母様からお聞きしました。そしてそれにお父様が自らスポンサー役を買って出て、何やら影でコソコソしていると。お兄様! お兄様ともあろう人が、どうして見過ごしてしまったのですか!?」


 プンプンして言う私に、「あぁ……」と若干遠い目をして呟く。首をコキリと鳴らして、お兄様は椅子に腰かけて組んだ足を組み変えた。


「まぁ入学式に参列できなかったなら、歌鈴の次の学校行事ってそれだし、何か動くかなとは思っていたけど。また銅鑼をガンガン叩き鳴らされてお手伝いさん達に迷惑は掛けられないなっていうのと、やっぱり本人が一度そういう目に遭って、恥ずかしさを覚えないといけないと思うんだ。そういうの、幼い頃から学んでいたら、父さんの張り切りへの対処力も身につくだろう?」

「なるほど」


 鈴ちゃんに免疫をつけさせるために、敢えて止めなかったと。

 ……実を言うと、いつも深い笑顔でナイフを飛ばして動きを止めているお兄様だが、そんなお兄様をしても一度だけ、お父様の自分に対する張り切りを事前差し止めできなかったことがある。


 あれは、お兄様が中等部三年生の時の運動会。義務教育の終わりである中等部最後の運動会にて、生徒たちの活躍を存分に堪能するという名目で巨大モニターが運動場に取り付けられた。


 しかしその実態は、ほぼお兄様のご活躍生中継。容姿・活躍ともに抜群のお兄様は男女関係なくほとんどの生徒を熱狂の渦に陥れ、主役である筈の生徒がそんな様子だし百合宮家だしということで、保護者からは何ら抗議は出なかったとか。

 ちなみに私は普通にお留守番で、帰宅したお兄様から事の次第を愚痴愚痴と話されたのである。


 あとお兄様曰く、『では菅山、今度取り付けるモニターのことだが~~』と書斎の前を通った際にチラッと耳にはしていたが、てっきり会社で使用するものだと思ったとのこと。一年生だった当時の私と同じ思考です。


 私もお兄様もお父様の張り切りの被害に遭っているからこそ、いつも注意深くナイフとハンマーを手にしているのだ。


「それでは、今回の張り切りは見過ごすのですか?」

「……どうしようか。あれでも歌鈴が思いの外ショックを受けて、もう学院に行きたくないとか言い始めたら困るし。さすがに僕もちょっと予想がつかないんだよね。どうやら他家にも協力要請しているそうだし」

「え」

「菅山さんに確認した。僕が華道を習いに行っていた中條家と、その件で打ち合わせしたって」

「何ですって!?」


 あのガリヒョロは身内に迷惑を掛けるばかりでなく、遂に他のお家まで巻き込んでしまった! 暴走が過ぎるぞ!


「張り切り過ぎじゃないですか! やっぱりダメですお兄様! このまま見過ごすと入学式に参列できなかった分、鈴ちゃんがとんでもなく恥ずかしい目に遭ってしまいます!!」

「やっぱりそうか……。そうだよな」


 共感は得られたものの、どことなく浮かない顔をしておられる。


「お兄様?」

「いや、あれだけ入学式を楽しみにしていた姿を見ていたから。僕のも花蓮のも父さんの自業自得とは言え、歌鈴のだけは絶対ってビデオカメラまで新調してたし。僕は自分のは別にどうでも良かったけど……花蓮は?」

「私も特には」

「うん。当時は僕達も僕達で構われなかったから、無関心だった。けど、歌鈴は違う」


 言われて考えてみる。


 まぁ私の場合は精神年齢が上だったものあるが、記憶を思い出す前にしてもずっとお母様が私に付きっきりで、お父様の存在はかなり薄かった。

 けれど鈴ちゃんが生まれてからはアルバムに載るのに必死だし、赤ちゃんの頃はそれはもう日がなパシャパシャしていて専属カメラマンのようだった。


 私達と違って初めから構われていた鈴ちゃんは、普通にそれがお父様であると思っているが、仕事一環鬼軍曹時代を知っている私達からすれば、呆気に取られるぐらいの変わり様である。


 物心ついてから張り切りを受けている私とお兄様は恥ずかしいが先立つが、鈴ちゃんはそう思わないかもしれない。そしてお父様も私達を構わなかった分、鈴ちゃんには必死になっている節が見受けられる。いや、今も私達は私達で張り切られているが。


「母さんも父さんのそういうの知っているけど、いつも止めてはいない。だから自分のはいいけど、歌鈴に対するものは止めるべきじゃないのかとも思ってね」

「お兄様、ご自分のはいいんですか」

「中等部最後の運動会で気づかなかったこと、今でも心底後悔している」


 左様ですか。けれどそんな中でも活躍を損なわなかったと言うのだから、精神力激強である。

 しかしそう言われてしまえば、私も思うところができてしまった。鈴ちゃんに恥ずかしい思いはさせたくないが、お父様の子どもを想う気持ちも無碍にすることはできない。


「……ちょっと考えたんだけど。父さんの張り切りはそのままで、僕達がフォローすれば問題ないかもしれない」


 顎に手を当てて考え事をしていたお兄様から、突然の提案が放たれたのに目を丸くする。


「フォローですか?」

「そう。ほら、父さんの張り切りにはいつもどこかに穴がある。その穴が僕達を恥ずかしい目に遭わせているのなら、埋めればいいんじゃないかって」

「……そうですね。いつもサプライズ考えていますし」


 大体そのサプライズに穴が開いている。兄妹だから私とお兄様、そして鈴ちゃんの思考は似通っているけれど、親子なのだからお父様の考えもある程度は察することができる筈である。


 そういうことでお父様は泳がせることにし、影ながら私とお兄様でそれぞれフォローを入れるということで、『親交行事お父様張り切り防止計画』改め、『親交行事お父様張り切りフォロー計画』が行事の水面下で秘密裏に動き出したのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 私はお母様から情報収集、お兄様は菅山さんから情報収集をした結果、学院校舎を使用したスタンプラリーと、中條家のご令嬢が見せものをするということを事前に知ることができた。


 スタンプラリーの集計をしている間、それで間を持たせると。ウチは生花をエディブルフラワーにして食品製造もやっていたりするので、私と瑠璃ちゃんの関係も加味した上であろうが、米河原家ともお取引きをさせてもらっていたりする。


 華道のお家なのでやはり見せものというと華道になると思われ、お菓子とお茶を振舞うそれは、米河原家から提供されるそう(って、瑠璃ちゃんが言っていた)。新入生は鈴ちゃんだけでなく蒼ちゃんもいるので、お父様は米河原家にも協力を仰いだと。他家へ協力を仰ぎ過ぎである。


 お兄様が得た菅山さん情報によれば、スタンプラリーはどうもただのスタンプラリーではないようで、謎解き要素を盛り込んだものにするとのこと。

 そしてお父様のコソコソ張り切りは家族から何も言われないことでもう隠す気がないようで、お兄様へと直接協力を要請し出した。主に謎解きの謎を考えてほしいという面で。


 学校から帰宅して、お兄様から出題する謎を見させてもらったが…………え、難しくないですか? 真面目で優等生な私でも少し考えてしまう内容。これ余程頭が良くて柔軟じゃないと、解けないと思われます。


「そう? ……これ、僕がまだ初等部の低学年の頃に、授業の合間に遊びで考えた内容なんだけど」


 どんだけである。


 ……お兄様はよく、遠山少年の勉強を見てあげていると言っている。

 もしや正答率が低いのは、出題レベルの難易度がハードだからでは……? 遠山少年の頭ではなく、相手のレベルを計れないお兄様の問題なのでは……?


 そう思ったけれど危機管理能力がピコンと作動したので、そんなことは考えなかったことにした。

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