Episode171 そして新たな計画が始まる

 今日は修学旅行の振替休日です。

 疲れを取るための休息日だけど、昨日帰宅して自分のベッドで寝て起きたら、翌日はもう元気に満ち満ちていた。


 珍しく先に起きた私はお兄様の部屋に忍び入り、とうっと上からダイブしたらその衝撃で目覚めたお兄様に、朝一で怒られるという事態になりました。モーニングハイになってました。本当にすみませんでした。


「それで、修学旅行で何を学んできたのかな? 目覚めてすぐ兄を押し潰すことを学んできたのかな?」

「ちゃんとお寺や神社の歴史を学んできました」

「柚子島くんのところに行って、まさか同じことしてないだろうね」

「していません。そこまでの域にはまだ行っていません」

「……まだ? そう、予定があるんだ」

「ありません」


 私の現在地、床に正座。


 ベッドに腰を下ろしているお兄様から、絶賛クドクド注意を受けている最中です。元気が満ち過ぎて、やってしまった後のことを全く考えていなかった。


 こうして注意をされながら考えてみると、何だかお兄様のベッドとは相性が悪い気がする。だって私がお兄様のベッドと関わったら大体怒られているし。


 しかし兄妹間の軽いスキンシップなのに、私重くないのに、別にベッドに潜り込んだ訳でもないのに、どうしてこんなに怒られるのだろうか? 何か納得いかないなぁ。


「何か反論でも?」

「ありません」


 何を察知されたのかそんなことを言われ、速攻否定した。


 うん、これは問題起こした生徒が再犯しない訳だ。普通に怖い。ジワジワと追い詰められる恐怖がここにある。


「お姉さま、お兄さま! おはようございます!」

「鈴ちゃんおはよう!」

「おはよう、歌鈴」


 声が聞こえたからなのか、閉まっている扉を開けた瞬間に私がいることを疑問に思うことなく、元気に挨拶をして部屋の中にテテテと入室してくる。そんな鈴ちゃんを見てお兄様が軽く溜息を吐いた。


「歌鈴。扉をノックして伺いを立ててから入りなさい。それじゃあ勝手に人の部屋に忍んで入ってきた、どこぞの姉と変わらないよ」

「りょうかいです!」


 私はお口チャックする。

 目覚めたお兄様と目が合った時から危機管理能力は作動している。もっと早く作動して欲しかったです。


 そしてまた元気にお兄様に頷き返した鈴ちゃんだが、何やらウズウズとしている。兄と姉がどうしたのかと首を傾げていると、今まで我慢していたらしい鈴ちゃんは「とうっ」と掛け声を発して、お兄様が座っている横へとダイブした。


「……」

「……」

「お兄さまのおふとん、ふかふか~♪」


 そのまま顔を埋めて両手でテシテシ叩いている。


「花蓮」

「はい」

「姉がやるから下も同じことをする」

「あのでも、鈴ちゃんは私がやったの見てなk」

「何か反論でも?」

「ありません」


 お口チャックしていたのに完全に飛び火した。


 何故だ。カーペッドの上をゴロゴロ転がるのも、ベッドにダイブしたのも鈴ちゃんはその場で目撃していない筈なのに! ……ん? いや待てよ。お兄様の言う上がやったことを下が真似する理論だと、私がやったことはお兄様もやっているという話になr


「ありません」


 お兄様が目を細めて私を見ていた。

 私は何か言われる前にそう答えた。何て朝だ。


 正座が続く私と、後ろから抱えられてお兄様に両方のほっぺを指で伸ばされる鈴ちゃん。


 修学旅行から帰ってきた翌日の始まりは、こんな感じだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 カレンダーに赤マルがついている。


 子供の中では私だけが休みの中、誰にも見咎められないとこっそりお父様の書斎部屋に侵入して怪しいものはないかとチェックしていたところ、それを見つけた。

 カレンダーを見たのも、学校行事で変な張り切りを起こしていないかと危惧してのこと。


 修学旅行が終わった私の学校行事はまだ当分先。お兄様は深い笑顔でナイフを飛ばし、張り切りの影に命中させて動きを止める。

 けれどこの時期にお兄様に係わる学校行事はなかった筈。となると、ピカピカの小学一年生である鈴ちゃんの可能性が高い。



 ――お父様は残念ながら、鈴ちゃんの入学式には参加できなかった。

 スーツも新調して美容院に散髪しに行く張り切り具合を見せていたのに、何と前夜に秘書である菅山さんから緊急の連絡が入ったのだ。


 その内容はと言うと、海外の大きな企業からぜひ提携したいと申し入れがあって、先方がわざわざ来日してくるのが入学式当日だったと。さすが海外。スピーディ。

 社長が出てくるのだから、こちらも社長が出なければならない。お父様は荒れた。


 この部屋にある銅鑼どらをガンガンガンガン叩き鳴らし続けるのを我々家族はしばらく放置していたものの、さすがに住み込みお手伝いさん達に迷惑だったために、お母様がいつまで鳴らすんだと説教していた。


 どうにもお父様は、子供の入学式には参加できない運命のようである。


 私とお兄様はお父様の張り切り被害を受けて恥ずかしい思いをしているものの、傾向と対策を講じられる程には免疫がついている。

 しかしこの『お父様入学式参加お預け事件』が発生してしまったがために、学校行事に係わるお父様の張り切りに対する免疫が鈴ちゃんには未だついていないのだ。これは幸か、それとも不幸なのか……。


 だが唯一、確信を持って言えることがあるとするならば――――ここは姉である私の出番である。


 カレンダーを睨みつけた後、きびすを返した私は書斎部屋から出てリビングへと直行した。




「お母様!」

「花蓮ちゃん。どうしたの?」


 現在のお母様の趣味は、パッチワークから摘まみ細工へと変遷へんせんしている。リビングの至るところにお母様の作品が並ぶ中、私はお母様に赤マルの謎を訊ねた。


「お父様が書斎にある来月のカレンダーに赤マルをつけていました。私の誕生日でもありませんし、会社でも何かイベント事はなかったと思います。あれは一体何なのかご存知でしょうか?」

「花蓮ちゃん、勝手に入ったの?」

「お父様が何か張り切ると、無駄にお金が流れて行きます! お金を使って経済を回すことも大切ですが、それにも用途の限度というものがあります! 私は百合宮家の娘として、無駄に該当するものは事前に差し止めるべきだと考えます!!」


 訴えを聞いたお母様は、なるほどねと頷く。


「ちなみに、赤マルがついていたのはいつ?」

「五月十八日です!」

「あら。じゃあそれは問題ないわ。歌鈴ちゃんの日だから」


 やっぱり鈴ちゃんのターンだった!


 何でもないように言っておられるが、鈴ちゃんに対する張り切りだと余計に心配だ。何せ入学式参加お預けのフラストレーションが溜まっているのだから。


 というか、その日の鈴ちゃんイベントって何!?


「鈴ちゃんその日、何かありますっけ?」

「ほら、聖天学院で毎年恒例の親交行事よ。六年生とパートナーになって親睦を深めるっていう」


 教えられたことに、ああと思い出す。

 確か私も一年生の遠足は五月だった。行き先が聖天学院と被ってたんだよね。なるほど……ん?


「どうしてそれがカレンダーの赤マルに繋がるんですか?」


 まさかこっそり侵入してビデオ撮影する気じゃ。

 前科があるのでそんな不安が過るも、お母様は楽しそうに笑って。


「今年の親交行事はね、ウチがスポンサーになって色々と計画することになったの。学院が今年はどうするかとアンケートを各家に取った時に、それを知ったお父様が任せてくれと率先して連絡を取ったみたいで。ふふっ。あんなに張り切って、お父様ったら可愛らしいわよね?」


 可愛らしいで済まされることではないと思います。

 そんなこと言えるのお母様だけですから。


 お父様は仕事で忙しい筈なのに、全くどこから情報を仕入れてくるんだ。食事の席では学校行事の話題が上がる度にお兄様のナイフとともに、私もハンマーを手に目を光らせていたと言うのに。


 ……タイミング的に私が家を不在にしていた修学旅行の時か? ピンポイント過ぎる。


 どんな張り切り具合でいるのか不安で仕方がないが、決まってしまったものはしょうがないので、この件はまたお兄様が学院から帰宅された時に相談することにする。


 鈴ちゃんを私の時のような恥ずかしい目に遭わせてはならぬ!


 ちなみに鈴ちゃんが六年生の誰とパートナーになるかだが、それはあまり心配ないと思われる。鈴ちゃんの所属クラスは1ーAで、麗花も6ーA。

 どうもペアは同じクラス編成のようでファヴォリでもあるし同家格なので、恐らくこの組み合わせで間違いはない筈。麗花が一緒なら安心だね!


 お母様から情報を得た私は自室へと戻り、計画書ノートを開いた。そしてペンを取ってカキコカキコ。



 『親交行事お父様張り切り防止計画』



 ――私はフンスと鼻を鳴らした。

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