Episode168 大浴場までの道中は

 矢田寺の次は全国の祇園社の総本社である八坂神社へ、最後に念願の清水寺へと行って宿泊ホテルへと帰って来た。

 どちらもやっぱり有名どころなので、時間をずらして行っても人は多かったものの、八坂神社の朱の色彩は鮮やかで、本殿の龍の木彫りが纏う青も朱とのコントラストで綺麗だった。


 そして何と言っても清水寺の彼の『清水の舞台』から見下ろす景色は、絶景の一言に尽きる。今の季節は春なので山々の緑に混じった桜の淡さが、どこか懐かしさを感じさせた。

 隠れスポットを探して巡る我が家だが、たまには有名どころへと足を運ぶのも良さそうである。一度行ったからもういいではなく、また訪れたいと思うようなものがそこにはあった。


 ホテルの夕食は昼食同様、二クラスで二部屋で摂る。

 A&B、C&Dクラスという分け方でお膳で用意された夕食に舌鼓を打ちながら、遠目に見える同じ班の木下さんと下坂くんが会話しながらニコニコと楽しそうにしているのを確認した。

 うんうん、いいねいいね! 甘酸っぱいね!


 あのカップルは木下さんはそうだが、下坂くんも意外に恥ずかしがり屋さんなので、冷やかすのは主に仲良しグループでは相田さんだけだ。

 私と裏エースくんはカウンター来るし、たっくんは普通に良かったねとニコニコ。そして西川くんと言えば、彼は下坂くんの気持ちを察していたらしかった。



『アイツ、木下と話す時はずっとソワソワしてましたから。俺もそういうことだと思って、さり気に二人が話すようにしてたんですよ』



 カップル成立して後日、そんなことを打ち明けられてびっくり。確認はしていないが、たっくんは特に驚いていなかったし裏エースくんも出来過ぎ大魔王なので、元から知っていた可能性は大。


 と言うことは下坂くんからの誤告白で初めて知った私だけが、自分で唯一気づいていなかったという! 常々事あるごとに土門少年から超絶鈍感と言われているが、認めざるを得ないかもしれない。


「くっ。私の負けです、土門くん……!」

「急に何の話だい。食事中に意味不明なことを言い出すのはやめてくれたまえ」

「土門くん。いつものことだから気にしなくていいと思う」

「拓也くん!」


 そんなちょっとしたやり取りをして食事後、先生からの連絡事項を聞いて各自部屋へと戻る。入浴も決められた時間で大浴場に二クラス合同で入り、暫くの自由時間を経て就寝の流れだ。

 入浴は先にC・Dクラスが利用するため、私達は部屋で女子三人トランプをして遊ぶことに。人数も少ないので記憶力頼りの神経衰弱を行ったところ……やっぱり私が負けた。


 勉強などの記憶力は良い筈なのに何故だ。

 余程カードゲームと私の相性は最悪らしい。


「ゆ、百合宮さん。あの、タワー作ろう?」

「結構難しいもんね、あれ。三人で頑張ろうよ!」

「ありがとうございます……」


 ズドーンと落ち込む私を見かねて、そんな提案をしてくれた。気を遣われて始まったトランプタワー作りだが、佐久間さんも言っていたようにこれがまた難しくて中々に手強い。


 五段のものを作っていたのだが、何とか四段目は行けても高さがあってバランスも取り辛くなる分、そこで躓いてしまう。

 それでも頑張って二段目まで完成し、トップである最後の二枚を恐る恐る乗せて……完成!


 私達は何度も崩し、ようやく完成したタワーを見て感動に打ち震えた。


「やった! やったね皆!」

「すごい! カメラに収めたい!」

「先生を、先生を呼んできましょう! この素晴らしい努力の証を収めてくれる筈です!」


 そう言って努力の証を崩さぬよう静かに動こうとした時、ガチャリと部屋のドアが開けられた。

 幅を取るため、広い平地でなければと床で行っていたそれはドアに近かったこともあって、いきなり外から開けられたドアから発生した風力によって――


「そろそろ入浴の時間ですよ、皆さん。……あら?」

「「「…………」」」



 ――無残にも、飛ばされてしまったのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 小学六年生なので泣きはしなかったものの、三人揃って酷く落ち込んだ私達に先生は謝り倒してくれ、同じクラスの事情を知った女子数名から慰められながらC・Dクラスと入れ替わりで大浴場へ。

 向かう途中、浴場は男子と隣り合っているため彼等ともすれ違う中、前方より班員とその他男子に囲まれた裏エースくんが歩いてきているのが見えた。


 修学旅行といえど着替えるのは学校指定のジャージなため、冬の体育で見慣れた姿ではあるのだが。


「……」


 どうしよう、格好良い。


 若干濡れた髪が額にかかって、首にタオル掛けてるの他の男子もなのにどうしてそう感じるのか、段違いに格好良く見えるんですが!


 と、そんな私の視線にやはり気づいた大魔王は笑みを浮かべて、こちらに手を振ってきた。


 うっ、どうしてそんな何事もなさそうに、爽やかに手が振れるのだ……!


 私と一緒に大浴場に向かっていた女子たちが何故か静まっている中で、私も応えなければと緩く手を振り返す。すると何やら口パクで再度返してきた。


 え、何て?


「何ですか?」

「普通に聞くなよ」


 それまで歩きながらのやり取りだったので一旦立ち止まって聞けば、私の反応で意味が通じていないと分かっていた彼から呆れたように言われた。だって分かんなかったんだもん!


「太刀川、先に行ってるぞー」

「おう」

「あ、じゃあ私達も先に行くね」

「えっ」


 男子たちを見送る裏エースくんに対し、置いて行かれることに戸惑ってしまう私。私達を振り返りながらキャアキャアしている彼女らを私も見送る形となり、けれど呼び止めてしまったのは私なので少々心もとないながらも、彼へと向き合った。


「それで、さっきの何ですか?」

「待ってるって言ったんだよ」

「待つ」


 それってもしかして、お風呂から出てくるのをってこと? 何か話でもあるんだろうか?


 そんなことを考えていたら、半眼で見られた。


「お前また意味解ってないな。同じクラスじゃないんだから、就寝までの自由時間でしか会えないだろ」

「またって言わないで下さい! えっと、でもここで待っているの、春とはいえ寒くないですか? お風呂から出た後に、私が貴方のところに行きますよ?」

「それだと風呂上がりの花蓮が他の男子に見られるだろうが。つか男子の階に来るな馬鹿」

「ただの冬ジャージ姿になるだけですが!? 馬鹿!?」


 パジャマじゃないんだから、そこに特別な要素なんて何もありません!


 反論しても、しかし裏エースくんは半眼のまま。


「お前、さっき俺見て何て思った」

「えっ? な、なんで」

「格好良いとか思っただろ」

「何で分かる!? ……!!!」


 バレてたしバラした羞恥と衝撃に口をパクパクさせていると、やっぱなと言われた。


「そんな顔してた」

「どんな顔!?」

「で、花蓮が俺にそう思ったってことは、お前だってそう思われるってことだぞ」

「どういうこと!?」

「風呂上がりで頬染めて髪湿らせた花蓮、超可愛いってこと」

「見る前から感想言わないで下さい!」


 聞いたけど真面目に返答求めてなかったよ!

 そういう時だってあるよね!?


 そしてやはりフルボッコな現状に、春日井神様のお言葉を思い出す。



『自然に身を任せるしかないと僕は思う』



 意味なかった!


「え、えっと。こ、ここじゃなくて、女子階のほら、広いスペースあるじゃないですか。あそこソファとか置いてありますし、そこで待っていて下さい」


 何とか捻り出せば、少し考える素振りを見せて。


「……まぁ、妥当か。さすがに俺が誰待ちか分かるだろうし。じゃあそこで待ってるわ。別に急がなくていいぞ。ゆっくり浸かってこいな」


 ポンポンと頭を撫でられてゆっくりと歩いて行く姿を見つめ、またもやジワリと頬が熱を生み出していくのが鏡を見なくても分かる。

 会いたいって言うのに、急かさずにゆっくりしてこいとかさり気ない優しさが、本当にスケコマ過ぎて。


 ……ああもうどうしよう私、裏エースくんのことが好き過ぎて辛い! こんなんでよく友達だ友達だ言えてたよね!?


 一人でう~っと唸りながら片手で持っていた着替え一式が入った袋で口許を隠すようにして抱えて、大浴場へと歩き始めた。元々場所は既に視界に映る位置にあったので迷わず脱衣場に入り、空いている棚へと袋を預けて脱衣していたら。


「格好良いよね、太刀川くん!」

「やっぱり百合宮さんを見つめる時の、あの視線の甘さが堪らないよね!」

「うんうん! 百合宮さんもすぐ赤くなっちゃうの、すっごく可愛いし!」

「いいよね、お互いが大好きって見ていて分かるの。いーなー。私もあんな一途な恋したーい」

「「「ねー」」」


「…………」



 浴場から聞こえてくる声に、脱いだ服で顔を覆ってうずくまり悶える私が脱衣場に居た。

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