Episode169 言えること、言えないこと
大浴場で知ってしまった周囲からの私達への評価に打ちのめされた私だが、会話が途切れたところを見計らってお母様直伝・淑女の微笑みを貼りつけて入り、何とかやり過ごすことに成功した。
こんな時に淑女の微笑み会得しているの、本当に便利だよね。
あんまり出るのが早かったら気を遣ったと思わせてしまうかもだし、そこは入っている皆と合わせてお風呂から上がった。露天ではないけど温泉の湯を引いているとのことで、芯からあったまるようだった。
ポカポカと心地良い気持ちのままジャージに着替えた私達は来る時と同じように一緒に固まって部屋へと戻るため女子階まで帰ってきて、そうしてお風呂で別れる前に話していた通り、裏エースくんがソファに座っているのを見つけた。……見つけたのだが。
「……」
裏エースくんと、女子三人。
内一人は木下さんで、彼女は困った顔をして彼らの様子を窺っている。
私のクラスの子は今浴場から戻っている最中だし、Bクラスもそう。袋を抱えているということは、木下さんは少しだけ先に戻っていたようだけれど。
裏エースくんと話している女子二名に関しては、Bクラスでも見たことはない。Cクラスでもないので、該当するとしたら一番私と関わり合わない、Dクラスの子達かと当たりをつける。
見たところ裏エースくんはにこやかでもないし、かと言って不機嫌そうでもない。至って普通な感じだ。
……はて、私はスルーして部屋に戻ってもいいのだろうか? 声を掛けてから一旦荷物置いてきて、戻ってくる感じ?
雰囲気的に不味そうではないので木下さんだけこっそり連れて行こうかと考えていたところ、私と一緒に帰ってきたものの、何故か部屋に戻らずその場に一緒に留まっていた女子たちがヒソヒソし出した。
「あれってDの子でしょ? 同じクラスとか班の子なら分かるけど、百合宮さん待ちな太刀川くんによく堂々と話し掛けられるよね」
「しかも多分、戻り途中の木下さん捕まえてきたって感じじゃない? 相田さんだと撥ね退けられるからって、大人しい木下さん狙ったんだよ。修学旅行でハイになったのかな」
「ううん。あの子たち結構気が強いタイプだよ。多分太刀川くんも木下さんのことを考えて、強く追っ払えないんだと思う」
私が何か言う前に情報提供と考察、ありがとうございます。というか追っ払うって。
女子に話し掛けられていること自体に関しては毎度告白で呼び出されているので、ああまたか、くらいでいるのだけど、仲良しな木下さんを利用されているとなると話が違ってくる。
ここはやはり私が出て行くかと決めたところで。
「木下さん!」
「ごめんね、すぐ戻らなくて。約束してたのに待たせちゃったよね?」
私を真ん中にする形で両隣りにいた佐久間さんと小野田さんが、木下さんに駆け寄って腕を取って引っ張り出し、囲んでしまった。
「え、えっと?」
「お風呂でババ抜きしようって話してたのに、ホントごめんね」
「ババ抜きの後はトランプタワー作ろうね! 一回飛ばされちゃったけどまた頑張って、今度こそ先生に写真に撮ってもらうんだから!」
「あ、それ楽しそう! 私も混ざっていい?」
前方から聞こえてきた、相田さんの大きな声。
見ると彼女と一緒に来たのか、二人のBクラスの女子がいる。なるほど、木下さん救助のために相田さんを呼びに行っていたのか。
そうして木下さんたちの傍まで来てDクラスの女子をジロリと睨みつけ、睨まれた彼女たちも佐久間さんと小野田さんが現れたことで、私がこの場にいることも把握したようだ。彼女たちは顔を引き攣らせて焦ったように、足早に去って行った。
「もう! 何やってんの太刀川くん! そんなところに一人で座って、ネギ背負った鴨じゃない!」
「み、翠ちゃん」
相田さんの文句にドキリとする私と、溜息を吐く裏エースくん。
「俺だってまさか木下盾にして来るとは思わなかったんだよ。悪かったな、木下」
「ううん、いいの。ごめんね、私も捕まっちゃって」
「たっくもー、本当油断も隙もないんだから。あ、そう言えばありがとうね。香織ちゃん助けてくれて」
相田さんからお礼を言われた班員の二人が微笑む。
「いいよ。せっかくの太刀×百合を邪魔されるなんて、許せないもの」
「間近で見られるまたとないチャンスだったのに、本当に有り得なかったもの」
ねー、と頷き合っている私の班員であるが、やはり言っている意味はよく分からなかった。
というか私が出る幕もなく全てが終わってしまった。こんなことは初めてである。
そして何故か意気投合した女子は私達の部屋でトランプをする流れにまで発展したが、佐久間さんが戻ってきて私の手から袋を取り。
「荷物は私が部屋に持って行くから、このまま太刀川くんとお話しして来てね!」
「え」
にっこりと笑って私以外の女子らは、各自の部屋へと戻って行った。
「強いな、Aの女子」
「いえ。私もあんな一面があったんだって、いま初めて知りました」
ポツリと落とされた呟きに答えを返す。何やらお膳立てされたような気分で大人しく隣に座ると、コクリと頷かれた。
「まぁ花蓮がよくクラスで話しているの、拓也か土門くらいだもんな」
「そうですけど、ちゃんと女子ともそれなりにお話はしていますよ。……さっき、あの子たちと何を話していたんですか?」
聞くと意外そうな感じで顔が向く。
「気になんの? 呼び出されて戻って来ても、そういうのいつも聞いてこないじゃん」
「それはだって、内容の検討つきますし。それに実際に貴方が私の知らない女の子と会話しているの、久しぶりに見ましたし……」
話として知っているだけで、告白の現場に遭遇したことなど一度もなかった。催会で女子にきゃあきゃあ言われていたのだって、あれ一年生の頃の話だし。
私は禁止令で参加していないけれど、裏エースくんは度々参加しているのは聞いていたから、それも私の知らない場で起きている話で、実際に女子に囲まれているのなんて見たことない。
だから現実に目視してしまって、どう判断したらいいのか分からなくなってしまったのだ。
だって明確にハッキリとお付き合いしているんじゃないのに、どの面下げて割り込めに行けと。木下さんが利用されている可能性が出て、そこで初めて行ける理由ができたと思ったのに。
それも周囲が動いて、あっという間に解決してしまった。心中複雑である。
「立場的には私も他の子と同じなので、さっきだって堂々と行けませんでしたし……」
「は? 他の子と同じって、花蓮は違うだろ」
「え?」
胡乱気な眼差しで見つめられる。
「前にさ、自分の好意は撥ね退けるとか言われたことあるけど、今のお前だってそうじゃん。俺何回も言ってるじゃん。花蓮のことが好きだって」
「!」
「何気にしてんのか知らないけどそんなの、行ける理由ならちゃんとあるだろ。太刀川 新は百合宮 花蓮のことが好きで、百合宮 花蓮は太刀川 新のことが好きっていう、明確な理由が。周りに言われて変わるような程度の軽い気持ちじゃないのに、そこに必要な立場なんて要るか? 俺らの中にあるその事実だけで充分だろ。何ポケッとした顔して突っ立ってんのかと思ったら、変なことで悩んでんなよ」
「え、私がいたの気づいてたんですか!?」
「当たり前だろ」
だからどこに目がついているの!? 顔チラともこっち向いてなかったじゃん! 察知能力が長けているにも程があるよ!? と、いうか。
……そっか。私、友達だった頃に好きが伝わってないと思ってあれだけムッとしていたのに、同じことしてたんだ。関係性に名前が付けられなくて、お互い両想いって事実があるのにそれが見えていなかった。
何だ、別に行っても良かったんだ。難しく考える必要なんて、どこにもなかった。
そう思ったら、どこかモヤッとしていたものが薄れていった。自然と頬が微笑みの形に動く。
「ふふっ、そうですね。じゃあ今度太刀川くんが他の女子に囲まれている場面に遭遇したら、堂々と行きます」
「おう。ちゃんと俺はお前のだって言って示して来い」
「いっ!? 言える訳ないじゃないですか、そんな堂々と! 淑女の微笑みでプレッシャー掛けるくらいで勘弁して下さい!」
「態度で示せるくらいなら言葉でも言えよ」
できたら今すぐにでも『好き』って言ってるよ!
言えないから態度でしか示せないんでしょ!?
「ん」
そして何やら片手を差し出してきた。
何だこの手は。
「何ですかこの手は」
「花蓮待っている間に冷えた。あっためて」
「どうして貴方はそういうことを平気な顔して堂々と言えるんですか。このスケコマシが」
しかし裏エースくんがお風呂から上がって、それなりに時間が経過しているのも事実である。その手に触れてみたところ、確かに少しひんやりとしている。温もりを共有するように、手を繋ぎ直した。
「だから言ったじゃないですか。風邪引きますよって」
「俺そんな軟じゃないし。学校だってあの一週間以外に休んだことなかっただろ」
「……そうですね」
いつも皆勤賞だった。
身体が丈夫だと知っても、繋いだものはそのまま。
「話だけど、別にそんな大した話はしてない。普通に班別の行動でどこに行ったのかとか、自分たちがどこ行ってどうだったとか、そんなんばっか。俺だって木下盾にされてなかったら、早めに会話打ち切ってた。妬いてくれんのは嬉しいけど、変な顔させたい訳じゃないからな」
何を話していたのか聞いたからだろう、答えてくれた内容を聞いてまたムズついた気持ちになる。
笑った顔が好きって言ってくれた。
初詣の時も、同じお願い事を神様にお祈りしていた。――笑い合って過ごしたい、って。
「……修学旅行中は来るなって言ってたけど、同じ場所にいるんだからそりゃ会いたいだろ。来るなって言っていたからダメ元で言ったのに、お前普通に待ち合わせるの頷いたしさ」
「あっ」
しまった、すっかり忘れてた! 新幹線の時は辛うじて覚えてたのに! お風呂上がりの裏エースくんに見惚れて、頭お花畑になってた!!
「う、あ、それは、その」
「本当は一緒にいたいって思ってくれてんだって、俺はそう思ったけど」
ジ、と見つめられて、手を繋いでいるから逃げられない。
『逃げるメスをオスは狩猟本能で追いかけるって』
ハッ、神様! そ、そうだ。逃げ腰になってはならぬ!
心臓がうるさく騒ぎ始めたが、負けてはならないと奮起する。
「わ、私だって、い、一緒にいたいです。でも、だって太刀川くん、太刀川くんすぐスケコマするしすごく格好良いから、こっちだってすごくドキドキしちゃうんです! ドキドキし過ぎてそれが周りの子達にも伝わっちゃってるみたいですし! 来ちゃダメって言ったのは、土門くんが刺激的なランデブーとか何とか言ったからです!」
「また土門かよ」
「いきなり機嫌悪くならないで下さい!」
それまで目を見開いていたのに半眼に戻った!
「……実を言うとダメ元で言ったのも本当だけど、もう一個ある」
「え?」
緩く繋いでいる手の密度が増し、もうそこから感じる温度はひんやりしていない。
「食事の後、部屋に戻る時に拓也に呼び止められてな。矢田寺で土門と話している時、花蓮が何か不安そうな顔してたって。その顔した後にお守り買っていたから、多分俺のことで何か悩んでいることがあるんじゃないかなって言われた。……だからさ、何かあるんならちゃんと俺に言えよ。一人で悩んでお守りに頼るんじゃなくて。一人で考えさせてると、絶対お前明後日の方向に答え出すんだから」
明後日の方向って何だ。
いつ私がそんな風な答えを出した。
……でも、そうだね。私と裏エースくんのことなんだから、二人でちゃんと話して解決していかないといけないよね。
今感じている不安を、吐露する。
「土門くん、意外と物知りで情報通なんですよ。太刀川くんのもう一つの名前も知っていますし。だからまた何か起こりそうな気がするって言われて、それで少し不安になっただけなんです。あそこのお守り、良縁成就のご利益がついていますので」
「……それだけか?」
「はい!」
笑って返すとイマイチ信じ切っていないような顔をしているが、そっかと取りあえず引いてくれた。
「それにしても、拓也くんにも心配を掛けさせてしまったみたいですね。男子の階でお話したんですか?」
「おう。だから何か隠そうとしても、拓也経由で俺に話行くからな。覚えとけ」
「何ですかその四六時中監視体制みたいなの!?」
そんなことを二人でソファに座って、それからも今日あったことを話していたけれど。
私と裏エースくんは気が合うから、私もあの時の彼と同じことをしているのだと気付いていて、それでも全部を明かすことなどできなかった。
『好き』だから。
大切で、大事な人を巻き込みたくなかったから。
――――“ごめんなさい”
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