Episode177 海棠鳳⑥-忍の死角 前編-

 親交行事当日。

 土曜日である本日の行動予定としては、行事自体は午後から行われるために、生徒は午後登校。登校を指定されているのはもちろん六学年と一学年だけなので、他の学年のいない校舎は静まり返っている。


 今年の親交行事はどうやら校舎内で行われるようで、ファヴォリはファヴォリでサロンに登校。他の一般学生に関しては、各自の教室で待機という。


 自分は相変わらず早めの登校をしてサロン内での観察に努めているが、やはり登校理由が理由なので、本日ばかりは既に決まっているパートナー同士で交流をしている生徒が多い。ちなみに自分のパートナーは一般学生の子なので、ここにはいない。


 と、白鴎兄妹と秋苑寺くんが入室してきた。

 ちなみに彼等の本日のパートナーは同じクラス編成で、秋苑寺くんと白鴎妹がパートナーとなっている。自分たちが一年生だった時も秋苑寺くんのパートナーは白鴎先輩だったので、妥当である。


 もちろん白鴎くんのパートナーもファヴォリの一年男子。チラリとパートナーの子を確認すれば挨拶はしているものの、話し掛けには行かないようだ。分かる。行きにくいよな……。


「――忍」


 白鴎くんのパートナーの子に共感を抱いている内に麗花も入室してきて、自分のところへと向かって来た……の、だが。


「いつも早いですわね」

「こんにちは、尼海堂せんぱい」

「……こんにちは」


 麗花には連れがいた。

 彼女のパートナーである、百合宮妹が。


 彼女は兄とよく似た微笑みを浮かべて、自分へととても美しい所作で挨拶をしてきたので、こちらも挨拶し返す。

 それを終えると麗花は自分の隣ではなく一つ向こうのソファに座り、真ん中になるように百合宮妹を座らせた。……ああ、まぁ親交が目的だしな。


 百合宮先輩に対しては未だに忘れられないトラウマを抱えているので、彼と態度が良く似ている彼女を見るとどうにも腰が引ける。一体その微笑みの裏でどんなことを考えているのか。

 姉の方はそれを思えば態度はハッキリしていたけど、出していた圧は怖かった。……百合宮家怖い。


「忍? どうしましたの?」

「……何」

「眉間に皺が寄っておりましてよ。体調が優れませんの?」

「問題ない」


 体調は万全だ。

 日々修行で鍛えているから超健康優良児だ。


「……百合宮さんとは」

「駐車場でお会いしましたの。今日のパートナーですし、どうせならサロンまで一緒に行きましょうと」

「はい。薔之院せんぱいといっしょにすごす日をわたし、指おり数えて楽しみにしておりました」


 そう言い、百合宮妹が嬉しそうに笑った。

 麗花も「そうでしたの?」と微笑んでいる。


 普段百合宮妹はサロンに来ないので、麗花と個人的に会話をすることもなかったと認識している。今年の一学年ファヴォリの中では、家格的には百合宮・白鴎家くらいしか薔之院と四家の御曹司とは釣り合わない。


 そして自分たちの学年より下の学年でもおいそれと彼等に近づいてくる生徒はいないので、彼等の交流の輪は自然と同学年に狭まっていた。下級生から麗花に向けられるのは、彼女のその堂々とした佇まいと態度から、畏怖に基づいているものが多いのだが……。


 ……そう言えば、けど麗花は百合宮先輩が初等部にいた頃は彼とたまに交流をしていた。もしかして兄から麗花の話を聞いていて、それで彼女に対するハードルが低いのか?


 そんなことを考えていると、麗花がソファからサッと立ち上がった。え? 座ったばかりなのに?


「麗花?」

「少々席を外させて頂きますわ。新田さまと約束していることがありますので。百合宮さん。私が戻るまでは、こちらの先輩と親交を深めていて下さいませ」

「!?」

「分かりました」


 いま何て言った? 新田さんと約束!?

 ヤバい知らんかった! それにこの子と親交を深める!!? ……待て、よく見たら中條もいないぞ!?


「麗…」

「尼海堂せんぱい」


 呼び止めようとしたが百合宮妹に話し掛けられて、麗花は何故かルンルンしながらサロンから出て行ってしまった。自分が緋凰くんに拘束されている間に赤薔薇親衛隊が動いていたのか!? 秋苑寺くん!?


 思わぬ事態だが、後輩で自分よりも家格が高い相手を放っておく訳にもいかず、仕方なく顔を向けると百合宮妹が自分を見て微笑んでいる。怖い。


「……何」

「わたし、尼海堂せんぱいとお話したいと思っていました。薔之院せんぱいと尼海堂せんぱいは、とても仲良しなのですね」

「彼女とは友達だから」

「はい。薔之院せんぱいからもお聞きしています」


 そこで一転、微笑みが僅かに深まった。


「――尼海堂せんぱいは、姉のことを知っているのですか?」

「……」

「前に秋苑寺せんぱいとこちらでお話されていた時、姉のことが聞こえたものですから。秋苑寺せんぱいもごぞんじなのでしょうか? 兄は、姉のそんざいは知っている人だけが知っていればいいと、言っていたものですから」


 ちょっと待ってほしい。


 あの時の会話が聞こえてたのか? だからこっち向いたのか? 嘘だろ? だって低学年と高学年のスペース結構離れてるし、そんな聞こえる声量で話してなかったぞ。というか長女の存在は身内でどういう扱いなんだ!?


「……自分たちの親交行事と彼女の遠足が重なった。同じ場所で見たことはあるけど、話はしていない」

「あ、それでですか。すみません。とても不思議で気になったものですから」

「別に」


 微笑みの圧が百合宮先輩を思い起こさせて、何だか胃がキリキリしてきた。おかしい。自分は超健康優良児の筈。


 そして彼女と話していて、覚えのある強い視線がグサグサと突き刺さってくる。チラリと確認するとやはりと言うか、白鴎妹がこちらを真顔で見ていた。何故か敵意のようなものを感じる……。


 白鴎兄妹と秋苑寺くんで並んでソファに座っているが、白鴎くんは本に視線を落としていて妹の様子に気づいておらず、気づいている秋苑寺くんが手を振ってくる。彼は白鴎くんに声を掛け、白鴎くんが自分を見て頷いたのを確認してこちらに向かってきた。


 あ、向こうは単体か。良かった。


 そう思って安堵したのも束の間、妹が兄に何か言って従兄弟の後を追い始めたのを見て戦慄する。ここからさっさと逃走したかったが、しかし本当に逃走する訳にもいかず、自分は彼等を迎えるしかなかった。


「やっほー忍くん! ミニ百合ちゃんもこんにちは~」

「こんにちは、百合宮さま。……こんにちは、尼海堂せんぱい」

「こんにちは、秋苑寺せんぱい。白鴎さま」

「…………こんにちは」


 白鴎妹の自分に対する挨拶だけ声音が低かったどうしよう。

 胃のキリキリが重みを増す自分の足元へと、秋苑寺くんがしゃがんできた。


「あのさ~、ごめん。俺、途中から邪魔できなくなっちゃってさぁ。ずっと詩月に見張られてて、忍くんのところにも行けなかったし」

「!?」

「薔之院さん楽しそうにどっか行ったけど、何かあんの?」


 どうして白鴎くんに見張られる事態になったのかは分からないが、秋苑寺くんも動けなくなっていたとは初耳であった。……実を言うと自分は放課後だけじゃなくて、昼休憩も緋凰くんによって拘束されていた。


 最初にしていた話と違うと言いたかったが、目視できる(緋凰くんからは見えない)位置に不死鳥親衛隊がこっそり控えているのを見つけたので諦めた。

 お前たちは離れてくれと緋凰くんから言われてるんじゃなかったのか? なに初めてのお○かいの見守りスタッフみたいなことをしているんだ。


 だから碌に麗花とも話せていなかったし、城山の様子も見に行けていなかった。ただこの数日間は麗花が楽しそうな顔をしているのだけは何とか隙を見て確認できていたから、大丈夫だと思っていたのだが。


「……新田さんと約束があると」

「え? あー……、大丈夫じゃない? 彼女、ボスんトコじゃなくて最近は薔之院さんといたみたいだし。何か薔之院さんが絵のモデルを新田さんに頼んだんだって」


 絵のモデル? 確かに麗花の趣味だし、いつもは風景画だが今回は人物画なのか。しかしどういう経緯で新田さんに頼んだのか気になるな。


「中條もいない」

「中條せんぱいは、ごじゅんびがありますから」


 答えたのは百合宮妹だった。

 自分も秋苑寺くんも目を丸くする。


「え、どういうこと?」

「ふふ。わたし、お家で聞いてしまったのです。父がおでんわで、『今年の親交行事は我々で盛り上げましょうぞ、中條さん!』とお話しされておりました」

「ということは今年のスポンサーって、百合宮家と中條家?」


 なるほど。それなら中條がいないのも頷ける。

 家の手伝いで何かあるのなら、特に彼女たちは親衛隊の関係で動いてはいないのだろう。


 自分も二人に捕まった日からそれ関係で特に何もされていないので、色々動けない理由が皆それぞれで重なったということか。……まぁ、こんな日に大それたことなんてできないだろう。


 白鴎妹が頬を淡く染めて百合宮妹と話すのを耳にしながら、肩の力を抜いて麗花の戻りを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る